神官姉妹の事情
食事が置かれる音でエビル達の目が開く。
「お待たせしました」
いつもと変わらない寂しい食事を目にするとそれぞれが移動して手を伸ばす。食事が終わったエビルは、食事を持って来てくれたサリーのことを真っ直ぐ見つめる。
「サリーさん、何かありましたか?」
「分かるんですか?」
「まあ分かるというか……感じたんです」
風の秘術の影響でエビルにはそういった力がある。
感情、気配などを感じ取れる力の前ではサリーの悩みなど筒抜けのようなものだ。そして悩みがあると分かれば放っておかないお人好しがもう二人。
「何か悩みがあるなら教えてくれない?」
「可愛いサリーさんのためなら何でもしますよ」
セイムの言葉に苦笑いを浮かべつつ「実は」とサリーが話し出す。
「……最近みなさんと話しているの姉さんにバレちゃって……殺されたらどうするって……すごい怒られちゃいまして」
「そう、なんですか」
「はい、それで食事運搬係も交代させられてしまって……私はこれ以降みなさんと会えないかもしれません」
事情を一通り聞いたレミから怒りが溢れる。
「話してただけでクビって舐めてるわけ!? 頭おかしいでしょ!」
「いや、あの大神官の中で僕達は連続殺人犯のようなものだよ。確かに身内がそんな危ない連中と話していれば怒ると思う。これは僕達が悪い、彼女と話すべきじゃなかったのかもしれない……ごめん、サリーさん」
犯罪者が神官を唆して脱獄するなんてこともありえる。サトリから見ればエビル達はとんでもない悪党なので、怒られたのは当然といえば当然だろう。
元々話し相手くらい欲しいかもと思った結果がこれだ。最初からこうなると予想出来ていれば求めることすらしなかったのにと、エビルは自分を責めつつ申し訳なさそうな表情で謝る。
「みなさんのせいじゃないんです。誰かと話すことくらい、それこそあなた達と話すことさえ認めない姉さんが悪いと私は思います。ただ……悩みはそれだけじゃなくて、私、神官の仕事をさせてもらえないんです」
謝らせるだけだと悟ったようでサリーは話題を変えた。
彼女はどう見ても神官であるのに仕事がないなどおかしい。話の転換には成功してレミが食いついた。
「え? 神官、なのよね?」
「はい、立場的には神官です。でも姉さんがやらせてくれないんです、私に仕事を割り振らずに……ただジッとしていればいいのだと」
一度言葉を切ったサリーは、エビル達からは見えない位置にいるサトリに一度だけ目を向けて戻す。その話をするなら止めてくるかもとサリーは思っていたのだが、サトリに動く気配はない。
「ふーん、でもそれサリーさんとしては楽なんじゃ?」
「私は! 立派な神官になりたいんです! 楽をしたいわけじゃない……あの人の力になりたいんです。仮に食事運搬係だったとしても、せっかく任せられた仕事ですし……せめて続けたい」
不用意に地雷を踏み抜いたセイムへ、サリーが怒鳴るように自分の気持ちを声にする。
立派な神官になりたい彼女がどうして除け者にされるのか。エビルにはそれが愛情の暴走に感じた。サトリは彼女のことを大事に想っている、想いすぎている。過保護な親のように、傷つけられないように本当は箱にでも入れてしまっておきたいのではと思うくらいに。
そこで疑問が出る。今感じているのはサリーではなくサトリの感情だ。なぜこの場にいないはずのサトリの感情を強く感じ取れるのか……答えは。
「その気持ちを、お姉さんに伝えましたか? 自分の気持ちは言わないと分からない。もしかすれば些細なことですれ違ってしまっているのかもしれません」
エビルは目線で訴える。サリーにではなく、サトリに。
牢屋内からでは見えない位置で立っている彼女に向けて訴えた。
風の秘術の影響で他者の感情を感じ取りやすいとはいえ、距離の遠い人間のものを感じられるほどではない。今のエビルでは精々視界に映る者か、距離の近い者くらいだ。そこで気配を感じようとしてみればわりとあっさり居場所が分かった。
「でも上手くいくでしょうか……」
「無理じゃね?」
サリーが心配そうに呟くと、セイムが上手くいく可能性を否定した。
「あの大神官、相当堅物だ。自分の気持ちを伝えるとかそういうので解決できる程甘くないと思いますよ、大事なのは分かりますが。大神官はあの胸ほど器が大きくない」
「胸って……アンタは」
「――それは聞き捨てなりませんね」
底冷えするかのような棘のある声でサトリが口を挿む。
サリーの横に顔を険しくさせたサトリが現れた。失礼な言動に我慢できず、話が終わるまで待つ約束だったのに守れなかったのだ。
