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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
二章 死神の里
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火に照らされた里の中で


 誰かの叫び声が聞こえた。

 誰か? 否、エビルは知っている。セイムの声だ。


 シバルバ家で眠っていたエビルは大声で眠りから覚め、上体を起こして窓の方を眺める。相変わらず暗く、夜だからか一層闇で包まれている外の景色は何も映らない。

 視覚に頼れないのなら聴覚だ。耳を澄ませれば微かに連続して聞こえる金属音を拾う。明らかに戦闘の音だと判断したエビルはベッドを離れ、壁に立てかけてあった剣を持ち、首に巻いている白いマフラーの位置を整える。視覚ではなく感じる力でそれら全てをこなした。


 隣で寝ているだろうレミの姿も見えないがエビルは叫ぶ。


「レミ、起きてくれ! 敵襲だ!」


「へひふ……れーひひゅう……?」


 寝ぼけているレミはベッドを転がり床へ落ちた。

 痛みで目が覚めたようで「いだっ!」という声と共に起き上がる。


「あーもう、何なのよ……何も見えないし」


 頭を赤髪の上から擦り、レミは火の秘術を使用して右手に火の玉を生成する。

 灯りが生まれたことでようやく二人は部屋の内部が見えるようになった。しかし外までは見えないので状況が上手く掴めない。


「レミ、おそらく敵襲だ。セイムが戦ってる」


「あいつが……? そう、じゃあ加勢に行かないとね」


「急ごう。何か、嫌な予感がする」


 部屋を出て、階段を駆け下りて、シバルバ家の玄関扉を勢いよく開け放つ。

 当然ながら闇に包まれている外では目が慣れていないためほぼ見えない。レミの灯火があるとはいえ可視範囲は精々五メートルといったところだ。


「見えない……いや、感じるんだ」


 右手の甲にある竜巻のような紋章が淡く緑に光る。

 風紋を発動したエビルの感覚は強化される。暗闇で視界に頼れなかろうと敵の気配を感じ取って居場所を特定出来る。


「感じた。純度の高い殺意が二つ……!」


 鞘から剣を抜き、夜闇の中を迷わず前進するエビル。

 直感のままに突き進むが殺意や気配では敵か味方か判別がつかない。駆け寄るはいいもののこのままでは攻撃が出来ない。


「アタシに任せて!」


 ――突然、里が赤く照らされた。

 エビルが振り返るとレミがシバルバの家付近で立ち止まり、真上に向けた両手から真っ赤な火柱が勢いよく噴射されていた。太い火柱が高所にまで届いているおかげで里全体が黒からオレンジに染まる。


「どうよ、アタシの炎は役に立つでしょ!」


 明るくなったのでエビルは戦闘現場を視界に捉えられた。

 縮れ毛の黒い長髪、赤い目、二本の刀を持つ男。

 黒髪黒目、褐色肌の上に黒いマントを着ていて、大鎌を振り回すセイム。

 照明の役割をしてくれているレミに「ありがとう!」と礼を言い、戦闘が起きている場所へと疾走する。


 その時、敵である男は攻撃の手を止めて昇る火柱へ視線を移した。


「なんだあれは……?」

「余所見してんじゃねえぞ!」


 目を離した隙を逃すわけもなくセイムは大鎌を真下から振るい、男が咄嗟に飛び退くも左肩を抉った。


「油断油断油断油断。お返しお返し死のプレゼンツ!」


 二本の刀の刃先がセイムへと迫る。防御しようと大鎌を構えたセイムと、刺突二撃を繰り出している男の間にエビルは突っ込む。

 自身の剣を縦に振るって刺突二撃の軌道を逸らす。その勢いと反動を利用して剣を男目掛けて振るうも、男は上体を曲げて回避してから距離を取る。


「助太刀するよ、セイム」


「……ああ、頼むわ。俺一人じゃ結構きついしよ」


 軽く息を切らしているセイムを見れば酷い怪我をしていた。

 胸下には刀が貫通した傷があり血が流れ続けている。他にも頬にも浅く斬られた傷が存在している。対して男の傷は左肩が軽く抉られた程度。実力差がはっきりと傷の深さに出ている。


「だが奴の見慣れねえ武器……刀っつってたかな。あれには気をつけろ。あれには毒が塗ってあるって本人が暴露してた」


 毒という言葉でエビルは目を見開く。


(気をつけろって、でもセイム……君……もう斬られているじゃあないか! 毒は大丈夫なのか? 本当にまだ戦えるのか? この怪我に加えて毒、あまり長引かせるわけにはいかない……!)


