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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
五章 オーブを探して
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決着、スレイ


 嬉しくないことに二人きりになったサトリとスレイ。

 元々敵意しかないサトリと殺意しかないスレイが向き合った時、戦闘が勃発するのにそう時間は掛からない。

 サトリが跳躍して錫杖を振り下ろす。それをスレイは両手に持つ刀で防いで力と力のぶつかり合いが起きる。それに勝利したのはスレイであり、サトリを吹き飛ばしてすぐに追撃しようと迫る。


 二本の刀で斬りかかってくるスレイにサトリは錫杖で対処し続ける。

 錫杖に細かい傷がつき続けるのはサトリとしては快く思えない。真横から迫りくる刀を屈んで躱すと、半回転して勢いをつけた蹴りをスレイの腹部に叩き込む。威力が高い蹴りに呻き声をあげたスレイは数歩下がってから、黒い刀を真上に掲げた。


「燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ、魔剣ダークフレイズ!」


 その刀の名を口にした瞬間――黒い炎が刀身から溢れ出した。

 周囲十メートルを黒く焦がす炎を、サトリは錫杖を前方で回転させることで自分の周囲だけ風により避けさせた。予想外の回避方法にスレイは驚愕で目を見開く。


「熱い……やはり無傷とはいきませんか」


 完全に防御したように見えても躱しきれてはいない。

 黒炎を流した時に一部触れてしまったのだ。僅かに触れただけでも焦げるようで、手の指や右頬、法衣までもが多少焦げている。火傷のようにヒリヒリとした痛みがサトリを襲う。

 まだ死とは程遠い姿にスレイは歯ぎしりして鋭い目を向ける。


「なぜなぜなぜなぜ! 何でお前達はそうやって現世に留まろうとするんだあ!? 黄泉の国という素晴らしい場所へ行けるチャンスなのに、どうして死を拒絶する!」


「黄泉の国とやらへ私達はまだいけないというだけです。夢があり、目的があり、未来があるのですから……まだ死ぬわけにはいきませんね。それにやりたいことがある人なんて山ほどいます。この世界の人間の大半は死にたいなんて思っていません」


「……死死死死。きっとみんな分かってくれる、黄泉の国はいいところだって最終的に分かってくれるからなあ。そうだあ、送られて、居ついてみれば、良い場所のはずなんだあ。そうでなければいけないんだよなあ、黄泉の国は良い場所でなければいけないんだよなあ!」


 ぎりぎりとスレイは歯を食いしばり、刀を持ったまま長い黒髪をかきわけて器用に頭を掻きむしる。長い髪の毛が数本地面に落ちていくのも気にしない。


 ――止まった戦いは再び動き出した。


 充血した両目で睨み、歪んだ笑みを浮かべるスレイが再び駆けて来る。その速度はサトリから見ても「速い……!」と言わしめるほどだ。


 一本の刀を振り下ろしてきたのでサトリは横にした錫杖で受け止める。また力比べになるが今度は負けない。痺れを切らしたスレイはもう片方の刀を横から振ってサトリの首を両断しようとする。迫るもう一本の刀を一瞥した彼女は右手を離して錫杖を傾けて、受け止めている方の刀を受け流し、もう片方の刀とぶつかり合わせた。そこから流れるように錫杖の顔面をぶん殴って民家の壁に衝突させる。


 体勢を立て直す隙を与えないようにサトリはもう一度追撃を放つ。

 頭目掛けて錫杖を突き出し、寸前で壁を転がったスレイに躱される。躱し様に首を切断しようと刀を振るってくるのに対してサトリは屈んで躱し――続けて飛んで来た蹴りで裏路地から表通りへと転がっていく。


 錫杖で防御したというのに人間とは思えないほどの強さだったために手が痺れる。それに加えて驚くことに接触の瞬間金属音が鳴ったのだ。刀で攻撃されたならともかく、ただの蹴りではどんなに強くても金属音など発生しない。不思議に思いつつサトリは立ち上がる。


