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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
五章 オーブを探して
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クラーケン


 全員に恐怖の感情があるが、恩人であるホーストが殺されそうになっている状況で身が竦む恐怖を押し殺していた。もし勇気で塗り潰せなければ投石どころか惨めに逃走していたことだろう。


「お前達……どうしてここに」


 命を助けた男達にホーストは目を向ける。


「ホーストさん死なないでくれ! 俺達はアンタに救われてるんだ……こうして、俺達みたいなクズが生きていられるのもアンタのおかげなんだ……!」


「わりぃことしなきゃいけなかったのは、全部俺達のためなんだろ……? 俺達を生活させるためにそんな苦労してたなんて、考えることすら、しなかった……!」


「今度は俺達が助けるんだ! アンタだけは死なせない!」


 男達は投石し続ける。それを鬱陶しそうに払うイレイザーは確実に怒りを溜めている。


「謝ればきっとやり直せる!」

「俺達もこのあとで、しっかり家族に謝ってみます!」

「そうだ、だからさっさと出ていけよクソ野郎! やるなら俺達が相手になってやる!」


「よせ……! 挑発したら……!」


「挑発なんかしてこなくてもォ、ぶっ殺すに決まってんだろカス共があア!」


 怒りが、爆発した。

 全く効いていないとはいえ攻撃され続けるのはいい気分がしない。イレイザーの怒りの咆哮に男達はすっかり怯んでしまう。


「チマチマチマチマ石ィ投げてきやがってェ、助けるだかなんだか知らねえがよオ……! 調子に乗りすぎだぞ雑魚共がア、今すぐ派手に死ねええエ!」


 怒りに震えるイレイザーの左手から熱線が放たれる。

 無慈悲に、容赦なく、高熱の熱線が男達の一人に迫っていく。このままいけば腹部を貫くだろうそれに死の気配以外感じることはできない。しかし男達の前に、一人の男が庇うように両手を広げて立つ。


「ホーストさん!」


「お前達は何も罪を犯していない。ここで死ぬことなんてないんだ。礼を言う、俺の最期に意味を持たせてくれて……! お前達を守るという意味を与えてくれてありがとう……!」


 イレイザーが左手を動かした瞬間、ホーストは男達の元へと駆けていたので間に合わせることが出来た。ここで男達を殺されてしまえば自分のやったことは全て無意味になってしまうから、絶対に殺させはしないという強い気持ちで庇いに入っている。


 元からホーストは死を覚悟していた。

 贖罪するのを放棄して無意味な死に方をしようとしていた。だが元漁師ということと、海に恐怖の感情を持つ共通点から匿い生活してきた男達を庇うため、無意味な死を意味ある死へと変えようとしていた。


 こんな最期は望んでいない男達の目から涙が零れ出し、死の熱線がホーストの胸に届く――直前にまた一人の人間が割り込む。


「――状況がよく分かんないけど……バカな真似してんじゃないわよ!」


 レミだ。広場の隅で気絶していたはずの彼女は、少し前に目覚めて状況に混乱しつつもホーストの前に躍り出たのだ。

 エビルが「レミ!」と焦って名前を叫ぶと同時、熱線が彼女の腹部を貫いて――いなかった。貫かれたのは衣服のみであり、穴が空いたことで見える本人の腹部は全くの無傷である。安堵したエビルは彼女の名前を再び呟く。


「死ぬ意味を与えてくれた? ふざけんじゃないわよ。アンタは、アンタを慕ってくれる人間を守れて嬉しいのかもしれない。でも守られた人間はずっと……ずっとその時のことが後悔として残るのよ」


「ホーストさん、罪の意識があるなら尚更あなたは死んじゃダメだ。罪を償うって言うなら死ぬのだけはダメだ。本当の償いは、生きていなきゃ出来ないものだから」


「……エビル、それに……レミ。俺は……どうすれば」


「さっき後ろの人達が言っていたでしょう。謝るんです。誠心誠意謝罪して、町の人達に全て話して、そこからまた誰かの為に生きていく。償いはそういうものだと僕は思っています」


 それは個人的な考えにすぎない。しかしそれに同意する者達がいた。


「そうですよホーストさん! 一緒に謝りましょう!」

「俺達だってアンタのために何かしてやりたいんだ!」

「まあ俺達なんかが協力したところで大したことないと思うけど、何もしないよりはマシですよ。お願いです、生きてください!」


 守ろうとした元漁師達からの言葉を受け、ホーストは静かに涙を流しながら「……そうか。……俺は」と俯いて呟く。


「無視してんじゃねえぞオ! クソ共がア!」


 蚊帳の外だったイレイザーが熱線を再度放つがレミに素手で防がれる。

 少し白煙が出ただけで全くの無傷。火の秘術使いである彼女には生半可な熱量など通用しない。たとえ人間や建物を溶かすような熱量でもダメージを負わない。愕然とするイレイザーは目を大きく見開いた。


 レミは何事もなかったかのように、腰に紐で括りつけている収納袋から剣を取り出す。そして隣へ歩い来たエビルへと手渡す。


「もう、アンタに」

「もう、君に」

「「誰も殺させはしない……イレイザー!」」


 二人の武器。剣と拳が向けられたイレイザーは狂喜する。


「……ふは、はは、はははははアアア! そうだエビル、俺の目的はオマエなんだよオ! ついでに火の秘術使いいい! さア、血が滾る最高の戦いを再開しようぜええエ!」


 狂喜の笑みを浮かべたイレイザーは左手を構え、射抜くように鋭い瞳を向けるエビルとレミも己の武器を構える。

 瞬間―― 家を圧し潰せるような大きさの触手が衝撃と共に広場に打ちつけられた。


「あア……? ンだありゃア……」

「何なの……!」


 エビル達全員の視線は音の正体へと向かう。

 海から出てきた長く太い二本の触手は、大振りで打ちつけられて広場を半壊させる。それに続いて巨大なひし形のような外套(がいとう)が浮かんできて、先に出た二本よりは短いが太いもう八本の触手が海から広場に現れる。


