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夜会で婚約破棄された王子は私の初恋の少年だった

作者: 上下左右


 人は見た目が九割だという説がある。この言葉が嘘ではないと、社交界で婚活に励むセラは実感していた。


(お父様から頼まれたので夜会に顔を出しましたが、相変わらず退屈ですね)


 セラの外見は自他共に認めるほどに美しい。輝くような銀髪と、透き通るような赤い瞳に加えて、白磁の肌と整った顔立ちはまるで女神のようでさえある。


 必然、彼女の元には多くの男たちが近づいてきた。だが、そのすべてを退屈だと、セラは拒絶していた。


(私の顔にしか興味のない浅い人との結婚なんて御免ですからね)


 セラの外見は今でこそ美しいが、以前の彼女は丸々と太っていたため、デブ令嬢と社交界で馬鹿にされてきた。


 見返してやろうと努力を重ねた結果、誰もが振り返るほどの美貌を手に入れたのだが、だからこそ、外見だけで人を判断する男との結婚を望まなかった。


(でも外見を隠すと、悪評のせいでお見合いが成立しないので困ったものですね)


 器量良しで、公爵家の一人娘であるセラは、外見さえ明かせば相手に不自由しない。だからこそ彼女の父であるグラウス公爵は、見合い話が来ないなら、自分から夜会で探して欲しいと出席を頼みこんできたのだ。


(でも私が男性を好きになれるのでしょうか……)


 デブ令嬢と馬鹿にされてきた過去を思い出す。陰口を叩かれても気丈に振舞っていたが、女性としての魅力がないと揶揄されて傷付かないわけがない。


(こんな私に対等に接してくれたのは……レオくんだけですね……)


 セラの淡い想い出の中には、一人の少年がいた。黄金を溶かしたような金髪と、空よりも青い瞳、子犬のように可愛らしい顔をしていたと記憶している。


 だからこそ周囲の悪童たちから舐められてしまったのか、よく虐められて泣いていた。そんな彼の唯一の友人がセラだった。


 セラの服の裾をガッチリと掴み、涙する彼をいつも慰めていた。泣き止んで屈託のない笑みを向けてくれる彼を愛おしいと感じると同時に、セラもまた、対等に接してくれる彼の存在に救われていたのだ。


(レオくんは元気にしているのでしょうか……)


 もし結婚するなら彼が良いと、父に伝えたことがある。しかし反応は芳しくなかった。彼には既に相手がいるから諦めなさいと諭されてしまったのだ。


(顔は整っていましたし、頭も良かったですから。きっと立派な貴族の子息へと成長しているでしょうね)


 壁に背を預け、記憶の中の少年に対する未練を忘れるために、葡萄酒を飲み干す。酔いが回り、頬が紅潮し始めたセラは、ぼんやりと会場を見つめた。


(お父様には何の成果も得られませんでしたと報告するしかありませんね)


 諦めて帰路につこうとした時、遠くから女性の金切り声が届いた。


(いったい何の騒ぎでしょう?)


 気になったセラはグラスを置いて、野次馬に交ざって様子を窺う。


 騒ぎの中心には整った顔立ちと、気の強そうな瞳、加えて燃え上がるような赤い髪の女性がいた。


 その女性の特徴にセラは聞き覚えがあった。彼女の実家と対立する公爵家の令嬢で、名はミシェルという。我儘令嬢との悪評が流れている人物だった。


「もう一度、宣言するわ。私はナンバーワンにしか興味がないの。だから、レオナードとの婚約を破棄させてもらうわ」


 ミシェルがピシッと指を差した先にいたのは、見上げるほどの高身長の金髪青目の青年だった。ただしその長躯とは対照的に、顔付きは優しげで温和な雰囲気を放っている。


 レオナードは、ふぅと小さく息を吐く。婚約を破棄された悲しみは感じていないのか、呆れだけが表情に滲んでいた。


「僕との婚約を破棄するなんて正気かい?」

「もちろんよ。だってレオナードは私の期待を裏切ったんだもの」

「僕が何をしたと?」


 心当たりがないと、レオナードは疑問符を頭の上に浮かべるが、ミシェルは反論するようにフンと鼻を鳴らす。


「あなたは長男で第一王子の立場よね。当然、次期国王に就任し、王妃となった私に贅沢な暮らしを与えてくれると信じていたわ。でも、第二王子のアレンから聞かされたの。次期国王には武勇に優れた彼が就任すると。ねぇ、アレン?」


