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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
五章 オーブを探して
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悪と悪


 経年劣化と通常損耗が起きている宿屋でエビルとレミの二人は、別行動を取っていたセイムとサトリの帰宅を待っている。

 もう夜は遅い。太陽などとうに沈み、暗闇に染まる空に月が浮かんでいる。とっくに帰ってきてもいい時間なのに二人はまだ姿を見せない。もちろん門限などがあるわけではないが帰りが遅くなりすぎると心配もする。


「二人、遅いね」


「そうね。サトリがいるから遅くならないと思ってたんだけど……」


「……うん、心配だ。ちょっと町の様子を見てくるよ。二人のことだから、何かに巻き込まれても大丈夫だと思いたいけど、やっぱり心配だ」


 実力という面で見れば二人は強い。毎日続けている早朝訓練でもエビル達の勝率は三割、よくて四割といったところか。そんな二人が事件に巻き込まれても無事に帰って来るのではないかと思える。しかし仮にそうでも巻き込まれていいと思っているわけではないし、何か困っているなら力になりたいのだ。

 椅子から立ち上がるエビルを見てレミも同じように立ち上がる。


「アタシも行く。仲間だもん」


 部屋を出て、受付の前を通ると「待て」と声をかけられた。

 声をかけた人間は当然店主である老人。背もたれのある丸椅子に腰を下ろしている彼は、焦って出て行こうとするエビル達が気になったようだ。


「どこへ行く気だ、今日はもう遅いぞ」


「仲間が帰って来ないんです。捜しに行かないと」


「お前達の仲間は小さい子供じゃないだろう。過保護は嫌われる一因だぞ」


「何もないならそれでいいんです。でも、万が一があったら……もう失うのは嫌なんです。それにもし二人が帰って来れない事情があるなら僕は話を聞きたい」


 レミが「アタシもね」と告げると店主は深いため息を吐く。


「……外で怪しい奴等を見た。集団で動いていたから戦力はかなりでかい。ウチに泊まっていた客も交ざっていたし、青いバンダナを持っている奴が多くいた……おそらく噂に聞く盗賊団だろう。何かのトラブルに巻き込まれたというならこれしかない。お前達だけで動けば命の保証はないぞ」


 青から連想出来るのは盗賊団プルーズだ。

 合流したとしても味方勢力は四人。対して相手人数は未知であり、圧倒的に多いことだけは予想出来る。まともに思考すれば国の兵士に助けを求めるべきなのだろうが盗賊団の証拠がない。証拠がなければ戯言とされて動いてくれないだろう。


 兵士の助力を得るのは難しいだろうが、数の利が相手にあったとしてもエビル達は諦めない。四人だけでも何十何百という人数を相手取る覚悟は出来ている。それなりに強者揃いの集団へ挑むなら自殺願望を疑いたくなるが。


「行きます、そして全員で帰ってきます」


「宿代は前払いだからいいが死なれたら気分が悪い。絶対に帰って来い」


 睨むような目を向ける店主へと二人は頷いて返事をする。


「……でも本当に盗賊ならどこが狙いなんだろう」


 このハイエンド城下町には博物館や美術館が大量にある。毎日のように展示会が開かれている町なので、盗賊に狙われる場所が多すぎてどこに行けばいいのか分からない。盗賊にとっては盗む物が多い夢のような場所だろう。


「もしかしたらあの今やってる展示会、ほら、風の勇者がどうとかいうのがあっただろう。あれかもしれない。期間限定でやっている展示会の品を狙う可能性は十分ある」


「確かにそうよね。……って、だとしたらリトゥアールさんが危ないんじゃないの!? 盗賊に襲われたらどうなるか、想像するのも嫌だけど悲惨な目に遭うに決まってるわ!」


 盗賊に限らず賊全般に襲われれば碌な目に遭わないのは容易に予想出来る。

 リトゥアールは女性であり、容姿も魅力的なので特に酷い事態になることだろう。今の時代でも賊に拉致された男女が性的に襲われる事件は珍しくない。様々な男達に襲われるリトゥアールの姿を想像したエビルは背筋が凍りつく。


「急ごう、リトゥアールさんも守らないと――」


『待てよエビル。今、リトゥアールって言ったか? どこで会った?』


『シャドウか、そんなことは後で説明する!』


 唐突に語りかけて来たのはエビルの中に潜んでいるシャドウ。

 普段は視覚や聴覚で得た情報を共有出来ているはずの彼が把握していないのは、精神の奥深くにまで潜っていたせいだ。その場所、主に精神世界の奥では彼に情報が届かない。

 口ぶりからするにシャドウはリトゥアールを知っているのだろうが深く追求する暇はない。急いで盗賊達を打倒しなければいけないのだから話は後回しだ。


『守るねえ……あいつを守る必要なんてないだろうに』


 シャドウの言葉を気にせずエビル達は宿屋を飛び出した。



 * * *



 風の勇者にまつわる品をメインとした展示会場に一人の女性がいる。

 グラデーションの綺麗な青紫の長髪。黒い錫杖(しゃくじょう)を持っており、黒い神官服を着ていた。若々しい外見に加え、胸や尻など出るところは出ている見事なプロポーション。彼女――リトゥアールは長椅子に座って自身が持って来た品々を見つめている。


