町で蠢く青き群れ
ハイエンド王国城下町にひっそりと建つオーブ資料館。
神の神殿に行くためには四つのオーブが必要であり、エビル達は現在一つを所持している。メズール村にあったグリーンオーブは盗賊団ブルーズに奪われ、ハイエンド王国にあったオーブはすでにエビルが展示会終了次第貰えるよう説得済み。残り一つ、レッドオーブは所在不明だが気ままに旅の片手間で探すことにしている。
特に神野神殿に行きたいわけではない、ただズンダから頼まれたことをやり遂げるつもりはある。そのために一つでも多くの情報が必要だ。資料館を発見したのは偶然だが幸運だと思ったセイムとサトリは入館する。
「オーブについては俺達もよく分かってねえよな。ここで何かわかりゃいいんだけどよ」
「分かっていることは、神様の居られる神殿に行くため必要なこと。全てで赤、青、緑、黄の四つがあること。それくらいですしね。別に作られた理由などまでは知りたいと思いませんが、せめてオーブが元々あった神殿の場所くらいは知りたいですね」
「ああ、世界中のどこにあるかも分からねえんじゃ、大変ってレベルじゃねえからな」
資料館には様々なものがある。知名度がないからか客は多くないが資料については多様である。
そもそもオーブとは何か、資料にはこう記されている。
現在は謎に包まれているがオーブとは古の時代に作られしものだった。その時代には何百という神々が存在していた。
現存している神は僅か二名。全ての神を創りし者、最高神アストラル。通貨にもなっている封印の神カシェ。そのどちらが作り上げたのか、それとも別の神が作った物なのか、詳しい経緯と製作者は作り上げた本人しか知らない。
何のために作られたのか、資料にはこう記されている。
神々の神殿は古の時代は空中ではなく地上に存在していた。古代の人間を含む知恵ある生物は、誰しもが行ける場所にあった。しかしやって来る者達の中には邪悪な意思を持つものや、敬意を払わない者が多かった。そんな者達に愛想を尽かした最高神は神々の神殿を、地上の者達が届かない遥か上空へと浮かばせる。もう誰も近付けないように、神々に頼らず生きていかせるために、神々は地上の者達との交流を激減させた。
しかし交流がなくなったわけではない。最高神は地上の者達が本当に困り果てたときのため、救済処置として四つのオーブを作らせる。四つのオーブを神殿にある祭壇に設置することで、上空にある神殿への橋を架けることにした。悪者に利用される可能性も否定しきれないが、最高神は地上の者達のことを心配していたのだ。愛想を尽かしたといっても、生命全てを創造した最高神にとっては我が子同然。助けたいという気持ちも確かに実在している。
祭壇がある神殿はどこにあるのか、資料にはこう記されている。
救済処置としての神殿は森林に建てられている。詳しい場所は調べられないが、一番最後に神々の神殿に向かった勇者によればハイエンド王国北方に森林があるという。詳しいことを勇者が語らなかった、おそらく神に口止めされていたので現在も不明なことは多い。
魔王と勇者の決戦について、資料にはこう記されている。
神殿の話を聞き出すついでとして勇者に魔王との激闘を語ってもらった。風の秘術使いである勇者は、この話を聞いた時も傍にいた三人の仲間と共に魔王の目的や強さを語る。これを話す時、勇者と仲間達は悲しそうな表情をしていた。
古より生き延びている魔王は、この世界をどうこうしたいというわけではないらしい。魔王が何者かという疑問は全人類共通の疑問だろうが、勇者が語るには元人間であったようだ。人間時代に何があったのかを聞き、資料に記すかどうか悩んだ結果、資料として残さないことにする。しかし一つ残せることは、魔王が神々の一人を殺したことにより最高神が激怒したということだ。
「……やっぱりこういうところ来て正解だったな。色々分かったぜ」
館内の資料をほとんど読み終わったセイムは口を開く。
「ええ、知らない情報が多くありました。興味ある文献なども多かったです。しかし最も有益な情報はやはり祭壇のある神殿の場所でしょう。まだオーブが揃っていないとはいえ、最終的な目的地を知れたのは大きいです」
「そうだな、これ……で……」
目の前の壁に貼られている資料にセイムは目を奪われる。
突然硬直したセイムの様子を不審に思い、サトリは視線の先にある資料を読む。
「……あ、くまの。お、う、きけ、ん? 随分と劣化が酷い資料ですね。所々破れているし、文字も滲んでいる部分があって読めません。これが気になるのですか?」
「悪魔の王、危険。……世の中物騒な奴もいるなと思っただけだよ。悪魔の王なんて響き、いかにもって感じじゃねえか。もしかしたら魔王よりヤバかったりしてな」
「ふふ、まさか。魔王より恐ろしい者はいない。アスライフ大陸での常識ではないですか」
「……まあ、そうだけどよ」