 ミシェルの呼びかけに反応して、人混みから男が顔を出す。彼もまたレオナードと同じく、金髪青目の美丈夫だったが、雰囲気は正反対で、鷹のように鋭い目付きをしていた。


「兄貴、悪いがミシェルは俺が貰う」

「相変わらず我儘な弟だね」

「俺は優秀だからな。これくらいの我儘は許されるのさ」

「ふぅ……分かったよ……婚約破棄を受け入れるよ」


 レオナードはあっさりと婚約破棄を受け入れる。その様子にミシェルは拍子抜けしたのか、戸惑いが態度に現れていた。


「平静を取り繕わなくても、悔しがって泣いてもいいのよ」

「僕が泣くはずないだろう。元々、二人の間に愛はなかった。君が筆頭公爵の一人娘でなければ、僕は本当に好きな人と結婚していたからね」


 第一王子は次期国王に就任する可能性が高いため、娶る妻を選ぶことはできない。政治の付き合いで、最も重要な相手が自動的に婚約者として選定されてしまう。


「でも婚約破棄してくれたおかげで助かったよ。ミシェルがここまで馬鹿なら周囲も納得してくれる」

「私は王妃になるのよ。馬鹿にすると許さないわ」

「君が王妃か。本当にそんな日が来るといいね」


 愚かさを笑うような笑みをレオナードが浮かべると、ミシェルは悔しさで奥歯を噛み締める。


「わ、分かっているの⁉ 私に捨てられたら、あなたはもう一人の公爵令嬢と結婚することになるのよ」

「政治上、きっとそうなるだろうね」


 この国には公爵は二人しかいない。筆頭公爵の次に力を持つ令嬢、つまり次点のセラが婚約者としての候補に挙がることになる。


 野次馬として耳を傾けていたセラだが、当事者になると知れば反応も変わる。瞳を大きく開けて、第一王子のレオナードを見据えた。


(第一王子様が私の婚約者に……)


 身分は王子で、性格も穏やかに見える。そして何よりもレオナードの容姿からは、記憶の中のレオの面影が感じられた。


「兄貴には同情するぜ。なにせ、デブ令嬢と有名な醜女だからな」

「女性の価値は外見だけでは決まらないよ」

「綺麗事を。俺はミシェルが美しいからこそ愛する。人の価値は外見で決まるのが世の男たちの本音さ」


(第二王子様は私の嫌いなタイプですね……)


 言い負かしてやりたいとの欲求が湧いてくる。一歩、セラは足を踏み出すが、それよりも前にレオナードが口を開いた。


「アレン、君は可哀そうな人だね」

「なんだと⁉」

「本当に美しい人を知らないから、外見至上主義の価値観に染まるんだ」

「まるで兄貴は本当の美人を知っているかのような口ぶりだな」

「知っているとも。幼少の頃に虐められていた僕を、身体を張って守ってくれた人でね。その人は周囲から外見を馬鹿にされていたけど、その優しい心根が僕には輝いて見えたんだ」

