オーブを元の場所へ
メズール村に戻ったエビル達は真っ先にレミのことを宿屋に預けて、一応の様子を見るためにサトリも残った。つまりエビルとセイムの男二人でズンダの元へと報告しに行くことになった。
遺跡を模した石造りの建物内で待っていたズンダは、戻って来たエビル達へ軽く頭を下げる。期待しているところ申し訳ないがエビルは湿原で起きたことを簡単に説明した。
「というわけで申し訳ありません。結局オーブを取り戻すことが出来ませんでした。協力すると自分から言っておいて情けないです」
盗賊団ブルーズの魔物使いカウターの手があったとはいえ取り戻せなかったことは事実。しかしズンダは失意を見せるわけでもなく、二人を怒鳴りつけることもなかった。
「……構いません。取り戻せていたら嬉しかったでしょうが、旅のお方を頼っておいて偉そうなことは言えませんから。全てはこちらの管理が甘かったせいですしね」
「ていうか気になってたんだけどよ、オーブを取り戻したらどうするつもりだったんだ? 物珍しさで集客しようにも今回みたいに盗まれるリスクがあるだろ。ただでさえ警備の力は低いんだ、傭兵でも雇うってんなら話は別だけど」
「分かっているつもりです、この村ではあれを大切に保管することなどできないでしょう。ですのであなた達にお願いしたい。できることならオーブを全て集めて神殿の祭壇に戻してくれませんか。もちろんこれは頼み事とはいえ無理難題です、断ってくれても構いません」
どこにあるかも分からない四つのオーブを、どこにあるのかも分からない神殿に戻す。それがどれほど大変なことなのか想像するまでもない。しかしいくら大変だったとしてもエビルに断る理由もない。
「……分かりました。旅の合間で見つけられたならですけど、その依頼を受けることにします。旅をしている間に運よく見つけられるかもしれませんし」
「やっぱりお人好しだな、お前は」
「困っている人がいるなら助けることは当然だと思うんだ。もちろん絶対に助けられるなんて自惚れているつもりはないし、恩を売りたいわけじゃない。ただ純粋に助けたいと思うから助ける。それだけなんだ」
「へいへい、わあったよ。まったく……そういうところがいいんだよな」
これからの旅でエビルは世界を巡る。隅々まで行くわけではないが相当な広範囲を旅する予定だ。どこにあるのか不明な神殿やオーブもその最中に発見する可能性は十分ある。
やることが次々増えていくがどれも世界を巡る旅のついでのようなもの。だから遊びでいいというわけではないので真剣に取り組む。
「そういやズンダのオッサン。ちょいと気になることがあるんだが」
不思議そうに「はい?」と声に出したズンダへセイムが質問する。
「アンタは確か引っ越して来たばっかだって言ってたよな。もしかして壁画とかオーブってオッサンが持って来たもんなのか?」
壁画は今や重要な観光名所。それの説明を引っ越して来たばかりの人間に任せるというのは考えづらい。普通なら村長、あるいは村長に次ぐ立場ある者だろう。新参者のズンダが任されているのは彼自身が壁画とオーブを持って来たからではないか……とセイムは考えている。
実際のところそれ自体は些末なこと。本当の疑問はどうして彼が貴重な物を持ち、わざわざメズール村にまで移住したのかという点だ。
「ええ、いかにも壁画とオーブは私が持って来ました」
「なんでこの村だったんだよ。故郷はここじゃないんだろ?」
「……壊滅したのです。私の故郷、フォロレタは」
重い雰囲気になったのでセイムは「わ、悪い」と謝る。
ズンダは暗い目をしながらフォロレタという村のことを語った。
「噂くらい聞いたことがあるでしょうが魔信教の仕業です。犯人の名はイレイザー……死にゆく人々を嘲笑う悪魔のような男でした。私は運よく村から離れていたので生き延びましたが村は酷い状態でしたよ。原型を留めたまま老若男女の死体が転がって……死屍累々という言葉がぴったりでしたね。私はただ一人、フォロレタから離れて転々と町を渡って生きている。このメズールへと来た経緯はそんなところですよ」
イレイザーといえば魔信教幹部である四罪の一人。戦ったことがあるエビルは眉間にシワを寄せ、会ったことすらないセイムは歯を食いしばる。魔信教の被害は本当に止まることを知らない。
「まあ私が各地を転々としているのは、住み心地のいい場所を求めているからではないんですがね。ただ探しているのです。ないに等しい、希望なんか抱いちゃいけないのかもしれませんが……村に死体のなかった者がいまして。今でもどこかで生きているのでは、と」
ズンダの気持ちがエビルには痛いほど分かる。
