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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
四章 秘めたる邪悪な灯火
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打ち明ける相手


 精神世界でシャドウと対談した後、エビルは現実で目を覚ます。

 太陽光が窓から入り込んで部屋を明るく照らしている。白いベッドの上で目覚めたエビルは周囲を確認するため首を動かす。複数のベッドがあるこの場所はどうやら寝室のようであった。他のベッドにはまだ神官が寝込んでいた。


「……そうだ、レミはっうぐあっ!?」


 上体を起こそうとした時、全身に激痛が奔って起き上がれなかった。

 激痛は一瞬だったとはいえ体をまた動かす気になれず、痛みのせいか全身が痺れたような感覚が襲ってくるので大人しくするしかない。

 しばらく横になったままでいれば痺れも消えてくる。少し楽になったと思っていた時、部屋の木製扉が開かれて二人の男女が入って来る。


「あっ、エビル! 目が覚めたの!?」


「おいおい一番寝坊助だったな」


 入って来たのはレミとセイムであった。

 見知った顔に安心したエビルは二人の名を呼ぶ。


「いやあ、死体かと思うくらい目覚めねえから起きて良かったぜ」


「ちょっと縁起でもないこと言わないでよ。ごめんねエビル、気にしないで」


「気にしてないよ。それより、二人が元気そうで良かったよ」


 あらかじめシャドウから聞いていたとはいえ、実際に自分の目で仲間の無事を確かめると安心感がまるで違う。安堵したエビルは笑みを浮かべ、二人も釣られたように微笑む。


「まったく、一番重傷だった奴が他人の心配かよ。イフサのおっさんが見たところによりゃ、骨が何本か折れてたみたいだぜお前」


「イフサさん? 戻って来てたの?」


 その情報はシャドウから聞いていなかったので驚きで目が丸くなる。


「ああ。逃げるようなこと言っておいて、やっぱり放っておけなかったんだってよ。ほんとお人好しだよなあのおっさん」


「気絶してたアタシ達を神殿内に運んでくれたのもイフサさんだったらしいわよ。今は無料で薬草やら治療薬やらを配布して、アタシ達と一緒に怪我人の手当をしてるの」


「そっか……会ったらお礼言わないとね」


 魔信教への恐怖で逃げ出したかったはずなのに、持ち前の優しさで残ってくれたことはエビルも素直に尊敬する。各地を巡る商人ゆえに魔物相手に危険を感じたことなどいくらでもあるはずだ。戦う力もないのに残るなど自殺行為に等しいのに、死ぬと理解していたはずなのに神殿から逃げないのは相当な精神力を要しただろう。


 イフサの感謝は一旦置いておき、違う思考になるとエビルの表情が曇る。

 自分が悪魔で、シャドウや邪遠と同じだったという事実。それを果たして言うべきか言わないべきか悩む。


 以前、隠し事はなしと決めた間柄だ。エビルだって話したい気持ちはあるが内容が内容だけに話しづらい。

 シャドウについて話すのとはレベルが違う。実は故郷の人間の仇が自分の中にいるなど些細な問題になってしまうくらい、自分が悪魔という魔物の一種であるというのは大きな問題である。二人がそのことで差別したり襲ってこないとはエビルも信じているのだが、いざ話すとなると勇気が出ない。


『止めておけよ。ただの人間に悪魔ですなんて言ったらどうなるかくらい、想像することも出来ねえのか?』


 ふと、シャドウの声が内側で響く。

 リンクが切れたとは言っていたのだが、どうやら心の中を覗いたり語りかけるような力はなくなっていないらしい。痛みや死を共に味わうことはもうないだろうが。


『昔、仲良くなった人間に悪魔だとバレたことがあった。酷いもんだったぜ。分かった瞬間に怯え、距離を取り、大人達が武器を向けてきた。俺達は人間とは相容れねえのさ』


 魔物でも郵便として重宝されているコミュバードや、移動の足として利用されているホーシアンは人間に受け入れられている。しかし悪魔は危害を加えてくる魔物だ。到底全ての人間が受け入れるのは不可能だということくらいエビルも理解している。

