魔女捕獲作戦⑤
ババロン村門外の平原にて。
エーデルワイスはつまらなそうな顔をして目の前の光景を眺めていた。
目の前には力尽き、気を失って倒れ込むイリス。
それとイリスに向かい紫の光を放った、地面に突き刺さっている4つのランタンのようなもの。
強制魔法除去装置。
対象を所定の位置に移動させ発動する。
機能は対象の魔法を強制的に除去させ、一時的に魔法を使えなくさせるというもの。
これにより今のイリスは魔法が扱えなくなった。
全く魔法研究省の発明品は末恐ろしいと実感させられる。
「ま、何はともあれこれで任務完了と」
エーデルワイスは後ろを振り向き、歩き出そうとする。
だがその直後に鳴り響いた音に足を止めざるを得なかった。
まずはバチンと、まるで電気が放電されたようなそんな音。
「……?」
エーデルワイスは少し不思議そうな顔をしたが、特に問題は無いと判断しそのまま足を進めた。
だがその直後に鳴り響いた異音に、注意は完全にイリスの方へ向くこととなる。
誰かが立ち上がったような音。
目の前にいる気絶させられた騎士団じゃない。その音は背後から聞こえた。
エーデルワイスは後ろを振り向くと、気を失ったはずのイリスが顔を俯けて立っているのが見えた。
「まじか……今ので立ち上がるかよ」
しかし何かがおかしい。
まるで人形のようにただ立っているだけで動かない。
「おい?一体どうし」
エーデルワイスの言葉まで最後まで続かなかった。
イリスがエーデルワイスの方を見てきたからだ。
いや違う……そもそもこれはイリスなのか?
髪色や肌の色は変わらないが、サファイアのような青い目が今は禍々しい紫へと変わっている。
そしてまるでただ何も感じない機械のような表情を浮かべていた。
すると唐突に彼女の背中から2つの羽が生えてきた。
そしてイリスが昇天でもする天使のように空中へと浮かんで言った。
「なっ……」
エーデルワイスが言葉を失うのも当然だ。
一体何が起こった?
ただの人間では考えられない体の変化。
まさか……魔法?
「いや……魔法はあの装置で取り除かれたはず、じゃあこれは?」
その直後だった。
ドォォォォォォォォン!!
と地響きのような音が鳴り響く。
視界が一面の土埃で染まり、何が起こったのか分からないまま後ろへと吹き飛ばされた。
土埃が晴れ何が起こったのか理解する。
自分の立っていた場所の地面が抉られたのだ。
掘り起こされた岩石がイリスの頭上へと集まり天使の輪を形成していく。
エーデルワイスは立ち上がり、思わず声を上げる。
「ど、どうなってるんだ!これは一体!」
あの装置が上手く機能しなかったのか?
いやそもそもこんな力、イリスは身につけていなかったはずだ。
「どうなってる?なぜそんな力が……」
イリスは何も答えず、ただ無機質な目でエーデルワイスを見つめるだけ。
イリスは右手の人差し指を立て、エーデルワイスに向ける。
そこにイリスの意思など存在しない。
するとイリスの背後に魔法陣が2個、重なるようにして現れる。
色は青色。
前の魔法陣にはⅠ、Ⅱ、ⅡⅠ、Ⅳ、Ⅴ、VIの文字。
後ろの魔法陣にはα(アルファ)、β(ベータ)、γ(ガンマ)、δ(デルタ)、θ(シータ)、ω(オメガ)の文字が書かれていた。
すると後ろの魔法陣が反時計回りにゆっくりと回転する。
Ⅰはγ(ガンマ)の文字と、Ⅱはδ(デルタ)の文字と、ⅡⅠはΘ(シータ)の文字と重なっていく。
するとイリスの人差し指に光の粒子が集まり始めた。
「紫光砲発動」
それは紫色へ変色すると勢いよくエーデルワイスに向け放たれる。
エーデルワイスは慌てて剣で防御しようとするがあっさりと折られ、体へと直撃し勢いよく振き飛ばされる。
「ぐげっ……おえぇぇぇ!」
口から盛大に吐血し、イリスを睨みつける。
何が起きてる?
イリスが力を隠してた?
でもこれだけの力、上手く隠し切れるものなのか?
