セイムとサトリ
エビルとレミが展示会に足を運んでいる間、気を遣って別行動することにしたセイムとサトリの二人は城下町をのんびり観光していた。
町にある施設といえば博物館や美術館などが主で、観光というからにはそれがメインとなる。美味しい食べ物でも買い食いしながら気ままに回りたいセイムは楽しくなさそうだが、古い歴史の文献や物品を見て回るのがそこそこ好きな方サトリは上機嫌である。
現在も酒類の博物館に来ている二人は対照的、興味なさそうな顔とおもしろそうな顔に分かれている。
「ほぅ、こちらのお酒は五百年前から熟させている。お芋で作ったものや、お米で作ったものもあるのですか。噂には聞いていましたが色々なものがあるのですね……」
「サトリ、お前酒なんて飲むのか」
「神官ですが飲みはします。娯楽がほとんどなかった神官時代では、お酒こそが娯楽といえる唯一の代物でしたからね。こう見えても私、お酒にはうるさいのです。あなたもどうです? もし望むというのなら一杯奢ることも考えていますが」
「結構だよ、まだ俺には早いさ。死神の里では十八歳からじゃないと飲めないし、俺はまだ十六歳だからな」
「律義に教えを守るということですか、それはいい心掛けですね。こちらとしては残念ですが仕方ありません。いずれ飲める年頃になったら飲めばいいのです」
神官としてサトリは決まり事に厳しい。他所の国や村の決まり事も守るように心がけている。セイムの場合は状況によって決まり事を破るが、意外にも基本的には守る。
残念に思ったのは酒が飲めないことであって、別にサトリはセイムに決まり事を破ってほしいわけではない。年齢的に飲めないのならば飲めない、そう納得して酒類の博物館から出ていく。
「しっかしこの国、そこまで面白い場所じゃねえな。俺としちゃあまだノルドの方が見どころあったぜ。格闘大会とか魚とか……あー、また珍しい魚食いたいなあ」
「そういうことを言ってはいけませんよ、この国にはこの国だけのよさがあるものです。例えば歴史的価値のある物品が多くあること。それと美味しいお酒があることです」
「結局そこかよ……もしかして昨日の夜に飲んだのか? お前酔ってるんじゃねえの?」
「酔ってません」
サトリの顔は赤くないし、酔っている人間の特徴はない。実は昨夜、一杯だけとはいえ安い酒を飲んでいるがそれで酔うほど酒に弱くない。
「酔ってるやつはみんなそう言う、けどお前は酔っていなさそうだな。……あー、こうして歩いているだけじゃ暇だし、エビル達と合流すっか?」
「それはダメです、二人の関係を進展させたいのでしょう?」
暇というのはサトリも思うところがある。こうして町に並ぶ博物館などで時間を潰せ、歴史の勉強が出来るのは面白いが一日中博物館で過ごすのはさすがに飽きが出る。しかし飽きて暇になろうと、エビルとレミの邪魔をしに行くなどサトリは許容で出来ない。どちらも無自覚とはいえ好意を持っていることは確実。それが友情であれ恋情であれこのまま長く旅をしていくならば、二人の関係は恋人に限りなく近くなるだろう。元々自分達が二人の恋愛的な進展を楽しみにして、別行動をとっているのだから最後まで意思は貫き通したいとサトリは思う。
「だってじれってえんだよあの二人。この俺が保証するけど、あいつら絶対お互いのこと大好きだぜ。出会った頃からそこそこ距離は近かったし」
「あなたに保証されたって何の保証にもなりませんよ。私から見ればレミの方は無自覚とはいえ恋情でしょうが、エビルの方は友情です。おそらく現在エビルはレミのことを旅の仲間としか思っていません」
「まあレミちゃんは色気ねえしなー。俺は貧乳でも男っぽくても構わないんだけど、エビル相手じゃ意識させるのは難しいよなー」
「後でレミに言っておきます」
「やめてくれよな!?」
結局エビル達のところへ行く選択肢は消えてしまう。
そこで何を思ったか、セイムは唐突に真面目な顔で口を開く。
「……いっそのこと、俺達が先に付き合うか?」
「いきなり何を言うのですか! 絶対にありえません!」
「あ、ああそうなの。予想外のマジギレでびっくりしたぜ……」
大声で否定したサトリはすぐにハッとなり、首を横に振って冷静になる。
「申し訳ありません……ですが事実ありえないでしょう。私はそういったこととは無縁で、恋愛感情など抱いたことがありません。他者の恋を見ることはありましたが己の恋心はまだよく分からないのです。……それに忘れていないでしょう? 私はあなた達を免罪で牢に入れたのです。普通ならば恨むべき相手のはず……それを許して同行させてもらえるのは、ひとえにあなた達が素晴らしい心の持ち主というほかありません。それにあなた達が許したとしても、私は未だに自分自身の罪を許してなどいないのですから――」
言葉は途中で途切れる。
重い表情で影を落としながら話すサトリだったが、頭から何かを通されて首に掛けられたことでフリーズする。突然の予期せぬ事態により声を発することすら忘れた。
「うーん、やっぱり美人じゃん?」
首に掛かった物の正体はアクセサリーだ。青く小さな粒が散りばめられている細い鎖のネックレス。もちろんいきなりサトリに装備させたのはセイムであり、自分が掛けたそれとサトリを眺めている。
「い、いきなり何を……この装飾品は何ですか」
「そこらで売ってた安物のネックレスだぜ。サトリに似合いそうだと思って、お前が長ったらしい話をしてるから買ってみたのさ」
真面目な話をしていたつもりのサトリは鋭い目を向ける。自らの話を無視されたのなら当然憤るだろう。
「私は真剣に――」
「はっ、うるせえうるせえ。いいか? お前が自分を許す許さないってのはお前自身の問題だろ? 俺にとっちゃそんな話興味ねえし、他人を関わらせるべきじゃねえ。そんな話聞くぐらいなら、こうしてプレゼントでも贈ってた方がいいね。自分の答えは自分で出せよ」
鋭い目が丸くなり、僅かな間のみ固まっていたサトリが笑みを零す。
「……ふふ、相変わらずですね。でも私にこんなものは似合わないでしょう」
「んなこたねえよ、だって美人は何を着ようが付けようが美人だからな」
「美人美人と女性を煽てるのだけは上手いですねあなたは」
二人はエビル達のいる風の勇者関連の展示会場には向かわず当てもなく観光する。
昼食はチーズを使用して焼き上げたパン。二人はお互いのことを気にしながら食べ、昼食を終えて店を出てもいつもとは微かに違う雰囲気が漂っていた。
「……おい、これは」
そんなときだ、足を立ち止まらせる看板が目に入ったのは。
二人の足を止めた看板に書かれていたのは、旅の目的の一つに関わるものだった。
「オーブについてだと」
「資料を集めているとあります。もしかすればオーブが元々あった祭壇の場所も分かるかもしれませんね」
四つのオーブを集め、どこにあるかも分からない祭壇に返すことも目的の一つ。
残りのオーブの所在や、祭壇の場所など分からないことは多くある。それを調べるにはうってつけの場所が二人の目の前にある。
博物館であるその建物の扉を開け、二人は謎を解明するために中へと入っていった。




