格闘大会決勝戦
ノルド町奥にある広場で行われている格闘大会にエビルとレミは参加していた。エビルは連続優勝記録を持つホーストと組むことになり、優勝景品にあるブルーオーブを手に入れるために勝ち進んでいる。レミの方は負けてしまったが彼女の分まで頑張って絶対に優勝しようと気合を入れていた。
一回戦、二回戦と順調に余裕を持って勝ち進み、ついに大会決勝戦が始まろうとしていた。疲れも最小限に止めている二人は決勝に対して万全に近い状態で挑める。
相手であるナクウル&匿名希望のペアはレミを打倒した実力者だ。敗北して気絶した彼女は今広場の隅で眠っている。
とにかく、決勝戦は今までの様に容易く勝てないとエビル達は確信している。
「さあ決勝戦が始まるぞ! 両チーム、リングに上がってくれ!」
司会の男がそう叫ぶ。
目を閉じて座っていたホーストはそれを聞いて、オレンジのバンダナ下で隠れそうになっている目を開けて立ち上がる。
「どうやら始まるようだな。さあ、準備はいいか?」
「ええ、僕は大丈夫です。体力もかなり残っていますし」
「そうか、なら大丈夫だな。行こうエビル、行って、俺は今年も優勝するんだ」
隣で待機しているエビルも準備が整っているのでリングへ足をと踏み入れる。相手の男二人もホーストを見て何かを言い合っていたが、それを終わりにしてリングへと上がる。
会場付近の観客達もいよいよ始まる決勝戦に熱を上げている。毎年のように決勝戦は一番熱気に包まれるが、最近はホーストという大会を連覇している男の戦いがあるからこそ熱を上げる観客が多かった。それだけノルド町でホーストの人気が高く、戦いを楽しみにされているのだ。
「決勝戦、よろしく頼む」
礼儀正しく挨拶をするホーストだが相手の二人は沈黙を貫いたままだった。それが不気味さを醸し出し、エビルとホーストの額に汗がにじむ。
「な、何か言ってくれてもよかったんだが……。エビル、こいつらはどうやら緊張してるようだな」
「緊張、ですか。僕には分かる、この二人……妙な憎しみの風が吹いている」
「風? まあこの町は年がら年中風が吹いてるからな」
ホーストは相手から向けられる目を理解していない。
一人はフードを深く被った黒いローブ姿の男。この人物に関してはホーストではなく、エビルの方に薄く笑みを浮かべた顔を向けている。だがもう一人、服の両袖が肩のところで破れている筋肉質な男ナクウルは、ジッと焦げるような負の感情を込めた目をホーストに向けている。
「そう睨むなよ。お互いここまで来れたんだ、一生懸命頑張ろう。まあ優勝は俺が貰うがな」
「大した人気だな、ホースト。だがお前の人気もここで終わる。俺に負けることで」
「負けないさ、俺はみんなの気持ちを背負ってるんだ。優勝すると信じてくれる人達のために、俺は負けるわけにはいかない」
拳を握りしめてホーストはいい笑顔をナクウルへ向ける。
「それと自分のため、だろう?」
そして、笑顔は崩れ去る。表情が一気に消え去った。
「どういう意味かな?」
「分かっているだろうに。まあもういい、あとは試合の中でお前のことを暴いてやる」
「何を知っている?」
「さあな、さて審判。試合を始めて構わないぞ、時間がないだろう」
険しい表情になっていくホーストを放っておき、ナクウルは司会の男に声を掛ける。司会の男は戸惑うが、このまま話してばかりでは観客からヤジが飛ぶかもしれないので試合を始めることにした。
「え、ええ、まあ色々因縁があるようですが、試合ということを忘れないでくださいね。殺したりしたら即失格ですから。……それでは、みんな待たせたな! これから決勝戦、エビル&ホーストペア、ナクウル&匿名希望ペアの試合を始めるぞ! 試合、開始!」
匿名希望とナクウルが開始と共に迷いなく駆ける。黒ローブの匿名希望はエビルへと、両袖が破れているナクウルはホーストへと確かな敵意を持って駆けていく。
「迷いがない! ホーストさん、ここはばらけて戦いましょう! この人達は一対一で僕達を倒すつもりです。うまく連携を取らせてはくれないでしょう、だったら初めから一人で戦った方がいい!」
「了解した! 負けるなよエビル!」
エビル達はそれぞれ一対一で戦うことに決める。下手に二人で戦おうとしても連携もうまくいきはしない。二人は即席で組んだペアなので、連携に関して練度が低すぎるのも危ないと思う理由の一つだ。
納得したホーストは向かってくるナクウルの拳を横に避けて、エビルとの距離を離すためにバックステップで後方に下がる。エビルも似たようなことをしてさらに距離を離した。これなら攻撃対象が移らなければ一対一を保てる。
