黄泉からの生還者
格闘大会当日の朝。
エビル達四人は温かく気持ちのいい日差しに照らされる一つの部屋にいた。女性陣二人もエビルと一緒に、ベッドに横たわっているセイムの傍に立っていた。
昨日サトリが宿屋に運び込んで二人も心配したものの、筋肉痛という理由を聞いてからはそこまで心配していないようだった。それからはゆっくりと部屋で休んで今に至る。
「それじゃあ僕達は格闘大会会場に行っちゃうけど、大丈夫?」
「いいよいいよ、行ってこいって。俺のことは気にすんな」
エビルとレミの二人は、これから事前に出ると決めていた格闘大会へ参加するため出掛けようとしていた。必要ないだろうがサトリは一応セイムを見守るために残る気でいる。知らない間に筋肉痛になっていたのだから見守っていなければ若干不安なのである。
「ほんと、なーんでアンタ筋肉痛なんかになってんのよ。応援してくれるんじゃなかったわけ? 全くもう、サトリも来ないし、せめて大会の後で筋肉痛になりなさいよ」
「結局筋肉痛になっちゃうのか俺……。いやごめんごめん、この埋め合わせは絶対いつかするからさ。どうせならこんな状態でも地を這って応援に行きたいところだけど」
ベッドに寝ているセイムが一瞥してきたのでサトリは「ダメです」と告げる。
昨夜倒れていたのに地を這って行かせるわけにはいかない。断固として許可しないという意志を視線で訴えればセイムも諦めたのか目を逸らす。
「まあ許してくれねえのがいるからな。サトリ、一人でも応援に行っていいんだぜ? 俺なんか放っておいてくれていいんだしよ」
「遠慮はしないでください。あなたはしっかりと監視していないと不安ですので……そう、何と言うか、弟のような存在ですね」
「恋人に昇格してくれてもいいんだぜ、姉ちゃん」
「やはり弟などではありませんね。寒気を感じました」
恋人など冗談でも嫌だとサトリは思う。
軽薄そうな彼と恋人になるなど未来でも考えられない。もし将来、恋人に彼を選ぶようなことがあればプリエール神殿周囲を裸で逆立ちしながら一周すると誓ってもいい。それくらいありえないことなのである。
「あはは、じゃあ僕達はもう行くよ。受付終了しちゃうから」
「げっ、ヤバいじゃない! 早く行こうよエビル!」
レミがエビルの腕を掴んで颯爽と部屋を出て行った。
恋人だのという言葉は、サトリからすればむしろレミとエビルの方が似合う気がする。少なくとも自分とセイムなどと絶望的な組み合わせではなく、あの二人なら将来恋人になる可能性は十二分にある。
一度サトリは入口に向かうと、開けっ放しの扉を閉めてから再びベッドの傍に戻る。扉を閉め忘れたのは慌てていた証拠だろう。
二人なら格闘大会優勝も難しいことではないとサトリは思う。
エビルは秘術の力で相手の考えが読めるし、レミは格闘センスだけなら四人の中で一番だ。二人なら並大抵の相手に苦戦することなく勝ち進める。
「どうして行かなかったのか理由を聞いても? ああもしかして、俺のことが本当は大好きで二人きりになりたかったから!?」
フッと笑ったサトリは「冗談を」と告げ、後に言葉を続ける。
「あなたとの付き合いは短いですが少しは性格を分かっているつもりです。こういう時、あなたは女性に傍にいてもらいたいと思うはず。なのに私を遠ざけようとしたのは何か理由があるのでしょう?」
セイムが女好きであることは疑いようのない事実。
看病……とは少し違うが、傍で面倒を見ると言う女性がいるのなら嬉々として承諾するのは間違いない。少し傲慢かもしれないがサトリは自分のことを魅力的だと思っている。スタイルは言わずもがな、顔だって悪くない。そんな自分が傍にいると言っているのに、格闘大会の応援を理由に遠ざけようとするなどセイムの像からやや外れてしまう。
「……まさか見抜かれるなんてな。その綺麗な瞳は全てを見抜くらしい」
「お世辞はいいです。さあ、隠した真実を暴露しなさい」
真剣な瞳で見つめてみればセイムはあっさり認めた。
