リトゥアールとの邂逅
「そんじゃあ俺は一足先に見て回ってくから、お前達もじっくり見てけよ。見れるのは今日で最後だからな」
すれ違いざまに二人の肩を軽く叩くとジークは先に歩いて行く。
大勢の人間がいる場所なので、目立つふくよかな体でもすぐに見えなくなってしまう。
「あの人、日にち勘違いしてない? 展示会って明後日までなのに……エビル?」
「……なんでもない、僕達も次の品を見に行こうか」
足を進めて展示されているいくつもの珍しい品物を通り過ぎていく。
多少目を向けはすれど、エビルは先程のもの以上に見ることはなかった。レミはその様子を見て明らかに落ち込んでいるとすぐに理解する。
「ねえ、元々風の勇者が生きているなんて思ってなかったんでしょ。なら別に……」
「……ごめん、でも何だか、改めて考えると荷が重い気がしてさ」
「勇者の話?」
エビルは「うん」と頷く。
風の勇者が憧れの存在というのは変わらない。それと同時に自分がその後継者になりえる存在というのが重く感じられる。新たな風の勇者になると決めたのは自分だというのに。
「風の秘術は凄い力だ。風の勇者もきっと使いこなしていたんだと思う。……でも僕はまだ全然ダメで、困っている人達を助けたいって日頃から思っているのに助けられなかった人がいて、邪遠には勇者失格とまで言われたっけ。たまに思うんだ、秘術が僕なんかに宿ったのは何かの間違いなんじゃないか、勇者って僕なんかがなれるようなものじゃないのかもって。みんなに認められるような凄い人にならなくちゃ風の勇者には程遠い」
「ねえ、勇者ってどういう存在なのかな」
唐突な問いにエビルは戸惑いつつも思考する。
勇者とは目に映る人々を助け、求める者達の元へ颯爽と現れる救世主。強大な力で悪を討つ存在。エビルの中ではそんなところだ、しかし考えてみれば具体的な説明など出来はしない。
「秘術の有無とか、誰にも負けないくらい強いとか、勇気がある人とか……色々世間じゃ言われてるけどさ。たぶん、一人一人の中に憧れの勇者象があってさ、それってきっと自分に光を与えてくれる存在なんじゃないかって思うの」
「光を……与える?」
「言うなれば自分だけの勇者。勇気とか活気とか色々なものを与えてくれる……いや違う、引き出してくれる存在。心を明るく照らしてくれる存在ってのが一番近いかな。別に正義の味方じゃなくたっていい、悪魔だったとしても構わない。自分にとっての太陽みたいな人……それが勇者、かな。みんなに認められようって思うのは立派だし、目標に向かって努力するのはいいことだけどさ、エビルはもう勇者だよ」
「……僕が?」
「少なくとも、アタシにとっては最高の勇者だもん。自由に旅出来るようにしてくれたのはエビルの力が大きいでしょ? 姉様とかも協力してくれたけど、アタシを勇気付けてくれたのはあなただからね」
大きな感謝と幸福をエビルはレミから感じ取れた。
日々、自分はまだ未熟だと思い鍛錬を重ねてきたつもりだ。邪遠に勇者失格と言われた時は胸が痛かった。それなのに、もう自分が誰かの勇者になれていたなど想像もしていなかった。
今まで憧れた幻想を追いかけてばかり、勇者の基準は憧れた風の勇者本人。全ての者を助けて笑顔にさせるような完全な英雄。しかしレミは勇者という称号が風の勇者とは関係ないと教えてくれた。満足するつもりはないが、一人からでも認められたことで嬉しさが込み上げる。
「……そっか。うん、ありがとうレミ。何だか胸がスッキリした感じがするよ」
「なら良かったわ。大好きな勇者様に元気がないとこっちも暗くなっちゃうし」
ふと、二人の足が止まる。
どうして足を止めたのか、それは予想外なものが飾られていたから。見開いた目に映るのは黄色い球体。探しているオーブの一つ――イエローオーブ。
「うそ、これってオーブじゃない! なんでこんなところにあるのよ!」
「ちょっ、レミ、あんまり大声出さないで……。それにしても本当にどうして……あ、説明が書かれてある。風の勇者の故郷に昔からある品物で、神の神殿に行けるかもしれない。たぶん本物だこれ……」
