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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
二章 死神の里
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スレイ襲来


 エビル達から逃げ出して、セイムは一日の終わりまでずっと里を歩いて回っていた。

 主に長居したのは墓地だ。葬儀屋であるサイズが作った墓石が並んでいる場所で、そこにはセイムの両親の墓も存在している。

 墓参りする習慣は死神の里にない。やって来るのは墓参りしたくなった気分による。


 両親の名前が彫られている墓石の前でセイムは長時間座り込んでいた。

 エビルの言った通り、セイムだってシバルバが死なないと思っているわけではない。ただ死なないでほしいと願うあまり願望を口に出しているだけである。


 両親はセイムを一人にした。魔物から庇ってあっさりと死んだ。

 襲ってきた魔物をどうやって退けたのかはセイムも覚えていない。きっとシバルバか、他の者達が助けてくれたのだろうと思っている。


「何だってんだよ。俺はただ……ジジイに恩を」


 セイムは「ああイライラすんなあ!」と黒髪を掻き分けるように頭を掻く。


「くそっ、今日もストレス発散すっか」


 里の住宅が並び立つ場所を通り、いつも行っているひと気のないところまで歩いて行こうとセイムは思う。そんな時、視界に妙な空間の歪みが入ってくる。

 見たことのない現象に「ん、何だ?」と注目する。


 呪文で異空間の道を開くなら亀裂が入って楕円形の穴が出現するはずだ。しかし正面にあるものは亀裂というより線だ。一本、二本とどんどん数を増していく。

 線はやがて数十本になり、いきなり空間が楕円形でベロンと剥がれた。


 剥がれた楕円形の空間に映し出されているのは外の森と、そこに立っている黒いローブを着た長髪の男。二本の刀を持つその男はフードを深く被っているので顔は見えないが、口元が三日月状に歪むのを確認する。

 不気味な笑みを浮かべている黒ローブ長髪男は歩き出し、死神の里へと足を踏み入れた。その事実にセイムは目を見開いて驚愕する。


「なっ、呪文じゃねえ! 何だこいつは!?」


 黒ローブ長髪男はフードを捲って口を開く。


「シッシッシッシッ。俺はスレイ、魔信教四罪のスレイ。これからこの里の連中をみーんな黄泉へ送ってやる男さぁ」


 赤い瞳を向けられたセイムは咄嗟に大鎌を振るう。

 距離が離れているため当たらないはずだが金属音が鳴り響く。いつの間にか接近していたスレイが右手に持つ刀で大鎌を受け止めていたのだ。


(はえ)えっ! (つえ)えぞこいつ……!)


「もう暗い場所にも目が慣れたんでなあ。全力で動けるし、この二本の刀でブスブスブスブス刺してやるからなあ」


(そうかこいつっ、里を襲撃したとかジジイが言ってた奴か……!)


 右手の刀で受け止めているスレイは左手の刀を横に薙ぐ。セイムは後方に跳んで紙一重で躱したが、目前の狂人の強さをはっきりと感じ取る。気を抜けば殺されると瞬時に理解した。


「へっ、俺が外に出ている間に襲撃した野郎がどんな野郎かと思ったら。まったく女にモテなさそうな奴だぜ。逆に俺がテメエを黄泉に送ってやるよ!」


 狂気的な笑みを深めたスレイは奇声を上げながら走って距離を詰めてきた。

 振るわれる二本の刀。その斬撃をセイムは大鎌の柄や、ゆるやかな曲線を描いている刃の部分で冷静に受ける。斬撃の速度は相当なもので金属音は絶え間なく鳴り響く。


「防御するなよなあ。大人しく黄泉へ行ってくれよお」


「冗談じゃねえ! つーかこっちだって攻撃してえっつの!」


 安易な攻撃を許すような相手ではない。止まらない猛攻を防ぎつつ隙を探すが見当たらない。縮れた長髪と共に激しく動くなら少しの隙が出来てもいいものだが、攻撃が激しすぎるせいで攻防を切り替える好機が来ない。


 埒が明かないと考えたセイムは一か八かの賭けに出る。

 全ての攻撃を防御しようとするから大変なのだ。それなら一部の攻撃を紙一重になるだろうが回避すれば、その分だけ流れは僅かに変わる。


 セイムは斬撃を右に動いて躱そうとする。躱しきれずに頬へ線のような切り傷が生まれたが大したことはない。スレイの笑みが深まったが気にせず、向かってくる正面からの刀を大鎌で払う。そして流れるように首を刈り取ろうと三日月を描くかの如く大鎌を振るう。


 決死の攻撃だがスレイは後方に跳んであっさり回避しようとした。

 瞬間、セイムが笑みを浮かべる。振るっている途中で大鎌のリーチが伸びたのだ。

 柄が伸びたり刃が変形したわけではない。振るう途中に両手で握る柄を滑らせることで左手からは完全に抜け、右手だけで柄の下部を持って振り抜く。そうすれば途中でリーチが伸びる攻撃の完成だ。


(リーチが伸びた!? 顔に届く、バカなバカなバカなバカなっ! 余裕を持って避けられるはずだったのにこんなもの! そうか、途中で手の中の柄を滑らせて強引にリーチを伸ばしたのか! 随分と変わった技を使うなあこの小僧……だがよお)


 虚を突けるのは一度きり。使った後は隙が大きい。

 思いつきで行った技ゆえに弱点は多い。おまけに――


「俺にそんな小細工が通用するわけないんだよなああ!」


 ある程度の力量差がある相手には通用しない。

 大鎌は両手の刀で防がれる。力押しでこのまま吹き飛ばそうと考えたセイムだが、スレイは空中で受け流すことでその場で高速回転してから着地する。

 異常な動きに「んなっ!?」と驚きの声を漏らしたセイムにスレイは再度襲いかかった。左の刀で斬りかかって来たのを大鎌の柄で受け止めるも、その瞬間右足で蹴り飛ばされた。


(体術!? こいつ、剣士じゃない!?)


