デスドライブ
「まずっ、あと五分ちょっとかも……」
レミは自身が出している炎の勢い、体に掛かる負担でそう判断する。炎の勢いは徐々に弱まっており、明るく照らされている場所が狭まってくる。
それを見たシバルバも焦りを感じ、膝をついているセイムに喝を入れようと叫ぶ。
「セイム、何をしている! さっさと立たんか!」
危険だから外へ出るなと忠告したにもかかわらず、外へ出てしまっているシバルバの声を聞いてセイムは「ジジイ……?」と目を向ける。
「今こそ我が一族の秘技を見せるのじゃ! この戦いを終わらせるのは次期里長であるお前じゃ! お前しかおらぬ!」
「秘技だと……だが出来た試しは……」
「さっさとせい! やらねば全滅する……お前ならば出来る!」
セイムは唖然とするがその言葉に従い、疲れた体に鞭を打ち動かす。
秘技〈デスドライブ〉とは死神本来の身体能力などを一時的に発揮する技。
死神の力が段々弱体化していく者の弱さをなんとかしようと遥か昔に考えられたもの。里長が里の民を守るためにこの技は必須といってもいい。
「なんだあ? 秘技って、なんだあ?」
疑問に思っているスレイへと、体勢を立て直したエビルが〈疾風迅雷〉で刺突するが防がれる。渾身の突き技が防がれた、というより受け流されて威力を完全に殺されたことにショックを受ける。……だが両目を見開いて驚愕していても手は止められない。
再び始まった剣戟。その遠くでレミはシバルバへ問いかける。
「その秘技ってやつセイムに出来るの?」
「お嬢さんも余裕がない以上この秘技を使って速攻で敵を倒さねばならぬでしょう。大丈夫……あの子なら出来ます、あの子は覚えていないようですが既にやったことがあるのです。あの子の親が魔物に襲われた時、その魔物を倒したのは他の誰でもないあの子なのですから。まだ子供のあの子が魔物を倒せるわけがない、あの時恐らくは……。とにかく、秘技〈デスドライブ〉の使用が勝敗を分けるはず。使えば反動も大きいとはいえ敵も必ず打倒出来ます」
必死な形相で斬撃を放ち続けるエビルに対し、スレイは軽薄な笑みを浮かべる余裕を見せつつ全てを防いでいる。さらに余所見をしながら斬撃を防ぐという離れ業もやってのけた。
スレイが余所見した先にはレミとシバルバの姿。まさかと思い必死さが増したエビルの攻撃は激しさも増す。
段々と、攻守が交代していく。
激しさを増したエビルの攻撃でも届かない。むしろスレイの剣速の方が増していって、攻撃よりも防御の手が増えていく。
元々二人で抑えていた相手だ。実力差は大きく、一人で相手をするなど無謀に近い。完全に防御しか出来なくなったエビルは力強い斬撃で吹き飛ばされてしまう。
隙を見せたエビルにスレイは何もせず――唐突に体を捩じり、レミの方へと左手に持っていた刀を投擲した。
レミはいきなり自分が狙われたことに「え!?」と驚き咄嗟に動こうとする。
「グッ……ゴホッ!?」
――だがレミは動かなかった。動く前に避ける必要がなくなったから。
シバルバがレミを庇って胸を剣で貫かれていたのだ。咳込み、地面に倒れて動かなくなるシバルバを、エビル達は呆然と見ていることしか出来なかった。
「う、そ……アタシを庇って」
「嘘だろ? ジジイ、おい……! 悪い冗談、止せよ……!」
「くそっ、こんなことになるなんて……」
狙いを定めた対象ではなく別の者に命中したがスレイは気にしていない。むしろ殺せるなら誰でもいい、誰かが死んでくれるなら他者の死を求めるスレイは嬉しく思う。
今、スレイの胸中は歓喜に満ちていた。
「よしよしよしよーし! これで一人無事殺せたなあ! これで一人救われる。良かったなあ、あの老いぼれは救われるぞお? 黄泉の国は全てを受け入れてくれる。男でも女でも子供でも老人でも聖人でも犯罪者でも王でも貴族でも庶民でも全て全て全て全てええ! これまでの生という絶望が終われるんだからなああ! 死は救い! 誰もに平等に訪れる救いなんだよなあ!」
「ふざけんなあああああああああ!」
対してセイムは怒りに震えていた。
体を小刻みに震わせて涙を零しながらシバルバの方へ体を向け、顔は俯かせている。彼の視界には涙と地面だけしか映っていない。血に塗れたシバルバのことを直視したくないから顔を上げない。
「まだ、言えてねえ……何も言えてねえんだよ……死ぬんじゃ、ねえよ」
最悪の事態になってしまったと思い、エビルは名前を呟いて悲し気な視線を向ける。
一人歓喜しているスレイは隙だらけ。今動けるのは自分だけだと考えたエビルは立ち上がり、剣を構え、駆けようと足に力を入れた瞬間に膝が地面についてしまう。
視界が揺れ、酷い頭痛に襲われる。強い力も入らない。
(何だ……これは、毒? 知らない間に斬られたのか?)
