ホーシアンレース開催
ホーシアンレース当日。
宿屋を出る前にレミとセイムから応援してもらい、イフサもまさかエビルが出場するとは思っていなかったからか驚愕しつつ応援すると言っていた。
緊張しながら会場内にマシュマロと共に入ったエビルはジョウのことを思い浮かべる。
どういう用事で出場できないのかは分からない。だがせめてまた会った時に優勝の証拠を持っていたいと思いながら、エビルは足を進める。
それぞれの選手がホーシアンを連れて、白線で区切られた開始位置につく。
全員が揃ったのを確認してから実況が説明を始める。
「えーそれではレース説明です。今回もいつものごとく誰でも参加可能、障害物を置いてあるコースを旗が上げられたと同時に走り、一周してゴールです。そして参加してくれた方は四人、どうやら全員初出場のようです! 左からブルーノ選手、ブラウン選手、ホース選手」
「よお、お前昨日のやつじゃねえか……」
説明の途中でガラの悪い男、ホースがエビルに話しかけてきた。
互いにホーシアンに跨った状態で目を向け合う。昨日、と言われたが心当たりは一つしかない。
「昨日の練習を見ていたんですか? 僕もあれから乗れるようになりましたし、お互い頑張りましょう。優勝は譲れないですが」
「譲れない? そりゃこっちの台詞だ。優勝賞品にされてるあの有名な風の勇者が使っていたとされる剣……さぞかし高値で売れるんだろうなあ?」
ホースは下卑た笑みを浮かべて言う。
それを聞いたエビルは真剣な表情で言葉を返した。
「……あなたのような人には渡さない。あの剣を大切にするという気持ちを持たない人には、決して渡せません」
風の勇者ファンの一人として、貴重な宝ともいえる武器を売り払うつもりだと知ったら怒りが込み上げてくる。一番いいのはキズ一つ付けずに保管することだろうが、エビルとしては自分が実践で振るってみたいと思っている。そもそもが武器なのだから使わなければ損というものだ。
「そしてエビル選手。ブロンズのジョウ選手がいつも乗っている愛ホーシアン、マシュマロを連れているようです。どうやら借りたホーシアンでの出場のようだ! しかしマシュマロは毎回優勝出来ず、今回も厳しいのではないでしょうか!」
説明を聞いてエビルを余裕の表情で見てくる他の騎手達。
騎手達は全員素人でレースには初参加なので、エビル含めて全員消すことのできない緊張が襲っている。そんな中でライバルが一人減ったと思えれば楽になれる。
「それではホーシアンレース……スタートオオ!」
そして旗が振り上げられた瞬間、エビルを含めた四人のホーシアンが一斉に走り出す。
マシュマロの速さは少し他のホーシアンより劣る。速度以外で順位を決めるのはは騎手の実力次第だが……当然のようにエビルに技量などない。他の三人もだがエビルは素人なのだ。――だから追い付けない筈だった。
「おっとエビル選手! まるで障害物の位置を知っているかのような走りです! さらにコースを最短距離で走る!」
(僕じゃない、マシュマロだ。おそらくマシュマロにはこれまでの経験がある、今までのレースからコースの最短距離を理解して走っているんだ! 今回こそ優勝したいという想いを秘めながら実力の差を経験で埋めている!)
コースに置かれている障害物もランダムかだが規則性はどこかにある。今までのレースで同じような位置に障害物があった時があり、マシュマロは速度こそ他より劣るがレースの経験だけは勝っていた。
置かれている岩などの障害物を最低限の動きで躱し、マシュマロは走り続ける。
「すごい、すごいぞマシュマロ! 君ならやれる!」
そのエビルの声に応えるかのように、速度は変わらないが他のホーシアンを追い越していく。
他の騎手は焦り始めるがもう遅かった。既にマシュマロは一位になっており、障害物に躓いたり複雑に曲がったりするコースに苦戦する他のホーシアン達をかなり離していた。
「よし、このまま……!」
「チッ、させっかよ……! あの剣売れば大金が楽して手に入るってんだからよ……!」
このまま走り切ろうとするエビルだが、それをよしとしない他の騎手の中でもホースが怒りながら二位へと上がって来る。
「喰らえっ……!」
そして勢いづいたホースはあろうことか懐から吹き矢を取り出して、レース中にもかかわらずマシュマロに向かって攻撃した。
遠めからでは誰も視認できない小さな針がマシュマロの後ろ足に一本刺さり、その痛みで右後ろ足だけが硬直してしまい転倒してしまう。
マシュマロが転倒したことにより、エビルも空中に投げ出されて地面に打ちつけられる。何度も地面を跳ねてしまうが自ら転がることでダメージを受け流してすぐに立ち上がる。
「エビル選手! マシュマロが転倒したことにより自身も投げ出されたあ! 大丈夫そうですがレース続行できるのか!?」
レース中に転倒した選手は珍しいため観客もホース以外の騎手も驚く。
そしてホースは何食わぬ顔で追いつき、追い越す時にエビルを鼻で笑う。
「はっ、素人が粋がるからだ! あの剣は俺が貰う!」
ゴールまで半分切ったところで転倒してしまったエビルは焦りを抱え、倒れているマシュマロの元へと駆ける。
「マシュマロ! 大丈夫!?」
力なく鳴き声をあげるマシュマロは震える足で立ち上がろうとしていた。