 どれほど強力なものかは分からないが既に目に見える場所で二か所も手傷を負っている。毒の強さによればいつ倒れてもおかしくない。エビルには二本の刀から嫌な感じが伝わっているので毒があるのは間違いない。


『つくづくお前はツイてねえよな。まさかまた四罪と出くわすなんてよ』


 シャドウがそんなことを言う。四罪なら男の正体が魔信教ということになる。


『よりによってトップクラスにイカれてる奴が来るとはな。――スレイ。二刀流で串刺しにしたり斬殺したりと魔信教内で一番殺人に積極的な野郎だ。ついたあだ名は、長髪が返り血で赤く染まることから紅の串刺し機ってな。他にも――』


『もういい。今は時間が惜しい』


 情報を無償でくれるのはありがたいがのんびりと聞いていればセイムが死ぬ。だが一応情報の正確性を確かめるべく目前の長髪男へとエビルは問いかけた。


「君は魔信教なのか」

『いや信用しろよ』


「そうそうそうそう、俺は魔信教四罪のスレイ。お前も俺のプレゼント受け取ってくれるよなあ」


 エビルは「プレゼント?」と返す。


「死っていう最高の贈り物なんだけどよお、欲しいだろお?」


 物騒すぎることを言うスレイに若干エビルは引き気味になる。


「……お断りしておくよ」


「それじゃあ強制的に送ってやるぜえ。黄泉の世界になああ」


 終始狂気的な笑みを浮かべながら、スレイはエビル目掛けて何の構えもなく駆け出した。

 エビルは迫る剣を自身の剣で防御する。その隙にセイムがスレイの後方に回る。

 大鎌で薙ぎ払おうとしたセイム。それを分かっているかのようにスレイは笑みを深め、もう一本の剣で突き刺そうと左手を動かす。

 スレイがこれからする攻撃に気付いたエビルは叫ぶ。


「躱すんだセイム!」


「いやあ、もう遅いんだよなあ」


 後ろを振り向かずに、そのままの体勢でスレイは突きを放つ。

 右肩の上を通って放たれた予想不可能の突きだったが、セイムは忠告通り躱そうとして首を捻ったことで避けた。


「あっぶねえ……!」


「おいおい避けたのか。毒が回ってるからよお、そんな速く動けるはずがねえんだけどなああ。死神と人間じゃあ違うんだろうなああ」


 スレイの剣は技と呼べるようなものはない。しかし型に当てはまらないからこそ強いこともある。エビルとセイムは二人がかりで戦うも苦戦を強いられた。二人で互いをサポートしつつギリギリのところで戦えている状態だ。


 何度も己の武器で打ち合うだけで進展は何もない。新たに敵へと作った傷も、二人が受けた傷も何もない。ただセイムの傷口からは血が流れ続けている。


 本当に強いことをエビルは感じ取っていた。

 二対一にもかかわらず勝機が見えない。やっと互角に戦えているといったレベルなのに、もしこのままいけばセイムはいずれ力尽きて倒れてしまう。そうなれば敗北は時間の問題だろう。


「おいおいおいどうして躱すんだよお。何で死という喜びを受け入れないんだよお!?」


「死ぬってのが喜びだあ? じゃあまずテメエが死ねよ!」


「それは出来ないんだよ。俺はもっと多くの人達に死という至福があることを知ってもらいたいんだよなあ! その為に魔信教に入りこうして広めているんだからなあ! はい死死死死死いいい!」


 どう聞いても狂っている男の言動。

 スレイがこれまでにやってきたであろうことを想像するのは容易い。快楽なのか不明だが大勢の人間を斬殺してきたことは間違いない。怒りを抱いたエビルはスレイの剣を弾き返すと同時に剣を振り下ろすが、それをスレイは二本の剣で受け止める。


「へっ、後ろががら空きだっての」


 背後から機動力を削ぐためにセイムは足を狙って薙ぎ払う。

 その瞬間、スレイはエビルの剣を下に受け流して二人の武器同士を衝突させた。

 驚愕で固まる二人だったがそれも一瞬。スレイが二人の心臓を貫こうと突きを放ってきたので紙一重で躱す。だが猛攻は止まらず、自分ごと回転して斬り刻もうとしてくるので咄嗟に武器で防ぐ。

