先代の魔女が残したもの
「そんな……」
人間話さなければならないのに言葉が上手く出てこない場面がある。
例えば今のように重大な真実を聞かされた後とか。
「まぁそこまで気にしなくてもいいよ。でも一応話しておきたかったんだ」
イリスは優しさからか私にそう言ってくれる。
このまま無言で居続ける訳にはいかない。
イリスがようやく私を信頼してくれたんだ。
その期待に答えなくちゃ。
私はどうにかして言葉を絞り出した。
「話してくれてありがとう。えっと、今はまだいろいろ整理出来てない状態だから、ゆっくり話していくね」
まず私たちが対策しなければ行けないのはイリスを狙う騎士団だ。
そしてその騎士団長であるエーデルワイスはイリスと同じ先代の魔女エルザに育てられたらしい。
「エーデルワイスで合ってたよね?彼女がイリスを狙うってるのは先代の魔女がやっぱり関係しているのかな」
「いやそれに関してはあんまり関係ないと思う。いや、ちょっとくらいは関係してるかもしれないけど、でも理由はやっぱり騎士団の責務からじゃないかな。レイラも言ってた通り、騎士団は政治の中枢を担っている訳だから。私をどうにかしたいんだと思う」
「それは魔女になってからイリスが何も行動を起こしていないから?」
「ずばずば言うな……まぁ十中八九それが理由だろうね」
イリスは魔女になったことを望んでいないような口ぶりだった。
だったら尚更、国のためにと行動を起こす気にならないのは仕方ない。
それに力がないみたいなことを言ってたあたり、そういうことなのだろう。
「カモミールさんとイリスが一緒に育てられたって聞いてたのもさすがに驚いたよ」
「今はそこまで仲が良い訳じゃないんだよね……」
「分かった。とりあえず今日行うべきは……」
「……?」
難しい話をいっぱいされたもんだから頭が未だに混乱しっぱなしだ。
でもごちゃごちゃ考えても問題は解決するとは限らない。
だったら今行うべきことは一つしかない……
「すぅ〜〜〜〜〜」
「…………????」
私は息を大きく吸い込む。
急に目の前の人が変な行動を起こしたもんだから、イリスは不思議そうに首を傾げていた。
そんなイリスに私は次の言葉を言った。
「とりあえず館のお掃除をします!!!!」
「………………………………………………え?」
イリスは何言ってんだこの人って顔で見つめてくる。
そんな顔をして見ないでくれないか……
「イリスがそんな性格なのも!!こんな暗い汚い館で過ごしてるからだよ!!とりあえず大掃除だ!!お掃除!!この館いつから掃除してないの!!」
「………………………………私が小さい頃にはこんな感じだったし、多分十……」
「あー!!やっぱり大丈夫!!聞いたら聞いたでとち狂いそうだ!!」
「……」
イリスはさっきより強く何言ってんだこの人って顔で見つめてくる。
やめてくれ。その目は私に効く。
「とりあえずお掃除のお時間です!!」
そんな訳で私達は今、館の大掃除をしています!!
「それにしても随分汚れてるな」
最初に館へと入った時の汚れた部屋を掃除しているが、これは時間がかかりそうだ。
本当に何年掃除してないんだ……
まず私たちは床を箒ではくことにした。
「レイラ、これは本当に必要なことなのか?」
「必要に決まってる!!部屋の汚れは心の汚れ!!」
「ものすごく酷いこと言われた気がする」
そんなこんなで掃除をしていくと、ようやく床らしきものの全容が見えてきた。
どれだけ汚かったんだ……
ここから雑巾がけをしていけばピカピカになるだろう。
「いらない布はどこある?」
「さっきの部屋」
「了解〜」
先程いた部屋に戻り、箒を戻していると……
「ん?」
隣に木箱……らしきものが置いてあった。
木箱と呼ぶにはちょっと小さいかもしれないが、両手で収まる程のサイズの箱の蓋には南京錠がついており、簡単には開けられないようになっていた。
「開かないな……」
力技で何とかならないか試してみるが難しそうだ……
そんなことに時間をかけていると、私が戻らないことに不思議に思ったのかイリスが部屋へと入ってきた。
イリスは私が箱を何とか開けようとしているのを見ると、すぐさま目の色を変えた。
「ちょっと何してるの!!」
イリスはすごい速さで箱を奪い取ると、宝物のように抱きしめた。
「ごめん……」
「いや、いい。目の届かない所に置かない私が馬鹿だった」
まさかそこまで大事なものだとは思わなかった。
でも、そんな大事そうに抱えているってことは一体何だ?
