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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
四章 秘めたる邪悪な灯火
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シャドウの目的


 真っ白で何もない空間でエビルは目を覚ました。

 この本当に白一色の空間は見覚えがある。故郷が壊滅してからアランバート王城に運ばれ、そこで気絶してしまった時に来た場所だ。そしてあの時と同じなら当然あの男もいるだろう。


「起きたか」


 上体を起こしたエビルにそんな声が掛けられる。

 自分の声と間違うくらいに似ているそれはシャドウの声。振り向いて確認するまでもなく、彼自身が後ろから歩いて来てエビルの正面へ腰を下ろした。

 向かい合う形となった二人は目を逸らさずに見つめ合う。


「僕は……やっぱり、負けたんだね」


 邪遠という強敵は遥か格上の存在であった。

 大切な者を守るために立ち向かったとはいえ、勝ち目が限りなくゼロに近いのはどこかで理解していたのだ。それでも諦めるわけにはいかず、全力の全力で無我夢中に剣を振るった。……結果は結局変化がなかったようだが。


「ああ、見事に負けたよ……戦闘ではな」


 妙な言い方が気になって「戦闘では?」とエビルが返す。

 シャドウは全て状況を理解しているようでククッと笑う。


「……レミは無事だぜ。死んだのはあのサリーとかいう女だけで、お前が守ろうと足掻いた方の女はちゃんと生きてるよ。奇跡の大健闘ってやつだな」


「ぶ、じ? 本当に? 本当に生きている?」


「嘘は吐かねえよ。何度も言うがサリー以外は生きてる」


 シャドウが嘘を吐いたことは今までなかったかもとエビルは思い返す。生きているのも真実だろうと思った時、胸を撫で下ろして「よかった」と呟いた。

 死人が出ている以上不謹慎かもしれない。実妹を亡くしたサトリの前では口が裂けても言えないが、皆殺しにされていたかもしれないと考えれば実力以上の結果を残せている。


「今はお前含めて神殿のベッドで眠ってる頃さ。大神官は先に起きてお前らの体の世話をしてるけどな。身内が死んだってのに仕事熱心なもんだ……もしくは、体を動かしていなきゃ思い出しちまうのか」


「随分と色々教えてくれるね。僕に教える義理なんてないのに」


「……へっ、ちょいと思うところがあってな。……エビル、俺は計画を少し変更することにしたんだよ」


 何気ない発言の中に驚くべき点があった。

 いつもシャドウがエビルを呼ぶ時は『搾りカス』だなんて酷い呼び名だったのに、どういう心境の変化か本当の名前を呼んでいる。そのことに衝撃を受けたエビルは「え、お前、僕の名前……」などと言って目を丸くする。


「お前にも協力してもらうことにしたぜ。邪遠の野郎とはどうにもやり辛くなっちまったし、元よりあいつのことは気に入らねえ。正直お前を利用した方が遥かにマシってもんだ」


「ちょっと待ってくれ。何を期待しているか知らないけれど、僕は悪事に加担するつもりはない。その計画とやらを詳しく話してもらおうか」


 きっと碌な話じゃないと決めつけるのも無理はない。

 エビルにとってシャドウは故郷を壊滅させた憎い相手なのだから。こうして二人で話すことがあっても、決して仲が良いわけではなく憎しみだって消えていない。結局印象は極悪非道の悪人というものから何一つ変化していない。


「なあに、お前は今のままでいいのさ。お前に今やってほしいことはただ一つ――魔信教をぶっ潰すことだけだからよ」


「な、何だって……? 魔信教を、潰す?」


 脳が一度思考停止した。それほどに衝撃的な発言だった。

 正気に戻ったエビルはすぐさま理由を追求する。


「訳が分からないよ。お前は魔信教の一員、しかも四罪の一人だろう? それにあの邪遠の弟子でもある。何で仲間である魔信教を潰そうなんて思おうのさ」


 問い詰めた相手は「違う違う」と人差し指を左右に振る。


「前提が間違ってるんだよ。確かに俺は魔信教の四罪の一人だし、お前から見たら奴等のお仲間に見えるんだろうがな。――俺は最初から魔信教をぶっ潰すために潜入してんのさ」