 それでもレミやセイムなら、と悩みに悩み抜いた結果。


「……二人共、聞いてほしいことがあるんだ」


 ――今度は誰かに促されることなく自分から言おうと決めた。


「何? 改まってどうしたの?」


「今回の一件で悩みでも生まれたか?」


「さっき、寝ていた時にシャドウと話をしたんだ。僕とあいつの……関係について、あいつは教えてくれたよ。僕の正体についても……」


 一瞬で二人が真剣な表情になる。

 それからエビルは全てを余すことなく話した。

 自分が悪魔だということも、シャドウと元は一人の悪魔だったということも、シャドウの目的についても、邪遠に言われたことについても全てを二人に打ち明けた。

 全てを聞き終わるまで二人は相槌だけしていた。詳しく問おうとせずに、エビルのペースで話し終わるのを待ってくれた。これだけでもエビルは嬉しく思える。


「エビル……」


 聞き終わってからレミが初めて口を開く。


「ありがとう、話してくれて……。私達を信じているから打ち明けてくれたんだよね」


 笑った。彼女は微笑んだ。悪魔だからと軽蔑することなく受け入れている。


「今までと何も変わらないかな……? 知っても僕と一緒に旅をしてくれる?」


 彼女同様に多少笑みを浮かべたセイムが「おいおい」と、エビルの額に人差し指の先端を軽く当てた。


「お前が悪魔だから何だってんだよ。なーんにも変わんねえだろ、種族が人間じゃねえからって気にする必要はねえよ。なんせ俺だって死神の末裔だからな、逆に人間はレミちゃんだけだぜ」


「ちょっとー、何よそのアタシだけ仲間外れみたいな言い方」


 セイムの肩を掴んでレミがジト目を向ける。

 話してみればなんてことはなかった。話すことに勇気はいるが、終わってみれば関係が壊れたりするなど微塵も起こらない。でも人間なら誰でもというわけではないだろう。短期間とはいえ共に過ごしてきた仲で、偶々種族を気にしない二人だったからこそ受け入れられたのだ。

 実際に受け入れられなかったケースはシャドウが説明済み。今回は二人の人柄の良さに救われた形になる。


 エビルは静かに笑い「二人共」と声を掛けた。

 慌てていたセイムとジト目だったレミが同時に顔を向けてくる。


「――僕の傍にいてくれて、ありがとう」


 シャドウは舌打ちして黙り込み、開いていた扉から様子を窺っていた者は去っていく。

 ただ二人だけが今の救い。エビル・アグレムは良い仲間に恵まれたと強く思う。



 * * * 



 邪遠襲来から五日後。

 怪我はまだ完治していないがエビル達は旅を再開しようと決める。ゆっくり休んでいる間にも魔信教による被害は大きいはずなのだから、少しでも多くの人々を助けたいと思っているエビルに休んでいる暇などない。


 神殿まで行動を共にした商人、イフサは未だ怪我人の多いこの場所に残るという。無料で薬を配布している彼の心遣いには誰も頭が上がらない。

 とりあえず三人旅に戻り、次の目的地を目指すことにする。


 ふと頭に過ぎるのは邪遠に告げられた勇者としての行動。助ける者の選別。

 確かに彼の言ったことは正しい。積極的に人助けに動くのは良いことだが全員を守り切ることなんて出来やしない。それどころか必死になりすぎて取り溢してしまうこともあるだろう。まだまだ答えを出すのは時間がかかりそうだがエビルは彼の言葉を心に留めておく。


「プリエール神殿とも今日でおさらばねえ」


 神殿入口に向かっている途中でレミが伸びをしながら呟く。


「つってもよお、別にこれといっていい思い出はねえだろ。強いて挙げるなら堅物とはいえお美しい大神官サトリさんに会えたことくらい……ん? あれ、サトリさんじゃね?」


 神殿入口の柱の傍に佇んでいる美しい女性。

 プラチナブロンドのさらさらとした長髪、首にかけられた銀の十字架のネックレス。青と白の線が入っている法衣。金色の金輪(かなわ)が三つ先端に付いている錫杖(しゃくじょう)を持っている、豊満な胸部の彼女は紛れもなく大神官サトリ。