やがて興味は薄れていく。セイム達はもう資料で調べ尽くしたので資料館を出るために足を動かす。しかし出口に向かおうとして妙なことに気付いた。寂れていたし、興味をそそるような看板でもないのに、館内にいる客が増えているのだ。客が来ているのは悪いことではないが、何かがおかしいと二人は違和感を抱く。
それでも考えすぎだと一度足を止めたが再び動かそうとした時――セイムにとって見覚えのある男が一人入館してきた。
「全員入口に集合してくれ!」
入館した男がいきなり叫ぶ。
四方八方に跳ねた藍色の髪の彼。リジャーではずっと顔以外露出ゼロの暑さ対策をしていたため私服を見たのは初めてだが、かつて一応レッドスコルピオンの戦闘に協力してくれたので顔はよく覚えている。
「……ジョウ」
「お知り合いですか?」
「ああ、ちょっと隠れるぞ」
ジョウの声を聞いて館内の客達がぞろぞろと入口に集まってくる。
彼が盗賊であったということはエビルから報告されている。セイムにとってジョウは仲間と言っても過言ではない男だが危険なのも事実。姿を見られれば一瞬で気付かれるので、セイムはサトリの腕を引っ張って太い柱の陰に隠れた。
「いったい何者です?」
「詳しいことは後だ。何か、ヤバい雰囲気だぜ」
咄嗟に隠れた柱の太さが二人分だったのは幸いであった。ジョウを知らないサトリは状況に困惑しているが、セイムのおかしな態度から敵かもしれないと予想している。
ジョウは目前に集まった二十人弱を眺めてから口を開く。
「……全員いるものとして話を始める。まず自己紹介だ、俺の名はジョウ。今回お頭からの指令を受けてお前達を指揮することになった。他にも一時的にリーダーを務める者が各集合場所に向かっていることだろう。……少し前に一人死んだみたいだけどな」
何の話をしているのかサトリには分からない。分かることは何者かが、組織的な何かが動き出そうとしていること。そして少なくとも町人の類ではないこと。王国の騎士団などのように統率されている動きではないが全員がジョウの話に耳を傾けている。
一方、セイムはこの場に集合した二十人弱が全員盗賊だと理解した。
もしも敵対しようものなら一気に大人数を相手にしなければならない。勝ち目がないわけではないが厳しい戦いになることは間違いない。集まった者達はガラは悪いものの、それぞれどこか戦い慣れている雰囲気が出されている。
「まあ、とりあえず大人しく付いてきてくれ。これから本当の集合場所へと案内する」
このままでは窃盗事件が起きるのは確実。セイム達は詳しく知り、もしも出来るなら一網打尽にしてやろうと思う。一旦エビル達に報告しようかとも思ったがその間に見失うのはよくない。
「後をつけよう」
「ええ、放置するのは危ないでしょう」
歩き出したジョウと二十人あまりの団員に気付かれないよう、セイムとサトリの二人は適度な距離を保ちながら付いていく。
* * *
オーブ資料館を出て、ジョウ率いる集団は城下町中心にある市場に到着していた。一番と言っていいほど人通りが多い場所のとある果物屋に集団は向かう。
客足が途絶えることのないほど人気店ではないが、何一つ困らずに生活できるくらいの売り上げはある。森で採れる木の実や果物が主で、他にあるものといえばアスライフ大陸では滅多にお目にかかれない輸入品。美味しいのかも分からないそれらを買う客は滅多にいない。そんな果物屋に二十人あまりの集団が来たのだから店主も目を丸くし――すぐに何かを理解して顔つきを変える。
「よお店主、儲かってるみたいだな」
「まあぼちぼちな。ところでお客さん、何を買うんだい?」
品定めしているかのように細めた目がジョウと集団を隅々まで観察する。
こんなところで呑気に買い物か。集団を遠くから眺めるセイムとサトリは大勢で押しかけられた果物屋に同情してしまうが、それが間違いであったことに気付く。
ジョウは店の隅に置いてある青い木の実を指し、口元をニヤッと歪めた。
「あの最高にブルーで美味そうなのが欲しい」
「はいよ。じゃあ……店の中に入りな」
店主がなぜか店内に入る許可を出すと、ジョウはそうなることが当たり前であるかのように店の裏側へと回り込む。
先程の会話は事前に決めていた何かの合図だったのだと二人は推測する。いきなり店内に入らせる店主はいないし、入る客もいない。不自然さがない会話だったとはいえ、事前に決めていればそれは合図となりえる。
店の裏側に回り込んだジョウ達は裏口から店内に入った。そして集団は床に埋まっていくように消えていった。店主はそれを気にも留めず、近くの客に店の宣伝をしている。
「なっ……! 消えやがった……!」
「いえ、今の移動速度はおそらく……とにかく我々も行ってみましょう」
二人も果物屋へと自然に歩いて近付く。
尾行してきたと気付いていない店主は当然警戒していない。敵とも知らず「いらっしゃい」と呑気に商売するつもりのようだった。
先程の会話を思い出し、セイムが店の隅に置いてある青い木の実を指して口を開く。
「あの最高にブルーで美味そうなのが欲しい」
「はいよ。じゃあ……店の中に入りな」
ジョウが言っていた台詞をそのまま言うと店主の答えを同じであった。
