魔物使いカウター
マリンスライムがいることは想定していたが数が異常だ。百体近い群れを一度に相手すれば数で押されて全滅待ったなしだろう。
「なあおい待て、あそこ、麗しき女性がいる」
セイムの言動は敢えてスルーした三人が、彼の指さす方へ視線を向けてみれば確かに女性がいた。マリンスライムの群れに囲まれているが襲われている雰囲気はない。
紫色のヴェールを被り、それと同色のローブを纏っている褐色肌の女性が一人。首にネックレスをかけている彼女を眺め続けているとセイムが「あ」と声を上げる。
「メズール村で会った人だぜ。ほら、壁画を見る行列に並んでた」
「アンタよく憶えてたわね。言われなきゃ思い出せなかったわよ」
「俺の記憶には今まで出会った女性の思い出全てが詰まってるんだ。誰であろうと忘れたことはねえのさ。レミちゃんやサトリさんのことも生涯忘れないと誓えるぜ」
「女性に関しては呆れた記憶力です」
たった一度、一分程度しか会話していない相手。しかも昨日しか会っていないにもかかわらずセイムは憶えていた。驚異の記憶力である。エビルもレミ同様言われて思い出した。
マリンスライムの群れに女は囲まれている。襲われる気配がないとはいえ魔物の大群の中にいるのは危険だ。そう思ったエビル達は歩み寄って声を掛ける。
「あの、こんなところで何をしてるんですか? 危ないですよ?」
飛んだ忠告に振り返った女はくつくつと笑う。
「問題ないよ、こいつらは私が使役してるんだからね」
使役という単語はエビル達からして馴染みがないものだった。
魔物を仲間のようにできるということだと悟るがそれは常識的にありえない。基本的にスライムは人間に従うことなどないし、情に絆されて動く生物でもないはずだ。ホーシアンやコミュバードなどの暮らしに溶け込んでいる魔物ならともかく、マリンスライムを手懐けることなど不可能に近い。
それを女はなんてことのないように、意思の力がそこまで強くないマリンスライムを従えていた。
スライムに恐怖などの感情は存在しない。仮に存在するというならキラキラ光る物を見た時の興奮程度のものだ。恐怖で縛ることも出来ない彼らを使役など本当に出来るのか。
「使役……あなたはいったい」
「アンタ達が来たことはこいつらが教えてくれたよ。いったい何者かなんてわざわざ名乗る必要はない……けど、冥途の土産に教えてあげよう。私は魔物使いカウター。私はアンタ等の目的が何かなんとなく分かるよ。探し物はこれかい?」
そう言うとローブについていたポケットからカウターが球体を取り出す。
うっすら光る緑色の玉。片手では落としそうになる大きさのそれをカウターは両手でしっかり持つ。
「おいエビル、あの人が持ってるのはもしかして」
「オーブか……それをいったいどうするつもりですか」
ズンダが言っていたグリーンオーブだということは明らか。
マリンスライムに探させて盗ませたと考えられる。使役しているというならそれくらい可能だ。
「グリーンオーブのことかい? お頭が欲しいっていうから団員がいま集めて……おっと、あんまり喋るのはよくないね。私まで死んじまう」
「それはズンダさんの持っていた物なんです。返してくれませんか?」
「グチグチうるさいねぇ……盗賊が、奪った物返すわけないだろう! これはもう私達、盗賊団ブルーズの物なんだよ!」
「ブルーズ!? ジョウさんがいる盗賊団か……!」
特徴的な青い服を着ていないことからブルーズだとは言われるまで気付かなかった。しかし普段からあのような服装をしていれば有名なのだから捕まってしまう。普段は変装、というよりは一般人に成りすましているのだろう。
「アンタ青い服着てないじゃない」
「バカかい? あんな目立つ服装いつもしてるわけないだろ。まあとにかくこのオーブは頂いていくからね。さあマリンスライム! 邪魔なこいつらをぶっ殺しておきな!」
そう言い放つとカウターの周囲のマリンスライムが一体に融合していき、離れていた個体もどんどん集合してあっという間に全個体が融合した。総数百を超える個体が合わさればどうなるか。マリンスライムは全長二十メートルもの巨体へと変貌する。
「ちょっとちょっとちょっと! こんなことってある!?」
「これは……予想外だね」
「へっ、合体して強くなりましたってか……?」
「……あ、カウターが!」
マリンスライムに視線が釘付けになっていた隙にカウターが走っていた。戦うためではない、逃げるためだ。
合体させて強化したうえ、視線誘導の役割をもこなし主人を逃がしたマリンスライムには拍手喝采ものである。唯一の味方が逃走しているため向けられるのは敵からの鋭い視線のみだが。
「逃げられましたね。マリンスライムに気を取られました」
「盗賊ってのは本当に素早いわね。まあ、まずは目の前の敵に集中しましょう。放っておくとどうなるか分からないわ」