「本当だ。もしかして見送ってくれるのかな」


 最初こそ無実の罪で地下牢にぶち込まれたものの、この五日間でエビル達は世話になった。挨拶くらいしていこうと思い、近くまで歩いて声を掛ける。


「サトリさん、何をしているんですか?」


「……あなた達を待っていたのです。今日、旅に戻るおつもりでしょう?」


「はい、短い間でしたけどお世話になりました」


「礼などよしてください。あなた達には酷いことをしてしまった……礼を言われる資格など私にはありませんし、むしろ謝らなければ。……勘違いで牢へ入れたことを深く謝罪します」


 そう言ってサトリは深く頭を下げる。

 三人は正直もう許していた。確かに多少口論があったとはいえサトリの考えも理解している。エビルが「もういいですよ」と声を掛ければ彼女は少々不満そうに頭を上げた。


「それよりアンタ、大丈夫なの? 手当てとか本来の仕事とかで動きっぱなしだったでしょ?」


「ええ。心配のお言葉ありがとうございます。私、人よりも体力がありますし問題はありません」


「色々パワフルですもんね」


 沈黙が降りる。決してセイムの言動に問題があったわけではない。

 サトリが口を噤み、真剣な表情になって再び口を開けるまでが長かった。

 およそ十秒弱。本当に色々な意味を込めてパワフルと告げたセイムは内心、この気まずい空気を自分のせいではと思ってしまうほどに長かった。


「……図々しいのを承知で、一つ頼み事を聞いてもらえないでしょうか」


 沈黙を破って告げられたのはそんな言葉。


「私を、旅に同行させてはくれませんか?」


「それって……仲間になりたいってことですよね?」


「ええ、実はアランバート王国女王であるソラ様から連絡がありまして。あなた達は魔信教を倒すべく旅をしているとか。……私も魔信教を許せないのです」


 サトリが許せないというのはやはりサリーのことが原因だろう。

 以前シャドウと揉めた一件も理由に入るだろうが、何よりも邪遠に妹を殺されたことが一番の精神的ダメージ。憎しみを抱くのも容易く想像出来る。


「でもアンタ仕事は? 大神官なんて立場の人間が急に旅立つなんて、他の神官が困るんじゃないの?」


「立場と仕事の引継ぎは済んでおります。私は今日を持って、偉大なる創造神アストラル様を崇めるただの神官サトリ。……無論、あなた達が嫌と言うのなら私は一人で旅立ちましょう。迷惑はもう掛けたくないですから」


 目的は一致している。貴重な戦力にもなる。


「二人共、どう思う?」


 エビル個人的には構わないのだが一応他の二人に問いかける。

 誰を仲間に加えるなど勝手に個人で決定していいわけがない。ゆえに二人の判断を聞いて相談しようと考えた。


「アタシは全然いいわよ。いつまでも女一人ってのもあれだし、強いから頼り甲斐あるしね」


「訊かなくても分かるだろエビル。俺はオッケーだぜ、美しい女性なら何万人でも仲間にしていい。旅の中、男女に芽生える恋心。そして行くところまで行き、ついに二人は結ばれる。まさに愛の旅!」


「すみません、やはり一人で旅立ってもよいでしょうか」


「何で!? ごめんごめん俺が悪かった!」


 自分の発言を反省してセイムは慌てて謝る。

 その様子にエビルは僅かに吹き出すように笑い、サトリへと手を差し伸べた。


「これから賑やかになりそうですね、サトリさん」


 彼女は「ええ、本当に」と笑みを浮かべるとエビルの手を握る。

 イフサが同行せず三人に戻るかと思いきや、サトリが加入して四人のままとなった。少し賑やかさが増した一行は次の目的地を目指してプリエール神殿から旅立った。








 四章完です。まるで打ち切り漫画のように色々な情報出しました。

 これから先も読みたいと思えた方は是非ともブックマーク、評価をよろしくお願いいたします。次回更新は5月7日の予定です。


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