全く予想だにしない場所にあったことに二人は愕然とする。
囲んでいるガラスに両手を張りつけたレミはジッと凝視していた。やがて手と目を離した彼女は「どうする?」とエビルに問いかける。
「あのオーブはあとで主催者に交渉して貰えれば貰おう。ズンダさんには悪いけど、どうしても貰えないなら諦めよう」
「そうだね、全部見終わったら主催者を捜そっか……って次で最後じゃない」
「最後は……人物画?」
展示品の列に並ぶ最後の物は金の額縁に入っている一枚の絵であった。
明るい灰色である砂色の髪。僅かに笑みを浮かべている口元の下には白いマフラー。何年も着ているような着古された服と、汚れ一つない白いマント。美しい草原の中心で見ている者に手を振るようなポーズをしている。それはまさしく絵本に描いてあった風の勇者と瓜二つ。
他の展示品と違いこれだけは明らかに別の人間の物。人物画というのはモデルがいてこそ成立し、仮にいなくても自分を描こうなどという者はそういない。つまり絵のモデルは風の勇者だが、描いた人間は別の者というのが客の総意である。
風の勇者が描いた絵ならば見ていくだろうが、いくら美しく描かれていても別の人間が描いたのでは価値が劣る。それもマニアにとってだけで、他の物珍しさから来ている客達は絵を十秒以上は目にして帰っていく。マニアの客に関してはほとんど見ることなく出口に向かっていた。
「きれいな絵だ、風の勇者のことを愛していたのが伝わる」
「う、そうよね! 伝わるわね! そうそう伝わる伝わる」
「分かってないでしょレミ……」
「――無理に理解する必要はありませんよ。この絵の素晴らしさは分かる人間だけ分かればいいのですから」
一人の女性がエビル達に声を掛けて近寄って来る。
全体的に黒を基調とした神官服。手にはサトリと同じように錫杖を持っており、グラデーションの綺麗な青紫の長髪で若々しい見た目の女性。
「どうも、私はその絵を描いた者で……ビュート? いえ、エビル?」
つい今しがたまで優しい笑顔だったのに、振り向いたエビルの顔を見た瞬間驚きが濃く浮き出る。驚いたのは名前を知られていたエビルも同じだ。
「綺麗な人……知り合いなの?」
「いや、知らない……。あなたはいったい……?」
少なくともエビルの記憶に目前の女性の情報はない。
そもそも旅に出る前は基本的に村の中にいたのだ、出会いなどほぼない。辺境の地にあった村なので訪れる旅人も全くいなかった。
驚きのまま問いかけると彼女は首を横に振り、再び優し気な笑みを浮かばせる。
「そう、ですね。憶えていないのも仕方ありません、何しろ私が最後にお会いしたのはあなたが三歳か四歳の頃でしたので。……私の名はリトゥアールと申します。あなたが住んでいた村の村長、チョウソンの古い知り合いです。村にも何度か訪れたことがあるのですよ」
「チョウソン……村長の名前。じゃあ本当にあなたは村に……」
「ええ、しかし驚きました。まさか生きているとは思わなかったもので」
生存に驚くということは村の惨状を知っているということ。
村長の知り合いだったのなら家にも寄るはずだ。師匠であるソルと稽古をしていた時間帯に来たのならすれ違いになるし、エビルが会っていないことも辻褄は合う。ただ村の終焉を知っているのはシャドウに襲撃された以降に立ち寄ったのだろう。
「最近行ったんですか、村に」
「チョウソンに会うため訪れたのですが酷い有様でした。最初は火事かと思ったのですが、何者かに襲われた痕跡がありましたし何者かの仕業でしょう。村人達は全員殺されていましたしね。……あなたが無事ということは、他に無事な者もいるのでしょうか?」
静かに首を横に振ったエビルは「……いいえ、残念ですけど」と呟く。
おおかたリトゥアールも予想していたのだろう。表情からも驚きは感じられず、彼女は淡々とした様子で「そうですか」と返す。
「……色々考えねばなりませんがまずは一つ。あなたが生きてくれていたことには感謝せねばなりませんね。てっきり殺されたとばかり……チョウソンも浮かばれるでしょう」
死んだと決定するように話すリトゥアール。
