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結界の内側で

私、イリス=ユア=ツゥヴァリネが魔女になった時、真っ先に思ったこと。

それは自分には向いてないと言うことだった。

魔法の才が優れていて、周りの人たちに気を配れる優しさがあり、大人としての余裕がある。

それが魔女であるはずなんだ。

私はそのどれも満たしていない。


あの影に引きずり込まれた日。

体内に自分のものではない何かが入り込んできた感覚があった。

そしてその夜、私は一糸まとわぬ姿で鏡の前に立ち、思わず歯ぎしりしてしまった。

右肩から背中の肋骨にかけて魔女の紋章が刻みこまれていたのだ。

それは毒蛇が卵を守るような構図をしていた。

これがあるということは魔女の後継者であることを示していることになる。


そして自分のものでない何かが入り込んできた感覚、それはきっと魔女の力が流れ込んだということだろう。

だから私にも魔女の力を扱えるはず……だった。

何度やってもまだ未熟な私にはそれらを扱うことが出来ずにいた。

だがそんなことを知らない人々には私に様々なことを求めてきた。

私にはそんなことが出来る力がないというのに。

だから私は引きこもった。

森の奥の屋敷でずっと。

私は1人でも生きていける。

村の人々やエーデルワイスやカモミールに嫌われようとどうだっていい。

先代の魔女に拾われて少しでも希望を見いだしてしまったことが間違いだったんだ。

結局、私は孤児院で過ごしたあの孤独な時間がお似合いだ。


もうずっと1人でもいい。


もう誰も必要としない。


希望も愛もいつかは崩れてしまうものだから。


だったら最初からそんなもの求めなければいい。


そしたらもう二度と悲しむことなんてなくなるはずなんだ。


どうでもいい。


何もかもどうでもいい。


私に幸せなんてもう二度と訪れない。


「……本当にそう思ってるの?」


「…………え?」


目を開け、声のした方を振り向く。

360度真っ暗な空間に白いワンピースを着て、長い白銀色の髪を腰あたりまで下ろした女性がいた。

口元より上の顔は影で隠れており全体の顔を見ることは出来ないが、私はその人が誰であるか知っていた。


「……エルゼ、か?」


先代の魔女エルゼ。

私の育て親でもあり、とても大切な人。

彼女は私の問いになど答えず言う。


「ねぇイリス。覚えてるかな?昔、魔法の練習をしていたら、この魔法がいつまで経っても扱えないって、私に泣きついてきた時のこと」


「もちろん。覚えてるよ、そしたらあなたは優しく教えてくれた。だから日々練習を積み重ねていくにつれてようやく出来るようになった。あの時は嬉しかったね」


魔女エルゼの声音は生きていた頃と変わらない。

じゃあ何故死んだはずの彼女がここにいるのだろうか。


…………きっとこのエルゼは偽物だ。


私の記憶の中で生きているエルゼに過ぎない。


「くすくす。懐かしいね。あの時のイリスは何をしても一生懸命だったのに。じゃあなんで今はそんなになったの?」


「……!それは」


「痛いところをつかれたって顔だね。昔のイリスなら魔女の力が扱えないからってそれで諦めたりしなかったはずなのに。やっぱり……」


彼女は唐突に態度を変えたかと思えば、今度は私を追い詰めるような言葉を言い始める。

彼女は私の中で勝手に映し出した像にすぎない。

だから無視してしまえばいい。

でも……もし、これが彼女の本音だとしたら?

それにこれは私が映し出した像。なら、彼女の言ってることは私が心の奥底で思っていることなんじゃないか。


「 私 が 死 ん だ の が そ ん な に 悲 し か っ た ? 」


「……っ!」


「 そ ん な に 私 が い な い と 何 も 出 来 な い の ? 」


「ちが……」


耳を傾けるべきでないのに、耳に言葉が入ってきてしまう。

考えるべきでないのに考えてしまう。


「くすくす。イリスの短所はね、世間知らずすぎるところ。だから常識なんてないし、人と会ってもろくな話なんてすることができないし、だからか人に頼ることも知らず1人で突っ走りがちだよね。」


「やめ……」


彼女の言ってることは何も間違ってない。

だって……それは私自身分かっていたことだった。

でも、仕方ないじゃないか。


だって一歩踏み出すなんてものすごく勇気がいることなんだよ。


私にはそんな勇気なかった。

何もせず、ずっと見て見ぬふりをしたかったから。


「あぁ、でも1人だけ例外がいたっけ」


「……ぇあ?」


「レイラ=ユリウス。君は彼女にだけは少しだけ信頼をしてたんじゃないかな。いや、正しくは期待していた。この状況を変えてくれるんじゃないかって」


レイラ?

なんでレイラが出てくる?

今ここで彼女は関係なんて……。


いや、関係ないなんてないか。

あの子だけは突き放しても再度突っかかってきた。

勝手に私のパーソナルスペースに踏み込んで、勝手に助け出すといった少女。

私はだんだんと信頼してもいいかもしれないなんて、思ってしまった。


「でも、あの子可哀想だよね。せっかく頑張ったのに、イリスに信頼出来ないって突き放されて」


「んあ?」


でも私は突き放した。

エーデルワイスと戦う前、カフェ店で。


「ねぇ、なんであんなこと言ったの?」


「それは……それは……だって……」


彼女は私の元にゆっくりと歩いてきて、私を見下ろしてくる。


「だって……あの子は信頼……いや、違う……信頼してた……信頼してもいいって思ってしまったから……余計に私の元に来て欲しくなかった……怪我するかもしれない……死ぬかもしれない……そんなことに彼女を巻き込みたくなかったから……」