しかし「拒否権は?」と聞いたり、まだ諦めていないようなので「ありません」ときっぱり希望を折っておく。
「くっ、凛とした美顔……話すしかないのか……!」
「……その程度で話す気になるのは逆に心配になります。セイムあなた、相手が女性だからって誰かの秘密を暴露したりしないですよね? というかあなた女性と戦闘した時に攻撃出来ないとか言いませんよね?」
「やる時はやるって、心配いらないぜ」
「どうでしょうか……って話を逸らさないでください」
「いや別に逸らしたつもりないんだけどな」
こうまで女性に弱いと色々な方面で心配になるのは仕方ないだろう。
現代、一部で女は男が守るものという風潮がある。同じ人間なのに特別扱いをする傾向も強い。子を産むという面では守るのも大事だがサトリは好ましく思っていない。だがセイムは妙に特別扱いをしているように思える。仮に女が敵として現れた時、彼はどう対処するのか、そもそも対処出来るのかというところが疑問になる。
「……二人には言わないでくれよ。…………スレイに会った」
「スレイ……? もしや、ズンダさんが捜しているという?」
「さあな、実際どうか分からねえけど、会ったのは死人の方さ」
数秒、目前の男が何を言っているのかサトリは理解出来なかった。
死人に会ったと彼は言う。一応それが魔信教の一員で、かつて故郷を襲ったという男のことを指すのは分かるのだが意味は分からない。
「幻覚では?」
「まさか、それなら悩みはしねえさ。本当に会って、話をして、戦った。俺もまだ頭の中ぐっちゃぐちゃで整理出来てねえけどよ、これだけは確かだ。――あの野郎が蘇ってきやがったんだよ」
「そんなことがありえるのでしょうか……生命の蘇生など……」
「現実にありえてる。黄泉からの生還者なんて全然笑えねえがな、昨日存在を確認した以上放置してはおけねえ。今日中だ、今日中に奴を捜し出してもう一度黄泉へ送ってやる」
そう言いながら体を起こしたセイムはベッドから足を下ろす。
大鎌は紛失しているようなので武器の準備はない。彼は立ち上がろうとして、筋肉痛で辛そうに顔を歪めてサトリへと倒れかかる。しっかりと抱きかかえるように受け止めたので怪我はないようで、彼も「サンキュー」と礼を言ってなんとか立ち上がる。
「その話が真実だとしても無茶です、あなたはそんな状態で手練れの敵に勝てると思っているのですか。どうしてエビルやレミにも相談しなかったんですか。私達全員で捜せば敵をすぐ見つけられるし、一人で戦うよりも有利に戦闘を進められるはず。分からないほど愚かではないでしょう」
「……あいつらには、もう大分世話になった。格闘大会だってあるしな。……それに、スレイは、あの野郎だけは俺が殺さないと気が済まねえ。あいつらに話したら今の俺が戦うことを止めるだろ?」
「はぁ、呆れましたね。以前あなた達は仲間内で隠し事はなしだと言っていたような気がしましたが、どうやら一人だけ仲間を頼らない愚者がいたようです。……私は止めませんよ。復讐したいという気持ちはよく分かります」
身を焦がす復讐心は、憎き相手へ復讐するまで消えはしない。誰かとの交流で小さくなっていったとしても火種は残留し続ける。そしてふとした瞬間、憎悪の炎は燃え盛り出すのだ。
サトリも出来ることなら邪遠を自らの手で殺したいと考えていた。そういったところは似た者同士なようで、無茶をしてでも戦いに行こうとするセイムの後押しをしたくなる。エビルやレミには怒られるだろうが後で何度でも謝るつもりでいる。
「――ですが私も付いていきます。あなた一人で行かせてはただ自殺させるようなもの。安心してください、どんなことがあってもトドメはあなたが刺していい」
「そりゃ、ありがてえや。でも出来れば同行してほしくないんだがそれは無理なんだよな? 無理して俺に付き合う必要なんてねえんだぜ?」
「町に危険人物がいるのなら神官として放っておけませんので」
こうしてサトリはセイムと共に宿屋を出て行った。
――その心に憎しみの炎を燃やしながら。