魔女捕獲作戦④
ババロン村入口の門にて、私レイラ=ユリウスと騎士団の1人であるセリエは対峙していた。
イリスの元へ向かいたい私と、イリスの元へ向かおうとするのを阻止したいセリエ。
なんとしてでもセリエを倒してイリスの元へ向かうはなければならない。
己の目的を再確認して、固唾を飲んで相手の出方を見る。
セリエは私に向かい右手を突き立てた。
その右手は小指と薬指が折り曲げられ、中指、人差し指は正面を、親指は上へと向けられていた。
「レスポイズン」
これはセリエと初めて退治した時、イリスに使っていた魔法!
水で生成した魚を相手に向かい、突撃させる!
「風よ!振き捲け!」
そういう私が唱えると突風が吹き荒れ、水の魚は吹き散らされ元の水滴へと戻る。
上手くいった!次は……
セリエは手のひらと全指を下へと向けて、手を上へと動かした。
「メデューズ」
水滴が集まり形作るは、大きな傘の様なものを持ち、その下には多くの触手が生えた生物。
そうクラゲだ。
(これもあの戦闘で見た!まだ対処出来る!)
「竜よ!身に余りしその力、我が為に役立てよ!」
クラゲは無数の触手を私の方向へと伸ばす。
「竜王の牙!」
そういうと目の前が真っ白に瞬き、竜の牙を模した斬撃が放たれた。
触手は切り刻まれ、傘と切られ損ねた僅かな触手だけを携え浮かぶクラゲが見て取れた。
私は新しいカードを取り出し、呟く。
「空へ浮かぶ的を射よ!炎矢!」
炎を纏った矢が放たれ、クラゲの傘へ直撃する。
矢で射られた場所から形が崩壊していき水滴へ、そして炎であぶられ蒸発していく。
今のところ何とか対処できている。
しかし、ただ対処するだけではこの勝負に勝つことは難しい。
何とかして攻めの姿勢に転じとないと。
セリエは両方の手のひらを合わせ、親指を交互に交わらせる形を作る。
「ルカン」
そういうと水滴が地中へと集まり何かを形作っていく。
「……?」
それは三角形のヒレを見せながら、地面を泳いでいた。
「……!まさか!」
ザッパーンとまるで海中から姿を現したかのような音を立て、現れたのは地面から見えていた背ヒレ、そして左右には胸ヒレ、尾には上下三角形のヒレがついており、紡錘型の体で、その下は白く、そしてノコギリのようなギザギザの歯を無数に持っているそれは……
「サメ!?」
口を大きく開け、襲いかかってくるサメに慌ててカードを取り出し対処する。
「錬成!」
槍が錬成され、それを握り上下のサメの歯にぶつけ喰われるのを何とか阻止する。
「だああああああああああ!!」
何とか力を振り絞り耐え続けるが正直かなりきつい。
それにこのままじゃ防戦一方だ。
今のままじゃセリエ勝つことなんて到底叶わない。
「ミューヘン」
するとサメの背後からセリエの声が聞こえる。
待て待て!今の状態で襲われたら!
すると左横腹に何かが噛み付いた感覚が襲ってくる。
恐る恐るそちらを見ると体は長く、黄色と黒に彩られた毒々しい体表を持つ生物が口内の鋭い牙で噛み付いてきていた。
間違いないウツボだ。
(う、もう力が……)
私は槍を持つ手の力が無くなっていくのを感じ取れた。
そして気づいた時には槍を離してしまった。
抑えられるものが無くなったサメはそのまま私に噛み付こうとしてくる。
(ここまでか……)
そう私が思うと、目の前のサメと横腹に噛み付いてたウツボが水滴となり散った。
私は尻もちを着き倒れ込む。
「これで分かったでしょ。いい加減もう諦めてくれない?」
恐らくサメとウツボが消されたのはセリエが魔法を解除し、攻撃を辞めてくれたおかげだろう。
私は噛まれたところから血が滲んでいる横腹を抑えて、セリエの顔を見つめ答える。
「でも……諦める訳には行かないのよ……」
「何で……何があんたをそこまで突き動かしてるって言うのよ!イリスに味方する理由なんてあんたには何も無いじゃない!」
私はニヤリと笑ってて答える。
「イリスはね……あぁ見えて美味しそうなものを目の前にすると、キラキラと目を輝かせるんだよ」
「は?」
セリエは意味が分からないと言うふうに言う。
だがそれでも私は動じず言葉を紡ぐ。
「それに恥ずかしい時は顔を真っ赤にして怒るし、悲しい時はものすごく悲しそうな表情をするの」
「……」
「私はね、イリスに楽しく生きて欲しい。そう思うから行動できるんだよ」
「それだけなの?もしそれが実現したとして!あんたに何が得られるっていうの!?」
「イリスの笑顔……かな」
セリエは信じられないというふうに私を見つめてくる。
確かにたったこれだけのわがままの為に、怪我を負って、騎士団の作戦を妨害までするなんて我ながらそんな立ち回りだと思う。
でもいい。
それでいいんだ。
そうすることで互いに傷つけ合う。こんなクソみたいな状況が変わるって言うなら。
「その為なら!私は何度だって立ち上がれる!」
私は落とした槍を拾うとセリエに向け突撃する。
セリエは少し驚いた顔を見せた後、再び真剣な表情に戻る。
セリエは右手と左手を重ね合わせる。それは横からは親指を覗いた両4本指、上からは両親指が見えるようになっていた。
「クラブ」
そう呟くと、セリエを守るようにカニが形作られる。
手のハサミを槍で受け止め、槍から手を離す。
そしてカニの胴体を走り棒高跳びの容量で、飛び越える。
セリエは驚いた表情を見せ、両方の手を合わせ、親指を除いた4本指のみ隙間を開ける。
「ミューヘン!」
そう言うと今度は噛みつかれなかった右横腹にウツボが噛み付いてくる。
「ぐぅっ…………関係あるかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
私は横腹の痛みなど無視して、セリエの胸あたりの上着を掴み取る。
「私は何としてでもイリスを助け出してみせる!そのために!こんなとこで負けてられないって言うのよ!」
私はセリエの額に向けて、勢いよく頭を振りかざし額をぶつける。
ガンッと音を立て、ぶつけた所から痛みが頭全体へ広がっていく。
思わず涙目になってしまった。
前を見るとセリエが痛そうに表情を歪め、後ろへ倒れている真っ最中だった。
すると横腹に噛み付いてたウツボ、そしてカニの魔法が解け水滴へと戻る。
「はぁ……はぁ……」
「くっ、この石頭が……」
倒れ込んだセリエはそう呟いた。
いや、私だって今にも倒れそうなくらい痛いんですけど。
「これで……分かってくれたかな?」
するとドォォォォォォォォンと何かが地面に激突したような音がすると、大地が揺れ動いた。
「な、何!?」
私とセリエは驚いたように音のした門外へと目を向けた。
ババロン村門外の平原にて騎士団長エーデルワイスは目の前の惨状に思わず、声を張り上げていた。
「ど、どうなってるんだ!これは一体!」
目の前には空中に浮かぶイリスがいた。
しかしそれはいつものイリスではなかった禍々しい紫色に目を光らせ、背中からは悪魔のような黒い翼が2本生え、頭上には天使のような外壁でできた輪が浮いていた。
そしてイリスの周りの空気は、その存在を強調するように紫色に漂っていた。