 錫杖を構え直すと、裏路地から圧倒的速度を持ったスレイが刺突を繰り出して来る。ギョッとしたサトリは開いていた距離のおかげで何とか刺突を横に避けられた。


「先程のが最高速ではなかったのですか……! 速すぎる……!」


 あまりの高速移動はスレイでさえ制御出来ていない。サトリの横を通り過ぎてもズザザザと石畳を抉りながら一メートルほど進み、何とか停止した後で「クシャアアアア!」と奇声を上げて振り返り様に刀を振るう。

 ――だがそこにサトリはいなかった。


「こちら、です!」


 すでにサトリはスレイの左方へと回っており、ローブのフードを右手で掴むと後ろへ引っ張って体勢を崩させる。そして左手に持ち替えていた錫杖を顔面へと叩き込んでスレイを殴り飛ばす。

 数メートルは吹き飛んだスレイは石畳をバウンドして転がるが、驚異的な執念により意識を失わずに立ち上がった。鼻からだらだらと血が垂れているのも気にせずに笑みを崩さない。


「不気味な相手ですね……」


 スレイは「邪魔だなあ」と呟いてからローブを脱ぎ捨てた。

 確かに体勢を崩すのにフードを利用されては戦闘の邪魔になると認識するだろう。サトリもそう結論付けたが脱いだ後で驚愕して目を見開く。それは上半身が裸だったことでも、姿を現した筋肉が想像以上に発達していたことでもなく――スレイの両脚が鉄の塊で作られていたことだった。


「鉄の……脚……?」


「俺は少し前に死んだはずだった。でも何でかなあ、黄泉へは行けずにこうして生きている。この脚は目覚めた時にはもうこうなっていた。……生きてしまったならしょうがない、俺はまたひらすらに、エレナのために誰かを黄泉へ送り続けるしかないよなあ? 女友達も増やしてあげないとなあ!?」


 鉄の太ももとふくらはぎが膨らみ、人間のものと大差ない動きでスレイが駆ける。そのまま振るわれた刀をサトリが錫杖で防ぐと、彼は走るのを止めずに周囲を素早い動きで疾走して攻撃を繰り返す。

 目で追えない程の速度。見失った状態で死角から放たれる斬撃。圧倒的に不利な戦闘で未だサトリが一撃も体に攻撃を受けていないのは今までの戦闘経験と勘、そして手にしている〈導きの錫杖〉の能力のおかげだ。


 錫杖の先端に付いている三つの金輪は探したい物の方向へ動く。サトリはその能力を利用して見失った相手の居場所を的確に把握し、見え透いた殺気が高まった瞬間に攻撃の場所を特定して紙一重で回避している。

 相手の居場所と攻撃のタイミングさえ分かれば姿が見えずとも対処は可能。そして反撃も可能。サトリは刺突をギリギリで躱した後、瞬時に振り返って「天罰」とスレイの脳天へ錫杖を叩き込む。


「なぐばふぁっ! 舐めるなよおお!」


 脳天に錫杖を叩き込まれたスレイは地面に顔面を強打したが、恐るべき執念により意識を保ち、頭を軸に回転しながら刀を振るう。サトリは錫杖でなんとか防御したものの、地に足を引きずるように後方へと下がっていく。


「死死死死! この魔剣、全く効かないわけじゃないだろダークフレイズウウゥ!」


 ブレイクダンスするような体勢で回転しながら、スレイは魔剣ダークフレイズをサトリに放り投げた。投げられたといっても刀の速度から容易に人間を串刺しにできる。刀身から溢れ出す黒炎が周囲を焦がすのを、先程のように防御する暇がサトリにはない。


 その絶体絶命の時。黒いマントと髪を(なび)かせて、大鎌を担いだ男がサトリとダークフレイズの間へと瞬時に割り込んだ。

 大鎌を背負った黒い服装の男――セイムは半回転して漆黒の刀の柄を掴むと、もう半回転して投げた張本人へと投げ返す。溢れ出る黒炎は当然、スレイの身を焦がすべく放たれる。