痛みはあれど、優勝したいという気持ちは人もホーシアンも同じなのだ。
立ち上がるまでに他の騎手にも抜かれてしまうが、それを気にせずにエビルは立ち上がったマシュマロの頭を撫でる。
「よく頑張ったね……まだ、走れそうかな?」
そのエビルの問いにマシュマロはもちろんとでも言うかのように鳴き、荒く鼻息を出したと思えばエビルの方を向き、首を背中に向けて振る。
乗れという合図である。すぐ理解したエビルが背に乗って、マシュマロは再び走り始める。
「おおおエビル選手復活! そして先程とは比較にならない速度で追い上げていく!」
最初に違和感に気付いたのはエビルだった。
怪我をしているはずなのに速度が先程の二倍近く出ていたのだ。
「どうなってるんだ……これ」
エビルが気付いた違和感は速度だけではない。
一人と一頭を謎の薄緑の風が追い風のようにして加速させている。不思議とその風がエビルから漏れるように出ている気がしたが、そんなことを考えている暇もないのでレースに集中する。
「エビル選手怒涛の追い抜き! もう残りはホース選手だけだあ!」
「ゴールが見えた……!」
「なっ! テメエなんでまだ走れる!?」
「決まってるでしょう、優勝への執念です! 喜ばせたい人がいるから走るだけなんだあ!」
ゴールまであと二百メートルといったところ。最後の方になると障害物が一切なくなり走りやすくなる。
一位を悠々と走っていたホース達にエビル達は追い付いて並んだ。そしてゴールまで百五十メートルというところで両者ラストスパートをかける。
どちらも譲らないとばかりに全力で走り、追い越したり追い越されたりを繰り返してゴールのテープが切られた。
「両者同時にゴール! は、判定は!? ただいま審議中です!」
ゴールしてから悟ったように「チッ……!」と舌打ちして下を向くホース。エビルは奇妙に思うが結果発表でどうしてなのかが分かる。
同時にゴールしたかのように見えて、ホースの方が僅かに遅くゴールしたという結果が出されたのだ。実況の人間が大声で叫び出す。
「審議の結果が出ました! 優勝はエビル選手! エビル選手です!」
「優勝……? 優勝……! やったじゃないかマシュマロ!」
エビルは見事マシュマロと力を合わせて優勝。完全にエビルはただ乗っていただけなのだが、これでマシュマロの凄さを証明できたと晴れやかな気分で終わりを迎えられた。
観客からは歓声が送られ、ホース以外の騎手からも悔しそうに顔を歪めながら「おめでとう」と言われる。唯一何も言ってくれないホースの元へとエビルは歩いて声を掛ける。
「ホースさん……いいレースでしたね。機会があったらまたやりましょう」
「……チッ、結果が全てだ。剣はテメエにくれてやる……今度やる時は汚い手なんて使わないでおいてやるよ」
「え? 何かしてたんですか?」
「ケッ、惚けた面しやがってよ……」
レースも終わり、優勝賞品を受け取る時間。
会場中心に表彰台が用意されたのでエビルはそこに立つ。マシュマロは隣に並んでからキョロキョロと観客席を見渡していた。
「えー、それでは優勝したエビル選手に国王様自らの手で賞金と賞品が送られます。今回の賞品は風の勇者が愛用したと言われて持ち込まれた剣、賞金は一万カシェとなっております。それでは国王様、ご入場ください!」
そう言った実況者により会場内へ国王が入って来るのがいつもの流れ。
しかし今日、いつまで経っても国王は入場してこなかった。何も起こらないため観客達はざわつき始め、実況者は不安を前面に押し出したような顔をしている。
そんな時、実況者やエビルの元へ一人の兵士が慌てた様子で駆けて来た。
リジャー王国兵士は猛暑の中動きやすいよう鎧含めた金属装備は装着せず、あくまで動きやすさ重視で軽く丈夫な布の服。体の前面にはこの国の兵士の証である緑の布が垂れている。
「申し訳ありません! しょ、賞品であった風の勇者の剣が盗まれてしまったようでして! 犯人は国王様に怪我を負わせて逃走中です!」
伝えられた事実に実況者とエビルは「ええ!?」と驚愕する。
「ただいま捜索しているので賞品はまた後日ということで!」
「盗まれた……あの風の勇者の剣が盗まれたって……」
兵士は状況を伝え終わったのでその場から走り去り、実況者は聞かされた現況にショックを受けていた。もうこんな状況では表彰式だの優勝だのと言っている場合ではない。
本物なら風の勇者の剣はエビルにとって、いやこの大陸の人間全ての宝ともいえる代物だ。ただ犯人が捕まるのを待っているなんて出来るはずがなかった。
ジッとしていることなどエビルには出来ず、一先ず兵士が走り去っていった方へと向かう。会場内部廊下に出ると兵士達が集まって何やら話しているのを耳にする。
「いいか、犯人は西に向かったようだ。全身青い目立つ服装から察するにブルーズの一員だと言われている。俺達もすぐに向かうぞ」
「ひええ恐ろしい。あの噂で聞く盗賊団が犯人なんて……!」
「気を引き締めてかかれ! さっさと行くぞ!」
犯人の服装や逃走方向。必要な情報が早くも揃う。
このまま兵士達に任せてもいいが一刻も早く事件を解決したい気持ちが強い。犯人は剣を盗むだけではなく国王にも怪我を負わせているのだ、到底許せない。エビルは件の青い盗賊という犯人を一人でも追おうと決意した。