しかしナクウルは距離が開いたのを利用して、全速力で加速してから渾身の拳を放つ。それを両腕で防御したホーストだが一気にリングの端まで後方に下げられてしまう。さらに防御した両腕が痺れを訴えていた。
「ぐうっ、なんて力だ……。防御した両腕が痺れる……強い」
「当然だろう」
ナクウルは休む暇を与えない。ホーストが僅かに震える腕を構えるが、攻撃に移る前にナクウルが薙ぎ払うような蹴りを放っていた。その蹴りを腕で防御しようとしたホーストだが痺れによって本来の速さで動かせず不完全な防御になってしまう。それでも腕をクッションとすることで威力を軽減したのは並の者ではできない芸当である。
「俺は卑怯者のお前とは違う、本当の強さを持っている」
「……本当の強さ? そんなもの、俺だって持ってるさ!」
今度はホーストが仕掛ける。加速するために駆け、速度を上乗せした単純な蹴りを放つ。それを最低限の動きで回避したナクウルに再び力強い蹴りを放つ。蹴りは躱しても躱しても何度も迫りくるような連撃だ。
何度も飛んでいく蹴りをナクウルは後ろに高く跳ぶことで一旦離れる。しかしそれだけでは何の解決にもなっていない、結局また蹴りが放たれるだけである。
「もらった、空中では躱せないだろう!」
「甘いなホースト、本当に甘い」
空中では体を思うように動かせない。ゆえに蹴りを躱すことは不可能であると思ったホーストは、ナクウルがいる場所まで跳んでいき両足を合わせて蹴ろうとする。
両足が上半身に直撃すればかなりのダメージになる。顔面に当たれば脳が揺れて立っていられないかもしれない。……当たれば本当にそうなっていた。
「甘いんだよホースト、武術家を舐めるな!」
ホーストの突き出した両足は、あっさりとナクウルに手のひらで軌道を逸らされてしまった。そして振り下ろされた拳がホーストの右頬に直撃して真下に勢いよく落下する。
よろけながらも立ち上がるホーストの前方に、ナクウルは音もなく静かに着地する。
「強いな、本当に強い……。これは想定外だ……」
「お前が弱いんだホースト。いや、訂正するとお前も強いさ。それでも長く修行を積んだ俺や、他の実力ある選手には及ばない。そんなお前がこれまで三度も優勝してこれたのは単なるマグレか?」
「それは実力さ。まあ君には敵わないかもしれないが……」
一連の攻防を見て観客達には違和感が広がっていた。
「ホーストさんがやられ気味なんて……」
「いつもの調子はどうしたの?」
「そうだよな、毎年苦戦なんかしてなかっただろ」
「うーん、それだけナクウルが強いのかな。今まであそこまでの選手は見たことないし」
毎年開かれる格闘大会で、ホーストは初出場のときから苦戦をしたことは一度もない。それだけ対戦相手が弱かったということもあるが、ホースト自身が強いのだと観客はそう思っていた。しかし今年の決勝戦でそのメッキがはがれ始める。
「み、みんな! 俺はまだやれる、優勝は勝ち取るさ!」
「ふ、ふっふっふ。そうとも、マグレじゃない。なぜならお前は裏で、優勝するために卑劣な手を使っていたんだからな!」
一際大きな声でナクウルはそのメッキを剥がそうとしていた。その時ホーストも理解できた。目の前の男は確実に……自分を恨んでいるのだと。
観客達にもよく聞こえるほどの大きな声。だが現状ではホーストの実力に疑念など持っていないため、批判されるのは人気者のホーストではなく必然的にナクウルとなる。
「何言ってんだ! ホーストさんが卑怯なことなんかするわけねえだろ!」
「そうだそうだ、ホーストさんは町一番の強さを誇るのよ! あとイケメンだし!」
「ゴミ拾いとかのボランティア活動だって進んでやってるいい人だよ!」
「お前なんか負けちまえ! ちょっと強いからっていい気になんな!」
観客である町人の擁護を聞いてナクウルは「はっはっは」と笑う。
「よかったなホースト、こんなにもお前を信じてくれる町人達がいて……本当にお前のやり方には反吐が出る」
両者の表情は徐々に険しく、鋭くなっていく。敵意に塗れていく。こんな状況になっているのにホーストが口を開くことはない。
「お前はあ、毎年格闘大会が近くなると出場者の中で強そうな経歴だったり、有名な道場にいたりした奴らを脅したりしているんだ! だから残りの自分よりも弱い奴らに勝って優勝できる。巷で有名な大会出場者が襲われる事件! その主犯がお前なんだ、ホースト!」
静まり返った会場で誰かが「え」と、弱く、小さな声で呟いた。
誰かが否定や援護をすることはない。ホースト本人ですら……何も言わない。
