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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
四章 秘めたる邪悪な灯火
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秘められた気持ち


 黒髪に赤黒い瞳。側頭部から生えている羊のような巻き角。灰色の肌。およそ人間とは思えない黒ローブの男を見てエビルが一番に思ったのは男の正当な評価。


(強い……今までに会った誰よりも)


 息を荒げて地面に膝を付いているサトリを見れば敵わなかったのは明白。

 彼女は大神官という立場であるし、エビルも内心その強さを感じ取っていたため驚きを禁じえない。

 そんな中シャドウが『邪遠(じゃえん)……!』と呟いたことで、男こそが死神の里で出会った人物だったとエビルは気付く。


「もう止せ。これ以上は死ぬぞ」


「はあっ、はあっ、なら……やればいいでしょう。散々多くの人々を殺しておいて、今更っ、善人面をしないでいただきたい……! あなたは私が捕らえ、裁いてみせる……!」


 悪を許さない神官として、そのリーダーたる大神官として魔信教の者は許せない。揺るがない正義心は再び彼女を立ち上がらせて、錫杖(しゃくじょう)を構え直させた。


「面倒だな。まあ、貴様を殺しても計画に支障は出ない。殺すか」


 邪遠が並々ならぬ殺気を放ちながら右手をサトリへ向ける。

 何をするのか詳細は分からずとも殺そうとしているのは伝わる。そんな状況で見捨てられるような精神をお人好しのエビル達がしているはずもなく、考えるよりも先に体が動いていた。


 剣を振り上げたエビルが階段を飛び降りて邪遠へと振るう。レミとセイムは武器を振るよりも救助を選び、サトリの傍へと降り立つ。


「何者かは知らんが邪魔を……っ!?」


 なぜかエビルの顔を見た邪遠に動揺が走った。

 決定的な隙が生まれた。エビルの斬撃が無防備な邪遠に届くか届かないかといった時、驚異的な速度で躱されたのでローブの端を少し掠る程度になってしまう。遅れて攻撃に加わったレミの両手から数発の炎弾が放たれるが、驚愕しながら後方へ跳ぶことでそれも回避される。


「……あなた達は、なぜここに……? なぜ、仲間割れを……?」


 サトリはまだエビルをシャドウだと勘違いしている。

 彼女から見れば魔信教に属する者同士で仲間割れしているようにしか見えない。


「詳しく話してる暇はなさそうよ。アンタ以外の人は大丈夫なわけ?」


「……大体の人々は神殿内に避難済みです。倒れている神官も生きてはいるでしょう」


 邪遠に挑んで返り討ちにあった神官達の息はまだある。そこらに倒れている十数人が生きていることを知った三人は内心ホッとした。しかし中で死んでいた神官達を思い出して表情が曇った。


「避難……サトリさんはあの野郎を止めてたってことでいいのかい?」


「ええ、神殿に入られれば被害は甚大なものとなっていたでしょう。もっともこのままでは長く持ちそうもありませんが」


「……ってことは確定だよなレミちゃん、エビル」


「そうだね、神殿内にもう一人の敵がいる」


 こくりと頷いたエビルが告げた言葉にサトリは驚愕で目を見開く。


「何をバカな、中には避難した人間と神官しかいないはずです……! まさかその中に敵がいたとでも言うのですか!」


 信じられないだろうがそれは変わらない現実。

 動揺して叫ぶサトリに嘘だと言ってくれる者などいない。


「でも死んでたのよ。悪いけど、敵が中に一人いるのは確定なの」


「サトリさん、レミと二人で中の敵を打倒してくれませんか。この男の相手は僕とセイムが引き受けます」


 それがベストだと信じてエビルは提案する。

 現状、敵は今も相対している邪遠と、神殿内部に存在しているもう一人。

 本来なら全員で邪遠と戦いたいところだが内部の敵を放置するのは危ない。すでに神官が殺されている以上被害が拡大し続ける可能性は高いのだ。それなら二手に分かれて戦うのが一番効率的だろうとエビルは判断した。


「あなたは……シャドウではないのですね?」


「はい、それは確かです。全面的に信用してくれとは言いませんが」


「……分かりました。今はあなたが敵でないことに賭けます」


 元々サトリの中には疑問が生じていたのである。

 エビルがシャドウ本人だったとして、どうして簡単に捕まえられたのか。どうして自分達を殺しに来ないのか。どうして別人のフリなどしているのか。いくら導きの錫杖の効力が結果を示しているとはいえ無視出来ない疑問が渦巻いていた。

