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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
二章 死神の里
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秘術による変化


 夜が明けて、死神の里にエビル達が来てから三日目の朝。

 味の薄い朝食を食べている途中、ふと思い出したようにエビルがシバルバへと話しかける。


「あの、少しいいですか」


「なんじゃねビュート君」


 間違われるのも一応は予想していたのですぐに「エビルです」と返す。そのやり取りをシバルバの隣で聞いていたセイムは「もうボケてんじゃねえのかこのジジイ」とジト目を向けていた。


「実は最近、色々感じやすくなったといいますか。なんとなく相手の気持ちが分かったり、向けられた敵意などに敏感に反応出来るようになったんですけど。シバルバさんは何かこういった現象に心当たりはありませんか?」


「エビル君は風の秘術使いじゃったな。もしかすればその影響かもしれん」


「あれ? 僕が秘術使いだってなんで知って……?」


 話した覚えもなければ風紋を見せた覚えもエビルにはない。

 疑問に思って問いかけてみたが肝心のシバルバも首を傾げてしまう。


「ふむ? そういえばなんでじゃろうか?」


「ハッ、大方エビルの右手にある紋章を見て気付いたんだろ」


 セイムの予測にエビルは「なるほど、確かに目立つもんなあ」と呟く。

 秘術の紋章は体のどこかに刻まれているというがエビルは右手の甲だ。何かと目立つ場所である。これがレミの火紋のように衣服の下などなら目立たなかっただろうが。


「ねえちょっと待って。アンタさ、秘術の紋章が見たいって言ってたわりに反応薄くない? なんでアタシの紋章だけあんなに見たがってたわけ?」


「そりゃあ俺はレミちゃんのお尻……じゃなくて火紋が見たかったからに決まってるだろ。邪な気持ちは欠片もないって断言出来るぜ」


「いやアンタ今お尻って言っちゃったからね! 欠片どころかアンタの願望は邪な気持ちしかないじゃない!」


 セイムは「しまった……!」と慌てて口元を押さえるが全て遅い。

 そんなことは置いておき、エビルは秘術に少し詳しそうなシバルバへと詳細を訊こうと問いかける。


「さっき風の秘術のせいかもしれないと言っていたのはどういうことでしょうか。もしよければ、詳しく教えてください」


 アランバートでも基本的な情報しかなかった秘術。身体能力が高くなり、異能を扱えるようになるのはエビルも承知済みだが使用しすぎで反動が来ることは知らなかった。レミの方は倒れた原因を聞かされた時に心当たりがあったようだが、まだまだ二人は秘術について知らなさすぎる。


 三百年以上は生きていると言っていたシバルバなら知っていることも多いだろう。エビルはあわよくば色々と知れるかもしれないと思う。


「ふむ。秘術とは魔を滅するために創造神アストラルが与えた力だと言われておる。風、林、火、山の四つがあり、時代に選ばれた者達四人の体に紋章が刻まれる。エビル君が言っておるのはおそらく秘術の影響で、秘術使い本人の体が絶大な力へと徐々に慣れてきている証拠じゃな」


 シバルバがその後に語った内容をエビルは短く纏めて整理する。


 秘術使いの体が秘術に慣れてくると身体に影響を及ぼす。

 風は感知能力が、林は思考能力が高く。火は温度変化に、山は肉体強度が強く。そういった変化は秘術を使用するごとに大きくなる。使用し続けることで変化するのは身体だけではなく、秘術の純粋な威力も強力になっていく。


 ただし、使い過ぎれば昨日のレミのように頭痛や眩暈を起こして倒れる。使い続けていれば自然とその限界も伸びていくのだが、今のエビル達では全力だと精々十分程度だろう。レミが何時間も使えていたのは小さい火を出していただけだからだ。


