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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
二章 死神の里
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里長の役目


 シバルバの家の屋根からセイムを見送った後、エビルは里を眺めていた。

 出発の準備は出来ている。もう葬儀屋のサイズという中年男性に結界装置を解除してもらっており、後は砂漠の国目掛けて里を出るだけなのだ。

 時間ならば猶予がある。せめてセイムに別れの言葉を送りたかったため、彼が戻って来てから出発しようと考えている。暫く経たないと彼は戻って来ないだろう。


『お前のせいだあ』


 シャドウからの言葉でエビルは顔に影を落とす。


『スレイを殺せるチャンスはあった。あそこで躊躇わずに殺していればシバルバは死ななかった。全部全部お前の愚かさが招いた結果だ。お前は勇者なんかじゃない、ただの愚者なんだよお』


 一度、もしくは数回は好機があったのかもしれない。そこで戦闘不能に出来ていれば今回は死者を出すことなく完全勝利に持っていけたはずである。


「……分かってるさ。僕が甘いせいだ。シバルバさんを殺したのは僕のようなものだ。……理想を現実にするにはもっともっと強さがいる。……次は、殺す気で戦う」


 静かにエビルは決意する。

 殺さなければ被害が生まれるのなら、殺さなければいけない時があると分かった。いや以前から理解していた。結局、人間を殺す行為が嫌で目を背けていたにすぎない。

 昔から人間を殺すことには強い嫌悪感があった。人間は守るべきだと物心ついた時からなぜか思っていた。この気持ちを振りきって誰かを殺した時にどうなってしまうのか想像もつかない。


「エビル! そんなところにいたの!」


 暗く沈んでいた意識が明るみに引っ張り出される。

 声を掛けてきたのは家の前でエビルを見上げているレミであった。


「そろそろセイムも帰ってくるよ! 忘れ物とかないかチェックしとこ!」


 レミを見てエビルは邪遠のことを思い出した。

 黒い炎を扱う人間ではないナニカ。詳細を訊こうとしてもシャドウはいつもの如く話してくれない……というより話に出す度に嫌悪感のようなものが伝わってきた。今も苛々した気持ちをダイレクトに感じる。


 一度、レミにも確認したが気にしていない様子であった。

 火の秘術を扱うレミなら人一倍気になるはずだと思ったが理解度が足りていなかったらしい。彼女の場合、邪遠のことを強敵としか認識していない。多少は気にかけていても不思議に思わないのだろう。


 分からないことを考えても仕方ない。エビルはレミを見習うことにした。

 暫く忘れ物がないかどうかを確認して、出発するためにサイズやセイムと合流する。里から外に出るには呪文が必要となるのだ。知っているのは里の人間か一度訪れた者だけなので協力が不可欠である。


「それじゃあ、僕達は行くよ。ここで過ごしたことは絶対に忘れない」


「ああ。エビル、それにレミちゃん。元気でな、体には気を付けろよ?」


「アンタこそ、次期里長……いえ、もう里長なのよね? 里の人達のことしっかり引っ張んなさいよ? 誰かをまとめるっていうのはすっごく大変なんだからね」


 セイムが次期里長だと決めたのはシバルバであった。彼に異議を唱えた者がいない以上決定事項であったのだが、民達が望まない選考など心に闇の隙間を作り上げる。だがその心配も無用となった。スレイとの戦いで民を守るために死力を尽くしたセイムを認める者が大多数現れたのだ。

 満場一致で里の民はセイムを里長の立場にするのに賛成している。


「へっ、任せとけっての! 俺が今度は全員守ってみせるからな」


「その意気よ、頑張んなさい。それじゃあエビル……」


「うん、分かってる。お別れの時間だね、いつまでもここで話していても別れが辛くなるだけだ。セイム、僕達はまたここにも来るよ。それまでにお互い立派に頑張っていこう」


 エビルは手を差し出したが、少し迷いを見せるセイムは握ろうとしない。


「ああ……お互い、な」


 何かの迷いがあると感じたエビルは困り顔で言う。


「セイム、何か言いたいことがあるんじゃない?」


「え、アンタまだ素直になれないわけ? 言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ。ずうっと内側に秘めたままでモヤモヤするのはアンタなんだからね」