故郷が滅ぼされてもエビルの育ての親と呼べる村長は生死不明。この目で死体を確認しなければ、実は生きているという甘い希望を捨てられはしない。
「その人の名前、教えてもらえませんか? オーブを探しつつその人も捜します。もしかしたらこれから行く町で発見出来るかもしれません」
「……いえ、そこまでしてもらうわけには」
「水臭えなオッサン。無遠慮に辛い過去ほじくり返しちまったし、俺だって捜すの手伝うぜ? 人手は多い方がいいだろ?」
「……なんだか、悪いですね。私の都合だというのに」
「気にしないでください。それで、お名前は?」
世界を見て回る旅の道中で耳にすることがあるかもしれない。もし運よく出会えたなら、郵便屋のコミュバードを利用して知らせればいい。
「捜しているのは死んだ娘の婚約者でして。縮れ毛で、瞳の色は赤く、性格は気のいい青年でした。何よりもエレナの幸せを優先してくれた彼――スレイ君くらいはせめて生きていてほしい……。はは、まだ噂も耳にしていませんがね」
名前を聞いたセイムの手から力が抜ける。肩に担いでいた武器、白い布を巻いている大鎌が背後に音を立てて落ちてしまった。
明らかに動揺しているのが丸分かりなのでエビルは静かに目線を向ける。その動揺の原因ならエビルにも想像がつく。なんせ語られた名前は魔信教の四罪の一人で、セイム自身が殺した男と同一のものであったのだから。
「ど、どうかしましたか!?」
「あ……いや、何でもねえって。ちょっと疲れてるみたいで」
そう誤魔化したセイムは落とした大鎌を拾い上げて再び担ぎ直す。
彼の胸中は見事に搔き乱されている。エビルにはごちゃごちゃとした感情が秘術の影響で伝わっていた。
「無理もないですね、マリンスライムの群れを相手してきたばかりなのですから。今日は宿でぐっすりとお休みになられては……ッとその前に、色々引き受けてくれたことにささやかながらお礼を」
ズンダが懐から取り出してエビルへ差し出したのは薄い紙きれ。
青い空、白い雲と鳥が描かれており、ノルド格闘大会参加券と表に書かれている。手にしてからエビルは「チケットですか?」と確認のため問いかけた。
「西にあるノルドで開かれる格闘大会のチケットですよ、一枚で二人も参加できるんです。湿原の方から来たということはこの村を通過してノルドへ向かう最中でしょう? それなら是非使ってください、観戦と参加どちらも可能らしいので」
善意でくれた物なのでエビルはありがたく受け取っておく。
笑顔で送り出してくれたズンダに「ありがとうございました」と感謝を伝え、エビルはセイムを連れて仲間の待つ宿屋へと足を運んだ。
* * *
昼すぎに宿屋へ帰って来たエビルとセイムは自分達の部屋へ向かう。
部屋に戻ったエビル達を待っていたのは、椅子に座って何やら話していたレミとサトリであった。どうやらもう目覚めていたらしく帰りを待っていたらしい。
「おっ、お帰り二人共」
「お帰りなさい。勝手に部屋に押しかけて申し訳ありません。気絶していたというのに彼女、元気なもので」
「そんなことより見て見てこれっ!」
体をエビル達の方へ向けたレミは手から軽く青い炎を出してみせる。
あくまで見せるために出したらしく五秒ほどで握り潰して消火した。青い炎はマリンスライム戦で見たものと同じであったため、エビルは軽く目を見開いて驚く。
「なーんか自由に出せるようになったのよね。まあ火力高いけど疲れるからずっと使うわけにもいかないけどさ。これ、結構な戦力アップじゃない?」
「すごいね。秘術を使えば使うほど強くなるっていうのはそういった変化も含まれるのかもね。そのうち通常の炎と同じくらい使いこなせるようになるんじゃないかな」
「ええ、これからも精進あるのみって感じね。……って何よセイム、もうちょっと反応してくれてもいいんじゃないのー?」
反応しそうなセイムの顔は僅かに青みがある。暗い表情のまま喋らないのを不審に思ったサトリが問いかける。
「何かあったのですか? 顔色が少し悪いですね、普段ならへらへら笑っておめでとうくらい言いそうですが」
「実は――」
口を開けないセイムの代わりにエビルが全てを話した。
グリーンオーブを持ち帰れなかったことは許されたこと。
四種類のオーブを探して神殿へ還してほしいと頼まれたこと。
ズンダの故郷は魔信教に滅ぼされ、死体のない村人を捜していること。そしてそれが以前戦ってセイムが殺したスレイと同名であったこと。
全てを聞き終わったサトリは「なるほど」と呟いてセイムへ顔を向ける。