格闘大会出場者襲撃事件。その犯人はまだ捕まっていないし見当すらついていない。だからこそ、誰もホーストが犯人だということを否定する材料を持っていなかった。
「お前といつも組んでいるパートナー、コルスだったか? 昨日死んだらしいな。何かの手違いか、他にも同じことを考えていたやつがいたのかは知らない。だがこれだけは言えるんだよ、襲撃事件の犯人はお前……そして昨日死んだコルスだ!」
そこまで断言されて、ホーストはようやく口を開く。
「言葉だけならどうとでも言える。証拠はないだろう?」
「証拠? 証拠なんてもちろんない、ここにいる観客達に納得させられる証拠はな。でも俺が確信した理由はあるんだ。この目ではっきりと見ていた。去年大会に出る予定だった俺の友は……コルスとかいうやつに殺されたんだ!」
一瞬で観客達が騒めきはじめる。もしかしたらナクウルの言っていることが合っているかもしれない。その「もしかしたら」という予想は尽きることがない。
「見間違い、ということはないのかな?」
「最初はそう思ったさ。でも調べていくうちに、これまで襲われた生きている被害者の証言もすり合わせてお前達に辿りついてしまったんだ」
ホーストは「そうか」と無表情で呟く。
「今回は復讐のために参加した。……だというのに、敵であるコルスはどこの誰とも分からないやつに殺されていた。ふざけるな、お前達は俺の手で殴ると決めていたのに!」
叫んだナクウルはホーストへと駆ける。突き出された拳を辛うじて避けたホーストだが続く猛攻で防戦一方になってしまう。
恨みが飛び散る試合になってしまったなか、観客の一人が呟く。
「そういえば、昨日のコルスさんが死んだ場所……コルスさんの近くに、大会出場者が書かれたメモが置いてあったわ……」
「え、じゃあまさか、あの男の言っていることは」
「うそだろ! だってホーストさんは息子の憧れなんだ! そんな、そんなこと……そんなことあるわけない!」
疑念が拡散していく。次第に疑いは確信に変わる。
大会出場者の名前など知ることは普通できない。各々に聞き込みしても知ることができるか分からないもので、大会の運営関係者しか知ることはない。その関係者が名前をメモに残す理由もない。つまり知っていたということは名簿か何かを見て名前を全員分写したということだ。
コルスがその名前の中で、強いと噂の者や実際に見て強いと感じた者を襲うとすれば、そのメモも名前を確認する為に必要不可欠なものとなる。大会出場者の名前が書かれたメモは犯行を連想させる重要な証拠品になる。
「観客達は疑ってるようだぞ。……といっても自白などするはずがないか。犯罪者が自首することなどそうそうないからな。もしも犯した罪を口にすれば、お前のこれまで築き上げてきた町民からの信頼も消える。メリットなんか一つもない。でも……沈黙は肯定だぞ?」
「……沈黙も肯定もしていない。こじつけ染みているがまあよくできた推理だ。俺に否定できる材料はない」
観客の中で言い争いが始まった場所もあり、二人は試合を一時中断することにした。話し合いに専念してホーストは解決しようとしている。そしてそれに加わりたくとも加われないエビルは戦いを強いられていた。
匿名希望という男はこんな状況になっても攻撃を止めない。むしろエビルが会話に加われないように攻撃の激しさが増していく。
「どうしたあァ、そんなにあっちが気になるかア? 動きがトロくなってるぜエ」
予想外の展開のせいでエビルは試合に集中出来ずにいる。劣勢になって何発か攻撃を喰らいそうになるが、素早い身のこなしによって紙一重で躱せている。早いところ倒して話に加わりたいが匿名希望はかなりの手練れであった。
「この声どこかで……。いやそれよりも、君は知っていたのか? ホーストさんが事件の主犯だと相方が疑っていることを」
「知っていたさア、俺もアイツも復讐が目的だからなア」
「……俺も? 君も、ホーストさんに?」
過去に格闘大会に出場した者なのだろうか、と迫る拳を躱しながらエビルは推測する。しかしすぐに違うと理解した。確かにエビルは感じたのだ。復讐という言葉を口にした男から発される闘気が、自分の方にしか向かっていないことを。
「何言ってんだお前はァ、俺の相手はお前だろうがエビルウウウウ!」
男は黒いローブを脱ぎ捨てて正体を現す。
細かく逆立っている緋色の髪。興奮しているのか細い目が限界まで見開かれており、前の試合で発覚しているが鉄製の左腕。多少の変化はあれどエビルが彼を見間違えるはずがない。
「イレイザー!?」