片膝を地面につけているエビルは、右手の甲にある風紋の緑光が静かに消えていくのが目に入る。
(違う。これは秘術の、反動だ。こんな、時に……!)
たった今、エビルの体が限界を迎えたのだ。
十分弱。それが今の限界であった。レミが細いとはいえまだ火柱を出せているのは熟練度において優れているからだろう。使用回数の差は僅かでも熟練度が大きく違っていたのである。
「何だよ、この状況……何であの頃と被るんだ……」
実質戦える者がいなくなった中、セイムは恐る恐るシバルバを見つめる。
倒れたシバルバと過去の両親の姿が重なる。魔物に殺されたセイムの両親は殺されてもなお玩具の様に甚振られていた。その光景を呆然と見ていたセイムは力強く願った。
「目の前のコイツを殺せる力が欲しい!」
それは今と全く同じ心境だった。ただ殺すために力を求めた。
後の事はどうなってもいい。ひたすらに殺意を高め、筋力を強め、殺気を放出する。そうすると段々セイムの瞳が赤みを帯びていく。
「んんんん? 濃密な死の気配がさらに濃くなった?」
「これはいったい……」
「もしかして……あれが……」
スレイ、エビル、レミの三人は殺気が放たれている場所へ視線を送る。
そこにはセイムがいた。全身から赤黒いオーラを迸らせ、眼球の色が赤く染まっている。それこそが死神の一族が扱える秘技を発動した状態だとスレイ以外が悟る。
「これが……〈デスドライブ〉……!」
自分の体から溢れるようなエネルギーをセイムは感じ取っていた。
「ああ、なんつーか……負ける気がしねえわ」
「うんうんうんうん? それは何なのかなあ?」
「おい狂人、死が至高なんだっけ? なら俺が今から殺してやるよ」
ひしひしと殺気が周囲に伝わる。
向けられているのはスレイだけなのに余波ともいえるものが広がる。
「……ダメ、もう、限界」
細くなっていた火柱がついに消失してしまった。
レミの方もエビルと同じく秘術使用限界時間が来てしまったのである。体中からドッと汗を噴き出して両膝を地面につける。
火柱が消えたことで、里の明かりは住宅玄関に取りつけられている松明のみとなった。その近辺だけは辛うじて明るいが戦闘を行っている場は暗闇に染まる。
暗闇と化した瞬間――セイムはスレイへと駆けて大鎌を振り下ろした。
「ぐうっ!? 明かりが消えてっ……!」
「夜目が利くっていってもよ、テメエのそれは慣れただけだ。レミちゃんの火が消えて暗くなってからすぐじゃ慣れないよな」
辛うじて二本の刀で防御したスレイの額から汗が滲む。
先程までとは明らかに動きの速度が違う。まるで別人の動きに加え、明かりの規模が激減したことに虚を突かれたのだ。
「俺はここで終わるわけにはいかない……まだまだまだ死を広めきれてないんだからなあ!? エレナのためにも俺はまだ殺し続ける!」
大鎌に集中して他の注意が散漫になっていたスレイの顔面をセイムが蹴る。
自分の攻撃に反応しきれていないのを見て、セイムは今の状態なら自身の方が強いと直感的に理解した。
「お前も! お前の家族も! 周りの連中も! 全員殺してやるんだからなあ!」
「俺の家族なら……ついさっきテメエが殺しただろうが!」
セイムは大鎌を高速で回転させ、持ち替えたりしながら攻撃を仕掛けた。
素早い持ち替えと回転でスレイは翻弄されて防戦一方となる。しかしさすがに各地で人を殺し回っていたゆえか、戦闘経験豊富だったスレイは防御しながらも一瞬の隙をついて刀を突き出す。
その突きは腹部目掛けて放たれたがセイムは屈むことで避け、スレイの足首へと大鎌を振るう。
「甘い甘い甘い甘い!」
当たれば両足首が切断される攻撃をスレイは軽く跳んで回避する。
「その言葉そっくり返すぜ」
スレイは確かに避けたが、セイムは振った大鎌の勢いで体を回転させてアッパーを放つ。大きな遠心力を加えたアッパーは顎に命中し、歯を数本砕き、上空へと吹き飛ばす。
殴り飛ばした後にセイムは跳び、大鎌の刃が付いている棒の先端部でスレイを殴って地面へ叩き落とした。
先程のアッパーが顎に命中したことによりスレイの脳は揺さぶられており、大の字に倒れてから動きもしない。完全に戦闘不能状態である。
「ジジイの仇だ、死ね」
セイムは空中からスレイへと一直線に降下して、大鎌の刃で胴体を真っ二つに切断した。
鮮血が飛び散りセイムの衣服や顔へかかる。冷めた目で見下ろす姿はまさに死神と呼ばれるに相応しい姿だった。
「まだ……足りない、よなあ……エレナアアアアアア!」
死を直前としたスレイの目で生気が輝く。叫んだ彼は上半身だけで動き、右手に持った刀で刺突を繰り出す。
まだ動けることに驚いて目を僅かに見開いたセイムは刀を大鎌で弾く。結局のところ最後の悪あがきは復讐に燃えて油断しない男には通用しなかった。
スレイの顔からは今度こそ生気が消え、地面に音を立てて倒れた。




