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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
四章 秘めたる邪悪な灯火
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最悪な勘違い


 砂漠王国リジャーの関所を通って砂漠地帯から抜けて西へ向かうと、広大な荒野が広がり、進むにつれて段々と緑が増えていく。

 緑の増え始めた地点より少し先。数少ない雑草が生えている場所に一つの大きな建物が存在している。


 巨大な白い神殿だ。神殿前には商人達がバザーのように集まっており、客の人間達が何十人も外で買い物をしていた。神聖な場所といっても商売くらいは許してくれるらしい。

 そんな神殿――プリエール神殿を視界に捉えたエビル御一行。


「イフサさん、あれが目的地ですか?」


 白いマフラーをしている白髪の少年、エビルが後ろのホーシアンに乗った男性へと問いかける。

 巻いているターバンから髪の毛が数本はみ出ており、黒いベストとダボッとしている白いズボンを着用している褐色肌の男性、イフサはその問いに対してこくりと頷く。


「ああそうさ、あそこがプリエール神殿。この大陸の大半の奴等が信仰している神、カシェ様に祈りを捧げる大きな神殿。……だからこそ人も多く訪れる。商売人として結構やりやすいしありがたい場所なのさ」


 エビル、それからセイムとレミの三人はイフサの護衛として雇われた。

 本来なら傭兵の仕事なのだが生憎と今のアスライフ大陸にはほとんどいない。魔信教や盗賊団ブルーズなど危険な集団が存在している以上、傭兵などやっていれば命がいくつあっても足りない。


 しかしエビル達を雇ったことでイフサの旅路は順調だったといえる。

 道中で強い魔物に出くわすことはなかったが、あくまでも商人のイフサ一人では死すらありえたかもしれない。


「いやあ助かった。お前さんらここまでありがとうな」


 目的地が見えてきたことで、イフサはここまで守ってくれたエビル達に礼を言う。


「僕達だって同じ道なんですからいいですよ」


「護衛の報酬はどうするかな……」


「本当にいいですって」


 報酬があるから護衛を引き受けたわけではない。リジャーではレミが魔物から猛毒を受けた一件で言葉だけでは足らない感謝をしているし、恩返しの面もあって引き受けたのだ。金銭や何かの品物をくれるというのならその気持ちだけでありがたいとエビルは思う。だが、ホーシアンの右側にいる赤髪の少女が口を出す。


「貰っておいた方がいいんじゃないの?」


 首に逆向きに巻いて逆立っている黒のスカーフ。朱色の無袖上衣。太ももの中心程度までしか丈のないミニスカート。その赤い短髪の少女、助けられた張本人であるレミは両手を後頭部に当てて歩きながら口を開いた。


 彼女とて感謝している。しかし感謝しているのと労働については別問題。

 道中の護衛を引き受けた以上、それ相応の報酬は受け取るべきだと思っている。


「確かにな、特に金銭面は結構重要だろ。三人で旅してるからな、金は大事だぜ? なくなっちまったら満足に旅することも出来ねえ」


 黒いマント、体のラインが浮き出るような黒のボディースーツ。六つに割れた腹筋がくっきり見えている黒髪褐色肌の少年、セイムも報酬受け取り肯定派であった。


 レミとセイムの言う通り金銭はいくらあっても困らない。リジャーで開かれたホーシアンレースで優勝したことにより一万カシェが手に入ったとはいえ、旅をしている以上収入は限られてくるし貰える時には貰った方がいい。もしも金銭が尽きてしまえば旅をするどころか飢え死ぬことになるのだから。


「そうだね……。すいませんイフサさん、そういうことなので少々お金を」


「おう、まあ金は大事だからな」


 申し訳なさそうな顔をするエビルだがイフサは元々報酬を払うつもりだった。

 基本的に戦えない自分を守りながら戦ってくれたのだし、報酬を払わないなど商人としてあってはならない。危険な場所に向かうのに護衛をつけることなど商人にはよくあることだからだ。今のアスライフ大陸には護衛を引き受ける者などあまりいないが、他の大陸にいた時は傭兵に頼んで護衛してもらっていたのだから。


 プリエール神殿入口前の敷地に到着したイフサは懐から袋を出し、その中から通貨を取り出そうと漁る。


「あなたには借りがあるし、払ってほしいとは言ったけどそう多くなくていいのよ? どんな額でも文句なんか言わないわ」


「そうだぜおっさん。恩人に高額請求したりしないぜ」


「はっはっは。まあそう多くは払えないが、適正価格くらい払わせてくれよ」


「十分です、ありがとうございます。……何だ?」


 エビルは礼を告げた時、何かを感じ取った。

 針で突かれているかのような感覚。これまでに同じ感覚があったといえば一つしかない。その正体である「敵意」をなぜ今感じるのか疑問に思って口に出す。


 他人より色々感じやすいエビルだからこそそれに気付いた。

 敵意を持っている何者かが近付いて来る。一人や二人ではなく、もっと大勢。二十人以上の者がそれを持って距離を詰めてくる。


 方角に見当がついたエビルはプリエール神殿の入口を見つめる。直後、入り口から槍を持った神官の男女が二十人ほど出て来て、エビル達へと走って近付いて来る。魔物駆除も仕事の内とされているのもあって神官達の動きは国の兵士にも引けを取らない。