それこそ魔法でも使わない限り……。
「あぁ、そうか」
エーデルワイスはようやく理解する。
「道理で魔女の割に弱すぎると思ったんだ。本当はお前が魔女じゃないじゃないかと思ったが……その強大な力はちゃんと受け継がれていたんだな」
イリスが元々扱っていた魔法は風魔法。
ただし魔女の力を引き継いだ場合は、本来の魔法以外にも魔女の扱う強力な魔法も扱えるようになるはずだった。
だがイリスはそれを扱えなかった。
理由はひとつ。
「それだけの力、お前に扱いきれる訳がない。その力を使おうとしたら体を乗っ取られちまうくらいには強大だからな。だからお前は無意識のうちにその魔法で封印した。体が乗っ取られ暴走しちまわないようにな!」
エーデルワイスが扱った強制魔法除去装置は、対象の魔法を強制的に奪う装置。
だが封印していた強大な魔力までは奪うことは出来なかった。
奪われたのはイリスの本来の風魔法と強大な力を暴走しないようにする封印魔法。
封印が解かれた力はイリス本人にはまだ扱いきることはできない。
そのため魔法が奪われている間は体の制御権が奪われ、イリスは暴走状態と化した。
「ははは!これが魔女イリスの本来の力!おもしろい!今一度この私が!お前をねじ伏せてやる!」
エーデルワイスは右手を突き出し左手を後ろに添える。
「偉大なる火炎よ!全てを焼き付くし灰塵に帰せ!」
「火炎弾!」
右手から放たれた火炎弾が暴走したイリスの方へと向かう。
すると今度はイリスの背後の魔法陣が再び動く。
動いたのは前の魔法陣。
時計回りに回転し、VIはα(アルファ)と、Ⅰはβ(ベータ)、Ⅱはγ(ガンマ)、ⅡⅠはδ(デルタ)、IVはθ(シータ)、Ⅴはω(オメガ)の文字と重なる。
イリスが何かを握るような動作をすると、放たれた火炎弾の動きが止まる。
そしてイリスの手が何かを握りつぶすような動きをする。
するとそれに呼応するように火炎弾がだんだんと形が小さく変わり、まるで何かに握りしめられるように消失してしまう。
そしてイリスが右手を天へと向けると、小さな魔法陣がひとつ現れ、そこから紫色の光でできた矢が放たれる。
「……闇夜導矢」
「……!炎幕!」
エーデルワイスが叫ぶと、その身を守るように炎の壁ができ上がる。
矢は炎の壁にぶつかると、当たった部分から炎かき消していく。
エーデルワイスは驚きで目を見開き、矢を寸前のところで逃げる。
するとイリスの右側に魔法陣が現れ、そこから銃口が顔を覗かれる。
「闇夜銃」
イリスが無機質にそう呟くと、弾丸がエーデルワイスの逃げた場所へと直撃する。
「ち、くしょうが……」
エーデルワイスは額から血を流しつつも何とか生きつつあった。
そんな時だった。
「イリス!!」
戦いに横槍を入れるかのように現れた、ピンク髪にポニーテールの少女の姿が見て取れた。
私、レイラ=ユリウスは轟音を聞きつけ慌てて音のした方へと向かった。
するとそこで見たものは禍々しいオーラを放ち、悪魔と天使を織りまぜたような風貌をしたイリスだった。
「はぁはぁ……大丈夫?って訳では無さそうだね……。助けに来たよ」
私がそう言うと、イリスはまるで何にも興味をなくしたような目を向けてくる。
「エーデルワイス団長!大丈夫ですか!」
一方、紫髪をツインテールにし騎士団の服を纏った少女セリエはエーデルワイスの方へと駆け寄っていた。
「セリエか……一応何とか生きてるってとこかな」
「この状況は一体?」
「……はは。ちょっとしくじってな」
私はイリスの方へゆっくりと動く。
すると前の魔法陣が時計回りに後ろの魔法陣が反時計回りにうごく。
VIがγ(ガンマ)、Ⅰはδ(デルタ)、Ⅱはθ(シータ)の文字に重なるのが見て取れた。
するとイリスの前方に魔法陣が現れ、紫色の光が瞬き始める。
すると魔法陣から紫色の禍々しい色をした光線が放たれる。
それはレイラに直撃し、土埃が辺りに舞い上がった。
「……!レイラ!」
セリエが叫ぶ。
しかし土埃が落ち着くと中から無傷なレイラがいるのがセリエからは見えた。
「今助けてあげるからねイリス」
何とか攻撃を防いだ私はそうイリスに言う。
すると私の横へセリエが走ってきた。
「レイラ、今からこの子と戦うっていうの?」
「いいや、戦うんじゃない!助けるんだ!」