「つまりあなたはズンダさんの捜し人を殺してしまったかもと落ち込んでいるわけですか。しかしその魔信教のスレイという男が本人という確証もないのでしょう?」
「……ああ、でも偶然とは思えねえんだ。特徴も一致してたしな。俺が殺したって知ったらあのオッサンもどう思うかね」
「でもさあ、仮に本人だとしたらおかしくない? 何で被害者が魔信教に入ってるのよ、しかも幹部だし。あんな危ない奴が誰かに好かれてるってのも考えられないしさ」
スレイといえば他人を殺すことに全てを懸けている男であった。狂気が滲み出ているような男に対する評価としては危険な奴というのが的確である。話によればズンダの娘の婚約者だったというが、どう考えてもそんな危険な男を婚約者にするとは思えない。
場に僅かな沈黙が降りてからサトリがポツリと「――洗脳」と呟いた。
「仮に彼らが他者を操る、もしくは記憶を改竄する術を持っていたとしたら……」
「いやいや、サリーが操られてたって思いたいのは分かるけどさあ。さすがにそれは飛躍しすぎっていうか、誰かを操るなんて実際のとこ無理でしょ」
「……シャドウ、お前なら何か知ってるかい?」
エビルの問いかけた相手は現魔信教の幹部であるシャドウ。
体の中にいるという彼に話しかける時は今まで心の中でだったのだが、三人はもう知っているため隠す必要もない。しかしサトリが既知なことを把握していないレミとセイムは慌てふためく。
「ちょっ、ちょっ、エビル! サトリが!」
「おいやべえって……! 殺されっぞ……!」
「二人共、私はもう知っています。心配はご無用です」
二人は「え?」と声に出してエビルとサトリを交互に見つめる。
そんな時、エビルの影が蠢き、黒い右腕が伸びて床に手をつく。次に顔、左腕が出て来たら一気に跳んで両足まで出て来る。現れた全身は人間ではありえない黒さをしていた。彼は人間と白黒部分が逆転した目を開く。
「おいおい勘弁してくれよ。俺はお前らのお仲間じゃないんだぞ? 協力者として選んでやったのは確かだがよ、急にお前らに対して親切になって仲良くしますなんて言ってねえだろ」
非協力的な態度にサトリが「くっ、シャドウ……!」と立ち上がりそうになるのを、レミが慌てて肩を押さえることで止める。心配ご無用とは何だったのか。
「情報の共有は大事だと思うけどね」
「はっ、誰も教えねえとは言ってねえだろ。ああはいはい洗脳ね、少なくとも教祖にそんな力はねえだろうが……出来る可能性がある奴は一人いるな。魔信教に所属してる科学者だ。あのジジイは以前テミス帝国にいたらしいから何が出来ても不思議じゃねえ」
今までと比べれば多少打ち解けたシャドウが情報を開示した。
真面目に情報提供をしてくれているので、敵意は向けたままだがサトリが反応する。
「テミス帝国……確かマスライフ大陸にある科学が発達した国ですね」
まだまだ知らないことの多いエビルが「科学っていうのは?」と質問する。
サトリが語った内容はエビルにとって信じられないような話。夜でも昼間のように明るくしたり、一般人でも強い魔物を屠れる武器が開発されていたり、夏は涼しく冬は温かくするなど科学というのは様々なことが出来るらしい。これにはレミも「アタシの存在意義なくなりそう」と苦笑していた。
「その科学ってやつなら人間を操れるのか?」
「さあ、私も詳しいわけではないので。ただそこの悪魔の言う通り何が出来ても不思議ではありません」
「そういうこと。つーか、今さら死人のことなんざどうだっていいだろ」
シャドウの発言に対し、彼に一番の敵意を持っているサトリが「なっ、あなたは!」と立ち上がる。我慢の限界とばかりに錫杖を振り上げたが、彼は「じゃあなー」と嗤いながら影へ戻ってしまう。怒りをぶつける相手を失ったサトリは力なく錫杖を下ろして椅子へ座り込む。
場の雰囲気を悪化させて帰ったことにエビルは何も言わない。もうそういう奴だと諦めているので呆れてため息を吐く。
「情報を整理すると、ズンダさんの捜し人が以前死んだ魔信教のスレイの可能性があって、科学者が洗脳して悪人になってしまったかもしれないってところかな。正直なところこれ以上は考えても分からないと思う。確証もないし、同名の別人がいると仮定してこの先捜してみようよ」
「……ああ、そうだな」
考えて分からないことは仕方ない。理解を後回しにして一先ず進んだ方が効率的というのがエビルの自論である。
次に目指すはノルド町。海に面している港町。
エビル達は話を終えて、出発前日である夜には部屋のベッドで眠りについた。
メズール村での話はこれで終わりです。
ただこの章はオーブ関連が終わるまでなのでまだ続きます。