「ん? おいおい、何だ何だ?」


「おっさん、あれが神官ってやつか?」


「ふーん、まあまあ強そうじゃない。でも槍なんか持って危ないわね……これから魔物退治かしら」


 違う。根拠は言えないがエビルは断言出来る。

 神官達の狙いは最初から自分だと秘術の感じ取る力によって把握出来ていた。敵意の他に憎しみや怒り、怯えすらも向けられているのだから間違いない。……人違いという可能性は高そうだが。


 突然出て来た神官達に敷地内にいた複数の商人は驚いている。戦闘にしか持ち出さない武器を持っているのだから尚更だ。そしてもっと驚いたのは――今来たばかりのエビル達を取り囲んで槍を向けたこと。当然エビル達全員も驚愕した。


 強張った表情で取り囲んでいる者達は白を基本とした法衣を着ている。神官であることは今さら疑う必要もないだろう。

 ただ、犯罪者でもなければ魔物でもないただの旅人に武器を向けた理由まではエビルも感じ取れない。セイムが担いでいる大鎌は白い布で覆っているのだから問題ないはずだ。


「ちょっ、ちょっと! 何よこれ!?」


「テメエら何のつもりだ……! やるってのか!?」


「落ち着け二人共! 何もしてないんだ……きっと何か誤解があったんだよ。このまま大人しくしておけ、分かったか。エビルお前さんもだぞ」


「……ええ、理解しています」


 腰にある剣に手を伸ばして構えたくもなるがエビルは我慢する。

 イフサの言う通り、こちらは何もしていないのだ。さすがに無実の相手をいきなり突き殺したりはしないだろう。もちろん神官が攻撃してくるのなら対応せざるをえないがその時はその時だ。


「大神官様! 魔信教を発見、囲みました!」


 エビル達を囲っている神官の一人からそんな声が発された。

 魔信教という単語に緊張が走るエビル達は周囲を警戒するがそんな怪しい者は誰一人いない。そもそも槍を向けられているのは自分達なのだから、この状況では魔信教だと誤解されていると考えた方が自然だ。


(やっぱり、僕達を敵と勘違いしている。……でもどうして)


 エビル達が混乱していると入口から新たな神官の女性が出て来る。

 プラチナブロンドのさらさらとした長髪。首にかけられた銀の十字架のネックレス。青と白の線が入っている法衣を着ていて豊満な胸部が目立つ。金色の金輪(かなわ)が三つ先端に付いている錫杖(しゃくじょう)を持っている彼女を神官達が目にした途端、強張った表情が安心したものになる。


「ご苦労様です。……そちらの方は以前この地に寄られた行商人ですね、人質にでもするつもりだったのでしょう。解放してあげてください」


「なあちょっと待ってくれ、こいつらが魔信教だって証拠はあんのか? 勘違いだったら酷いなんてもんじゃねえぞ」


 魔信教という発言を信じられないイフサは口を挿む。


「当然です。なければ私とてこんな非情な真似はしません」


「あ、あの! 僕達は魔信教なんかじゃないんです!」

「そうよ! アンタ達何なわけ!?」

「美しいレディだとはいえ、勘違いで槍突きつけるのは笑えねえな」


 魔信教という疑いをエビル達が否定するのは当然だ。自分がそうでないことは自分が一番分かっているのだから。

 しかし大神官は侮蔑を込めた白い目を向け、冷たく呟いた。


「……白々しい。……さあ、捕えて連行しなさい!」


 大神官と呼ばれた女性は全く聞く耳を持ってくれず、エビル達は魔信教ということにされて呆気なく捕まってしまった。

 抵抗するのは後を考えれば止めた方がいい。ここで神官を傷付けでもしたらそれこそ魔信教でなくとも連行されてしまう。そうした危険を察したエビル、レミ、セイムの三人は文句こそ口にするが無抵抗で拘束される。


「なっ、くそ……どうすれば……」


 武器を取り上げられ、神官二人に腕を掴まれて拘束された三人。どうしようもない状況で見ていることしか出来なかったイフサは連れていかれる三人の背を見つめて、救出のために勇気を出して一歩を踏み出す――が拘束されているエビルの目を見て足が止まる。


 この状況は訳が分からないが、もし迂闊に口を挿んだりすればイフサも捕まってしまうかもしれない。そういう冷静な判断がエビルの脳内でくだされていたのだ。

 結局イフサはただ神殿内に入っていった三人を見つめることしか出来なかった。


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