或幼女趣味の話
少女がいた。
幼女でも童女でもなく、少女だ。
見れば誰でも分かる。あれは少女だ。
格好からしてどこかの貴族の令嬢である。
最近勢力を拡大している新興宗教が制作した噴水広場。中心に置かれた女神像を囲むよう水が吹き上がる。そこに金貨を投げ入れればどんな願いでも叶うというジンクスで一稼ぎしているのだとか。
時刻は日が沈んでからもう随分と経っていた。そんな時間にも関わらず、少女は一人、その噴水広場にいた。無駄に金ピカリとした女神像を冷めた目でじっと見つめている。
「こんな夜遅くに一人で危ないよ。お父さんかお母さんは?」
放っておくべきだったかもしれない。こんな時間に少女を一人にしないことは、大人として健全な考えではあるが、第三者に目撃された場合、僕自身が不審者扱いされてしまうかもしれないからだ。そのリスクが頭にあるから、少女に話かけるときは白昼堂々とやることにしてる。それにも関わらずなぜか声をかけてしまった。なぜだろう……。
そんなことを考えていると、
「お母様が病気なの」
と少女は答えた。見れば大変可愛らしい顔をしている。表情に乏しい印象を受けたが、それが一層少女らしからぬクールな美しさを醸し出していた。クールな少女とは実に僕好みだ。
「そうか……。それは大変だね」
とりあえず僕は共感の言葉を彼女にかける。
すると、
「おじさん、金貨持ってる?」
と少女が聞いてくる。
これはこれは、話が速くて助かると思う。最近の少女は随分とませているのだなと、僕は胸を躍らせた。
「君のための払う金貨ならばいくらでもあるよ」
「そう。後でお返しするから何枚か貸していただけないかしら?」
「もちろ……ん?"貸す"でいいのかい?」
何か僕の想定とは異なることに気づく。
「ええ。不覚にも金貨を持ってくるのを忘れてしまいまして。だから後でお返しするのでお貸しいただけないでしょうか?」
なるほど。そういうことか。危ない危ない。
危うく合意のないまま遂行するところであった。
僕は先走らぬよう一旦冷静になることを心掛ける。
「君には叶えたい願いがあるのかい?」
「お母様の病気を治してあげたいの。おじさん察しが悪いね」
「ありがとうございます」
「褒めてないよ」
少女に軽く罵倒され、喜びに満ちている僕は寡聞ながら彼女に進言する。
「でも、貴族の令嬢だからいくらでもお金はあるのかもだけど、こんなところでお金を無駄にするのはあまりお勧めしないよ」
「そうなの?お金さえ払えば願いを叶えてくれる場所と聞いたのだけど」
「違うよ。ここはお金だけ払わせて何もしてくれない場所さ」
「そうなのね」
少女の表情が僅かに沈む。
「やっぱり…、そうよね」
少女は続けざまにそう言った。
「こんなところで金貨を使うぐらいなら、医者を雇うのに使った方が建設的だよ」
「それぐらいのことはもう既にやったわ。その手のことはもうやり尽くしたの。でも、もうドブに投げるぐらいしか使い道がないの」
「そうか…」
ならば僕ともっと楽しいことをするために使わないか、とは流石に言わないでおいた。
少女の顔を横目に覗く。やはり大変僕好みだ。
だけど唯一僕が好まない表情に少女の顔は変化していた。
少女の瞳には大粒の涙が浮かんでいたのだ。
美しい。
それでも少女は美しい。
でもやはり僕好みではない。
少女が"なく"ときというのは、やはり歓喜によるものでなくてはならない。
ガンッ。
「おじさん、何しているの?」
驚いた顔で少女がそう言う。
突然、女神像に金貨を"ぶつけ”だした僕に動揺の眼差しを向けた。
僕は少女の手を取り、貨幣袋に入っていた金貨を少女の手に乗るだけ渡す。
「ドブに捨てるよりは建設的だよ」
ポチャ。
少女は女神像に向かって金貨を投げた。
大人の僕とは違って、少女は体格で女神像まで届かせるのは難しく、手前の噴水池に金貨は落ちる。僕は、もっと腰を入れて、腕を速くて振って、と金貨をぶつけられるよう少女にアドバイスをする。
初めに渡した金貨はすぐに尽き、そうしたら新しく少女の手に金貨を追加した。それを繰り返していると、僕の方の所持金貨もなくなり、今度は銀貨を彼女に握らせた。銀貨がなくなったら銅貨。銅貨がなくなったら地面に置いてあるそこらの石を投げつけた。
ガンッ。
一体どれだけ投げ続けたのか。
少女はついに女神と仕留めることを成功させた。
成功した瞬間の少女の顔には形容しきれないものがあり、あえて言うなら一番の僕好みの顔をしていた。
――――――――――
「ありがとう、おじさん。おかげで少し気が晴れた」
「どういたしまして」
「お金は今度会ったらお金は必ず返すから」
「今すぐ体で払ってくれてもいいんだよ」
「お金で払えるから安心して」
「そうか、それは残念だ」
そう言って僕は踵を返す。すると後ろから、
「おじさん、名前はなんて言うの?」
私を呼び留め、少女は名前を訪ねた。
名乗るほどの名前はありませんと去るのも乙ではあるが、こういった状況にあったとき僕は名乗ることにしている。まあ、こんなシチュエーションは初めての経験ではあるが。
僕は一度振り返って、
「プエルト・トゥ・ロンリコ。プエルト・トゥ・ロンリコと申します」
と答えた。
そして再び踵を返し、足早にその場を立ち去った。
「プエルト・トゥ・ロリコン様……」
少女の呟きを、背中で聞きながら。