「……で、でも、それなら無意味な人殺しをすることなかっただろう! 師匠や村のみんなを殺したのはちゃんとした理由があるんだろうな!」


「はあ? 人間をぶっ殺しとかねえと奴等に怪しまれるだろうが」


 まるで『バカじゃねえの?』とでも言うような目をしながら語られた理由。それは到底エビルが納得出来るような内容ではなかった。


 理解は出来る。魔信教に潜入しているのが本当なら怪しまれないようにするのは基本だろう。だから奴等の方針に従って人間を殺し回るのは確実な策なのだろう。しかしそれはシャドウにとって都合がいいだけで、エビルからすれば目的が何だろうと人殺しの犯罪者に変わりない。いや、そもそもどんな理由であれ納得など出来るのだろうか。もしシャドウの理屈に納得などしてしまえば、それはもう殺された人々の犠牲はしょうがないものだったと割り切ることになる。語られる内容が何であれ納得するべきではないのだ。


「だいたい、お前はこんな理由なら納得出来ますなんてもんがあんのかよ? ねえだろ。もうお前は俺を一生恨んどきゃあいいんだよ」


 心を見透かされたかのように問われた内容にエビルは言い返せなかった。

 初めから、あの村での惨劇から、二人の間には決定的な亀裂が入ってしまっている。もうどうにもならない。

 シャドウは軽くため息を吐いてから「話を続けるぞ」と告げる。


「俺は魔信教じゃあねえ別の組織のもんだ。そんで邪遠と一緒に魔信教壊滅を命じられているってわけ」


「……邪遠? それなら僕に協力を求めるまでもないだろ。お前が言っていたんじゃないか、あの男は魔信教でトップクラスに強いんだって」


 まさかつい先程死闘を繰り広げた相手も魔信教壊滅が目的だったとはエビルも思わなかった。正直かなり驚いているのだが話の腰を折り続けるのも悪いので、強引に情報を呑み込んで話を進める。


「あいつが本当に潰す気ならな。邪遠は魔信教教祖と旧知の仲だ。それにどうにも信用出来ねえし、十中八九裏切ると見ていい。……いくら俺でも魔信教を一人でぶっ潰すのは無理。そこでお前、いやお前達だ。そこらの雑兵なら相手にならないだろうし、四罪を倒した実績もある。俺がお前達に求めていることはもう理解出来たろ」


「何となくは……。まあ、魔信教を倒すっていう目的は同じなんだ。その一点だけでなら協力し合えるかもしれない」


「あくまで一時的な協力だ。魔信教を潰した後にもやってもらいたいことはあるが、それは潰した後に話すとしよう。ククッ、便利な駒が手に入ったぜ」


 駒という言葉は気に入らないが仲間という感じもしない。エビルはシャドウの言った通り一時的な協力関係ということで納得した。


「ああそうだ、協力関係になったついでに話してやろうか」


 上機嫌らしいシャドウは何やらそんなことを言いだした。そんな上から目線で言われても、具体的な内容すら分からないので「何をさ」とエビルは説明を促す。


「俺達のこと。随分知りたがってたろ? 今なら特別サービスで知ってることはほとんど話してやるぜ?」


 正直それは意外だったエビルは目を丸くした。

 結局自分とシャドウの因縁などはぐらかされて終わるのだろうと思っていたのだ。いつか教えてもらおうとは思っていたが、それが今だとは予想外。真剣な表情で頷いたエビルは「是非頼むよ」と話を求める。


「まず俺達のことを語る前に前提となる知識を確かめとかねえとな。悪魔って知ってるか? 低級なら一応魔物図鑑にも乗っていたはずなんだが」


 悪魔といえば魔物の一種だとエビルも知っている。

 魔物図鑑を愛読していたのだから当然既知とはいえ、それがどう関係するのかは何も想像がつかない。……いや、そうであってほしくないから目を背けているのかもしれない。


「知ってるよ。その悪魔が何だって……?」


「――俺達は悪魔なのさ。それも上級のな」


「あ、くま……」


 想像したくなかった答えがあっさりと襲い掛かってきた。

 悪魔の話は前振りだったのだ。自分達が悪魔だという恐ろしい現実の前振り。


「驚いたか? 驚いたよな? お前は人間じゃねえんだよ。勇者だの何だのと言っているのが俺からすりゃずうっと滑稽だったぜ。なんせお前は勇者どころか討伐されるべき存在なんだからなあ」


