盗まれた風の剣
リジャー城下町から出たエビルは、兵士の会話を盗み聞きして得た情報を元に西へと歩いている。
砂漠はかなりの距離続いているようで、この先に隠れ家があってもおかしくないだろうとエビルは思う。砂を踏みしめてひたすら歩くと、捜索隊として派遣されていた兵士達が倒れていた。
「あれ? だ、大丈夫ですか!?」
兵士達は全員何箇所も刃物で刺されており、もう死の瀬戸際なのは一目で分かる。彼らの中で辛うじて意識が残っている者は「う、ううぅ」と呻き声を上げている。
「酷い怪我だ……もう、助からない」
この状況で傷薬も持っていないエビルでは処置のしようがないし、発見が遅すぎた。たとえ傷薬を持っていたとしても助からなかっただろう。イフサがこの場にいればどうにかなったかもしれないが。
「盗賊は……な……かに……」
「……分かりました、後は僕が」
兵士は自分が死ぬと分かっているので、その前になんとしても情報を伝えなければならないと震えながら口を開いたのだ。そして言い終わる前にエビルの目の前で息を引き取った。
賞品を盗んだだけではなく人も殺すとは酷い奴だとエビルは憤る。兵士達のことを弔ってあげたかったがそんな時間もなく、兵士が指した先にある小さな洞窟へと進む。
洞窟内は薄暗く明かりはほとんどない。
こんな時にレミがいれば秘術で明るく出来るのだが……そう考えたエビルは首を横に振る。そうやって頼っているから死神の里では倒れさせるような事態になってしまったのだ。レッドスコルピオンの時もジョウやセイムに頼って怪我を負わせてしまった。もっと強くなって一人で全部守らないと、などという考えが頭の中を侵食していく。
警戒を怠らず慎重に洞窟を進んでいると、奥に人がいるのが見えたのでエビルは音を殺すようにして近付く。しかし青い服にバンダナにマスクと目立つ盗賊はエビルに気付き、持っていた短剣で斬りかかってくる。
エビルはそれを躱し剣を振り下ろすが盗賊は短剣で受け止めて防御しつつ、徐々に傾けていくことで真下に受け流した。盗賊は高度な技術に呆気にとられてしまう。
愕然としていたエビルの額に短剣が迫ってくるので、慌てて首を横に動かして白髪が多少斬られるだけに留める。
少し戦っただけでも戦闘技術が高いことがエビルには分かる。しかし感じるのはそれだけではなかった。
(何だ……? この男、どこかで会ったような……?)
秘術で強く感じるその既視感。盗賊をするような人間と仲良くなった覚えはないし、会ったなら捕縛して兵士に突き出している。無駄なことを考えていないで戦いに集中するんだと強く思い、バッグステップで距離を取って〈疾風迅雷〉の構えをとる。
腰を深く落とし、剣を持つ右手を後ろに引き、そして一気に敵へと接近して突き出す。これまでの戦いを通してパワーアップしているそれはまさにエビルの中で最速の一撃。
盗賊は短剣の剣身で払うようにして軌道を逸らし、そのまま回転して瞬く間にエビルの背後で回って首目掛けて短剣を振るう。だが喰らってなるものかとエビルが左手で盗賊の胸部を強打して距離を離す。
「あなたは強い! それなのにどうしてこんな悪事にしか力を使えないんだ! 兵士達のように誰かを助けるためにその力を使おうとは思わなかったのか!」
盗賊は何も答えない。無言のまま――背を向けて逃走した。
「んなっ、待てっ!」
右手の甲にある竜巻のような紋章、風紋が淡い緑光を放つ。
咄嗟に駆けたエビルは盗賊をあっという間に追い越して立ち塞がる。
(殺すつもりで……振る!)
