エーデルワイスへの処罰
フランシィ王国 王都パリスイ
魔女捕獲作戦に失敗した騎士団長エーデルワイスは陰鬱な気持ちを抱えながらも扉を開ける。
「失礼します」
開けた先は大きな長方形の机が置かれた会議室であった。
長方形の机の2つの長い方には王国の上層部役員らが着席しており、皆不機嫌そうな顔をこちらへ向けてくる。
そしてその端、短い方には煌びやかな服を纏った少女が1人座っていた。
「どうぞご着席ください」
少女はエーデルワイスを扉の最も手前の席へ座るよう促す。
その席は少女と対角線上に向き合うこととなり、会議室内で少女の次に注目が集められ席であった。
エーデルワイスは若干躊躇ったものの仕方なくその席へ腰を下ろした。
エーデルワイスは改めて少女の顔を見直す。
その少女は銀色の長髪を中背あたりまで下ろしており、エメラルドのように美しい緑色の瞳、白い肌の凛々しい顔立ちをしていた。
来ている服装は華美な装飾のついた白い布でしたてあげられたドレス。
それは王族のみが着ることを許された服装。
そう目の前に座っている少女は女王ユドデシア=リー=クライシス。
絶対君主を敷いており、王立パリスイ大学を主席で卒業、さらに学問だけでなく武術にも優れている。
そんな彼女は亡き女王に変わり、僅か17歳で女王に即位。本来ならありえない若すぎる就任。だが誰も彼女に対し異を唱えなかった。
その理由は先程あげた能力以外にも、魔法の才能があったこと。自然属性に位置する魔法を全て扱うことの出来る彼女の変わりなど騎士団、魔法研究省、貴族院何処を探しても見つからないだろう。
それこそ魔女や神でもない限り。
「本日集まっていただいたのは他でもない。私の目の届かぬところで独自に騎士団が行ったとされる魔女捕獲作戦についてです」
彼女は女王らしからぬ丁寧な口調でそう告げる。
魔女捕獲作戦。それはエーデルワイスら騎士団が行い失敗したもの。しかしその作戦には騎士団以外にも他部署の人間が関わっていたはずである。
恐らくこの会議に出席しているメンバーが責任を騎士団のみに押し付けるべく女王に虚偽の報告を行ったのだろう。
「それは……」
「発言をしてもよろしいでしょうか?ユドデシア女王陛下」
「どうぞ」
エーデルワイスの弁明を遮るように手を挙げたのは無精髭のおじさん。
女王ユドデシアは発言することを許可する。
「本作戦は騎士団が独自に行い失敗したもの。その後始末と責任は全て騎士団が負うべきなのではないでしょうか?」
「いえいえそれだけでは足りないでしょう」
次に発言したのは頭をつるつるにしたおじいさん。
「エーデルワイスには二月にわたる謹慎を行うべきです。あぁ、しかしそれでは騎士団長の席が空白になってしまいますね。その間、あなたの息子に代理をさせるというのはどうでしょう」
おじいさんが手を向けたのは、この中では比較的若い方に入る眼鏡をかけたおじさん。
「ふむ。確かに私の息子はかなり優秀です。二月と言わずもう騎士団長に就任させてしまうというのはどうでしょう」
「……お前」
エーデルワイスは歯を食いしばり、でかかった言葉を何とかこらえる。
相変わらず好き勝手言ってくれる連中だ。
作戦前と作戦失敗後では真逆の態度をとってくる。
おそらくどちらに転んでも自分たちが甘い蜜をすする計画だったのだろう。
まんまとはめられた自分の情けなさにエーデルワイスは手を握りしめた。
「皆さん。ご静粛に」
好き勝手に話を進める上層部の役員達に待ったをかけたのは女王ユドデシアだった。
「言いたいことはよく分かりました。確かに独自に作戦を行った騎士団長エーデルワイスには罰を下すべきでしょう」
エーデルワイスは頬に汗が流れるのを感じた。
おそらく罰が下されるのは避けられない。
その流れに上層部の面々は頬を緩ませた。
「しかし、騎士団がその作戦が行うと分かっていながら放っておいた我々にも責任がある。そうでしょう?」
「……え?」
予想外の続きの言葉にエーデルワイスは驚きの顔を上げる。上層部の面々も同じように驚いた顔を見せていた。
「それらを鑑みた上でエーデルワイスには二月の謹慎処分とする。この期間の間、騎士団の扇動など職務全てを行わらないようお願いします」
「それではその間、騎士団長の代わりは誰が務めるのですか?」
