全員で掴む勝利
「あれは……なぜだ、何で来たお前達!」
確かに逃がした男達が来るのを目にしたホーストは焦った様子で叫ぶ。
槍を持った彼らはシャオンを筆頭に走っている。目には失われていた生気が宿り、ほとんどなかった闘志が燃やされている。
「決まってる! ホーストさんを見捨てたくないからだ!」
「逃げてくださいホーストさん!」
「みんな気持ちは同じなんです! クラーケンは怖いけど……それでもあなたのためなら命くらい捨てられる!」
目つきの違う彼らの叫びを聞いてホーストは「お前達……」と呟き、その横を五十人以上が通り過ぎていく。
槍を持った男達五十人以上。しかし彼らは所詮クラーケンの足の一薙ぎで命が吹き飛ぶ弱者にすぎない。もちろん彼らとて己の弱さを理解している。元々の力量はそこらの魔物とは多少戦える程度であり、さらに最近は運動すらしていなかったため力も衰えている。
勇敢に見える彼らは勝利を求めるのではなく、恩人を逃がすという一つの目的のためだけに行動していた。仮に恩人が逃げなかったとして、自分達だけが生き残るだけなど辛く、せめて死ぬのなら自分達も一緒に逝きたいと考えている。しかし彼らとて無駄死にするつもりはなく少しでもクラーケンに傷を負わせたいとは思っていた。そのための武器と人数だ。
誰かを想う感情。恐怖を上回る強い覚悟。この場で戦っていた誰よりも強いそれらを感じ取ったエビルは剣を強く握り直して叫ぶ。
「みんな、彼らの援護を! 一人でも死なせたらダメだ!」
エビル達としては誰も死なせたくはないのでサポートに徹することにした。
実力的に劣る者達が前に出るのは自殺行為だが援護ありきならば戦闘力は跳ね上がる。他人の力を当てにするというのも大事なことである。
全速前進する男達の両側面からクラーケンの足が迫る。足一本が掠るだけでも大ダメージは避けられない彼らにはひとたまりもない攻撃。それの直撃をよしとしないエビルとセイムが防いだ。
薙ぎ払われる四本の足を二本ずつ、二人は武器を盾代わりにして押さえている。
「早くクラーケンの元へ!」
「無謀だが、お前らみたいなバカは嫌いじゃないぜ! ……ってやべえ痛い痛い痛い無理だ押されるううう!」
時間が多少経っていてもセイムの疲労は消えていない。一人では押さえきれず吹き飛ばされそうになるが、駆けつけたサトリが大鎌に手を添えて二人で一緒に押さえた。
「……まったく、しょうがないですね」
「サ、サンキュー……。あれこれ俺いらなくね?」
槍を持つ男達は駆ける。
クラーケンはこれ以上の接近を許すまいと、今度は上から押し潰すため足三本を上げる。
重く、太く、長い三本の足がまとまって男達に迫り――
「今度はアタシの番ね。〈大炎剣〉!」
レミが作り出した燃え盛る炎の大剣で三本まとめて焼き斬られた。
明らかに助けてくれているエビル達にシャオン含め男達は心のなかで礼を言う。ここまで来れたのは関りなどほとんどないエビル達のおかげだ。自分達を助けてくれたこと、そして今までホーストを守ってくれたことに対して感謝せずにはいられない。
クラーケンまでは至近距離まで近付けており、もう少しで槍が届く範囲まで行ける。そんなときに残り三本の足が勢いよく上がり男達を先程と同じように押し潰そうとする。
振り下ろされれば彼らに死以外の道はない。だが「もういっちょ!」とレミが維持した〈大炎剣〉を振るってまた三本まとめて焼き斬った。
「行けえええええええええええええええええ!」
ようやく間合いまで入れた男達が槍でクラーケンを突く。
五十人以上が一斉に放った槍が突き刺さり、紫の鮮血を溢れさせる。
ダメージを受けたことによりクラーケンは陸地で暴れた。ジタバタと足を動かしては胴体を苦しそうに曲げる。そんなことをしている間に彼らの二撃目が突き刺さって、さらに苦痛が襲ってのたうつ。
男達の攻撃は終わらない。雄叫びを上げて何度も槍を抜いては刺すを繰り返す。エビル達はその間、暴れるクラーケンの攻撃が男達に届かないよう尽力していた。
休む暇なく攻撃した甲斐あってかただの漁師達が海の悪魔を追い詰めていた。
体力も残り僅かになり、足の再生に使うエネルギーが足りなくなる。傷は増える一方で、一瞬だけ死を濃く感じて身震いした。もう死が迫っているのを感じたからかクラーケンの攻撃はピタリと止まる。
そもそもここに来たのはカウターの命令が原因。支配から解き放たれている今、無理してこんなところに滞在し続けなくてもいい。それに気付いたクラーケンは体の向きをゆっくりと変え始める。
「その槍、貸してくれ」
攻撃を休まず加える男達の一人に、背後から声が掛かる。
大きな傷を負っているホーストが自分だけ何もしないわけにはいかないとやって来たのだ。
「ホーストさん……! 悔しいけど、もう腕が上がりそうにないです……どうぞ」
考えなしに声を掛けたわけではなく、もう体力の限界が近い者をホーストは見極めていた。
ずっと引き篭もり、運動などほとんどせず筋力も衰えている男達だ。そう長く激しくは動けないことはホーストがよく分かっている。実際ホーストが声を掛けた者以外にも、体力の限界が近い者は二十人近く存在している。
「任せてくれ」
槍で突こうとした時、ホーストはクラーケンの様子が変化したことに気付く。
疲れた様子で海の方へと振り向き、町から遠ざかろうとしている。そのことに最初に気付いたのがホーストだった。
「……逃がすわけがないだろう。ここまで来ておいて、元漁師として、元チャンピオンとして、俺がお前を……逃がすわけないだろうがあああ!」
力の限り、ホーストは槍を投擲する。続いて逃亡に気付いた男達も槍を投げつけたことで五十本以上の槍がクラーケンの体に突き刺さる。
「あ、クラーケンが……!」
長い攻撃が止んでから巨体が揺れた。誰もが警戒したが巨体からは力が抜けていき、拍子抜けしたことに地面へ倒れた。すぐに誰かが喜びの雄叫びを上げることはなかった。
広場に倒れたクラーケンは微動だに動かない。やがてその巨体が黒く染まり、端の方から塵となって消えていく。
敵が広場から消失しても静寂は続く。一分か、十分か、もっと長い間のようにもエビル達には感じられた。しかしようやくクラーケンが死んだという現実を男達が呑み込んで――
「や、やったぞおおおおおおおおおおおおお!」
喜びと興奮の混ざった叫びが町全体に響き渡る。
まだ動ける者達は手と手を取り合って喜び合い、疲労から地面に座り込んだ者達も笑みを零している。エビル達四人も達成感ある表情で漁師達の勝利を内心祝った。
海の悪魔とも呼ばれたクラーケンが生活を脅かすことはもうない。彼らの勝利は海の平和にも繋がり、再びノルド町に大漁をもたらすだろう。




