港町ノルド
港町ノルド。すぐ近くに海があることもあり漁師の数が大陸一多い町。
他の大陸に移動するための船も貸し出すことがあるので、アスライフ大陸以外の場所からの者が多く訪れる場所だ。逆にアスライフ大陸から他大陸から渡るのもノルドで船に乗らなければ不可能である。
新鮮な魚料理は絶品で各国の王も食しに来ることも稀にだがあるらしい。
有名な料理の中には新鮮な魚を捌いて刺身にし、米の上に乗せて提供されるスシという料理もある。大きな魚の解体ショーも月に一度はやっている人気と活気のある町だ。
昼も近い頃。そんな港町に四人の旅人が訪れた。
「ううーん、潮の香りがするう!」
一人の少女が町に入るなり深く鼻から息を吸い、近くにある海から放たれる特徴的な匂いを堪能していた。肩程度までの赤髪の彼女、レミとは違い、他の三人はそこまで好きな匂いじゃなかったためノーコメントである。
「少しべたつく風が吹いていますね……少々騒々しいですし」
白を基調としたものに青い線が入っている法衣を身に纏い、腰まであるプラチナブロンドの長髪が特徴的な女性、サトリはべたつく風に慣れず髪を弄っている。
多くの人が行き交ううえイベントも多いので賑やかな町だ。多少賑やかな程度ならいいが年中お祭りのような騒がしさとなれば話は別。基本的に静かなプリエール神殿で過ごしてきたサトリにとっては苦手であった。
「とりあえずいつも通り、宿の予約をとって各自行きたい場所に行くって感じでいいかな。観光もしたいもんね」
そう告げたのはマフラーを巻いている白髪の少年。
彼、エビルは仲間に方針を示し、仲間と宿屋へ歩いて行く。
「異議なし。今日でお魚スイーツとかを制覇したいなあ」
「……レミちゃんって焼き魚が至高とか言ってなかったか?」
「それも異議なし。結局どんな料理があっても焼き料理には遠く及ばないもん」
レミの発言に口を挿んだのは褐色肌の少年。白い布を巻いて隠した大鎌を肩に担ぎ、黒いマントとボディースーツを纏う彼、セイムは「スイーツまで焼かないよな」と小声で呟く。
「私はスシというものも食べてみたいですがね。海外では一般的な料理として受け入れられている国もあると聞きますが、まだアスライフ大陸ではノルドでしか食べられないらしいですし」
「ノルドの海鮮料理は大陸一の美味しさなんだよね。あんまり魚とか食べたことなかったから楽しみだなあ」
食事の話に花を咲かせるエビル達は宿屋へ到着した。
三階建ての宿屋に入ると、受付の中年の男性相手に宿泊の手続きをする。
「らっしゃい。休憩か? 宿泊か?」
宿を利用する際、休憩と宿泊という二種類の利用方法がある。
休憩は暗くなるまでしか部屋を利用出来ない。エビル達は他に行くところもないのでもちろん二十四時間部屋に居られる宿泊だ。
「宿泊で。部屋は二つ空いていますか?」
「問題なく空いてるよ。それにしても今日は宿泊者数が多いなあ、やっぱお前達もあれか、格闘大会に出るためにこの町に来たのか? でもそれにしては細い体してるが大丈夫か?」
「へっ、ざけてんじゃねえぞオッサン。俺達なら優勝くらいちょちょいとしてみせるぜ、他の誰にも負けるつもりはねえ」
「ははっ、そうかよ。それなら楽しみにしとくぞ。で、ならそっちのお嬢ちゃん達は応援か? いいねえ色男、俺も若いときは大会でブイブイいわせてたもんさ」
腕を曲げて力こぶを作ってみせる宿の主人に、サトリは苦笑いをしながら言葉を返す。
「私達はそういった野蛮な大会は遠慮しておきますので」
「え? アタシ出るつもりだけど」
意外そうに口をレミが挿んだ。サトリは信じられないような目を向けて、隣の彼女へ辞退するよう勧める。
「お、お止めください! 殴り合う大会など危険です、女性なのに体に傷が残ったらどうするおつもりですか。それに私達はノルドの魚料理を食べるのでは!?」
現代のアスライフ大陸では女性が戦いの場に立つのは珍しい。一部では好ましくないとされているので、一般的には殴る蹴るの戦闘は観戦しかしない。
女性は子を産む大事な母体。体はなるべく傷付けないというのが常識。神官は例外だが国に仕える兵士に女性はほぼいない。レミのように好戦的な者は十人もいないだろう。サトリは体を気遣って止めているのだが彼女は全く気にしていない。
「いやいや今さらでしょ、この旅で傷なんて気にしてられないわ。そりゃあアンタが戦う数を減らしたいって思うのは分かるけどさ。自分の力がどれくらい通用するのか試すのもちょっと楽しみなのよね」
「しかしあなたはアランバート王家の血を引きし者。格闘大会など……」
「細かいことはいいじゃない。エビルと一緒に出てみたいんだから出るの。逆にサトリが出ない方が驚いたけど?」
「いらぬ戦いに身を投じるつもりはありませんので。……レミがどうしてもというのなら仕方ありません。意思を尊重するのも仲間の形ですから」
神官は基本的に意味のある戦闘しかしないのだ。
魔物や賊に人々が襲われた時や、そういった事態を事前に防ぐために戦う。強靭な肉体と力を持つサトリだが格闘大会などには一切興味がない。
「えー、サトリ出ないのか。残念だな」
サトリの欠場に落ち込んだ声を上げるのはセイムだ。
「私が出場して何かあなたに得がありますか? 考えていることはおおよそ予想出来ます。試合になれば激しく動きますし、揺れる私の胸を見たかったのでしょう。変態」
