レッドスコルピオン
「こいつは……まさか、レッドスコルピオン!?」
ジョウが、彼だけがこの場で魔物の正体を知っていた。
愕然としているエビルが「知っているんですか!?」と問いかけると、恐怖に顔を歪めながらジョウは自身の知る情報を叫ぶように語る。
「今じゃ砂漠の主とも言われている、スコルピオンっていう魔物の突然変異体だ! 百五十年もの間討伐されたことがなくて、尻尾の先端には強力な毒がある! その毒で死んだ奴等は一万人以上って噂だ! 絶対に尻尾の攻撃は喰らうんじゃないぞ!」
レッドスコルピオンはエビル達に突撃してくる。
戦う気満々の魔物なので戦闘に発展するのは仕方ない。エビル達は突進を躱して、真上へと跳び上がったセイムが鎌を振りかぶる。
「よっしゃ隙だらけだぜ!」
隙を突いたぞと笑みを浮かべて振ったセイムの大鎌は、背中の赤い殻に難なく弾き返された。攻撃した本人は「かってえ……!」と歯を食いしばっている。
赤い殻は想像以上の硬度を誇っているようで、物理攻撃には異常に強いことが目で見て分かる。冷静に分析したエビルは遠距離攻撃が可能なレミの名を叫んだ。
「剣も通じなそうか。なら取れる攻撃方法は一つ……レミ!」
「分かってる!」
そう返したレミが人間大の火球を作り出して敵目掛けて放つ。
振り返ったレッドスコルピオンの顔面へと直線状に飛んでいく。だが殻で唯一覆われていない顔面に届く前に、ハサミのような両手で顔を覆って防御された。火球は一応直撃したもののダメージはほぼない。虚しく火の粉が散るだけという結果に終わる。
「今の炎……レミは火の秘術使いか。……ってことはまさか、いやだが……風の秘術はまだ風の勇者に宿っているはず。エビルの右手にあるのは頭と同じか?」
「あの赤い殻、火に耐性でも持ってるわけ!?」
「砂漠の主の突然変異体ってだけはあるね。純粋に強い」
「武器も炎も効かないって、じゃあどうすればいいんだよ!?」
攻撃が効かないのでは勝ち目がないためセイムは怒鳴るように叫ぶ。
焦りを露わにするセイム達にエビルは苦い顔をしながら思いついた策を伝える。
「現実的じゃないかもしれないけど方法はあるよ、一か所を集中して狙うんだ。いくら硬くてもダメージが蓄積されれば割れるかもしれない!」
「なるほどな、そうと分かれば楽勝じゃねえか!」
単純なセイムが走り出したのでエビル達も慌てて続く。
狙いやすいのは側面だ、ハサミも届かないので警戒すべきは毒ありの尻尾のみ。素早く接近したセイムが大鎌を振るって連撃を放つ。全て弾かれるが想定内なので関係ない。
弾いていても衝撃はある。ダメージがほとんどないといってもウザかったのか、レッドスコルピオンは体ごとセイムへ振り向くと同時にハサミの手を振るう。
掴んで千切ろうとしてくるハサミから飛び退いて躱したセイムに代わり、今度はエビルが同じ箇所へ剣で攻撃を加える。やはり弾かれるのだが止まらずに斬り続ける。
休まず連撃を放っているエビルへは槍のように鋭い尻尾が迫った。
真上から迫る二又の尻尾に気付いて上を見上げたが遅い。躱そうにも躱しきれそうにない速度で接近しているので、少しでもダメージを減らすために剣を上に向けたそんな時。
「〈エンデストライク〉……!」
二又の尻尾に突っ込んだジョウが勢いよくナイフで突いた。
金属音が鳴ると、長く伸びた尻尾の軌道が横へずれて、エビルから少し離れた場所へ尻尾が刺さる。衝撃で巻き上げられた砂が襲うので左腕で顔を防御した後エビルは救世主を見やる。
「尻尾の攻撃は俺が捌く! そっちは頼んだぞ三人とも!」
「任されたわ!」
好戦的な笑みを浮かべたレミが駆け、先程までエビルが攻撃していた場所に火を纏って燃えている拳を叩きつける。
思いっきりぶん殴ったはいいものの硬度は確認済み。レミの右手は赤くなって「いっだああい!」と痛みから大声で悲鳴を上げた。
「レミは遠くから火をぶつけてレッドスコルピオンの気を逸らすんだ! 殻を割るのは僕とセイムだけでやる!」
「ぐううっ、分かったわ。アタシじゃ力不足みたいだし……」
