鉄腕
格闘大会開始からもう三十分程が経過した。
第一試合でエビルとホーストのペアは圧勝。
第二試合は実力が拮抗した者同士だったので長引いたがジャミロ&ワギリのペアが辛勝。
第三試合。レミのペアはモヤッシュという痩せた男で、見た目通り貧弱であったがレミ一人で圧勝。守りながら戦うのは大変そうだった。
第四試合はナクウル&匿名希望のペアが圧勝。他の試合と比べて対戦相手はかなりのダメージを負っており、片方は鼻が潰れるほどの怪我を負わされた。
「次はレミの番か……」
「ああ、あの子のことか。最初の試合で分かったが随分と強いな」
二回戦を再び圧勝で終わらせたエビルとホーストの二人はリングを見つめる。石畳のリングに上がるのはレミとモヤッシュ、そして対戦相手になるナクウルと匿名希望の四人。
「でも次の相手は一筋縄じゃいかなそうです。あの二人はかなり強い、特に匿名希望っていう人の方は得体が知れない」
「第四試合じゃ相手の鼻を折っていたな、乱暴な奴だ。エビルの友達も危ないんじゃないか? ああいった輩は女でも手加減しないだろう」
「もし危険なら降参してほしいけど……意地を張りそうだからなあ。まあ本当に危なそうなら僕が止めに入りますよ」
黒いフード付きのローブを着ている匿名希望は不気味さがある。対して袖が破れた道着を着ている大柄の男、ナクウルは厳格そうだが正々堂々といった立ち振る舞いは好印象を抱かせる。
ナクウルは真剣な面持ちで腕を組みながらレミを見据えた。
「おい女、格闘大会というのはお遊びじゃないんだ。試合が始まる前に降参しておけ、でなければ後悔することになるぞ」
明らかに彼は女性を見下している。それは言動からも雰囲気からも感じ取れるので、頭に一瞬で血が昇ったレミは額に青筋を浮かべる。
「はあ? はいはいいるのよねアンタみたいな奴。女だからって舐めてんじゃないわよ。アタシの力を見ればお遊びだなんて言えなくなるっての」
「愚かな。女は大人しく家事をしていればいいものを……」
確かに今の時代、アスライフ大陸では女性とはそういう認識だ。
基本的には掃除洗濯などをして、買い物をして料理を作り、男性と子供を作り育てる。ナクウルだけでなくほとんどの男性はそれが普通だと思っている。拳を使って戦う女性がいれば奇異の目で見るものだ。
「モヤッシュ、アンタはまた下がってて」
隣にいる痩せ細った男へレミが告げる。
第四試合、つまりレミ達にとっての最初の試合でも同じだった。モヤッシュはどうやら悪友に悪ふざけで出場を決められてしまったらしい全くの素人。試合が始まればただ邪魔になる置物状態である。
「でも……レミさんにだけ任せるわけには」
「いいから、戦えないんだから大人しく見てなさい。アタシ一人でもあいつらを倒して準優勝は確定させてあげるからさ」
「……すみません、僕が参加させられたばっかりに」
「いいから! ちょっと強そうだから集中するわ。まあ負けないから心の中で応援しておいてよ」
レミとナクウルが拳を構えると、司会の男が「試合始め!」と叫ぶ。
試合が開始した瞬間、二人は同時に駆け出して攻撃を繰り出そうとする。だがナクウルの方が僅かに速かったのでレミは攻撃を中断し、軽くステップを踏んで右へ避けた。そして左拳を突き出すと、ナクウルは右腕でガードしたが数メートル後退った。
感心したようなナクウルの「ほう……」という声が漏れる。
後退った彼はすぐにレミへと接近して殴りかかった。
左へステップを踏んで躱したレミに対し、躱された場合も考えていたナクウルは瞬時に蹴りを放つ。彼はそれを左右に躱した場合すら考慮して次の手を控えている。だがレミが躱した方向は――上であった。
真上に跳躍したレミは、突き出された足を踏み台にして顔面へ膝を叩き込む。軽く眩暈を起こしたようでふらついたナクウルは後ろへ下がり、赤くなった額を手で押さえる。
「どーよ、まだアタシが弱い的なこと言うつもり?」
「……いや、すまなかったな。女でも強い者がいることをすっかり忘れていた。一人の武術家として真剣にお前へと試合を申し込もう」
「望むところ! どっからでもかかって来なさい!」
それから二人の男女の戦闘は大勢の観客を魅了する。
ただの素人の喧嘩ではない。確かな技術を持つナクウルと、それを素の力や格闘センスだけで上回っていくレミ。二人の試合はまさに目の離せない熱烈なものであった。
もはや二対二であることなど観客は誰も憶えていない。両者が攻撃を当てる度に誰かが歓声を上げて、エビルやホーストも白熱する試合を見届けようと視線を固定している。
「うわああああああああああああああ! ぐほっ!?」
――突然、レミ達から離れた場所で悲鳴が上がった。
