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王子様は夢の中


 そんな都合の良いイキモノいるわけがないじゃないの。


 呆れたように姉は言った。


「姉上は男嫌いだからでしょう」


「その子も嫌いでしょうね。貴方の事なんて。

 もう二度と顔も見たくないと思っているはずよ」


「違います。あの子だけは」


「いいえ。あの子だけは本気であなた方を憎んでいたわ」


 自業自得ね。思い知りなさいな。

 楽しそうに嗤う姉は否定を返しても取り合わない。


 彼に底なしの不安を叩き込んで。



■ □ ■ □


 いない。

 ただそれだけだった。


 常に側にいた少女は、王城には連れてくることが出来なかった。王子の伴侶にするには家格が足りない。

 すでにいた婚約者を廃するには何もかも足りない。婚約者は侯爵家の跡取り娘で、彼は婿として入る予定になっているのだ。

 覆すならば、なにもかも、なくすことはわかっていた。そうするほどの気持ちはなかった。


 だから、愛人にしようと思えば出来た。

 ただし、身分として誰かの妻となる必要がある。


 側付きの者たちが我が妻にと求める姿に興ざめした。

 いや、ただの怒りを覚えたのだと今ならわかる。少々の我慢をして、側に置いた方が賢かった。妻と言っても形だけで、その手に触れることもないようにすればいいのだから。


 今からでも取り返すべきだろうか。そう思案しても答えは一つだ。


 不可能である。


 王子という権威を使っても辺境の修道院は動かせない。都合の悪い者を押し込めていたそこは法の外だった。どうあっても外に出すなという場所なのだから。


 よりにもよってそこに押し込むなどと正気ではなかった。

 しかし、あの時にはそうするのが、誰にも手の届かないところに置いてしまうことが最良だと思ったのだ。

 自分のものにならないならばと。


 彼女とは学院に通っている間に出会った。とても美しい娘だった。

 もし、同じ年ならば学院に通っている間一緒に居れただろうが、彼女が入ったのは卒業の二年ほど前だった。

 最初は退屈しのぎに構ったに過ぎない。辺境に生まれ育ったという彼女は、都会に擦れていなくほとんどのことに新鮮な驚きを得ていたようだった。

 この退屈な学院にも。

 彼にとって学院に入学すると言うことは、たいして益もない期間だ。新たに何かを習うことはほとんどない。王族とは優れていると見せつけるために学院に入る前に全て終わらせることになっていた。


 側にいるのは物心ついた頃から一緒である少年たち。

 色々な思惑の中でつけられていたことは知っていたが、それを踏まえても友人とは思っていた。


 今はどうだろうか。


 ある少女の姿がよぎる。楽しげに皆に話しかけていた姿に胸が痛んだ。


 美しく無邪気で愛らしい、弱い娘。


 最後に見たのは涙を溜めてさようならと笑った顔だった。


 彼らが、二度と戻れぬ辺境へと送り込むと知っていても涙と笑顔で去っていった。なにも責めもせず、懇願もせずに。


 私が見合わないことは知っていました。

 思い出を胸に生きていきますと。


 引き留めるべきだった。


「つまらない」


 執務室で、ペンをインク壺につけたまま彼は呟いた。


 王子としての多少の責務を果たしていてもいつもよりは遅い。上の空と言っても良い。

 彼を心配そうに侍従は見守るがそれさえも気がつかない。


 彼女を引きだすために辺境伯の領地を根絶やしにすれば良いだろうか。

 それとも姉を投獄でもすればよいだろうか。


 そんな考えを弄ぶ。

 しかし、後継のなくなった辺境伯領はすでに返上され、彼女の姉は異国の友人の元へ嫁ぐ。


 どちらも現実的ではない。


 もう少し早くそうすれば良かった。

 なぜ、思いつかなかったのだろう。

 彼女がいればそれだけで良かった。


「殿下、どちらへ」


「辺境へ」


 鬱陶しいという気持ちを隠さず侍従へ言う。

 部屋を出るより前に扉が開いた。


 入室の許可を得ずに行われたそれは常であれば、彼でさえ咎めただろう。


 渡された手紙にそのことは無視された。


「殿下、辺境の修道院より殿下への手紙です」


 ただ、告げられたことは。


 彼女は、既にこの世にない。

 風邪をこじらせてあっという間に亡くなったと修道院長からの手紙にあった。本人が伝えて欲しいとあったので伝えたとそっけなく書いてあった。


「そうか」


 ならばよく似た姉を手に入れればよいだろうか。

 ぼんやりした頭で考える。


 しかし、違う。あの少女でなければいけなかった。


 ああ、確かに間違っていた。

 少々の不都合など目をつぶれば良かった。

 他の男に心変わりをするなどと恐れず、嫉妬せず、優しく甘やかしておけば良かった。



「いないのか」


 こんな喪失を覚えるくらいなら。

 ただ、願えば良かった。


 側にずっといて欲しい、と。


 彼女もそれを望んでいただろうに。


 手放したのは自分であると彼は悔いていた。

 それが見当違いな考えだと誰も思わなかった。

 そして、それが大変な傷になるとは誰も。


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