「いや、別に何も……ねえん……だけど」


 顔を逸らしたセイムは明らかに何かを隠している。

 誰もいない方を見つめ続けている彼の背中を――サイズがバンッと強く叩く。


「いってええええ! 何すんだよサイズ!」


 あまりの痛みに跳びはねてからセイムはサイズを睨む。

 いきなり背中を叩いたら怒られるのは当たり前。しかし叩いた本人はまったく悪そうな顔をしておらず、むしろサイズは軽く微笑んでいた。


「行け。二人と行きたいんだろ」


「……ダメだろ。これから里の復興とか色々あるのに俺だけ旅に出るなんて」


 里長として大事な時に不在にするのはいかがなものか。セイムが不安に思っているのは確実にそこだろうとエビルは思う。

 里を守る役目を果たすなら里に残った方がいい。それはサイズも分かっているはずなのだが、彼はセイムの肩に手を乗せて語り出す。


「いいか? これは素直になれなかった誰かさんの話だ。あるところに一人、素直じゃないガキがいた。そいつは両親に育ててくれた恩を言えずに死なせちまった。それから嫁さんも貰い子供も出来たが、その男は育児も家事も任せっきりのくせに一度も感謝しなかった。暫くして男より早くどちらも死んじまった」


 セイムは「それって……」と呟く。

 話を聞いている三人はそれが誰のことかもう理解している。


「そいつは思った。せめて感謝の言葉くらい言ってやりたかったと、せめてあの時素直になれてればと。葬儀屋なんてもんをやってるのも未練があるからかもな。まあ要するにお前もたまには素直になれってことだよ。その誰かからの忠告だ」


 語りを聞いてからセイムは俯いて目を閉じ、少ししてから開眼して顔を上げる。そしてサイズの顔を真剣な表情で見つめて口を開く。


「……次期里長として命ずる。サイズ、アンタがしばらく次期里長代理として皆をまとめろ。俺は世界を見て回って、ついでにエビル達と魔信教を潰してくるぜ」


「あいよ。一応また言っとくがお前を相応しくないとか思ってるやつ誰もいないからな。あの男と戦った時、お前が誰も死なせないように戦ってたのを全員が知ってる。お前には感謝してるんだよ、みんなな。……まあ任せときな、世間知らずのお前よりは上手くまとめるさ。だからまずは世界を見て来いよ、そんで長になる前に器をでかくしてこい」


「……行ってくる。……つうわけで、いいか?」


 レミはうげっという顔をしているがエビルは笑みを浮かべていた。

 旅に同行していいかという問いなら悩む必要などない。表面上嫌そうにしているレミも心に嫌悪感がないことをエビルは感じている。


「周りが愉快だと自然と元気が出てくると僕は思う。一人より二人、二人より三人、三人より四人。どんどん賑やかになればその分旅は楽しくなるって思うんだ。だから歓迎するよ。よろしくね、セイム」


「まあ、アンタはウザいけど賑やかさは増すかもね。歓迎はしないけど、付いて来たいっていうんなら別に断らないわ」


 エビルは先程と同じように手を差し伸ばす。


「おう! こっちこそよろしくな。エビル、レミちゃん!」


 遅れた握手でセイムに迷いはなかった。

 こうして新たな仲間が増えて愉快になっていくエビル達は次なる目的地、砂漠に存在するリジャー王国を目指して旅を続けるのだった。









 二章完結。

 これからも読もうと思えた人は下にあるブックマーク、いいね、感想などで応援してくれると作者としては非常にありがたいです。

 次章、砂漠のリジャー王国編もよろしくお願いします。


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