ジョウとレミの二人でレッドスコルピオンの注意を分散させつつ、セイムとエビル二人による何十回もの攻撃でようやく殻にヒビが入った時。それを見て四人は勝てるんじゃないかと油断してしまった。決して甘く見てはいけない相手だというのに、一瞬気を抜いてしまった。
レッドスコルピオンは殻に亀裂が入った痛みで悲鳴を上げながら、両腕を振り上げて一気に地面に振り下ろす。その衝撃で大量の砂が舞ってエビル達全員の視界が奪われる。
「クソッ、これじゃ何も見えねえぞ!」
「三人とも無事か!?」
「僕は大丈夫です! レミ、レミ! 無事なら返事をしてくれ!」
砂嵐のような状態で視界が封じられているのでどこにいるか分からない。
少しすると舞っていた砂はまた地面に積もり、元の状態に戻ったので視界は晴れた。急いでエビルが周囲を見渡すと座り込んでいたレミを発見したので駆ける。
「レミ! 大丈夫!?」
「エビル……ごめん、やられた……」
両膝を地面につけているレミの腕には、小さく切ったような傷があり周囲が紫に変色していた。
見ているだけで痛々しい傷を見てエビルは戦闘前の言葉を思い出す。ジョウが確かに言っていたのだ、尻尾には強力な毒があって死人が出ていると。
「……毒!? まさかレッドスコルピオンの!?」
「くうっ大丈夫よ、これくらい。火の秘術を使えば体の毒なんて燃焼出来ると思うし……あ、れ?」
両足や両手を震わせながらもレミは立ち上がろうとしたが、力が抜けたように倒れたのでエビルが抱いて受けとめる。
「お、おかしいな……力が入らないや」
「レミ、しっかりしてくれ……! どうすればいいんだよ……!」
少し距離が開いていたので遅くなったセイムやジョウも駆け寄って来て、傷口周囲が紫に変色したグロテスクな腕を見て驚愕する。
「おいレミちゃん大丈夫か!? 何だその腕!?」
「くそっ、毒にやられたのか……。やっぱりレッドスコルピオンなんて相手にしていたら命がいくつあっても足りなそうだな」
「セイム、ジョウさん! 一旦レミを助けるためにリジャーに急いで向かおう! 解毒効果のある薬草が売っているかもしれない!」
「おうそうだなって言いてえけど……このサソリ野郎なんでか知らねえが俺達にご執心なようだな。逃がしてはくれなそうだぜ」
レッドスコルピオンはその両腕を振りかぶる。エビルはただレミを両腕で抱きしめて庇うことしか出来なかった。
避けることも出来ず、迫りくる死を感じて目を瞑る。
『あなたならレミを必ず守ろうとする。それだけでも大切な妹を任せるのに足ると判断しました』
(ソラさんすみません。信頼してくれたのに、僕じゃ、守れなかった……!)
――パンッ!
突如砂漠に鳴り響いた銃声。レッドスコルピオンはその音を聞いて、ビクッと体を震わせると大慌てで地中に潜っていった。
銃声で目を開けたエビルは「今の音は……」と不思議そうに呟く。
「助かったのか……?」
セイムやジョウも呆然としていたが、遠くからホーシアン車が来てハッと我に返る。エビルも二人と同じ様にやって来る者へと視線を送る。
少し遠くでホーシアン車を走らせていた行商人らしき御者の男が、L字型の奇妙な道具を頭上に上げていた。その男はエビル達の近くでホーシアン車を止めると口を開く。
「おい大丈夫か! レッドスコルピオンだよな今の!?」
「え、ええと僕は大丈夫なんですけど……レミが、この女の子が毒を喰らったみたいで」
苦しそうな表情のレミを見て男は目を見開いた。
「毒!? とりあえずお前ら後ろ乗れ、リジャーに戻るぞ! かっ飛ばすからしっかり掴まっててくれよ!」
「あ、はい! ありがとうございます!」
「いいってことよ、この砂漠じゃ助け合いが基本。俺はイフサ、しがない行商人だ。そんじゃあリジャーへ行くぜ!」
レミを抱えたエビルはイフサのホーシアン車の荷車へと飛び乗る。様子を見ていたセイムも心配して後から乗り込む。
ただジョウの場合、愛ホーシアンがいるので一緒の荷車ではいけない。彼はマシュマロの背に乗ると、すぐに出発してしまったイフサ達を追いかけるように後を追った。