突然の登場にレミとセイムは驚愕する。
「げっ! なんでここに!?」
「ここは神殿内、私がどこで何をしようと勝手でしょう。さあサリー、お話はもう終わりでしょう? 早く自分の部屋へ戻りなさい」
睨まれたサリーは「……はい」と答えてトボトボと歩き出す。
落ち込んだ様子の彼女の姿は壁に遮られ、エビル達からは視認出来なくなってしまった。
「さて、あなた達がサリーを誑かしたのは知っています」
「誑かすなんて、そんなこと」
「真実か嘘かはどうでもいいです、問題なのはサリーが貴方達の影響を受けてしまったこと。サリーが神官の仕事をやりたいなどと言うなど何事かと思いましたよ」
話せば分かる、そんなエビルの願いは踏みにじられた。
血の繋がった姉なのに、妹のしたいことも気持ちも全て決めつけている。感じ取れる愛と束縛は過剰と言っていい。牢屋にいないはずのサリーだが、まるで神殿という巨大な牢屋に入れられているかのようだとエビルは思う。
「ちょっと待ってよ、アンタそれ聞いて何も思わなかったわけ?」
自分のしたいことが出来ないという悩みはレミもよく分かる。
かつてアランバートから外へ出ることすら出来なかったレミは、サリーのことを過去の自分と重ねてしまう。目的は違っても、やりたいことが出来ないという点は同じだ。
姉がいるという共通点もある。ただ、ソラはレミのやりたいことに理解を示していたが、サトリはサリーを全く理解していないダメ姉。そういった点が決定的に二人の差となったのかもしれない。
「もちろん思いましたとも。……妹に自分を偽って虚言を吐かせたあなた達への恨み、怒り、憎悪。それらが心に生まれました」
「なぜ嘘だと……?」
「嘘に決まってるじゃないですか、サリーは神官のことが嫌いなのですから」
どういうことだとエビルは疑問に思う。
サリーは心から神官の仕事をしたいと言っていて、そこに嘘の気配など感じられなかった。でも目の前の大神官からも嘘の気配はない。つまりこれはすれ違いなのである。
全て理解したエビルはそのすれ違いを無くしたいと思い、根源となる理由を知りたかったため「どうしてそう思うんですか?」と問いかけた。
「そうですね、愚かな勘違いをしている貴方達に話しましょう。私達姉妹の恨み溢れる過去を」
少しの間目を瞑ったサトリは過去にを鮮明に思い出して言葉にする。
「私達姉妹は十年以上前住んでいた場所を焼き払われました……そこを助けてくれたのがプリエール神殿の神官です。それから二人で神官見習いとしてこの神殿で過ごしていましたが……ある日、助けてくれた神官が話があるということで私達は呼び出されました。そこで私達はある取引の材料にされたのです……神殿の資金として」
「資金? まさか人身売買!?」
「その通り、そして私達が売られるのは奴隷商。活動資金などが不足していた状況ではそれが最適解、分かってくれとあの神官は言いました……信じられませんでしたよ、助けたのに感謝はしていましたがまさか売られることになるなんて。……なので私は神官を殺しました。ただ殺したというわけではなく、それを自然な状況だと思わせるように事故死とみせかけて。あくまでも事故で死んだとし、神官が死んだことで取引もなかったことになりました。それから私は大神官になったのです……神官という存在への憎悪と嫌悪を抱えながら」
全てを聴き終わったエビルは口を開く。
「今でも恨んでいるんですか?」
「ええ。あの時、他の神官達は知っていたのに誰一人取引を止めなかった。だから私も、サリーも、神官が大嫌いなのです」
嘘はない。本当にサトリは神官が嫌いなのだと感じられる。
しかしそれならばどうして現在大神官などになっているのかが疑問になる。訊こうとしたエビルだが、その疑問を問う前にレミが問いかけた。
「じゃあアンタはどうして大神官なんてなってるのよ。そんなに嫌いならここから出ていけばいいのに」
「……話は終わりです。もうサリーに余計なことをしないでくださいね? まあもう会うことなどないでしょうが」
何か触れられたくないものにでも触れられたかのように、サトリは不自然に話を切ってもう話すことはないとばかりに歩き出す。
レミが「ちょっと!」と声を荒げるも足の止まる音はしなかった。
「行っちまったな……どうしたエビル?」
「何だ? 最後、どこかから不穏なものを感じた。何かが起ころうとしている、最悪な何かが……」
上手く言い表せない負の感情が突風のように内側へ伝わっていた。
サトリからかどうかは判断出来なかったが、顔が青ざめたエビルはこれから何かが起こると確信する。