 防御は成功したものの勢いは凄まじく、二人は後方に数メートル飛ばされた。


「凄い……アタシじゃ入りたくても入れない。足手まといになるくらいの技量と実力……悔しいけど今回は灯りになるくらいしか……」


 その戦闘の様子をレミはしっかりと見ていた。

 レミは自身の力が及ばないのを悟って悔しそうに呟く。実際エビル達が行っている戦闘はイレイザーの時よりも激しい。


「焦る必要はないんじゃよ。まだお主は若い」


 両手を真上に上げて火柱を作り上げているレミの背後、家の扉からシバルバが出て来て隣に並ぶ。


「ちょ、ちょっと、どうして出て来ちゃうのよ! 危ないわよ!?」


「血の繋がりがなくとも息子……というより孫ですか。そんなような者が傷付きながら戦っているのを知ってジッとはしていられませぬ。じゃが本当に申し訳ない、何かの助けすら儂には出来そうにもない。あの男を撃退出来たのは暗闇と人数差のアドバンテージがあったからこそじゃ。儂一人加勢したところであの男に隙すら作れぬ」


 出て来たはいいもののシバルバも戦闘を心配そうに眺めるしか出来なかった。しかしかなりの年数を生きている老人の観察眼は状況を分析出来た。


「今のところ互角。ですがセイムは手傷を負い、疲労も溜まっている様子。エビル君は心優しきお人だ、彼の性格はあまりに戦いに向いていない。このままではいずれ……」


「……時間の問題よね、エビル達も……アタシも」


 レミの炎は最初よりも徐々に弱まってきていた。

 フルパワーの火力を放出し続けているなら疲労も溜まりやすい。実際にやったところ十分程度で立てなくなる程だ。つまり戦闘が長引けば暗闇に逆戻りしてエビルは不利になってしまう。


 そしてそれを理解しているエビルは現在、スレイの猛攻を全て防いでいた。


「そおらそおらそおらそおらあ! いい加減に死を受け入れて、黄泉へ旅立ってくれないとなあ。いいじゃないかよお、ちょっと死ぬだけじゃないかよお、なああ……」


「簡単に言ってくれる……! 僕達はまだ死ねないっていうのに!」


「はあっ……! チッ!」


 セイムは息を乱しながら首を切断しようと迫る剣を体を反らして躱す。

 倒れそうになるが大鎌を支えにして態勢を立て直した。そして起き上がると同時に大鎌を振り下ろすがスレイはそれを剣で受け流して反撃する。躱そうとするも間に合わずセイムの肩は貫かれた。


「ほらほらほらほら。一瞬だから痛くないんだよなあ、抵抗するから痛くなるんだよなあ。分かったら大人しく黄泉へ行ってくれよなああ」


(しまった、またセイムに傷が……! 毒が……! このままじゃ……!)


 貫いた刀を引き戻すと同時にスレイはセイムを蹴り飛ばす。

 地に転がったセイムへとスレイは余裕を見せて歩み寄ろうとする。そんな彼へと目掛けて背後からエビルが剣を振りかぶる。


 一瞬、エビルの中で迷いが生まれた。

 このまま振り下ろせば脳天から一撃。即死。疑いようのない死で敵を滅ぼすことが出来る。だがこの期に及んでまだエビルは人を殺す決心がついていない。


 人を殺すのは悪いことだ。そんな想いが攻撃の方向を変えた。

 迷ったエビルは脳天から右腕へと狙いを変えて剣を振り下ろす。


「見えなくても見えるんだよなあ。お前……死が怖いのかあ」


 突如、スレイが黒い長髪を靡かせて左へ逸れた。


「自分のじゃなく他人の死が怖いのか。誰かの死を悲しめる奴は良い奴だよなあ。だが安心しろよおお、お前が死ねば行くのは黄泉……黄泉ならだあれも死にはしないからよおお。だってもう死んでるんだからなああ」


 回転をかけたスレイの斬撃がエビルを襲う。

 咄嗟に防御したとはいえ数メートル吹き飛ばされてしまった。体勢も崩れて地を転がるおまけ付きだ。


 遠くで見ることしか出来ないレミは状況の悪さに歯を食いしばる。同時に自身の限界を悟って悪化する現状を把握して、この場で一番無力感を味わっていたのはレミであった。


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