 そう、目前の男がシャドウならばサトリなどとっくに――。


「ありがとうございます。こっちは任せてください」


「ええ、少々心許ないですがお願いします」


 導きの錫杖が壊れたという可能性はない。ああいった特殊な武具の効果が狂うというのはありえない。だがそれでも実際にエビルを見たサトリは完全でなくとも信じて背を向ける。

 これで本性を隠しているだけでしたなどという結末になっても後悔はしない。全て自分の揺らいでしまった柔い心が悪いのだとサトリは思う。


「……来たか」


 邪遠の小さな呟きを全員の耳が拾う。

 そしてエビルだけが感じ取った。遠い距離から近付く嫌悪と喜びを纏った気配。

 思わず振り向いたエビルにつられてセイムも振り返る。あくまでも邪遠に対して警戒を緩めず、何が起きても対処出来るよう気を配りながらだ。


 しかし警戒は一瞬で霧散した。今は何をされても抵抗出来ない。

 なぜなら神殿内から歩いて来た女性を見て硬直してしまったから。


 プラチナブロンドの髪を肩で揃えていて、首には十字架のネックレス。白を基調とした法衣を着用している彼女はエビル達もよく知っている人物。だが法衣は血塗れであり、狂気が宿った目をしている姿は普段の印象からだいぶずれている。


 ――赤く汚れた短剣を握っているサリーの姿がそこにあった。


「サリーさん……?」


「嘘でしょ……? アンタ、それ……」


「サリーその短剣は、いえその血は!」


 血が滴る短剣は疑いようもなく神官を殺した凶器。

 それを持っているということは――もう一人の敵の正体だろう。


「お察しの通りです。全員ではないですが私が神官を殺しました」


「そんな、そんなの、なぜですサリー! なぜあなたが!」


 サトリは自分の立つ地面が崩れ去るような感覚さえ味わった。

 必死に守ろうとした愛する妹が敵に回るなど本末転倒。心優しき妹と信じて疑わなかったサトリの精神的ダメージは計り知れない。


「姉さんだって憎いでしょう? 私達を売ろうとした神官が」


「憎しみはあります。ですが……いえ、そうですよサリー、あなたが誰かを殺すなんてありえません。私はあなたが生まれた時から傍にいた。そんな魔信教のような真似をするはずがないと分かっています。きっと誰かに命令されて今は演技しているのでしょう?」


 信じたくない現実から目を背けるようにサトリは語る。

 揺れる瞳は動揺している証拠。彼女の心がこんなにも揺さぶられているなど、初めて出会った時からしっかりとしたイメージが強かったエビル達には意外であった。


「……何も分かっていませんよ姉さん。魔信教のような真似をするはずがない? 本当に何を言っているのやら、気付いていなかったんですか? 私は――魔信教に入ったんですよ」


「……え?」


「やっぱり知らない、分かってないじゃないですか」


 衝撃の告白はサトリの思考を数秒奪う。

 守ろうとしていた妹が犯罪者の仲間入りを果たしていたなど誰が信じられようか。こうして他人の血で汚れたサリーの姿を見てもサトリは事実を受け入れるのに時間がかかっている。


「アンタ……敵だったの? じゃああの時の悩みっていうのは……神官の仕事がしたいっていうのは嘘ってこと?」


「神官の仕事はしたかったですよ。姉さんを手伝いたかったのもありますし、いずれ魔信教教祖であるリトゥアール様の元で働く時に役立つでしょうしね」


 教祖の名を口にしたからか邪遠が殺気を放出する。

 サリーはビクッと全身を震わせ、感じたエビルも目を見開いて振り向く。すぐに放出を止めたのは忠告だったからだろう。次に教祖の名を口にすれば仲間であるはずのサリーでも死ぬ。

 剣を構えたエビルは汗を額から垂らしながらゆっくりと邪遠へ向き直った。たとえ何が起きてもすぐ反応出来るように、彼に食らいつくために目を離さない。


「何てことを……プリエール神殿では偉大なる創造神アストラル様を崇めているはず。そんな魔王を崇める邪教に身を委ねるなど……。なぜ、なぜですサリー……? どうして魔信教などに……入ったとしてどうして事前に相談してくれなかったのですか……?」


