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勘違い系ヒロインからの手紙


「ねぇ、殿下」


 甘えた声に反して嘲笑を浮かべて彼女はその男に問う。


「私、初めてなのです。お疑いでしたけれど、真実でしたでしょう?」


 馬鹿馬鹿しい賭けに巻き込むなと言えもしないけれど。地方貴族の小娘が権力者に逆らうすべはない。うっかりで、実家が滅ぶならば体くらいくれてやるし、不名誉な事も負ってやろう。どうせ修道院に送られるか、殺されるのだ。

 最初から、間違えていたのならば。


「そのために君はこうしたの?」


「いいえ、殿下がお望みでしたらいくらでも」


 笑顔で全てを覆い尽くしてしまえばよい。


 呪われてしまえ。


 呪詛を込めて。


「愛していますもの」


 ねぇ、お姉様。

 貴方は幸せになってくださる?



□ ■ □ ■ □ ■


拝啓 お姉様


 仲秋の候 お変わりなくお過ごしでしょうか。


 修道院では早い冬が訪れ、既に雪がちらついております。王都とは気候が違い、体調を崩してしまいお手紙が遅くなりましたことをお詫びいたします。


 お父様からのお手紙でお姉様は異国へと嫁ぐと知りました。異国の王子さまからの求婚などおとぎ話のようですね。全てにおいて素晴らしいお姉様にはふさわしいお相手なのでしょう。


 私の話など聞きたくもないでしょうが、お約束しましたのでお伝えします。


 修道院での生活は落ち着いたもので、ほっとしております。ここは権力から遠いのです。地位をちらつかせて私を欲しがる人はおりません。皆様に優しくしていただけております。


 お姉様は既にお気づきだと思いますが、私はただのおもちゃでした。飽きたら捨てるだけの。そして、捨てられたのです。なにもかも、悪いことにされて。


 もちろん、私が悪くないということではありません。ふしだらな悪女の名はいただいておきます。だって、そうじゃないと言っても誰も覆しはしないでしょう。


 それに皆様の名誉に関わります。


 あの場で言えば、私は命を失ったでしょう。


 そして、この手紙も検閲されるでしょう。


 でも、お姉様は異国に去りますし、私はこんな辺境に送り込まれたのです。見逃されるでしょう。だって、もう、どうにもなりません。


 私はここで祈っております。


 それではお姉様お元気で。



 貴方のばかな妹より 敬具


□ ■ □ ■ □ ■




 私は書き終えたばかりの手紙を念入りに乾かす。インクで書くということには慣れない。乾ききる前にたたんでひどい目にあったばかりなのだから慎重にもなる。


 書き終えた手紙は少し驚くくらいに白い紙の透かし模様入りで、明らかに高級品だった。質素を旨とするこの修道院に似つかわしくない。


 こんなものを気前よくくれるのは、寄進物を消費するため、と修道院長は笑っていた。最果てと言われるこの地に送られるのは訳ありの貴族ばかりだ。


 まあ、修道院と言われているがそもそもここは宗教施設ですらなかった。そんなもの建前だ。


 入ったら最後、二度と出てこない、と言われるこの国で一番の軟禁先。見た目は堅牢だが、奥に行けば豪華絢爛。下手な貴族より優雅な生活が出来る。山奥だけど。


 資金源?

 金を積んでも人をここに入れて二度と出すなと依頼してくるヤツからむしり取ればよい。


 澄ました顔で修道院長は言っていた。

 悪人だ。

 そのあとに聞いた話に頭が痛くなったのは余談ではある。うん。悪人だった。


 まあ、そんなところに叩き込まれるほど悪いことはしていない。と思う。


 男をたぶらかしただけだ。それも王子様やその取り巻きを。


 実態はかけ離れているが罪状はその程度。

 ただし、私が囀ると困る方々がいるので二度と出てくるなと放り込まれた。

 本音は殺したいだろう。

 しかし、派手にやらかして人の目があるので出来ないから、ここでほとぼりが冷めた頃に病死でもする予定だ。


 ようやく、ここまでたどり着いた。

 怒涛の一年だった。

 感慨深い。


 私には、前世1個分余計な記憶がある。

 その記憶が言うには。


 よくありがちに、少女漫画の世界に転生し、よくありがちに、勘違いヒロインをしてざまぁされて修道院送り。真ヒロインは幸せになったのでした。


 なんだそれはと言われても粗筋で言えば、こうだった。


 私は辺境伯の次女で美少女だった。男女関係なく爵位の継承権のあるこの国では長女の姉が継承者でそのストックが私だった。基本的に次子は家に残ることが多い。次代が生まれればお役御免とばかりに自由に出ていけるが、そのころにはそれなりの年になり、ほかの場所で生活を新しく始めるには厳しい。