だんだんと視界が滲んでいく。

それが涙だとわかるのには時間がかかった。


「もう二度と大好きな人が目の前で傷つくのを見たくなかったから」


言葉にしてようやく気づいた。

私にはずっと疑問だった。

彼女のことをどう思ってるのか。

彼女には一体どうなって欲しかったのか。

幸せになって欲しかったんだ。

だから私となんて距離を置いて欲しかった。

私とは無関係の場所で違う幸せを見つけて欲しかった。


「ひぐ……うぅ……うぁあ……」


自分がそんなこと思ってしまっていたことに気づいてしまうと、罪悪感で押しつぶされそうになって。

無意味な涙が止まらなくなってしまう。


「そっか。イリスはそんなことを考えていたんだ。」


彼女は優しく私に語り掛けてくる。

そして両腕をゆっくりと伸ばしてきて。


「 だ か ら 君 は こ こ で 僕 に 体 を 乗 っ 取 ら れ て 死 ぬ ん だ 」


私の首筋を掴み取ると勢いよく握りしめた。


「ぐっ!?……あ、ぁぁあ!」


これは!?

彼女は一体。

違う、私に語り掛けていたのは魔女エルゼなんかじゃなかった。

魔の力か。


「ふふ、あははは!」


魔女に扮した力は私を楽しそうに笑うと、私を殺そうとさらに力を加えた。


(だめ、このままじゃ本当に死んでしまう)


……あぁ、でも。

死ぬことには少し納得してしまってる自分がいる。

勝手に1人で絶望して、手を差し伸べてくれた人の手を振り払って。


(これが私にお似合いの末路なんだ)


そう思い至ると抵抗をやめ、ただこの状況を受け入れた。


「……?」


すると魔女に扮した力は何か不思議そうな声をあげると、握りしめていた力が弱くなる。


(……?一体何が……)


私には意味が分からなかったが、後に意味が分かることになる。

だって。


「…………ぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおりゃああああああああああああああ!!!!!!」


窓ガラスが割れたような音が鳴り響くと、透明な壁を破り空間に1人の少女が入ってくる。

その少女はピンク髪をポニーテールにまとめ、私が何度もあったことのある少女だった。

そして何度も私の心に踏み込んで何度も助け出すと言ってきた少女。

レイラ=ユリウスだった。


すると私の首を握りしめていた者は口元を緩め笑みを零したかと思うと、霧散し光の粒子となって消えていった。


「イリス!大丈夫!」


レイラは心配そうな顔をして、私の元まで駆けつけてくる。

私は必死に呼吸をして、なんとか息を整える。


「レイラ……なんでここに……」


「……?そんなの助けに来たに決まってるじゃん」


あぁ、この子はあんなこと言われたって私の元まで駆けつけてきてくれるのか。


「なんで……私はレイラに酷いことを言ったんだよ!」


「あぁ……そのことか」


レイラは何気ない様子で頬をかくと言う。


「私だけはイリスの味方でいるって決めたからね、だからそんなの関係ないよ」


「……ぁあ」


思わず言葉を詰まらせてしまう。

だってここまで彼女が優しい人だなんて思わなかったから。

右手で胸あたりの服を掴み取り握りしめる。

自分がどんなこと言ったって彼女はきっとこの場に現れた。

自分がどれだけ馬鹿げたことをしていたか分かってしまった。

流れないように耐えていたはずの涙が頬を下っていくのが分かった。


「イリスは強がっているだけで、まだまだ小さな子どもだ」


レイラはその様子を見ると、右手で私の涙を軽く拭うとにっこりと笑う。


「私はイリスが危ない目に遭ってるなら、いつだって駆けつける。私を信頼出来なくたっていい、ただ幸せになって欲しい。それだけだから」


「……信頼出来なくなんてない」


「え?」


「信頼出来ない訳じゃない!私はレイラのことが大切だったから!私の元になんて居ずに幸せになって欲しかったから!だから遠ざけたんだよ!期待を平気で裏切るような私に手を差し伸べなくたっていい!私といたらレイラも変な目で見られるかもしれないんだよ!私は幸せじゃなくたっていい!」


いざ喋り出すと支離滅裂な言葉ばかりで自分でも笑ってしまう。

それでもレイラは最後まで口を挟まず聞いていた。

そしてやがて口を開き言う。


「そこまで考えてくれてたなんて……我ながら照れるな、えへへ。一つだけ聞き逃せれないことがあったから言うね。イリスはやっぱり幸せになるべきだよ。だってあの時のことも私を思って言ってくれたんでしょ?そんな優しいイリスが不幸せだなんて間違っている」


「私が……優しい?」


「うん。やっぱり間違っているのはイリスじゃなくて、この世界の方だよ。だから尚更、私はイリスの味方でいたい。それが今の私にとっての幸せかな。だからまずはイリスともっと仲良くなりたいんだ」


レイラは私の手を握りしめる。

すると私の中で蟠っていた何かが、解消されていくような気がした。

すると、ガラスの割るような音が空間のあちこちから響いてくる。


「イリスが間違ってる訳が無い!間違ってるのはイリスを否定するこの世界の方だ!だからまずはこの国を変えてあげる!イリスを幸せになる手助けは私がしてあげる!だから戻ってきてイリス!」


ガラスが割れるような音が辺りから鳴り響いた。

すると彼女たちを覆っていた黒い空間は崩れさり、魔女の結界が崩壊する。

以前のようにイリスに纏っていた禍々しいオーラは消え去り、背後にあった魔法陣も崩壊した。

そして悪魔のような風貌も天使のような風貌もなく、戻ってきたのはサファイアような青い目をして、白銀の短髪であるいつものイリスだった。


「おかえり」


「……うん!」


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