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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
三章 砂漠王国リジャー
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砂漠の旅路


「あれが……砂漠……」


 アランバート王国領とリジャー王国領の境。

 国境となる関所に到達した白髪の少年エビルとその仲間二人は、関所出口から見える大量の砂を眺めており、本当に砂しかない大地に全員が目を丸くして驚いていた。


「……しっかし、これを徒歩で行くってのは確かにキツいかもな。どうすんだエビル、まさか歩いて渡んのか? こりゃ相当疲れんぜ」


 柔らかな風で砂が宙を舞う光景を見ながらそう言う少年。

 白い布で覆い隠した大鎌を担ぎ、黒いマントを纏った黒髪褐色肌の少年セイムがエビルへと問いかける。


「そうだね。砂漠を渡るのはホーシアンがいいらしいけど」


「無理よねえ。貸し出しされるホーシアンはもう全部いないもん」


 砂漠を徒歩で渡るのは短距離ならともかく長距離は厳しい。

 ジリジリと照りつける日差しの暑さと足場の悪さで体力が奪われ、体中の水分が渇いていき干乾びていく。風が吹けば砂が舞い、視界が悪くなったせいで魔物の攻撃に気付けない恐れがある。


 徒歩で渡れば死ぬ可能性もある。その点、ホーシアンという魔物に乗るか荷車を引かせていけば危険は減るだろう。疲労もないので砂漠を渡ろうとする者達は全員が、関所で貸し出しているホーシアンを有料で借りて横断する。


 しかし現在。エビルの左隣にいる朱色の無袖上衣とミニスカートを着用している赤い短髪の少女、レミの言った通り、アランバート領からリジャー領へ入るための関所にホーシアンが残っていない。

 現状エビル達三人は徒歩でリジャーまで行かざるをえないのだ。


「うげええっ、徒歩は嫌だぜえ。疲れるしよお」


「アンタは大鎌担いでるからでしょ。ていうか目立つから担ぐの止めなさいよ。アタシが持ってる収納袋になら入るって言ってるじゃない」


「言ったろお? 大鎌が身近にないと落ち着かないんだよ死神ってやつは。それに目立たないように包帯でぐるぐる巻きにしてるじゃんか」


「それでも目立つのよそんなでっかい武器は」


 嘆くセイムにレミが話しかける。

 彼の大鎌は普通の武器なので見せびらかすように歩いていると人目を集める。最悪兵士に通報されて捕まるなんてことにもなりかねない。本人が手放さないので応急処置として白い布を巻いて覆い隠している。

 エビルのように鞘に納めた刀剣類なら問題ないのだが。


「……で、どうするエビル? やっぱ徒歩?」


「うん、仕方ない。徒歩で行くしか道はないしね」


「うっへえ、マジかよ……」


 三人は関所出口から足を進めようとした。

 その時、背後からガラガラガラと何かを転がす音が聞こえてきた。


「おいお前ら、まさか歩きで進む気か?」


 そんな低い声を掛けられたのでエビル達が振り向くと、すぐ後ろに荷車を引く不細工な魔物の顔面が存在した。

 首と胴、前後ろの脚は長い。さらさらとした体毛が頭頂部から尻まで直線上に生えており、一メートルはある尾はその体毛で覆われている。背中には二つの隆起があって人が乗れる形状だ。紛れもなくその馬のような魔物は――ホーシアン。しかし通常のホーシアンとは違って色は白い。


 ホーシアンの顔面を間近で見たエビル達は「うわっ!?」と悲鳴を上げる。

 そして顔を上に向けるとホーシアンに乗っている一人の男がいた。四方八方に跳ねている藍色の髪。露出がほぼゼロで、サイズの合っていない大きな白い衣服を纏っている。


 驚いていた三人にホーシアンが鼻息をフンと力強く放出する。もろに鼻息を喰らった三人は鼻を摘まみ、セイムは「くっせえ!」と涙目で叫ぶ。


「はっはっは。悪い悪い、こいつの息は魔物も嫌がるくらいに臭いからな。それはそれとして、歩いて砂漠を渡るつもりなら止めておけ。行けそうとか思ってるんなら甘く見すぎだ」


「やっぱり厳しいの?」


「厳しいなんてもんじゃない。素人が歩きなんて死地に赴くようなもんだぞ。ここでホーシアンを貸し出しているから三体借りて行けよ」


「借りられたら徒歩で行こうなんて言わないわよ」


「実はもう全て貸し出してしまっているようで、僕達は実質徒歩しか選択肢がないんです。ここまで来て借りた人が戻って来るのを待つなんてどれくらいかかるか……」


 ホーシアンを有料で借りた人間が返しに来るまでいったい何日かかるのか、エビル達には想像もつかない。

 魔物や環境に殺された者もいれば、盗賊が持っていってしまうこともある。反対側にある関所からこちらへ渡ってきた者がいれば借りられるのだが、都合よく三体揃う確率は相当低いだろう。しかし揃うのを待っていると旅が停滞してしまう。