 二十メートルは超える巨体を見てエビル達は驚愕を表情に出す。だが元漁師の男達は驚きよりも恐怖の方が勝ったようで震えている。


「クラーケンだ……」

「悪魔……! 悪魔が来た!」

「殺される、殺されるぞ! 早く逃げろ、逃げるんだあ!」


 クラーケンという名前と、元漁師である男達の怯えようからエビルとホーストは正体を理解する。広場に上陸したのは海の悪魔と恐れられている、いくつもの漁船を沈めてきた魔物だ。男達が鼻水と汗を垂らして、転んでも這ってでも無様に逃げようとしていることからも間違いない。


「あれが、クラーケン……! 海の悪魔……!」


「あア? なんだありゃ……。魔物を使役するなんざア聞いたことがねえぞオ?」


「でも何でこのタイミングで……。いや待ってクラーケンの上に誰かいる!」


 レミの指摘通り、クラーケンの体の上には人間の姿がある。しがみつくようにしてその位置にいる女性の姿はエビルにとって見覚えがあるものであった。以前マリンスライムを使役してエビル達を襲い、グリーンオーブを持ち去った盗賊団の一員。

 紫色のヴェールとローブを纏う褐色肌の彼女。魔物使いカウター。


「盗賊団ブルーズ! どうしてここに!」


「あらあらこれはこれは……生きていたんだねボウヤ達。巨大マリンスライムと戦い生き延びるなんてやるじゃないか。そしてまた出会うなんて運命かんじちゃうわね……。どうしてここに来たかなんて考えれば分かるだろ?」


「……オーブか!」


「私達はオーブを探しているの。お頭の命令でね、今はこの大陸中に団員が散っている。まあとにかく邪魔をしなければ何もしないから大人しくしておきな」


「邪魔だア? ざけんじゃねえぞオマエェ、邪魔してンのはそっちだろうがア!」


 勝負を邪魔された怒りのままにイレイザーが薙ぐように熱線を放つ。しかしそれはクラーケンの足二本が盾となったことで防がれた。

 クラーケンの足は二本目の途中まで焼き切れたが、カウターに届いていないのでダメージを与えることができていない。


「チッ、分厚い足だなァ、熱線が最後まで貫通しねエ」


「あらあら、もうせっかちなんだから。でも邪魔するなら今度こそ消してあげるわ。この私……魔物使いカウターがね!」


 カウターはクラーケンの体を滑るように下りていき、広場に着地する。そして大会の景品が置いてある広場の端まで走り出す。

 狙いがブルーオーブであると分かっているのでエビルも追うように走る。


「オーブをなんの目的で集めているのかは知らないけど、渡すわけにはいかない!」


「あなたの相手は私じゃないわよ!」


「なっぐうっ……!」


 追いつく寸前で真横からクラーケンの足が叩きつけられた。

 直撃の直前に剣で防御したとはいえ、しなる足の速度と威力によりエビルは何度も地面を跳ねて吹き飛ばされる。


「エビルウゥ! こんなイカごときにナニやられてんだア!?」


 攻撃を受けたエビルを叱咤していたイレイザーだが、鋭く地面に刺さるように攻撃してくる足を躱し続けることは出来ず、直撃を受けてエビルと同じように吹き飛ばされる。


「君もやられてるじゃないか。つうっ、船を沈められる力というのも、大袈裟な話じゃなさそうだ。一撃もらっただけで体ガタガタだよ……」


 まだレミはしなる足の攻撃を躱し続けているが紙一重だ。イレイザーがやられたことにより十本の足全てが襲ってくるので長くは持たない。

 実力者二人がやられた状況を見ながらホーストは立ち尽くしていた。しかし何度か瞬きしたあと、覚悟を決めたように拳を強く握る。


「ホーストさんも早く逃げましょうよ!」


 一目散に逃げている男達からホーストは声を掛けられる。男達の目には戦う意思など欠片も宿っておらず、怯え以外の感情が存在していない。


「……お前達は行け」


「そ、そんなっ、ホーストさんも行きましょうよ! 立ち向かったら殺されますよ!」


「かもな……だが、お前達が教えてくれたことだ。犯した罪は謝罪する。だから俺はここで贖罪することにした。これでも格闘大会三連覇の男だ、町を守るためにも逃げるわけにはいかない!」


 ホーストがクラーケンと戦う決意を示しても男達から怯えは消えない。


「ホーストさん……。くっ、うっ、うあああああ!」


「死なないでくださいよホーストさん! 生きて会いたい、また灯台に戻ってきてください! 俺達ずっと待ってますから!」


「任せろ、たかがイカには負けないさ……!」


 耐えきれない様子で灯台へと走り去っていく男達をホーストは責めない。正常な判断をしているのは間違いなく逃げた男達の方であり、自分の行動が愚かなものであると理解している。実力が足りないのはホースト自身も承知の上で敵対しようとしているのだ。誰かに蛮勇だと言われたとしても、それを一番理解しているのは彼自身である。


「生きて戻れたら、一緒に町のみんなに謝ろう……!」


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