古い記憶
過去の記憶を思い返す。
私、イリス=ユア=ツゥヴァリネはここ辺境ババロン村の森奥にそびえ立つ大きな洋館で育てられた。
この洋館に来る前の記憶もきちんとある。
幼い頃、戦火で両親を失った私は孤児院に居た。
しかしその孤児院はあまりいい環境だといえなかった。
毎日出るご飯は家畜に食べさせるものなんじゃないかというレベルの不味さ。
酷い時はカビの生えてるパンが出た時もあったっけ。
それに毎日寝るベッドは破けていたし、新しい入居者が来た時は、私は年上だからってベッドを取られ床で寝る羽目になった。
そんな酷い孤児院だったが、私に転機が訪れた。
かつての先代の魔女エルゼがやってきたのだ。
彼女は酷い環境にある孤児院を見て思うことがあったのだろう。
孤児院内を見て周り、ついに私のいる部屋のところまでやって来た。
私を見つめた彼女は孤児院の職員と話し始めた。
次の日、私は魔女の元へ引き取られることになったと聞かされた。
その時、私は魔女の実験か何かに付き合わされて死ぬことになるのだろうなと思った。
着替えの衣服だけ持って彼女について行くと森の奥にある洋館へと誘われた。
その洋館は一人で住むには大きすぎるように思えた。
入口を開けると私と同い年くらいの少女が一人いた。
茶髪のボブ。
名前はカモミール・ブラウンというらしい。
洋館での生活は悪いものでは無かった。
食事は普通のものが出たし、衣服だって用意されていた。
洋館に来てからしばらく経った頃、魔女はまた新しい少女を連れてきた。
赤髪のショートヘア。
名前はエーデルワイス・ノアというらしい。
それからの屋敷の生活は楽しかった。
色んな遊びをして、色んなことを学び、色んな失敗をして怒られたっけ。
ここに来て学んだことは学問以外にも魔法がある。
三人それぞれ違う魔法が扱うことができ、それが魔法でできることも違った。
魔法の源である魔女本人の教えということもあって、私たちは魔法についてはすぐさま長けることができた。
そのため私自身、魔法での勝負ならその辺の一般人に勝つことができると自負している。
当然、それは他の二人も一緒だろうな。
しかしそんな日々はいつまでも続かない。
幸せなんてものはいつか失われるためにある。
魔女が死んだ。
原因は✖︎✖︎✖︎✖︎✖︎✖︎・✖︎✖︎✖︎✖︎✖︎✖︎の出現。
その討伐の際にということらしい。
それからは地獄のような日々だった。
三人の意見は合うことなく対立し続けた。
そもそも魔女なしでこの国は上手くやっていけるか。
遺体をどうにかするか。
ある日、エーデルワイスは家を飛び出した。
そしてカモミールも後追うように家を飛び出した。
私はまた一人になった。
ある夜遅く、魔女を埋葬した墓場へとやってきた。
手で土を掘り続け、ようやく棺を見つける。
棺をゆっくりと開けると、私を育ててくれた魔女の死体があった。
それは身体中血まみれなのに優しく笑っているように見えた。
私は体の中で何かが決壊するような音を聞いた。
すると声が聞こえた。
私は誰かに話しかけられたのではないかと思い、辺りを見回したがだれもいない。
声は禍々しく言う。
『お前こそ相応しい』と。
その瞬間、影が地面にだんだんと広がっていった。
そして人の手が私を掴み私を影の中へ引きずり落とした。
私は必死に水の中から這い出るように、上へ向かった。
影から出ると、何かがおかしいのが分かった。
それから私は……
「懐かしいな」
私はレイラが帰った館の中で窓を見ながら、1人寂しく呟いた。
レイラは私を助けると言った。
でも何が彼女に出来るのだろうか。
私はもう人を信じない。
そう決めたのだ。
魔女になった時、私を見る周囲の目は変わった。
気持ち悪い。
欲望を包み隠そうともせず、ただ一方的に要求をするあの醜さ。
私は人間じゃない。
それに優しいなんて一欠片も持ち合わせていない。
私には力がない。
私はあの人のようになんてなれない。
それになんで私なのか。
私なんて魔女に選ばずとも、カモミールでもエーデルワイスでも良かったじゃないか。
もういい。
何もかもどうでもいいんだ。
どうでもいいはず……だった。
私でも開けられずにいた箱をレイラはあっさりと開けた。
私はかつての魔女が言い聞かせた言葉を思い出し、呟いた。
「いつか、あなたにとって大切な人が現れる」
私は薄ら笑い浮かべる。
「そんな人、現れるわけが無い……」
でも思い出してしまう。
レイラは笑顔で言った。
『また明日ここに来るね』
私の心へと容赦なく踏み込むあの少女。
純粋なあの真っ直ぐな瞳。
レイラは……
彼女は……
私はあの時……
どうして私あの時、彼女なら安心して任せてもいいだなんて思ったのだろう。
「一体どうしちゃったんだろ私は」
イリスは1人寂しくため息をついた。