二人も店の裏へ回り込んでから裏口を通ってみせに入る。するとそこには本来必要ないはずの階段が存在していた。さっき集団が消えたように見えたのは、城下町の地下へと続く階段を下りていったからだったのだ。
ごくりと息を呑んだセイムは隣にいるサトリの名を呼び、呼ばれた彼女は静かに頷く。何かの陰謀が誰にも気付かれず進行しているのだとしたら確かめなければならない。警戒しながら二人は慎重に一段一段下りていく。
地下へと続く階段は家一軒分くらいの長さだ。階段を下りきると一本道の狭い通路を進み、やがて大きな広間に出る。二百を超える人間がすでに集まっていたそこに、セイム達も合流した。
老若男女様々で基本的にガラの悪い若者、中にはまだ幼い子供も交ざっている。大人数なわりに雰囲気から分かる職業は統一性がない。セイム達二人も交ざって周囲を観察するが、黒ずくめの死神の末裔や神官服を着た聖職者が交ざっていても目立たないほど様々な者達が集まっていた。
セイムは隣にいるサトリに小声で話しかける。
「思ったより多いな……」
「ええ、かなり大規模な組織のようです。まだ集まりきっていないようですしね。それに加えてほぼ全員が武術の心得があると見て間違いないでしょう」
「ついでに殺しの経験も多いな。臭いで分かるぜ、こういう独特な死の臭いはよ」
それから十数人の集団が次々にやって来て、全体の人数が四百を超えた頃。広間に漂っていた浮ついた雰囲気が払拭される事態が起こる。突然静まり返ってどうしたのかとセイム達が観察すると、見れば全員が一か所を見ていることが分かった。
広間には大きなステージが存在している。セイム達がいる場よりも一段上の高さのそこに一人の男が上がって来る。
「よぉ、お前らよく集まってくれたな。急な招集にもかかわらず意外と多く集まったもんだ。俺は嬉しいぜ」
静かな広間が一瞬で喧騒に包まれる。
「お頭の頼みなんだから当然だぜ!」
「そうそう、楽しいことできるでしょ?」
「スリルがあるよなあ。お頭のやることにはさあ」
ふくよかな体型で、髭がもっさりと生えている男性――ジークは手を挙げて静かにするよう促す。
全員がその指示を読み取って素直に聞くことから、忠誠心、統率力の高さが分かる。セイム達もそれを感じて息を呑む。
「興奮するのは分かるがまず聞いてもらうぜ。今回のターゲットは、この国で偶然にも開かれた展示会の品だ。それも一つや二つじゃない――全部掻っ攫う!」
半数ほどの人間が息を呑んだ。これまで彼ら彼女らの盗みの仕事は一つか二つの品だった。各地に散らばり、頭であるジークの命令で動き、目的の品を盗み取る。これが一連の流れである。
展示会の品全てとなれば四十品を超えるがここまでの大仕事は過去数回しかなかった。組織に長くいる人間は動じない。二、三年しか所属していない人間は動揺する。まさに経験の差。
「作戦としては、それぞれ二十人のグループに分かれてもらう。この数なら二十人でも、二十個のグループが作れるだろう。五個のグループは展示会にて俺と盗みを働いてもらう。二個のグループにその間の見張りを頼む。そして残りは町中で待機だ。盗みがうまくいかなかったときに備え、実力行使に出る準備をしておけ。作戦決行時刻は今日の夜。住民が寝静まった頃にスピード勝負で一気に盗むぞ。お前らには期待している。報酬もたんまりと用意するから、張り切って奪え! それでこそ我らは盗賊団ブルーズなり!」
「我ら盗賊団ブルーズなり!」
四百を超える集団が一斉に、声を揃えて自らの組織名を口にする。そして懐から青いバンダナを取り出し自らの頭に巻きつけた。もちろんセイムとサトリは所持していないので二人だけが行動出来ない。周囲にいた人間は早くしろとばかりに睨みつける。ここにきてピンチに追い込まれたことに二人は焦りを覚えた。味方でないことがバレれば四百人以上を敵に回すことになるので、とても無事でいられるとは思えない。
「わ、わりいけど……バンダナは失くしちまってよ」
(苦しすぎる……! この状況はもはや絶望的、戦うしかないはず……!)
「なんだそうだったのか、それなら早く言えよ。俺のバンダナの予備あるからやるよ」
(優しすぎる……! ありがたいですが複雑です……!)
青いバンダナを手渡された二人は周囲と同じように身につける。
二人は盗賊団ブルーズの一員に成りすます。何とか危機は去ったものの状況は何一つ変わらない、この集団を抜け出すタイミングが分からないのだ。本来であれば裏切り、一網打尽にするつもりであったが、敵の戦力が予想より強大であるために難しい。ならば抜け出してエビル達か、王城に勤務する兵士に協力を求める方がいい。そのために集団を抜け出さなければならないが今抜け出せば確実にバレるだろう。
「作戦決行時刻までこの場で待機とする!」
(つ、詰んでる……)
もはや苦笑いしかできない。追い詰めてやろうとしたのに逆に二人が追い詰められている。このまま盗賊団ブルーズの一員として協力的な姿勢を見せるしかないという状況。二人はそれを受け入れるしか道がなかった。