「んなっ!? そ、そそそんなこと思ってねーし適当言ってんじゃねえよ! あれだ、純粋に女性でも男に勝てる、弱くないですよってアピールになると思ったんだよ。今は女性が弱いと思われてる時代みたいだし」
どう考えても並べた言葉は言い訳にしか聞こえない。
それもその筈、実際にサトリの指摘が図星であったため急遽考えたものなのだから。まあ努力虚しく、即席の言い訳が通じるはずもなくサトリには見抜かれているのだが。
「あなたがそんな思考をしているとは到底思えませんがね。……というか、忘れていますね? 私達が持っている格闘大会の参加チケットは一枚のみ。一枚で参加出来るのは二名。エビルとレミが出るというのなら私もあなたも出れませんよ」
「なん……だと……? レミちゃん、やっぱサトリの言う通り女の子が格闘大会なんて野蛮なもんに出るのはダメだ。俺が参加するからレミちゃんは応援に専念してくれ」
「嫌に決まってるじゃない。応援するのはアンタの方よ」
強情なレミが譲るはずもない。参加すると意気込んでいたセイムの張り切りは全て無駄になってしまった。
ガクッと落ちた彼の肩にエビルが手を乗せて「また機会があるよ」と慰める。そしてその後、エビルは今までの会話で気になったことを彼に問う。
「そういえばさ、セイムって最近サトリにも素の口調になったよね。あの気持ちわ……奇妙な喋り方最近してなくない?」
今までセイムは女性に対して妙に丁寧、尚且つ気持ち悪い言動をしていた。子ども扱いしているからかレミには以前から普通の喋り方だったが、サトリには下心丸出しの話し方だったはずだ。それがここ最近、サトリに対しても普通の喋り方になってきたのだから奇妙な話である。
「あ、ああ……いや、実はサトリに女性への喋り方で説教されてな。ほら憶えてるだろ、メズールに居た時にさ」
「憶えてる。魂が抜けかかっていた時か」
「俺の話し方が嫌いな女性もいるから、嫌な顔されたらすぐに男と同じに戻せってさ。サトリについては常時これにしろって言われちまったからよ。今までモテなかったのはこれが原因かもしれねえ」
どう返していいか分からず、エビルは「それは……どうだろうね」と目を逸らして言っておいた。
二人の話が終わった頃、レミが宿の主人へ問いを投げかける。
「ご主人、アタシ達はノルドでしか食べられないお魚料理を食べに来たの。今から向かうからどこで食べられるか分かる?」
「スシとかか? それなら中央の橋を渡った先にある店で食べられるし、情報もそっちの方が手に入るだろう。だが初心者にはキツいものがあるぜ? ワサビって緑色の塊には気を付けろよ。俺はアレを食って以降スシを食うのは止めたんだ」
嫌な思い出だったのか店主は顔を青ざめさせて身を震わせている。
緑色の塊と聞いてエビル達は丸い茂みをイメージしているが中々食べ物と結びつかない。
「とりあえず、部屋の予約はできたし自由行動にしよう」
「そうだな。でも格闘大会は明日みてえだしどうすっかなあー」
格闘大会はチケットに開催日時が記されており、開催は翌日であった。今日開かれるとばかり思っていたセイムは暇そうに呟く。
「ならアタシ達と来れば? 二人も珍しい料理食べたくない?」
「いや、今日はいいかな。セイムはどうする?」
「なら俺もパスするわあ。エビルに付いてくぜ」
グッと親指を立てて笑いかけてくるセイムの同行を当然エビルは許す。
特に一人である必要もないし、どこか行きたい場所があるというわけでもない。レミ達の美味しい食べ物巡りと似ているがエビルはノルド町を観光しておこうと思っていた。魚料理ならいつでも食べれる、それこそ大会終了後に食べてもいい。
「そう、まあ別にいいけどね。アタシはサトリと美味しい物を食べてくるから」
「なんだか私達だけ申し訳ありませんね」
「いいんだよ。僕達が断ったんだし、二人は楽しんできなよ」
「そうそう、まあくれぐれも食べ過ぎて太らないようにな。あっ、でもレミちゃんはもうちょっと太った方がいいと思うぜ。どことは言わないけどまだまだ小さい――」
セイムが最後まで笑って言い切る前。サトリが「神罰」と言い放ち、素早く後ろに回るとチョークスリーパーで首を絞める。瞳から光が消えている彼女の強い力で絞められると相当痛いのは明白。セイムは「ぐげえええ!」と潰れた蛙のような声を出す。背中に当たる柔らかい感触もこの状況では嬉しくないだろう。
「……そろそろ僕は行こうかな」
「そうね、サトリ行こうよ」
「そうですね。セイムを逝かせてから行きます」
「ちょっまっ、ギ、ギブギブギブギブギブギィ……」
ついに限界を迎えたセイムは口から泡を吹いて意識を失ってしまう。
「豚の鳴き真似ですか、随分とお上手なようで。では行きましょうかレミ」
「ええ行きましょう! 魚料理が待ってるわ!」
冷めた目から一転、出掛けようとした時にはサトリも純粋な笑顔になっていた。それを見たエビルは頬をひくつかせている。
失礼なことを言ったセイムの自業自得なのでレミは気に留めていない。サトリが本気で殺すことはないと分かっているのでエビルも止めなかった。
「す、すごいものを見たな。サトリってあんなに怖かったっけ……」
ただ、今後女性に対して体重や胸の話は不用意にしないようにしようとエビルは心に誓う。