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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
四章 秘めたる邪悪な灯火
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地下牢からの脱出


 プリエール神殿の外でサトリと邪遠が戦闘を繰り広げている時。

 神殿内に避難という(てい)で侵入したイフサは地下牢の鍵を手に入れるために、鍵が保管されているという大神官の部屋を目指していた。

 大神官サトリの部屋は最上階にあり、隣にはサリーの部屋も存在する。しかし問題は彼がその場所を知らないということだろう。


「くそっ、どこだ……! どこが大神官の部屋だ……!」


 元から多くない体力を消費しながら神殿内を走り回っているが二分経っても見つからない。

 階段を上がっているので部屋に近付いているのは確かだが、場所を知らない以上イフサは焦る気持ちが強くなっていく。


「今だけなんだ、今しかないんだよ……! エビル達を助けるためには……いまし、か……ない……」


 走っていた足がだんだんとゆっくりになっていき立ち止まる。

 疲労からではない。確かに疲れているがまだまだイフサは走れる。ただ、階段を上がって最上階に着くとあってはいけないモノを見つけてしまったせいで足が止まったのだ。


「嘘だろ……なんで、なんで神官が中で死んでる!?」


 階段からすぐの場所、大神官の部屋に続いていく廊下にはいくつも死体が転がっている。

 全ての死体は神官であり、その死因は血が出ている場所を見れば分かる。


「この傷口、刃物か。それも小型であんまり切れ味はよくねえな……いやそれより! ここで殺されてるってことは中に敵がいるってことじゃないのか」


 外にいるはずの黒ローブ、邪遠はまだ来たばかりで何もしていない。つまり神殿内部に他の敵と言える何者かが潜んでいたということ。

 転がっている複数の死体を見て嫌悪感を示したイフサは、引き返そうと後退るがその足を止める。


「いや待て……この先に何かあるのかもしれない。犯人もいるかもしれねえが……このイフサ、やると思ったことはやるんだよ。盗賊じゃあねえが地下牢の鍵は絶対に手に入れてみせる」


 死体の傍を通るというのは嫌なことで顔は歪むが、手がかりがあるはずだと信じて走っていく。

 イフサの下した判断は正しかった。そのまま突っ走っていくと【大神官様専用室】と書いてあるプレートがぶら下がっている部屋を見つけたのだ。


「あった、あとは鍵」


 非常事態なので女性の部屋とはいえ躊躇いなく踏み入る。

 赤と黄の模様がある絨毯(じゅうたん)が床に敷かれており、その上には机や椅子、生活に必要な家具一式が置かれていた。そして白い壁には釘に掛けられている鍵の束があった。


「いや分かりやすいな……ていうか女らしくない部屋だ。ん? これって、確かエビルの剣だったか? こっちはセイムの持ってた大鎌、レミの収納袋。……しょうがねえ、持ってくか」


 鍵を取ってから気付いたが部屋の隅には鉄の剣と漆黒の大鎌が立てかけてあった。それを抱えたり引き摺ったりして部屋を出る。

 地下牢の鍵を手に入れたイフサは階段を駆け下りて、一気に地下牢へと向かっていく。その道中には神官の死体が増えていたが嘔吐しそうなのを抑えて見て見ぬふりをした。

 事切れている死体に出来ることなどない。今優先すべきはエビル達だ。


 地下に入ると暗かったが、必要最低限の明かりは通路に付けられているランプで確保されている。

 牢屋の場所も大神官の部屋と同じくイフサは知らないため、走りすぎで痛む脇腹を押さえながら走り続けた。見知らぬ囚人達の牢屋どんどん通り過ぎていき、やがてイフサは立っていたエビル達と目に合ったので急停止する。


「イフサさん!?」

「おっさん何で!」


「いいから騒ぐな! ちょっと待ってろ、今から鍵を……ああくそどれだよ……!」


 地下牢の鍵は一つではない。一つ一つの牢屋に合った鍵があり、番号などで分かるようにもなっていないので探す必要がある。

 親切ではない鍵にイライラしながらも、イフサは一本一本合うかどうか試していく。


「その鍵、どうしたんですか?」


「へへっ、外がパニックになっている内に盗んできた。俺は盗賊じゃねえんだがよお、お前さんら牢屋に放置して逃げられるほど冷徹じゃねえんでな」


 エビルからの問いにイフサが答えれば、牢屋内の人間達は多少の笑みを浮かべる。だがその後、外がパニックという言葉で何かが起きていることを察する。


「イフサさん、外で何があったんですか……?」


「……魔信教だ、今度は本物だと思うぜ」


 三人はその名を聞いて「魔信教……!」と重苦しく呟く。

 誰が来ているのか知らないがその人物が魔信教であるというのなら、こんなところでジッとなどしていられないと改めてエビルは思う。

 三人の闘気が高まるのを秘術なんかなくともイフサは感じた。


「まさか……戦う気か?」


「はい、放ってはおけないですから」

「当然よね」

「サリーさんやサトリさん、女性が困っているなら助けなくちゃあな」


 イフサにとって魔信教の存在は恐怖でしかない。ただ逃げるしか手段がないので、立ち向かうために戦うなどという選択肢は元からない。だが彼とは違い三人は戦う実力と勇気を持っている。その差が考え方の違いに繋がる。

 彼はこうしてエビル達を救出に来てはいたものの、魔信教と戦うための戦力として解放しに来たわけではない。あくまでも知り合いとして、共に逃げるために解放しに来たのだ。


「ぐっ、俺は無理だ……戦えねえ……どうしてもってんなら悪いが逃げさせてもらう……。お前らの装備はここに置いとくぜ……」


 戦うと言う三人は意見を変えないだろう。イフサだって戦闘力があれば立ち向かったのかもしれないが、弱者にカテゴライズされる彼に弱くても戦う勇気など今はなかった。見捨てて逃走することは心苦しいので表情が歪む。

 苦しそうな表情を浮かべたイフサは「またな!」と言い放ち、床へ装備を放置し、しっかりと檻の鍵を開けてから走り去っていく。


「……ありがとうございます。また会いましょう」


 エビル達は牢屋から脱出し、床に置いてあった武器を手に取る。

 地下牢に閉じ込められていた三人は詳しい状況が分からない。三人を一階で待ち受けていたのは、白を基調とした法衣を纏った神官達の死体であった。


「もう神殿内で死者が出てるなんて……」


「何かで刺されましたって傷だぜ。しかも一撃、相当な手練れだな」


「とにかく急ぎましょう、外へ!」


 中に犯人が居る可能性もあるが一回外に出てみた方がいいと三人は考えた。もし外にいなければ中に戻ればいいだけのことだ、中を捜している内に逃げられたのでは笑えない。


 三人が急いで神殿入口へ走っていくと――勝負の決着はついていた。

 階段の先では錫杖(しゃくじょう)を持ったまま息を荒げたサトリが膝をついており、その傍に立っている邪遠は冷めた眼差しを彼女へ向けていた。

 必然の結果だったのか。サトリは邪遠に全く敵わなかったのである。


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