「相談……? 姉さんは相談に乗ってくれたんですか? おかしいですね、私の意見を聞いてくれたことなんて数える程しかないのに。神官の仕事を手伝いたいと申し出ても拒否するばかり……やっと仕事をくれたと思ったらすぐになくなった。私はただ姉さんを手伝いたかっただけなのに」


「そ、それは……あなたが神官のことを嫌いだから! 私の我が儘でここに残ってくれているあなたに、仕事を押しつけたくなかったんです」


「内部からの改革でしたっけ。たとえ神官が嫌いでも、私は姉さんがすることなら手伝いたかったです。……でも、もう遅い」


 元々、神官が嫌いだった姉妹の意見は分かれていた。

 嫌いでも神官になって内部から変えていこうとした姉。

 嫌いだから神殿から出て行こうとした妹。

 サリーが出て行くのを止めたのは頑固なサトリが意見を変えなかったからだ。姉妹が離れ離れになるのはどちらも嫌だったのである。


 悪と呼べるような神官を罰していき、そういった者達がもう神官にならないようにする内部からの改革は順調で、今のプリエール神殿は真っ当な神官しかいないと断言出来る。そして大神官という地位にまで上り詰めた立派な姉をサリーも手伝いたかったのだ。なのにサトリはただ居てくれるだけでいいと手伝いを断った。自分の我が儘で神殿に残っている妹に嫌な思いをしてほしくないと思ったがために。


 結局、すれ違ってしまった姉妹は大きく関係が変化した。

 かたや大神官という正義。かたや魔信教という邪悪。

 仲の良かった姉妹は敵同士になってしまった。その根本的な原因は神官への憎しみか、優秀な者への嫉妬だったのか。


「遅いことなんてないでしょ。サリー、アンタはまだやり直せるじゃない」


「ふふ、レミさん、私は自分のしたいことをようやく始められるんです。姉さんの仕事を手伝って内部から変えるなんて生温い……全て、殺してしまえばそれで簡単に終わるんですよ!」


 神官という存在を殺し尽くしてしまえばサリーは悩まない。

 これからプリエール神殿だけでなく他の場所も改革を行うとなれば時間が必要だ。サリーはその一生を捧げても足りるか不明な時間を神官生活に捧げるというのが我慢ならなかった。仕事があるならまだしも、何もすることがない案山子(カカシ)生活などストレスが溜まる一方である。


「神官全員が悪というわけではありません。サリー、あなたが行おうと決意したものは罪深きもの。それでは私達を売ろうとした罪人となんら変わりません」


「甘くなりましたね姉さん。綺麗事だけでは何も変わらないとなぜ分からないんですか」


「……どうやら、ここで議論しても無駄なようですね。……レミ様はお下がりください。後は私が」


 錫杖を構えて戦闘態勢になったサトリがそう告げる。


「なんでよ。王族だから心配してんの?」


「それもありますが、これは私達姉妹の問題。妹が間違った道に進んでいるなら引き戻すのが姉の役目。ダメな姉なりに、私なりにやらなければならないのです」


「ふふっ、なんだかいい感じになったじゃない。まあソラ姉様の方が万倍いいけどね」


 その隣にレミが並んで燃える拳を構える。


「アタシも手伝うわよ。アンタ疲れてるでしょ? だからサポートくらいしてあげるっての。姉妹同士の喧嘩なんて黙って見てられないわ」


「加勢には感謝しておきましょう。ですが身の危険を感じたらすぐ避難を」


 疲れているせいで実力を十全に発揮出来ないのは事実。サリーの身体能力が大したことないといっても、今の状態ではサトリが敗北する可能性は大いにある。そこをカバーして戦闘してくれるというのならレミの参戦はサトリにとってもありがたい。


 そんな今にも戦闘が始まりそうな中、エビルは邪遠から目を離さない。セイムも警戒の矛先は背中越しに邪遠へと向けたままだ。


「安心しろ。まだ様子見しておいてやる」


「攻撃しないと……?」


「俺と同じところまで堕ちるか興味があるからな。あの女にはこの神殿の神官を全員殺せれば正式に魔信教へ招待してやろうと伝えてある。今は自覚していないようだが、当然全員というのは姉も含めての話。もし姉を殺すまで堕ちたなら魔信教にしか居場所はないしな」


 緊張と恐怖で汗が垂れていく二人。エビルは視線を邪遠に固定しているが、セイムは渦中の三人を見守り続ける。


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