 そのため家にいたままに婚姻することが多い。

 私に求められるのは姉を支え、領地を栄えさせること。ほかに選べる道はない。顔がいいから玉の輿というのは、よほど上のものが気に入ればという例外だけだった。だからこそ、王子様に見染められてというのはおとぎ話足りえるのだが。


 この国では長子、次子共に王都にある学院で学ぶ義務があった。そこで親から離れて寮に入れられ、教育をされる。国家にとって都合の良いものをつくるためだ。最低限のマナーやルールの徹底と共に王家や国家への忠誠を試される。


 反逆されては困るのだ。

 圧倒的に王族との間には権力差があるが、やはり団結されてしまっては困るのだから。

 この国の王権はとても強い。


 王族は理由があれば、貴族の処分ができるし、場合によってはお家断絶もあり得る。

 それで腐敗し放題というわけではないのは、王族には王族の法があり逸脱は許さないからだ。それは厳しいが、それが結果、人でなしを量産していたりもする。


 国に対する忠誠は問われるが人に対してのものは何もないのだ。

 大体の国家構成員たる平民に対しては家畜かペットか、みたいな感覚に見える。国を維持し反映させるために必要な駒。あるいは、駒というほど価値も認めていないかもしれない。

 勝手に増えるモノ。

 だから、場合によっては処分するし、気に入ったら可愛がる。いらなくなったら人にやるかどこか別の場所に送る。

 その程度。


 ということを前提に、王子に興味を持たれて接触された場合、断るなど出来るはずもない。

 地位をちらつかせているわけではないが、無視などできない。

 逆鱗に触れてしまえばお家断絶、あり得る。

 三番目の王子とは言え、まだ、王子なのだ。臣下に下ったわけでもない。


 周りから近づくなとか、分相応だとか言われても、それは殿下に申し上げてください、くらいしか言えない。私から何かするなど、できようもない。

 気分を損ねただけで、処分しようとする、そして実際しちゃう側近がいるのだ。

 害になるなら真っ先に首をはねようとか、娼婦に落とそうとか、ひどいいじめをさせようとか目論むのが。


 恐いよ、おまえら。


 目をつけられた16才の私がぶっ壊れるのも仕方ないよ。好きでもないのに、好きであるかのように振る舞って、恐怖を隠して無邪気に振る舞い、従順でいるってなんの苦行。


 普通は目立たない方法を母親や女性の親族に叩き込まれるものらしい。

 ここでは美人であるということは災厄を招きやすい。庇護者の欠けた美少女など恰好の餌食だ。


 どこかの派閥に入ったりしていたら良かったのだろうが、辺境生まれで王都など一度も出てこず知り合いもほとんどいない。

 私は無防備な美少女でしかなかった。平凡な容姿ならば、視界に入ることもないような辺境伯の二女でいれただろう。


 王子と側近に興味を持たれ、最初はちやほやとしてくれた。王都は珍しいものが多く、最初は楽しかったのだ。

 しかし、同じような境遇の子がいたのが幸いしたというか、目を覚まさせてくれたというか。現実を見た。


 平民のかわいい子だった。お名前は聞く前にいなくなったのでしらないけど。今も誰もその名を口にしないとか恐い。いなくなったのではなく、存在しなかったようにふるまわれるのだから。


 その子が私にしたことは今となっては大したことではない。ちょっとした嫌味を言いに来たのだ。以前、自分がいた場所に別の者がいるのが気に入らなかったのだろう。貴族相手によくも言えたと思うが、それを言えると思えるほどに彼らは甘やかしたのだろう。