何事かと思いレミが視線を向けると、匿名希望という黒いローブを着た選手にモヤッシュが殴られた時であった。まさか攻撃されると思っていなかったレミは驚き「モヤッシュ……!」と心配の声を漏らす。
「俺との試合中に余所見をするとは、な!」
しまったと思った時にはもう遅い。
視線を今戦闘中の相手に戻せば拳が放たれた後であり、防御不可能なタイミングだったため無防備な左頬に直撃する。歯を食いしばって「ぐうっ!?」と声を零すレミは、どうにか踏ん張って少し後ろへよろける程度で済んだ。
「今はそれどころじゃないっての!」
レミは畳みかけてきたナクウルの攻撃を捌く。
「なぜあの男を助けようとする? あの男が弱いのが全ての原因だ、弱者の分際で大会に出たのが悪い。足手纏いを庇って俺との試合から逃げる気か」
「うっさい! モヤッシュだって好きで大会に出たわけじゃない。あいつの友達が勝手に参加させただけよ!」
「だが弱いから殴られるという部分は変わらない。弱さは罪なのだ!」
重い一撃がレミの腹部に入って数歩後ろに下げられる。
弱いことがダメなように言うナクウルの気持ちもレミには分かる。弱ければ他人も、自分すらも敵から守れない……でもそれは仕方のない話。戦闘に携わらない人間が強いことなど滅多にない。だからこそそんな戦えない人間を守りたいとレミは強く思う。
「弱い人達の強さはアタシが補う!」
熱き闘志を燃やすレミの瞳に火が灯る。
信念を込めた一撃がナクウルの顎を上へと打ち抜き、軽く浮き上がった彼は石畳の上に背中から落下した。
「な、なぜ動けた。俺の渾身の一撃が効かないはずが……」
「アンタの拳を受ける直前、アタシは防御出来ないと悟って何かないかって考えた。それであの一瞬で出来ることは脱力することだって答えを出したのよ。攻撃を受ける瞬間完全に脱力して威力を受け流す、これぞ〈脱力流し〉ってね。まあまだ完成とは言えないけど……ってモヤッシュのところ行かないと!」
呑気に解説している場合ではないと気付いたレミは振り返る。
殴られ放題のモヤッシュは白目を剥いて倒れ、匿名希望が嗤う。
「ちょっとアンタ! 弱い奴から狙ってんじゃないわ、よ!」
弱者から狙うのは戦術的には間違っていないとレミも理解している。しかしもう戦えない人間を必要以上に痛めつけるのは気に入らない。
全速力で走ったレミは匿名希望へと拳を放ち、左腕で防御された。
(かったあ……!)
放った拳に返ってきたのは鎧のように硬質な感触。
勢いよく殴ったせいで右拳は激痛を訴えている。確認する術はないが骨にヒビが入っているかもしれない。
人間ではありえない硬度を持つ匿名希望にレミは叫ぶ。
「ちょっと、その左腕何か仕込んでるでしょ! 人間の硬さじゃないし……武器の持ち込みは失格なはずよ!」
「……はっ、はっはっは。そりゃそうだろうがよオ、俺の左腕はもう人間のもんじゃねえんだからなア」
声を上げた匿名希望は右手でローブの左腕部分を千切った。
容易に破ったことから力が強いことが窺える。ただそれ以上に驚くべきは左腕。その左腕は人間らしさが一片もなく、鉄と太い配線で構成された見たことのないものであったのだから。レミだけでなく観客達もざわざわと騒めき出す。
「鉄の……腕……?」
「義手って言うらしいぜエ? テミス帝国の技術だとか何とかア」
匿名希望の左手の五指がそれぞれ別方向にぐにゃぐにゃと動き出す。
人間ではありえない動きにレミは「きもっ!」と思わず感想を零してしまい、それに怒ったのか匿名希望は左腕を攻撃のために後ろへ引く。
「まあそういうわけだからア、派手にぶっ飛べ雑魚がア!」
叫びながら放たれた鉄腕の一撃をレミは咄嗟に両腕をクロスさせて防御する。顔面への一撃を防げたのはいいが、あまりの威力に押されてリングの端にまで転がってしまう。
仰向けのレミの目がカッと見開いた。休憩する暇もなく匿名希望が跳躍し、真上から鉄腕を振り下ろして来たからだ。これをまともに受ければ頭蓋骨が砕けるかもしれないと推測したレミは転がって回避し、体勢を整えないまま匿名希望の肩に蹴りを放つ。
「所詮、悪足掻きってなア」
蹴りは足首を掴まれて止められた。さらにそのせいで逃げることが不可能になったため、レミの顔面に鉄腕が思いっきり叩き込まれて勢いよく転がる。
不完全な〈脱力流し〉を使用したが大した効果は得られない。殺しきれない威力は相当なものでレミの意識をあっさりと奪った。
「おい司会、勝利宣言しろよオ」
「えっ!? あ、は、はい! この勝負ナクウル&匿名希望ペアの勝利です!」
話しかけられたことに動揺しつつ司会の男が勝者を告げる。
エビルは「レミ……」と心配そうに呟き、ホーストは今立ち上がったナクウルを見据える。只者ではない彼らと戦うことに二人の中に不安が生まれた。