「嘘だ、嘘だ! 僕のどこに悪魔らしい要素がある!? 牙も翼もなく、外見や血液の色だって人間と同じ。僕は人間だ、悪魔なわけがない!」


 今まで自分を人間ではないと疑ったことなどなかった。それはそうだ、シャドウと違って人間と同じ見た目をしているのだから。


「嘘は吐かねえよ、真実さ。風の秘術で分かるだろ?」


「……それは」


 騙すつもりなら秘術で感じ取れるのに、彼からは全く騙す気を感じられなかった。少なくとも嘘は言っていない。


 悪魔は魔物。魔物は敵。

 人類の敵が人類の勇者になど果たしてなれるだろうか。

 今まで関わって来た人達にそれを知られたら……どうなるだろうか。


 村長やソルは悪魔と知ったら育ててくれたのか。

 レミやセイムは今まで通り接してくれるのか。

 誰もかれもが魔物と認識して武器を向けてくるのか。


「きっとお友達も知ったら離れてくぜ。いや、それどころか襲ってくるかな? こりゃあいい、元仲間同士の殺し合いなんてそうそう見れるもんじゃねえぜ!」


 レミやセイムが知ったら――。


『もっと早く、話してくれればよかったのに……。いいんだよ、友達なんだから、仲間なんだから。何でも相談してくれていいんだよ。それともアタシじゃ……頼りないかな?』


『レミちゃんの言う通りだぜ。俺達に隠し事はなしだ。もちろん的確な答えを出せるとは言わねえがよ、俺達なりに一緒に考えて向き合うぜ。シャドウを倒すのだって協力してやるって』


 何も変わらない。エビルにはそう思えた。

 今まで仲間として過ごしてきた時間が信頼に変わる。演技などせずありのままの自分を見せてきたつもりであるし、悪魔と知ってもあの二人は何も変わらない気がした。今は自分の直感を信じて問題を隅に置いておく。


「……続きを……聞かせてくれ」


 シャドウは舌打ちして「つまんねえな」と零すと話を続けた。


「さっき言ったことだが、俺は魔信教とは別の組織に身を置いている。そこは基本的に悪魔だけの集まりでな、忌々しいことにお前は最高傑作とまで言われる逸材だった。……だが、悪と呼べるような感情が少なすぎた」


「邪遠が育ての親になる予定だったって言っていたのはそういうことか。僕をすごい悪魔に育てるために、彼は僕の悪感情を育てようとしたってことだよね?」


「全然違えよアホ。あいつはあいつなりのムカつく考えがあんだよ、そこら辺は本人からでも聞くんだな。……組織のボス、あの御方がお前に対して行った処置は強引に悪感情の塊を植えつけることだった。……そして完全に融合しきる前に拒絶反応が出て……体と心が二つに分かれちまった」


「まさか……それが……!」


「――ああ、俺とお前だ。俺達は元々一人の悪魔だったんだよ。分離した際に能力はほとんど俺の方へ移っちまったが、お前も体は悪魔さ」


 何かしら関係があるとは思っていたが兄弟や双子などの血縁関係ではなく、明かされた事実は完全に予想外のものであった。元々一人の存在だったなど予想出来るはずもない。ましてやシャドウとエビルでは性格が違いすぎるのだから。

 意外ではあったが、それならそれで疑問が出てくる。


「ちょっと待ってくれ。お前、僕に全てを奪われた的なことを言っていなかったか? その話じゃ奪われたのは僕の方じゃないか。能力のほとんどはお前が持っているんだろ?」


「悪いな、言い方が正確じゃなかった。確かに力も分離したんだが、心と体が変に分離したせいで元より力が分散しちまったんだよ。つまり真の力を発揮するには俺とお前がまた一人に戻らないといけないってわけ……だが、そんなの御免だろ?」