女王の発言に頭をつるつるにしたおじいさんが恐る恐る手を挙げながら尋ねる。
「騎士団長代理は騎士団員の中から私が独自で選ばせて頂きます」
女王ユドデシアが独自に選ぶ。
つまりそれは上層部の息子といった親の七光りなどではなく、代理が努まる実力の持ち主が選ばれるということだ。
「何か異論がある者がいらっしゃればどうぞお申し付けください」
上層部の面々は少し苦々しい顔をしながらも特に反対意見を出すものはいない。
なぜならこの決定は自分たち上層部に半分ほど有利な結果であり、騎士団にとっても半分ほど有利な結果でもあるからだ。
「では以上を騎士団長エーデルワイスに下す罰と致します」
「……!女王陛下の恩情に感謝致します!」
エーデルワイスは思わず席を立ち上がり女王ユドデシアに頭を下げた。
「ではこれにて会議を終了致します」
会議が終わり、皆思い悩んだ顔をしながらも部屋を出て行く。
エーデルワイスも部屋を出た後、一人に声をかけられた。
「作戦失敗した戦犯ちゃんじゃーん。何々、ちょっと不満そうな顔をしてどうしたの?」
「……リーシアか」
エーデルワイスは振り返ると声をかけてきた少女の顔を見やる。
黄色の髪をしており、右側に小さく一つのサイドテールを作り、それ以外の髪を全て下ろした髪型をしていた。
ピンクの瞳を持つ彼女の名前はリーシア=クライシス。
魔法研究省の長官だ。
魔法省独自の研究服に身を包んだ彼女は先程の会議に出席していたものの一言を喋らずにいた。
「ん〜?なんだか、私と会うのが嫌そうな顔をしているね〜」
「当たり前だ。出来ればお前とは話したくなかったんだが」
「あ〜ん!いけずぅ!ま、そんなとこも君らしいけど」
「私に何の用だ?」
「前置きもなし?相変わらずせっかちだね君は。私は二月謹慎が言い渡された人にインタビューしたいと思ってね。今どんな気持ちですか!」
リーシアは右手を握りしめマイクの形を作るとエーデルワイスの方へ向けてくる。
「どうもこうもない。罰が下ることは仕方のないことだ。それに対して何も思うことはない」
「えー!もっと面白い反応が見れると思ったのに……ま!仕方ないか」
リーシアはわざとらしくふふっと笑うと。
「所詮は平民出身で学なしのあんただもん。たださえ惨めなのに作戦に失敗してもっと惨め!女王陛下も思わず恩情を与えちゃったんじゃない?」
「……っ!お前、いい加減に」
「やめてよ。低学歴がうつる」
リーシアはそういう人間。
両親の地位が高かった彼女は親のおかげで良い大学、良い地位についている。
そして自分より下の人間を見下している。
エーデルワイスが最も大っ嫌いなタイプの人間だった。
「私はここでやり合ってもいいんだが?」
「くっははは!すぐ力に頼ろうとする!これだから騎士団の人間は!筋肉ばっか育ってて脳みそスカスカなんじゃない?」
「いい加減に……」
「そこで何をしているのですか?」
言い争う2人の耳に穏やかな口調の声が聞こえてくる。
「……っ!」
「……」
2人は慌てて声の主へ膝まづく。
「ユドデシア女王陛下!お見苦しいところをお見せしました」
エーデルワイスは慌てて声の主、女王ユドデシアに言う。
「ここで魔法を扱うのは禁忌とされているはずです。もしそれでも戦うというのなら私が直接お相手してあげましょうか?」
「いえ!そのようなつもりは毛頭ありません!」
「お見苦しいところをお見せしました女王陛下。少しばかり私たちで言い争いとなってしまい……今すぐこの場で解散いたしますので、見逃して頂けないでしょうか?」
慌てるエーデルワイスに対しリーシアは慣れたように落ち着いた様子でそう言った。
「あなた達、魔法研究省と騎士団の仲が良くないのは存じ上げております。度が過ぎた争いはせぬようお願いします。では」
女王ユドデシアはそう言うとその場を去っていった。
彼女がそう言えばそうなってしまう。それくらいまでの格の違いが彼女達にはあった。
「ふふ、命拾いしたね」
リーシアはニヤつきながらエーデルワイスにそう言った。
エーデルワイスは顔を顰め、リーシアを睨みつける。
「話は終わりだ。じゃあな」
エーデルワイスはそう言うとその場を去った。
魔女。自分勝手な上層部。仲の悪い騎士団と魔法研究省。
この国の問題は多数存在していた。