残念ながらカウターの姿はもう遥か遠くで追いつけない。……となれば、優先すべきは巨大化したマリンスライムの討伐。あれほどの巨体なうえ、殺せという命令に従うということは放置しておけばメズール村にも被害が出てしまう。何も知らない村人達を危険な目に遭わせるわけにはいかない。エビル達はすぐにそう判断して各々が戦闘態勢になる。
「カウターは追えない。とりあえず全員でマリンスライムを倒そう」
まとまって動くのは危険だ。巨体で体当たりでもされたらひとたまりもない。エビル達はマリンスライムを囲むように四方に散らばっていく。
正面からは誰よりも先にエビルが剣を抜いて巨大な体躯に斬りかかる。結果としては、ほぼ溶けている氷を斬ったような感覚で終わる。
一撃だけでは元から効果が薄すぎる。斬撃などあまり通用しないのだろうとエビルは思い、今度は連撃を放つも結果は変わらない。痛みの感覚などないのか、マリンスライムはプルプルと揺れているだけでダメージを与えられているような手応えが感じられなかった。
「炎弾……!」
左方へ走りながらレミは手から力強い炎の球体を連続で放出する。だが、巨大になりすぎたマリンスライムの十分の一にも満たない大きさの炎は、直撃しても僅かに蒸発しただけで大したダメージはない。連続で当たり続けた炎は全て霧散してしまって、無力さが一気に襲い掛かる。
「切り裂け!」
「はあああっ!」
後方に回り込んだセイムが死神の鎌で斬りつけ、サトリが右方から錫杖で叩きつける。結果として、どちらも先に攻撃した二人同様満足なダメージを与えられなかった。
マリンスライムから何かをしようとする動きは今のところないものの、ダメージを与えられないと倒せない。もしそうなら仮に逃げたとしても、命令通り動くであろうマリンスライムに殺されるまで一生追いかけられる人生になってしまう。
「どうすりゃあいいんだよ! 攻撃が全然通らねえぞ!」
「巨大すぎること、そして液体に近い体なために効果が薄いのです! しかし全く効かないわけではありません! 攻撃したときあの体のごく僅かですが飛び散っています、つまり体積をしっかりと減らせています!」
本当にごく僅か。マリンスライムの体が微細な量、攻撃の瞬間だけ飛び散っていた。
このまま攻撃を続ければ勝てる。マリンスライムの巨大すぎる体を小さくしていくことが理論上は可能でなる。ただし戦えるサイズになるまで時間がかかりすぎるので、エビル達の体力が持たないかもしれない。
「冗談じゃねえぜ、いったいあと何千何万の攻撃すりゃあいいんだよ……」
「……仲間を頼るんだ。レミ! レミの炎が一番効いているように見えた! とりあえずありったけの炎弾を撃ち込んでくれ!」
「了解……!」
いつまでもマリンスライムがただジッとしているなど誰も思っていない。殺せと命令されている以上は攻撃も可能なはずであり、殺傷力も十分にあるはずなのだ。いつまで不動でいてくれるかが勝ち目を左右するが、瑠璃色の流動体はいきなり攻撃のために動いた。
エビルの指示通りにレミが炎を放ち続けていると、それにいきなりキラリと光る何かが交じった。ただしそれはレミから放たれたのではなく、マリンスライムの方から放たれている。
燃え盛る炎の球体を放出しているなか、視界で自身に飛んでくる何かを捉えたレミは炎弾を一旦止めて真横に跳ぶことで躱す。柔らかめの地面に勢いよく刺さったそれは――立派な剣だ。
「け、剣が飛んできた……?」
まさかと思いマリンスライムの方をもう一度見ると今度ははっきりと視界に映る。
瑠璃色の体にいくつかの波紋が静かに広がって、波紋の中心からキラリと光る武器が勢いよく放出されたのだ。まるで吐き出しているかのような攻撃を見たレミは紙一重で全ての武器を躱した。
「みんな! こいつ、体の中に剣とか槍とかの武器がある! 攻撃をしてきたわ、こいつは武器を飛ばして攻撃してくるわよ!」
「なっなんだと!? スライムが武器とかを取り込んでるってのか!? そんなの聞いたことがねえぞ!」
「おかしな話ではありませんね。集めたコレクションを体に仕舞っていたのでしょう。あの大きさなら易々と入るでしょうし」
「マリンスライム自体の意識がほぼないからか……何も感じない。攻撃の波を感じることはまず無理か」
「せめて貯蔵量が分かれば動きやすいのに……」
瑠璃色の体は集合しているからか色素が濃いので中身を見ることは出来ない。あとどれくらいの武器の貯蔵があるのか確認出来ないのだ。取り込んでいる以上はストックもあるはずだが確認できない以上分からない。
マリンスライムはまたも体を揺らして、今度はレミの方向だけではなく、己の敵であるエビル達全員に向けて波紋を作りだす。その波紋の中心から様々な武器が放出されてエビル達へと襲いかかった。