「ふん、青臭い話に鼻がもげそうだぜ。そうだろ、ミシェル?」

「無能な王子らしい価値観だわ」


 二人の悪魔は嘲笑する。そんな彼らを許せないと、セラはレオナードを庇うために動いた。


「その話、聞き捨てなりませんね」

「誰よ、あなた」

「お会いするのは初めましてですね。私は噂の公爵令嬢、セラです」


 その名乗りが会場にいる人たちを驚愕させた。醜いとの評判だった令嬢が、痩せて美しい女性へと変貌を遂げていたからだ。


「あなたが本当に……あのデブ令嬢なの?」

「私は自認した覚えはありませんが、巷ではそう呼ばれていますね」

「嘘よ、きっと偽者だわ!」

「なら偽物らしく、この場を退散するとしましょう。さぁ、行きましょうか」


 セラがレオナードの手を掴むと、夜会会場を飛び出す。背中越しにヒステリックな声が届くが、足を止めることはない。


 声が聞こえなくなるまで走った二人は、夜の庭園に辿り着く。息を整えた二人は改めて顔を見合わせる。周囲に邪魔する者は誰もいない。静寂が包み込んでいた。


「君に助けられたのは子供の時以来だね」

「やはり、あなたはレオくんだったのですね⁉」


 レオナードの過去に虐めから庇って貰った話を聞き、彼がレオなのではと疑っていた。その疑念が確信に変わった瞬間だった。


「レオくんは立派に成長しましたね」

「僕なんてまだまださ。婚約破棄されて、情けない姿を見せてしまったからね」

「ふふ、昔のレオくんなら泣いていましたから。毅然とした態度を貫く姿は格好良かったですよ♪」


 お世辞ではなく、夜会で最も輝いていたのは、間違いなくレオナードだ。その言葉が本心だと伝わったのか、彼は気恥ずかしそうに頬を掻く。


 二人の間に改めて沈黙が訪れる。レオナードは真剣な眼差しをセラへと向け、ゴクリと固唾を飲んだ。


「セラ、君はまだ独身だよね?」

「夜会で相手を探していたくらいですからね」

「僕も婚約を破棄されたばかりでね。独身なんだ……だから……どうか僕と婚約して欲しい」

「ふふ、また太るかもしれませんよ?」

「構わないさ。外見が衰えても、内面は変わらない。君はいつだって優しいままだからね」


 レオナードのプロポーズにセラは抱き着いて愛を示す。幼い頃からの両片思いが、時を経て結ばれたのだった。


――――――――

ここから裏話

――――――――


 レオナードとの婚約を果たしたセラは、実家の屋敷へと帰宅した。夜会の成果である彼を連れていたため、屋敷は蜂の巣をつついたように騒然としていた。


「お父様、私の運命の人を見つけましたよ」


 来賓室でセラの父親のグラウス公爵が出迎える。


 セラがレオナードを紹介すると、ポカンと口を開けて唖然としていた。グラウス公爵はレオナードと面識があり、第一王子だと知っていたからだ。


 玉の輿を果たした娘に対し、二の句を発せずにいたグラウス公爵だが、ゴクリと唾を飲んで、無理に言葉を捻りだす。


「まさか本当に王子と結ばれるとは……」

「本当に?」

「い、いや、こちらの話だ。そんなことより王子を歓待せねばな。セラよ、紅茶を運んできてくれるか」


 釈然としないまま、セラは大人しく父からの頼みに従う。彼女がこの場から離れたことを確認して、レオナードと向き合う。


「あの日以来ですね、王子」

「改めて、僕の計画に賛同してくれたことを感謝するよ」


 レオナードとグラウス公爵は、夜会の数日前に会合を設けていた。すべては彼がセラと婚約を果たすため。事前に計画を練っていたのだ。


「あの時は驚きました。婚約者のいるレオナード王子から縁談の申し込みがあったのですから」

「夜会の前からミシェルの婚約破棄の動きは把握していたからね。僕がフリーになるのは織り込み済みだったのさ」


 ミシェルは筆頭公爵の一人娘だ。政治上の都合で、レオナードから婚約を破棄できない。


 だが相手から切り出されたなら話は別だ。レオナードは無事、婚約の破棄に成功し、セラと結ばれることができたのだ。


「私も苦労したのですよ。娘に夜会に参加させるために、頭を地面に擦り付けたのですから」

「ありがとう。この恩は必ず返すよ」

「ふふ、では、孫の顔を見せてもらうことで返してもらうとしましょう」


 二人が話を終えたタイミングで、セラが紅茶をティーワゴンに載せて運んでくる。場の空気を感じ取ったのか、彼女はキョトンとした表情を浮かべる。


「二人で何の話をしていたのですか?」

「君を生涯幸せにすると、御父上に約束していたのさ」

「ふふ、私がおばあちゃんになってもですか?」

「もちろんさ。だって君の内面の美しさは永遠に変わらないからね」


 人は見た目が九割だという説がある。だがそれは万人に当てはまる真理ではない。それを証明するように、レオナードはセラを生涯愛し続けたのだった。




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[気になる点] その後どうなったのかが気になる。 [一言] その後の話が無い為に気になりました。二組はどうなったのか?その後日談が必要だと感じました。 話が面白かっただけに後日談もセットであれば評価…
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