 蹴りが飛んで来る可能性をセイムは頭から排していた。

 純粋な剣士というものは基本剣技のみで戦うものだ。まともな道場などで教えを受けた者達はそうなる傾向が多い。戦いの最中苦し紛れで体術を使う剣士もいるがスレイの蹴りは鋭く強かった。セイムの脇腹は悲鳴を上げている。

 何度も地を転がったセイムは痛みに耐えつつ立ち上がる。


「――おいうるせえぞっ! 今何時だと思ってんだ!」


 瞬間、一つの住宅の扉が開かれて男が出て来た。

 ここは住宅の集合地帯。戦闘音が響けば気になって出て来るのは当然だが時と場合が悪すぎる。戦闘態勢に入っていない隙だらけの男が出てくれば、スレイの標的となった時にすぐさま自衛出来ない。


「セイム……それに……お前はこの前の!」


「シッシッシッシッ。隙だらけの無防備。大人しく黄泉へ渡ってくれそうな奴だなあ。死という幸福に包まれて命を閉ざせえ!」


 セイムは蹴り飛ばされたことでスレイから距離が離れている。そして男のいる場所にはスレイの方が近い。大鎌を持って出て来なかった男に対抗手段があるわけもないので、このままでは百パーセント殺される。


(やべえぞ、野郎が死ぬ……!)


 死者が出るのを直感してセイムは唇を噛みしめた。


(あれ、でも何だ? 何で俺は焦ってる? あの野郎は確かクリンドンだ。俺にいつも冷めた視線を送ってくる気に入らねえ奴だ。そんな奴が死ぬからって何で俺が焦る?)


 クリンドンという男はセイムのことが気に入らなかったのだと思う。

 両親を亡くした当時は同情していただろうが、次期里長候補になってから明らかに視線が冷えきっていた。自分が里長になりたかったのか、単純に嫌いなだけかセイムには分からないが。ともかくセイムにとって視界に映る男はどうでもいい存在だ。


『里長になる者には民を守る義務がある』


 それはシバルバが何度かセイムに告げた言葉。

 聞かされる度に、自分の身を守れない奴が死ぬのは自己責任だと、バカらしいと思っていた。しかしシバルバがそう言って守り通すつもりなら自分も協力する気でいる。……もう両親のように殺される悲劇を見たくないから。


(ああ、そうか。ジジイのためか)


 一番の理由はシバルバへの恩返し。セイムはそう結論付けた。


(誰かが死ねばクソジジイが悲しむからな。簡単な話じゃねえか、(スレイ)に誰一人殺させなければいいってだけだ! 俺が奴を逆に()ってやりゃあいい!)


 動揺して動けない男にスレイが駆け寄りながら右手の刀を突き出す。心臓目掛けての刺突は素早く――男を庇って躍り出たセイムの胸下を貫いた。


 危機を察してスレイよりも早く動いたセイムが間に合ったのだ。文字通り身を挺して守った姿に男は「セイム……」と放心気味で呟いた。

 致命傷レベルの傷から刀が抜かれ赤い血液が勢いよく地面に零れた。胸下の苦痛に顔を歪めつつ、セイムは男に「早く家に入れ」と苦しそうに言い放つ。


 男は心配そうな表情を浮かべながら扉を閉める。

 それを確認したセイムは大鎌を振るってスレイを後退させると、大きく、大きく息を吸い込んだ。そして――


「みんなああああああああああああ! 聞こえるかああああああああ!」


 力を振り絞って肺の中の空気と一緒に大声を出した。

 里にある全ての家へと届くくらいに響き渡る。何人かは扉を開けて何事かと外の様子を見に出て来る。

 再び大きく息を吸い込んでからセイムは叫びを上げた。


「ヤバい奴がいる! 絶対に外へ出るなああああああああああ!」

 

 外へ出て来ていた何人かはセイムの名を呟いて中に戻っていく。

 ほぼ全員で襲っても倒せなかった敵に立ち向かう勇気など持っていないのだ。怪我人もいるため傍を離れられない者だっている。実質セイムは一人でスレイを相手しなければならない。


「シッシッシッシッ。注意勧告かあ? 無駄無駄無駄無駄! どうせ全員黄泉送りなんだからなあ。お前もだ、みんな仲良く死ぬんだからなあ。……この刀には毒が塗ってある。お前はもう終わり終わり終わり終わりい! すーぐに死んじまうんだからなあ!」


「はっ、舐めんな。死神に毒なんざ効くかよ。黄泉送りになんのはテメエの方だぜサイコ野郎。すぐにその首刈り取ってやるから待ってろ」


 大鎌を構え直したセイムが無理に笑みを浮かべる。

 血は勢いが落ちたとはいえ止まっていない。痛みはむしろ増している。戦闘を続行するなと脳に警戒アラートが鳴っている状態でセイムはスレイに飛びかかった。


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