悪人は時と場合によって殺さなければ被害が拡大する。
今回もそうだ。盗賊などという卑劣な窃盗を繰り返す輩を捕縛出来なければ被害者は多くなる。もう死ぬ者を見たくないと強く思うエビルは斬り上げて攻撃する。
殺意の混じった剣は盗賊がバッグステップしたことで避けられたが、バンダナとマスクを真っ二つに斬り裂いた。そうして露わになる顔にエビルは目を見開いて驚愕した。
「え……? う、うそ……」
「今のは危なかったな。一歩遅ければ死んでたよ」
四方八方に跳ねている藍色の髪が現れて、その髪と顔もよく知っている人物。
「……ジョウ……さん?」
その首から上は紛れもなくジョウ本人のもの。
信じられない現実にエビルは目を疑う。だがジョウが盗賊だという事実を受け入れなければ何も進まない。
「確か今日は急用が……まさか急用って、用事ってこのことだったんですか!? こんな盗賊みたいな真似をするために!」
「……みたい、じゃない。俺は本物の盗賊さ」
「違う、あなたは騎手だ! あのマシュマロへの気持ちも! 優勝への想いも! 全て嘘だったっていうんですか!?」
ジョウが目を逸らして「……そうだ」と答える。
風の秘術の力で分かる。ジョウの肯定は虚言であると。マシュマロやレースにかける想い、優勝したいという気持ちは決して嘘ではないと感じ取れる。
「マシュマロは優勝しましたよ。本来ならこんなことしなくても風の勇者の剣はあなたの物だったんだ。盗む必要なんてなかったのに……!」
「優勝? そうか、本当に優勝したのか……。悪い、お前が転んだところまでは見ていたんだが最後までは見ていられなかった」
元からジョウが盗まなくても剣は手に入っていたのだ。
転んだのは確かに大幅なタイムロス。他の騎手に大きく遅れた時点で見限られても仕方ないとは思う。だが最後まで諦めない気持ちを持っていればジョウは最後まで見ていてくれたはずだ。あの転倒時にジョウは諦めてしまったのだ、夢にまで見た念願の優勝を。
「はい、だからこんなことはもう止めませんか? 剣が欲しいなら差し上げますから、大人しく投降してください」
「待て、お前は勘違いしてる。別にこんな剣俺にとってはどうでもいいんだ。盗賊だからな、俺はお頭の命令で動いてる。盗賊団ブルーズって聞いたことくらいないか?」
聞いたことはある。アランバート城下町で捕まえた盗賊がそんな名前を出していたのを思い出し、エビルは「多少は」と首を縦に振る。
「盗賊団ブルーズ。構成員は詳しく知らないがこの大陸中に散らばりお頭の命令で動く、俺もその一人だ。分かったら退いてくれ、エビル、お前と争う気はないんだ。マシュマロを優勝させてくれたお前は恩人、認めるよ、俺は騎手だった。でもな……それ以前に盗賊で、この剣を盗めと言われた以上俺は盗む。それに優勝したならこれは俺の物なんじゃないのか?」
「違う、とは言えないです。確かにその剣はあなたのものかもしれない。でも兵士達を殺したのは別です。ここで許すわけにはいかない、風の勇者ならば絶対に見過ごさない」
剣を盗んだだけならエビルは完全にとは言わずとも許していた。
元々ホーシアンレースには代理で出場しただけなのだから、優勝賞品を受け取る権利はジョウにある。しかし殺人をしている以上、新たな風の勇者を目指す者として見過ごすわけにはいかない。
「本当に好きなんだな」
「はい、ファンですから。どうしても行くというなら僕が止めます」
「……行くぞ」
ジョウが距離を詰めて短剣を振るう、エビルはそれを躱しつつ攻撃の隙を伺っていた。……いや、それしか出来なかった。
止めるとは言ったがエビルの中では未だジョウと戦う覚悟が出来ていない。殺すだの止めるだのという以前の問題である。
(本当に、戦うのか……ジョウさんは良い人だ、盗賊なんてやっているのも理由があるはず! そうだ、だからこそ戦うんだ。ジョウさんの事情を知るために戦い、捕縛する!)
素早く迷いを断ち切ったエビルは突きを放ってジョウの動きを牽制する。そこから流れる水の如く止まることのない連撃を放ち、ジョウの防御を突破して持っていた短剣を弾き飛ばした。
「しまった……!」
「終わりです」
エビルはジョウの首元に剣を突きつける。
本来ならこんなことはしたくないと思うエビルだが、こうでもしなければ負けを認めないし事情を話してくれないだろう。
「話してください、何であなたが盗賊なんて」
俯いたジョウは理由を語り出す。
「……マシュマロと会う前、リジャーに来る前だ。俺は故郷を魔信教に滅ぼされて一人さまよい歩いていた、俺以外は誰も生き残ることはなく絶望したね。でもそんな俺を偶然故郷に来たお頭は拾ってくれた、一緒に来いって言ってくれたんだ」
「それで……ジョウさんは」
「そう、俺はお頭に恩がある。もしお頭がいなかったら俺は生きていなかったかもしれない、もうあの時から俺は盗賊になったんだ! マシュマロには説明しておいてくれ、言葉が通じなくても気持ちは通じるんだろ?」
そう言い終わるとジョウは手のひらから何かを落とした。
丸い何かは地面に当たるといきなりものすごい量の煙を放出する。
煙玉というやつだ。エビルも話くらい聞いたことがある道具であり、主に相手から逃亡するために使用する便利な道具。
エビルは目を瞑り、毒の可能性は少ないが一応警戒するに越したことはないと口も閉じる。それから煙を払うために剣を思いっきり一薙ぎしたことで、煙が風圧で吹き飛んで視界が元に戻る。
しかし既にジョウは目前からいなくなっていた。逃がすわけにはいかないのでエビルが急いで洞窟を先に進んでみると行き止まりであった。つまり逃げたのならすぐ横を通り過ぎていったということ。煙に上手く紛れて逃げ切ったその技量は確実に盗賊のものであった。