 その話を王子の側近にちょっと話しただけで学院をたたき出され、家族で路頭に迷ったそうだ。平民で学院にやってくるほどの頭の良さがあっても、そうなってしまう。


 貴方は気にする必要はありませんと親切ぶって速記の一人が言ってきた。あれは脅してきたのだろう。

 おまえもそうなるんだから気を付けろと。


 そりゃ正気にもなる。冷静に状況を考える頭があったので、これってまずいのではと気がつくくらいには察しがよかったのだ。


 自分の命はもちろん家族、領地の事に思い至るのはそれほど時間も必要ではなく。

 何もかも失わないのはムリだと悟り、あっさりと自分を捨ててしまうくらいには良い子だった。


 かくして、王子様のお気に入りでいるために綱渡りの日々が開幕するわけだ。


 自分だけが咎められるように姉と犬猿の仲になり、ぎりぎりのマナーの悪さ、上位貴族の女性に喧嘩を売るようなことを繰り返した。


 庇う俺、かっけーみたいなお付き合いとお嬢様がたの体面を守るための一連のそれは形式だけだったが心がすり減らないわけもない。


 王子が手を出してくる頃には限界で、前世の私がやってきた。

 それ以前の私の気持ちはもう思い出せない。一度死んでしまったのだ。

 今の私は前の私であったもの。違う生き物であるのだろう。


 学院での振る舞いが違えば少しは救われただろうか。そう私は考えたが、思い出してみれば学院に来る前から詰んでたのだ。


 母は私を産んだ後に亡くなった。姉は継承者なので厚遇され、顔だけよかった私はただのペットのようなものだった。


 可愛がるだけ可愛がって、何も教えない。甘やかしたというより、気が向いた時だけ。姉にはちゃんと構うのに。


 姉からしたら昔から甘やかされていて、羨ましいと思われていたらしい。

 だから、こんな子になったのだと姉には嘆かれはしていた。


 父は母を奪った私を嫌っていた。そして、それを表に出すこともなく笑っていたが、その視界に入れた気はしなかった。わがままを言ってもそうかと少しも考えることもなく叶えられ、気まぐれで取り上げられる。まるで、なにも、させたくないとでも言うように。


 前の私も違和感があり、父の前では無邪気にふるまっていたようだった。捨てられないように。それさえ姉にはわがままに見えたようだが。


 この家には母がおらず、後妻がやってくることもなかった。家の采配は家政婦が取り仕切っていたが、それは使用人の域を超えるものではない。貴族のお嬢様の教育などは管轄外だった。礼儀作法については教師もいたが、その人も貴族社会での振る舞い方までは教えてくれなかった。

 それは身内が教えるものだからだ。母親がいなければ、ほかの親戚が教える者らしい。しかし、叔母がいるらしかったが、出入り禁止だった。年頃の娘に教えることは色々あるはずなのに。仲が悪かったのか知らないが、ひどい話だ。


 ただでさえ辺境で王都の情勢など入って来にくい。その上、奥方がいないとあれば女性だけに流れる注意喚起など入ってくるわけもない。


 無防備にもほどがあるという状態で入学となった。

 姉はどうしたのかって?

 父が女らしくするのを嫌がって、実は美少女を隠していたので無事でした。

 ひどくない?


 やぼったい少女が、恋して最終的に美少女化してモテモテになるんだって。内面がとか言うけどな、そいつら以前の通りで良いなんて言ってないだろう。美しくあることを強要してくるぞ。

 元のあなたも素敵だったと言いながら、磨いた宝石のような輝きを求める。虚しくはならないのだろうか。

 私は原石で愛でて欲しいんだけど。まあ、かなりの美少女なので原石でも輝いてるけど。もう、そう思ってでもいないとこの顔が呪いすぎて……。


 それはさておき、思い出してしまった私もやはり綱渡りの日々を送ることになった。

 せっかくなので前世の知識を動員して不和の種をまいてきた。目指せ悪女。無邪気なサークルクラッシャー。

 彼らがちょろいというわけではなかったが、乙女ゲーもやるけど、ギャルゲーも大人なゲームもする方だったので、実践は薄いけど知識豊富なアレコレも試して何とか頑張った。

 これが幸いしたか王子が卒業する一年後までは持った。


 卒業パーティでざまぁされるのはわかっていたので大人しく言われたとおりに振る舞いましたとも。

 これで辺境に隠居出来るって。


 ……出来ないんだって修道院長に聞かされたときの絶望ときたら。


 数ヶ月後には病死。


 名前を変えて別のお家で雇われるそうな。なんと顔見知りのご令嬢宅でメイドすると。何が幸いして気に入られたのかは不明だけど。


 謎の文通とかはしてたけど、あれかな。情報の横流ししたの。女性関係の。ひどい目にあう人はこれ以上はいりませんので。


「これで、私はもういらないよね」


 インクのかわいた手紙を封筒に入れる。

 修道院長に渡せばおしまい。

 これでバイバイだ。


「お姉ちゃんも幸せに」

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