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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
三章 砂漠王国リジャー
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お前の敵より


 ホーシアンレースの賞品が盗まれ、取り返しに行ってみれば犯人はジョウであった。レッドスコルピオンの時の恩人でもあるジョウ相手だからか最初は躊躇ったものの、見事エビルは勝利した……かに思えたが戦闘に勝っても逃走されてしまった。


 結局何も出来ず、エビルは元気なく歩いてリジャー城下町へと帰る。

 帰って来てみれば入口には体毛の白いホーシアンがいた。紛れもなくジョウの愛ホーシアンであるマシュマロである。


 エビルはマシュマロの目を見て心に語りかけた。


「初めての優勝、せめてジョウさんとが良かっただろう。優勝賞品をジョウさんと手に入れたかっただろう。まだジョウさんと一緒にいたかっただろう……! なんで……あんなに大事にしていたのに、なんで置いていくんだよ……!」


 ジョウはもうマシュマロの元に戻ってこないだろう。そんな予感があった、いやエビルには決別するかのような決意の気持ちが伝わってきた。

 あの時、エビルに自分が盗賊だと宣言してもう吹っ切れたのである。もう騎手としての人生は止めると決心してしまったのだ。普通の盗賊に戻ることを選んでしまったジョウが帰る場所はもうここにない。


 宿屋に戻ろうとした時、エビルに一人の女性が話しかけてくる。


「なあアンタ、レース見てたよ。優勝おめでと」


 つり目で猫のような顔。腰までストレートに垂れた青髪。膨らんだ胸にはサラシを、腰回りに短い布を巻いており、陰部を隠すための白い布が前と後ろで垂れている。日焼けして褐色になった肌を多く露出する恰好の女性――ジョウのライバルでもあったミサトだ。


「……ありがとうございます」


「これ、私の同期からお祝いの手紙。読んどいてくれ、それとジョウのやつによろしく伝えておいてくれ。マシュマロなら私が面倒見てやるってさ」


 ミサトが折り畳んである白い紙を差し出すのでエビルが受け取る。


「ほら、マシュマロ……厩舎に戻るよ」


 マシュマロはミサトの指示に頷いて従い、彼女と共にエビルから離れていってしまう。世話をしてくれるというのならエビルとしては大助かりなので頭を下げる。

 一礼した後で、とりあえず手紙を見てみようと思ったエビルは折られた紙を開いて目を通す。


【優勝おめでとう。次会った時は容赦しない。お前の敵より】


 短い文章を読んでから意味を考えること数秒。


「……ジョウさん」


 それがジョウからの手紙だとようやく理解した。

 きっと旅を続けていればまた会えるだろう。人の縁はどこまでも複雑かと思えば、意外にも簡単に手繰り寄せられるものだ。

 旅の目的に新しく打倒盗賊団ブルーズを追加して、エビルはレミ達が待っている宿屋に戻る。


 宿へ戻って部屋に入ってみればレミとセイムの二人が起きていて、もう既に出発の準備をしていた。荷物は必要な物を全て収納袋に入れているのでレミに関しては手ぶらのようなものだが。セイムもセイムで白い布で覆われている大鎌を担ぐだけなので荷物などほぼない。


「よおエビル、色々あったらしいな」


「イフサさんから聞いたわよ。優勝賞品は盗賊に盗まれたんだって? 今から取り返しに行くなら手伝うわよ」


「それが――」


 エビルは盗賊の正体などを全て話す。

 ジョウが盗賊であったことには二人も驚いていた。二人も多少なりとも恩を感じているのだから当然といえば当然だろう。


「――というわけなんだ。僕はまた、殺す気になれなかった」


 盗賊の正体が判明する前までは攻撃に殺気を混ぜることも出来ていた。まだまだ殺意を持って敵を討てるような冷たさは不完全とはいえ、殺気混じりの剣となったことで攻撃の鋭さが増す。だがジョウが敵と判明してからは殺気など微塵も出せなかった。


 言い換えればまだまだエビルは甘いのだ。もし誰か知り合いが悪人になってしまった場合、殺せるような冷たさを持てない。その冷たさもあるいは勇気と呼ぶのだろう。勇気が足りないのならまだ勇者という肩書は相応しくない。


「いいんじゃねーの、別に。甘っちょろいのはむしろお前の良い所だと思うぜ。そもそも人を殺すってのは慣れちゃダメなんだっての」


「そうね、いつか相手の命を奪わなきゃいけない時は来るでしょうけど、エビルにはエビルのペースがあるのよ。少なくとも今はその時じゃない。ジョウにも何か事情があるってのは分かったんだし、殺さなくてもとっ捕まえて兵士に突き出しちゃえばいいのよ」


「……ありがとう。そうだよね、でも僕もやる時はやってみせるよ」


 笑みを浮かべたエビルはそう告げる。

 そのタイミングで部屋の扉が開かれてイフサが入室してきた。

 彼が来たのは次の目的地への護衛の一件について。エビルが居なかった時に二人にも話を通したらしく、それで二人は準備をしていたのだという。


 ジョウのことは気がかりだが、エビルはいつかまた会えると信じている。今は次のことに集中する時だ。

 次なる目的地は――プリエール神殿。

 護衛を頼まれたエビル達はイフサと共に新たな場所へと向かう。








 これにてリジャー編完結。

 今後も読みたいと思えた方は是非ブックマークや感想を。


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