初恋はいつまでもひきずってしまうもの
私の大好きな人は私のことが好きだと軽く口にする。その度に好きとの重みが違うのだとがっかりするしかなくて、私は目を伏せる。
いつも食べることは後回しで、私が食べるものを持っていかないと、死んでしまうのではないかと心配で仕方がない。
「僕がリーリアのことを好きだと言う度に目を伏せるのは何故?」
そう聞かれて、私は答えあぐねて「好きと言われて嬉しくて」と答えた。
それが嘘だということは直ぐに想像がついたのだろうけど、ユーリアンは何も言わずに黙った。
その日からだっただろうか、私は「私のこと好き?」と聞かなくなったし、ユーリアンも「リーリアが好きだ」と言わなくなった。
言わなくなった理由はもっと別のことだったかもしれない。ただ強く記憶に残っているのが、先の出来事だっただけだった。
互いに気持ちを確かめ合わなくなると、好きという一緒に居る理由がなくなってしまい、私達が一緒に過ごす時間はとても短くなっていった。
一年とちょっと経った今では、月に数度、道ですれ違うことがある程度になっていた。
私に父親から縁談の話が出てきて、私は最後にユーリアンの気持ちを確かめたくて、ユーリアンを待ち続けた。
会えない日が三日続いて、四日目にユーリアンの友人が私が待っているとユーリアンを呼びに行ってくれた。
「約束もしていないのに勝手に待ってごめんなさい」
ユーリアンの迷惑そうな顔を見て、私は謝罪すべきことなのだと思い当たった。
私はもうユーリアンの顔を見ることはできなくて、ユーリアン靴のつま先を見て、話しかけた。
「迷惑をかけるつもりはなかったの。最後にもう一度だけ聞きたくて・・・私のこと好き?」
暫く待っても、返事はなくて、ああ、聞いたのは間違いだったと気がついた。
もう、好きで居るはずもなかったのだ。
まともに会話もしなくなって一体どれほどの月日が経ったと言うのか。
「いきなり変なこと言ってごめんなさい。用はないの。本当にごめんなさい」
私はそう言ってユーリアンを見ることもなく、数歩後方に後退って、ユーリアンに背を向けて走って逃げ出した。
翌日、父に縁談を進めていいと伝え、話は驚くほど早く進んで行った。
時折ユーリアンの事を思い出しては涙が流れたが、何時かはこの涙も枯れる日が来る。
婚約者とは初めて顔を合わせて、相手に気に入られた私は、一日でも早く妻に欲しいと望まれて、急いでウエディングドレスを仕立てて婚約者の横に並び立ち、私が十六歳になった誕生日に結婚式を挙げた。
本邸から少し離れたところに別邸が建てられていて、私達夫婦はそこに住むことになった。
夫は私が身にまとっているものを全て剥ぎ取ると、しつこいほどに胸に執着して、弄り回した。
貫かれた後、何度も突き上げられ、快楽などどこにもなく、体の揺れと共に涙がこぼれ落ちた。
旦那様となったウォルトは「すまない。痛かったか?」と優しく抱きしめてくれたが、それで傷ついた心と体は元に戻らない。
ウォルトは何かにつけて優しく、私を慈しんでくれた。
私のことが好きだと言い、愛していると伝えてくれる。私もウォルトと同じだけの愛を伝え、二人はうまくいっているように見える。
けれど私はユーリアンを探してしまう。
私はもうユーリアンと出会うことはないのに。
嫁いできた私は、住む街が違ってしまっていて、ユーリアンの行きそうな場所に行くこともできないから。
最後のあの時、勇気を出してユーリアンの顔を見れば良かった。
報われない恋だっただろうけど、彼の顔を覚えていたかった。
旦那様が学生時代の友人を連れてくると言って、その日の夜、連れてきたのはユーリアンだった。
私達は驚いて、ウォルトをごまかすことができず「私達も知り合いなの」とウォルトに答えた。
そんな偶然があるものなんだなと言ってウォルトとユーリアンは楽しそうに笑っていた。
私一人が複雑な心境なのだろう。
私は知らなかったけれど、ユーリアンは伯爵家の次男だそうだ。
私も伯爵家の次女。付き合い続けることに何の障害もなかったのだと初めて知った。
ユーリアンの生活はいつ見ても貧乏学生そのもので、平民だとばかり思っていた。
毎日飲む珈琲にも困っていた。そう話すと、本の収集にお金がかかって食い詰めていたんだと旦那様が言った。
ユーリアンは私の身分をなんとなく解っていただろう。ただ利用されただけだったのだろうか?
ご飯を与えてくれる便利な人だったのだろうか?
ユーリアンは笑って、学生の頃、リーリアが好きだったんだ。と今は意味もないことのように話して聞かせた。
私もそれに合わせて、私も誰よりも好きだったわと答えた。今は旦那様一筋だけれど。と笑ってウォルトの頬に口づけた。
それっきりウォルトはユーリアンを連れてこなくなり、家の中でユーリアンの名前が挙がることはなくなった。
ウォルトは私に子ができることを望み、その望みは直ぐに叶った。
二人、三人と生まれ、四人目が生まれた頃には、流石に子供はもういいのではないかと思ったけれど、ウォルトは私が妊娠している間だけが安心できるようで、子作りをやめようとしなかった。
六人目が生まれた時、義母に子供はもういいんじゃない?と言われたので、ウォルトに言って下さいとお願いした。
母とウォルトの間でどんな話がされたのか分からないが、私が避妊薬を飲むことを許された。
避妊薬を飲んで、最初の夜「ユーリアンを今もまだ愛しているのか?」と聞くので私は声を上げて笑い、「子供の頃の一時のことよ?!」と言って笑い続けた。
「もしかして、嫉妬してユーリアンを家に呼ばなくなったの?」
「・・・・・・」
「馬鹿ね。私が愛しているのはウォルトだけだわ」と彼の首に腕を回した。
ウォルトは納得したのか、しなかったのか、解らないけど、私が好きで仕方がなくて噛み付いてしまう癖がなくなった。
私はそれだけでも満足だ。
私はまだユーリアンに心奪われている。
幼い恋は本当にしつこいと思いながら、その思いをウォルトへとぶつけるとウォルトは満足そうにしているので、うまくやれているのだろう。
きっと。