村長の生死については不明なままだ、エビルも目で確認したわけではない。信じたくないという思いが強く残っているため未だに微かな希望を持っている。
「あ、あの! リトゥアールさんはどうしてここに?」
重い雰囲気を吹き飛ばすべく多少声量を上げてレミが問う。
「おや、そういえばあなたは?」
「彼の友達のレミです。えっと、よろしくお願いします」
「これはご丁寧に、短い時間でしょうがこちらこそ。それで私がここにいる理由でしたか? これを聞くと意外に思うかもしれませんが……ここにある物品の数々は私が持って来たものなのです。その絵も私が描いたものなんですよ」
意外なんてレベルではなかった。確かに展示会に関わっている人間なら居てもおかしくないが、まさか村長の知り合いが風の勇者マニアだったとはエビルも思っていなかった。
「この絵を? リトゥアールさんは画家なの?」
「いいえ、私は画家ではありませんよ。見ての通り、神に仕えていた神官といったところです。この絵を描いたのは彼が好きだからですかね」
「本職じゃないのにこれだけのものを描けるなんて……今からでも職業変更すればいいのに。本人を見ずにここまでのものが描けるなんて凄いことよ」
神官としての技量はともかく、絵を描く技量だけは確認済みだ。何も知らないレミからすればすぐにでも絵を描く職業になればいいのにと思うのは当然だった。それくらいに飾られている絵は素晴らしい。
「ふふ、私は昔から神官なものですから。今さら職を変えるというのもね」
話を聞いていたエビルは考え込む動作をして、一度頷くと口を開く。
「あのリトゥアールさん、この展示会の関係者であるあなたにお願いがあります。出来ることならイエローオーブが欲しいんです。図々しいかもしれないですけど譲ってくれませんか?」
いきなりの願いでリトゥアールは真剣な表情になる。
「なぜオーブを? もしや集めているのですか?」
「はい、実は事情があって集めています。決して私利私欲のためじゃなくて、ズンダという人からオーブを元々あった神殿へ戻してくれないかと頼まれているんです」
「そうだった! アタシからもお願いします!」
すでにブルーオーブをノルド町で手に入れているので、ここでイエローオーブを手に入れられればズンダからの依頼達成に大きく近付く。グリーンオーブも盗賊団が所持していることは分かっているので、所在が不明なのはレッドオーブのみ。出来ればイエローオーブだけでもここで入手しておきたいところである。
世界に四個しか存在していないオーブの一つ、相当貴重なものだ。内心緊張しながら懇願していたが返答は「いいですよ」と軽いものであった。
「元々手放すつもりでしたし……あなた達から邪気は感じませんしね」
「手放すっていうのは?」
「ここにある展示品は全て処分……いえ、誰かに預けようと思っていました。今回展示会を開いたのは持ち主に相応しい者を見極めたかったからなのです。いくら好きとはいえ、彼がもう故人であるのに変わりありません。……それにもう私が持っていていいものじゃありません。だからここにあるものはあなた達が貰っても何も問題ありませんよ」
エビル達はもったいないなと思いつつ敢えて口には出さない。
人には人の考えがある、誰かとの考え方が違うなど当たり前のことである。
貰っていいというのなら話は早い。交渉の手間が省けるならばいいことだ。
「ありがとうございます!」
「やったねエビル! あ、でも今すぐってのは無理か」
「展示会は三日間開催だからね。リトゥアールさん、三日後に受け取りに行きます」
「ええ、では三日後に準備しておきましょう」
リトゥアールとの出会いをきっかけにイエローオーブ入手に目処がついたエビル達。展示品を見終わってからは余った時間で町の観光へと向かう。
その日、二人は夕方まで飲食店で飲み食いしたり、魔物と戦うための装備品を見たり、出かける専用の私服を見たりと、様々な店舗へと赴いて楽しい時間を過ごした。
ノルド編を一気に放出したせいでストックがまた消えて苦しい……。また何とかストック作って余裕を作らなければ……。なら一気に投稿するなよって話なんですけどねー。