「熱い熱い熱い熱いいい! ぐうあああ、バカな……誰だあ!? いや今一瞬見えたぞ、死神、死神の一族の小僧だなあ!?」


 黒炎は瞬く間にスレイを包み込む。

 皮膚を、筋肉を、焼いて焦がしていく。すでに眼球の水分も蒸発して表面も内部も焼け焦げているので何者なのかを確認することすら出来ない。しかし視界が奪われる直前に見えたのは確かに殺し損ねた男。

 サトリが「セイム!」と名を呼んだことでスレイも思い出す。


「ああそうさ、セイムってのが俺の名前。憶えなくてもいいぜ? 野郎から憶えられてもあんまり嬉しくねえし、ましてやテメエじゃあなあ?」


「セイム、セイム、セイム……セイムウウウ! ごほっ……! がはっ……! 死にぞこないめえ、今すぐに黄泉の国へと送ってやるぞぉ……!」


「死にぞこないはテメエだろ。はっ、自分の武器で死にかけてんじゃ世話ねえぜ」


 何も見えない真っ暗な視覚、もう僅かにしか音が拾えない聴覚、掠れた声しかだせない喉、もう死ぬ寸前だとしか思えないスレイは両手の刀を構えて戦闘を継続しようとしていた。

 そんな彼のことを真っ直ぐに見つめてセイムは問いを投げかける。


「なあテメエ……ズンダってオッサン知ってるか」


 ノルド町で会ってから(かね)てより質問したかった。

 スレイを殺したことについてはやはり後悔していない。……いや、したくない。あのままただの狂った悪人として死んでくれれば何も問題なかった。しかしズンダの話を聞いて、もしも捜している人物と殺した人物が同一人物だったらズンダに悪いと思ってしまう。もしこれで名前を聞いてリアクションをして会いに行くというのならセイムは止めない。その時は一緒に会いに行き、危害を加えるつもりなら責任を持って殺す。


「ズンダ……ズンダ……? あ、ああ……お義父さん……そういえば村に死体がなかったような。これはいけない、家族がいないとエレナが可哀想だもんなあ。黄泉へ送らないと……早く黄泉へ……!」


 確信出来た。やはりズンダの捜しているスレイとはこの男だったのだ。

 そしてもう一つ確信した。今のまま二人を会わせれば確実に死人が出る。


「あのオッサンは今メズールって村にいるよ。テメエを捜してた、けどもう会えねえ。あのオッサンが捜していたのはテメエみたいなイカレ野郎じゃねえんだよ」


 セイムは一気に距離を詰めて大鎌を振るう。


「……ああ、死の気配が近付いてくる。黄泉は……こっちかなあ……あっちかなあ……どこだエレナ、どこにいるんだ。俺もそっちに行くから待って……く、れ」


「会えねえよ、テメエはもう死んでるからな」


 攻撃を受けた後、ゆっくりと手を伸ばして歩き出したスレイの体が真っ二つに裂ける。

 死神の里では胴体と下半身でだったがこの日は縦に真っ二つだ。脳なども綺麗に裂けており断面から鮮血が溢れる。

 丁度後ろで崩れ落ちた音を聞いたセイムは青空を見上げた。


「……どうやら悪い予感というのは当たるようで。後悔していますか?」


 復讐をまた果たしたというのに喜ぶ雰囲気のないセイムを心配して、サトリが歩み寄って問いかける。


「はっ、後悔? んなもんしねえさ。スレイはもうどうにもならなかった、誰かが殺してでも止めなきゃいけなかったんだ。……でも、何て言うかな。この理不尽で慈悲もねえ世界がちょっと憎いぜ……。空はあんなに綺麗なのによ……」


 この日は快晴だった。世界にとって嫌なことなど起こっていないのだろう。

 結局これでズンダの希望は潰えた。生きてまともな状態で再会させてあげられればどんなに良かったか。ハッピーエンドというものがどれほど難しいのかセイムには理解出来た気がした。


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