 それは、そうだ。エビルだってそれは嫌だ。

 一人になる。人格がどっちかに寄るのか、はたまた完全に別物になるのかは不明だが悪に寄るのは確かだろう。もしエビルの意思が消えてしまった場合、仲間や関係ない人々に危害が及ぶ可能性は高い。何より嫌いな存在と融合しろなど拷問よりも酷いとすら感じる。


「俺も嫌でな、自分の力だけで強くなって親同然のあの御方の役に立つと決めた。……でも、努力しても他の奴等に追いつけず、大きすぎた期待のせいで何をしても真の姿ならとか何とか言われる始末。身勝手な邪遠が特訓と称して暴行してくる日々。こんなはずじゃなかった……! 俺はもっと強く、誰よりも上の存在になれたはずなのに……! 誰も俺個人を見やしねえ! 奴等が見ているのは俺じゃない、最高傑作とまで称された最強の悪魔だけなんだ! こんな屈辱があるか、全部全部この程度かと言われて褒められたことすらない。いくら邪悪な感情の塊っつってもちょっとは褒められてえさ、認められてえさ! なのにいつもいつも対面したことすらなかった幻が邪魔をして、俺の力を嘲笑う!」


 それはシャドウが初めてエビルに晒した深い闇だった。

 剣技や身体能力を伸ばしても変わらない嘲笑。誰にも自分を見てもらえないという精神的苦痛。どちらもエビルには経験のないことだが悲しいことなのは理解出来る。


「だから腹いせにお前を捜してぶっ殺そうとした……! お笑い(ぐさ)だぜ。搾りカスなんて呼んでたのも結局のところ醜い嫉妬でしかねえ。最高傑作から失敗作に成り下がったのも、元が部品でしかねえ俺のせいだってんだからな……。時々考えちまう……。もしあの組織に残ったのが俺じゃなくお前だったなら、お前だったならもっと上手くやれたんじゃねえのかって。今の実力は圧倒的に俺の方が上なのに……誰も俺を見ないくらいお前は凄いやつなんじゃねえかって。もしかしたら――」


「止めろ。それ以上考えるな」


 もうシャドウの弱々しい姿を見ていられずにエビルは口を挿む。


「もしかしてもしかしてって、ずっと言ってたらキリがないだろう? お前は嫌な奴だけどもっと自分に自信を持っていいと思うよ。だって僕なんかよりもずっと強いのは努力したからなんだから」


 弱々しい姿を見るのが嫌だった原因が何となく見えた気がした。

 覇気も自信もない相手に負けたと感じるのが嫌だったのかもしれない。決して元が同じ存在だったからとか、落ち込んでいるからと同情しているわけではない。

 誇っていい努力をしているのだから誇ればいい。自信を持てばいい。エビルだって今までの剣術で努力して強くなってきたことに自信を持っているのだから、シャドウだって持っていいのだ。


「誰もお前を見ていないなんて勘違いさ。だって、僕はずっとお前自身を見てるから」


 エビルはずっとシャドウ自身を見てきた。

 もっともそれは敵としてであり、あまりいい目で見ていなかったのは事実だが関係ない。憎しみだろうが何だろうが感情を持ってしっかり見ている者がここに一人いる。


「チッ、敵にまで優しくすんじゃねえよ」


 舌打ちしたシャドウは後頭部を掻きながら立ち上がり、唐突に蹴りを放つ。

 全力とは程遠い軽いものだったが虚を突かれたエビルは、腹を押さえて「うっ」と呻き声を漏らす。


「……俺達は一時的な協力関係。友情だの何だのとお仲間ごっこをするつもりはねえ。もう既にリンクは切れている……お前に対して何一つ遠慮しねえぞ」


 蹴られたエビルは「やった、ね!」と叫び様に勢いよく立ち上がり、容赦なくシャドウの右頬をぶん殴る。全力で勢いのついたものだったのでシャドウは体勢を崩して転びそうになったものの、咄嗟に左足を移動させて阻止した。


「遠慮がないのはこっちも同じだ。いつかお前を倒すっていうのも目標の一つなんでね。いずれ戦って完膚なきまで叩きのめしてやるさ」


「クッ、ククッ! ……いいぜ。そんときゃ容赦なくぶっ殺す」


 二人の間に絆は生まれない。仲良くなることも恐らくない。しかしたとえそんな二人でも殺意と呼べるものはなくなった。


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