「それなら後ろの荷車に乗ってくか? 乗り心地は保証しないが」


「いいんですか? 僕達としてはありがたいお話ですけど」


「いいってことよ。俺の名はジョウ! このホーシアンの名はマシュマロ! 短い間だがよろしく頼むな」


 こうして気前のいい青年ジョウの助けにより、エビル達三人は何とか砂漠で野垂れ死なずに済んだ。


「はい、よろしくお願いします。ジョウさん、マシュ……マ……? え、マシュマロ? マシュマロっていうのが名前ですか?」


「ん? ああそうだ、俺の相棒さ」


 ちょっと困惑するネーミングセンスだが関係ない。エビル達は一人と一匹に感謝して荷車へと乗り込んだ。



 * * * 



 ホーシアンという魔物が引く屋根付き荷車の中。

 小さな窓から外の砂しかない景色を眺めていたエビルは視線を中へと戻す。そしてこの荷車へ乗せてくれた恩人である青年、ジョウの方を見て口を開く。


「ジョウさん、マシュマロに指示を出さなくてもいいんですか?」


 マシュマロというのはジョウの愛馬ならぬ愛ホーシアンである。

 現在、本来なら方向を示したりするべき乗り手が荷車の中にいる状態。これではリジャーへの方向が分からないのではとエビルは心配している。


「ん? ああ、マシュマロ……というかホーシアンは賢いからな。もう何度もこの砂漠を通っているし方向ならだいたい覚えているのさ。心配はいらない」


「なるほど。余計な心配でしたね」


「心配っていうなら俺もある。エビル、レミ、セイムだったか、お前らをそのまま連れて来ちまったが衣服はそのままでいいのか? 砂漠は暑いし、今は屋根があるから大丈夫だが日差しも強い。ターバンくらい巻いといた方がいいんじゃないか?」


 砂漠地帯なので気温も今までの場所より高めで四十度以上もある。肌を露出して長く歩けば並の者なら火傷を負ってしまう暑さだ。

 エビル達の服装はそんな過酷な環境下にある砂漠を舐めていると言われても仕方ない服装。暑さ対策も何もないいつも通りの衣服。ジョウの言う通りターバンでも巻いていれば日光による暑さを多少は防げるのだが。


「俺は暑さとか寒さとかそういうの平気だぜ」


「アタシも火を触れるくらい熱耐性あるから」


「僕も大丈夫そうです。今まで来たことはなかったから分からなかったけど、もしかしたら温度変化に強いのかもしれません」


 セイムは死神の末裔だから多少人間と違くても説明がつく。レミも火の秘術使いだから熱耐性があると説明出来る。だがエビルは何となくでしかないので説明出来ない。

 これに一番早く反応したのは予想外にもシャドウであった。

 エビルの影に潜んでいる人間ではない何かである彼は一人で納得している。


『なるほど、腐っても弱くてもこいつは……』


 何かを考え始めたシャドウは置いておきエビルは話を続ける。


「僕は魔物も気がかりですね。ホーシアンも魔物とはいえ、魔物同士での殺し合いは珍しくないと本で読んだことがあります。リジャーに辿り着く前に襲われて殺される人達も少なからずいるんですよね」


「そうだな。年間で百人は死ぬって噂だ。でも魔物が出たらマシュマロが鳴いて合図してくれるし、俺も腕には覚えがある。なんせ何度もリジャーと他の国を行き来してるからな。お前らが死ぬ可能性なんて考えなくていいさ」


 ジョウはいつの間にか手に握っていたナイフを見せびらかす。クルクルと指の上で回転させてから握り直し、長くダボッとした袖の中へしまう。

 曲芸染みた技だが簡単に出来るものではない。相当ナイフを使い込んでいると感じたエビル達はジョウの言葉を信じる。


「ずっと気になってたんだけどよ、リジャーってのはどういう場所なんだ? ジョウは何度も行ってるっつってたっけ、どういう感じだ?」


 セイムの疑問はエビルやレミだって知りたかったことである。

 三人はリジャー王国も、その先の何もかもを知らない。様々な場所を知っていけば己の知識などを広げてくれる。


「有名なのはホーシアンでのレースだな。毎年一回各国から選手が選抜されて、誰が一番速いかを競い合う大会もある。他にもサーカスとかやってるし、暑さに慣れれば居心地のいい国だよ」


「ほーん。やっぱジョウもレースに出んのか?」


「その予定さ。まあ負け続きなんだけどな」


「じゃあアタシ達が応援するわ。乗せてくれたお礼にさ」


「おっそりゃあいい。もしかしたら初勝利出来るかも、なんてな」


 和気あいあいと話していると――マシュマロの「ブモオオオオ!」という鳴き声が全員の耳に届く。魔物が来た場合の合図だと理解したエビル達は急いで荷車から外へ出た。

 迅速な対応で砂漠に立ったはいいものの敵の姿はない。だが全員が何かしらの気配を感じ取っており、それぞれの拳や武器を構える。


 ――ズドンと大きな音が周囲に響く。

 地面が揺れ、目前の砂が膨れ上がるように上昇していく。いや砂は押し上げられたのだ、エビル達の何十倍もある体格を持つ巨大な魔物に。


「おいおいおいおいおいおい! なんっだよこいつはああああ!」


 魔物の姿が明らかになってセイムが叫ぶ。

 サソリのような姿をしているが体長二十メートルはある赤い巨体。槍のように鋭い二又の尻尾。明らかに並の魔物とは一線を画す強さを持つだろう威圧感を放ちながら、その赤サソリは真紅の瞳を獲物へと向けた。


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