私は恐る恐る聞いてみることにした。
「あの……それは?」
「これは……」
イリスは大事そうに抱えている箱を一瞥して言う。
「これは先代の魔女が残したものなんだ」
「先代の魔女が?」
「うん。この館自体、元々は先代の魔女のものだったんだけど、これは死に際に私へ渡してくれたものだったんだ」
「そんな大事なものだったんだ…………ごめん!!」
私は慌てて両手を合わせ90度にお辞儀し謝罪する。
「いや、別にそこまでする程じゃ……」
「じゃあイリスは!!その箱の中身は何なのか知っているの?」
「…………それが分からないんだ。私にもこれは開けられなくて」
「開けられない?」
私は南京錠を見やる。その南京錠はダイヤル式になったおり、5桁の暗号を揃えないと開かない仕組みになっているのだろう。
イリスは悲しそうにただその箱を見つめる。
私になにか手伝えることは……
「それ、詳しく見てもいい?」
「?まぁさっきみたいに乱暴に扱わないなら」
そう言うとイリスは箱を机の上へと置いた。
私はその箱にある南京錠へ目をやる。
ダイヤルは5桁……
一個一個暗号揃えていくとものすごく時間がかかりそうだ。
それにその方法だと心身への負担が物凄いことになる。
しかもダイヤルに書かれているのは英数字だった。
右から1桁目は数字のダイヤル。2桁目は英語のダイヤル。3桁目は再び数字のダイヤル。4桁目、5桁目は英語のダイヤルだった。
しかし何故、全て数字のダイヤルでは無いのだろうか。
「イリスはこの箱を渡された時、何か言われた?」
私はイリスへと振り向き、そう聞いた。
イリスは顎に手を当てて考える仕草をしたあと言った。
「暗号はあなたに関係あることって言われたかな」
「イリスに関係のあること……」
イリスに関係あることってなんだ?
思い出からヒントがあるのかと思ったけどそうじゃないみたいだし。
暗号を教えなかったのは、イリスが解けると思ったからだよね。
ならそう難しいものでも無いはず。
私は再びじっとイリスを見つめ続ける。
「なっ、なにさ……」
イリスはちょっと恥ずかしそうにして目を背けた。
イリスに関係あること……イリスの特徴……白銀の髪……サファイアのような青い瞳……
青い瞳……サファイア……
そうか!!
「イリス!!」
「な、何」
イリスは私が急に大声出したためか、驚いた顔を浮べる。
「何か、辞書みたいなのない?出来れば化学とかの!!」
「えっと……確かそういう本ならここの本棚にあったはずだけど」
イリスは本棚の方へ向かうと頑張って背伸びをして、本を取ろうとするが後ちょっとで届かない。
可愛いかよ……
いや今は見てる場合じゃなくて。
「これで届く?」
私はイリスの方へ向かうと脇の下に手を入れ抱き上げた。
「ちょ!!ちょっと!!何を!!!」
イリスは恥ずかしそうに顔を真っ赤にして私を見下ろしてきた。
「こうしないと取れないでしょ」
「ぐ……」
悔しそうな顔をした後、本を1冊に手に取ったのが見えた。
ゆっくり下ろすと、イリスは怒り顔で振り返り本を勢いよく突き出した。
「はいこれ!!」
「ありがとね」
私は本を受け取り、ページをめくっていく。
そしてある場所でめくるのをやめた。
それは宝石について書かれたページだ。
「こんなとこ見て、一体どうするの?」
イリスは不思議そうな顔をして、こちらへと目を向けてきた。
「まぁ見てて」
私はもう一度ダイヤルと向き合うと、少しづつダイヤルをある文字列へと変えていく。
その文字列はさっきイリスに取ってもらった本に書いてある内容。
1桁目は3。2桁目は英語のO。3桁目は2。4桁目は英語のl。5桁目はA。
これで予想が正しければ……
すると、ガチャっと何かが外れる音が部屋に響いた。
「なっ……」
驚いた声を上げたのはイリスだ。
先程まで外れずにいた南京錠が外れている。
「やっぱり予想通りだったね」
「レイラ!!一体どうやったの!!」
「暗号はAl2O3。サファイアのことだよ」
「サファイア?」
「イリスの目。まるでサファイアみたいだからもしかしたらって思ったんだ」
「でもサファイアがどうしてその暗号になるの」
「構成成分の化学式だよ。サファイアのね」
唖然としているイリスに私は言った。
「さて箱は空いたわけだけど、どうしよっか」
「分かった。私が開ける」
イリスは覚悟した顔ではこの前へと来た。
唾を飲みゆっくりと手を伸ばし、箱を開けた。
そこに入っていたのは……
「カードと指輪?」
何かの模様みたいなものが書かれたカードの束と綺麗な宝石の埋め込まれた一つの指輪が中へと入っていた。
イリスは何を考えているのか、しばらく沈黙した。
「えっと、これがイリスに先代の魔女が残したものってことだよね?」
「うんそうだね」
イリスはしばらく箱の中を見つめた後、指輪を取り出した。
そして小さく呟いた。
「きっとエルゼは…………してくれたんだね」
「えっと……イリスさん?」
「これ」
そう言うとイリスは箱の中に入っているカードの束を取り出すと、私へと差し出してきた。
「あげる」
「……………………えっ!?そんなのまずいでしょ!!」
「いや別にいい。私が決めたことだから」
イリスはそう言うが……いやいや!!これは先代の魔女がイリスへと残した大切な!!
「このカード……おそらく魔法が埋め込まれている」
「……魔法が?」
「うん。それに私が持ってても仕方ないよ。これはあなたが持ってこそ、真価を発揮するものだから」
そう言うとイリスは今まで見せたことのない優しい表情を見せた。
「これを使えば、あなたも魔法が扱えるようになる。私を手伝ってくれるんでしょ?だったら素直に受けとって」
「じゃあ遠慮なく……」
まさかイリスにこんな優しそうな表情が出来るだなんて思わなかった。
私はイリスからカードの束を受け取り、そのカードじっと見つめた。
そのカード一つ一つには様々な絵が描いてあった。
王座に座る王女や猛獣とかの。
しかし、これで私も魔法が扱える?ってことでいいのかな。
ちょっと恐れ多いような……
けどイリスが私にあげると言ったんだ!
私は精一杯の笑顔でイリスに言った。
「ありがとう!!!」