「もういい加減、この想いも捨てなければいけないというのに……」


 ポツリと呟いた彼女が向けた視線の先には風の勇者の人物画が存在していた。


「人の想いというのは捨てたくても中々捨てられないものですね。あなたの元に行くのはそう遠くないかもしれません。……いえ、いけませんね。せっかく救ってもらったこの命、自ら捨てるのはあなたの頑張りを無視するようなもの」


「今の貴様の行動もあいつの死への冒涜なんじゃないのか」


 リトゥアールの背後にいつの間にか黒ローブを着た男が立っていた。彼女は人物画から目を逸らさず、背後に立つ男の言葉に「お互い様、でしょう?」と答えを返す。


「俺は理由あってのことだ。貴様はどうかな、俺からすればただの自棄にしか見えない。同じ目的を掲げたはずなのに貴様の策は愚策だ。挙句の果てに奴を巻き込んだな? あのマッドサイエンティストから聞いたぞ。平和な暮らしを望み、夢を叶えて静かに過ごしていた奴を何故巻き込んだ?」


「近いうち、どうせ全ての平和は崩れ去る。ならせめてビュートの仇を討つために尽力させた方がよいでしょう。彼も承諾してくれています」


 羊のような黒い角が側頭部から突き出ている男は無言で足を動かす。

 僅かな間しか話していないのに去ろうとする男に、リトゥアールは「どこへ?」とやや目を向けて静かに問いかける。


「今の貴様には何を話しても無駄なようだ。俺は俺のやるべきことをする」


 結局、男はすぐに立ち去ってしまった。

 リトゥアールはため息を吐く。

 己のやろうとしていることが愚策だと言われたからか。男に呆れられたからか。いずれ来たる平和の終わりを考えたからか。……否、この展示会場への侵入者を感知したからである。

 多少の苛つきから彼女は床を軽く錫杖で叩いてから立ち上がった。


「やれやれ、今日は客人が多いですね」


「――ゲハハ、明かりが付いていたからもしやとは思っていたがまだ客がいたか。残念だがもう展示会は終いだ。これよりここにある貴重な品々は俺達が頂く」


「一つ訂正しておきましょう。私は客ではありません、展示会主催者です」


 リトゥアールが振り返った先にいたのは青一色の服を着た男が二十人程。その中でも一際体が大きく肥満体型で、もさもさした髭が生えているのがリーダーであるジークだ。


「誰でもいい……と言いたいところだが一つだけ言っておきたいことが出来た。こんなに風の勇者にまつわる品々を集められたんだ、よっぽど好きなんだろうさ。そこでどうだ、俺達盗賊団の仲間になるつもりはないか? 俺は風の勇者関連の品を盗んで回っているんだ、悪い扱いはしないぜ?」


「ご期待には沿えないでしょう。残念でしょうが諦めてください、ここにある品々を譲る相手は既に決まっています」


 冷たく返されたジークは「そうか」と呟いて眉間にシワを寄せ、目を鋭くすると殺気を放出する。合図だったのか男達の一人が大きなボウガンと矢をジークへ手渡す。


「ならいい、死んでもらうだけさ。俺達の悪評のために」


 人間が喰らえば一撃で致命傷を負うだろう大きさの矢を軽々とボウガンにセットして、ジークは躊躇わずに目前のリトゥアールへと発射する。

 発射された矢の速度は時速四百キロメートル弱。およそ音速の三分の一程。人間には到底対応出来るはずのない速度をもって凶器が迫り、誰もが胸を貫かれて若い女が死ぬと確信していた。――錫杖で矢が叩き落されるまでは。


 カランカランと大きな矢が転がっていくのを見て男達は愕然とする。今までなかった信じられない光景を視界に収めて、一早く正気を取り戻したのは攻撃した本人だった。


「……おいおい、何者だよ。今のは普通防げねえだろ」


「そのような玩具では私を殺せません。己の力でかかって来なさい」


「はっ、ガッハッハッハッハッハ! こいつはおもしれえ!」


 さすがにボウガンの矢を叩き落とすような者が相手ではジークも手詰まり、準備不足。このレベルの相手がいると分かっていれば奥の手を持って来ていたのだが仕方ない。


「とりあえず同じ風の勇者ファンってことで名乗っておこうか。俺の名はジーク、盗賊団ブルーズの(かしら)をしているもんだ」


「風の勇者ファン……ですか。一緒にしないでいただきたいですね」


 リトゥアールとしてはジークと一緒にされるのは不快、というよりジークがファンだということが不快に感じている。本来盗賊など勇者に倒される悪党だ。自分から悪党に成り下がっておいて、未だにファンと言えるのは熱狂的だがどう言っても断罪される側。風の勇者からしてもいい迷惑になるだろう。


「おいおい、名乗られたなら名乗り返すのも礼儀だろ?」


「ならば名乗りましょう。私の名はリトゥアール、今や人々を殺している魔信教の教祖……つまりそちらと同じ統率者です」


 今、偶然にも二つの悪の組織のトップが対峙していた。

 魔信教と盗賊団ブルーズのトップはどう動くのか。協力か、敵対か。言葉にするまでもなく両者から発される殺気が答えである。



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