「つまり、僕は秘術の影響によって人の気持ちを感じやすくなっている?」


「そういうことになるの。残念じゃが儂も詳しいわけではないからこれ以上は分からぬ。知りたいのならば神のいる神殿でも行って直接聞いてみるのがいいじゃろう」


「は、はは、考えてみます」


 日常のように神に会いに行けなどと言われたエビルは苦笑する。

 忘れがちだが死神の里にいる者は死神の末裔なのだ。神話に出てくるような存在なのだからそういった話題もポンと出てくるのかもしれない。


「それと、まずは己の力がどれほどのものか完全に把握することじゃ。この後、外で特訓でもしてみてはどうじゃろう。セイムも一緒にな」


「は……? いや何でだよ! 俺は秘術使いじゃねえだろ!?」


 唐突に巻き込まれたセイムが動揺のあまり叫ぶ。


「まさか忘れてはいまいな。死神の力を真に開放する術〈デスドライブ〉の習得を早めよと言ったじゃろう。里長は代々〈デスドライブ〉の習得が義務付けられているんじゃぞ」


 聞き慣れない言葉にエビルとレミは「デスドライブ?」と疑問の声を上げる。


「お二人は初耳じゃろう。〈デスドライブ〉とは死神本来の身体能力などを一時的に発揮する神技。儂等のような、死神の力が段々弱体化していく者の弱さをなんとかしようと遥か昔に考えられたものです。里長になる者は里の民を守る義務がある。そのためにこの技は必須といってもいい」


「なんだか凄そうな技ですね……」


 セイムは「ぜってーやらねー!」と顔を逸らしているがエビルは感じられる。

 嫌っているような態度をとっていても、いくら反発していても、セイムはやっぱりシバルバのことを家族として愛している。決して嫌ってなどいない。


「セイム、やってみよう」


「ああ!? なんでお前に言われなきゃ……」


 エビルは再び「やってみよう」と穏やかな笑みを向ける。

 目を丸くしたセイムはまた顔を逸らして、頭を掻きながら唇を尖らせる。


「……しゃーねえな」


 渋々といった風だがセイムは承諾した。

 特訓が決まったなら後は早い。家の外に出て始めるだけだ。

 早速エビル達三人は外に向かい、シバルバの家の近くで各々の特訓を開始することにした。


 レミは自分の秘術使用限界時間を知るために真上に全力で火柱を立てる。残る二人も自分がやるべき秘術特訓と秘技特訓をやろうと思ったが一旦保留する。


「セイム、少し手合わせをお願いしていいかな。大鎌なんて珍しい武器だし、それに少しでも戦闘経験を積んでおきたいんだ」


「大鎌が珍しいだあ? ここじゃこれが普通なんだがなあ。だがまあいいぜ、俺も体動かしたい気分にはなってきたしな」


 二人はその場で武器を持って摸擬戦を行う。

 当然互いを斬らないよう注意している。全力を出してはいるが攻撃は全て相手の肌に触れる前に止める。武器同士で打ち合うと金属音が鳴り、火花が散り、手に少しずつ痺れが蓄積していく。両者の実力はほぼ互角レベルで攻防は長く続いた。


 十分が経ってレミが限界を迎える。

 大きく立ち昇っていた火柱が徐々に細くなり、やがて消えた。

 激しく息を切らすレミを心配してエビルは攻撃を止めて話しかける。


「レミ、大丈夫?」


「はあっ……はあっ……へ、平気。……ちょっと、休んでる」


 そう言うとレミは家の壁へと歩いて行き座り込む。


「おいおい、大丈夫かよレミちゃんは」


「秘術はやっぱりそう長く使えないみたいだ。たぶん僕の方も。……セイムが使おうとしているのは、えっと……〈デスドライブ〉だっけ? まだ使えないならそっちの特訓に付き合おうか?」


 長くはないが二人は秘術を使えるのだ。まだ使えない技があるセイムの特訓を優先した方がいいのかもと、エビルは提案してみたがセイム本人は首を横に振った。


「俺の方はいい。どうせ出来やしねえよ」


 自信なさ気に顔を逸らしてセイムは告げる。

 あまり見たことのない表情が気になったエビルは思わず「どうしてさ?」と問いかける。

 数秒が沈黙で経過した。シバルバへの反抗というだけなら説得する気でいるエビルは返答を待つ。


「〈デスドライブ〉は里長に相応しい奴が使えるようになるもんだ。俺なんかが使えるわけがねえ。お前は俺が里のトップに立つ男に見えるか? 正直俺は里の連中を守りたいなんざ思えねえし、そんな奴がトップに立ってもしょうがねえさ」


 エビルがセイムから感じるのは自分を卑下する気持ち。

 自分を下げているせいでやる気も失い、出来るわけがないと最初から諦めている。


「里長にはなりたくないってこと? シバルバさんは君に期待しているみたいだけど、君がなりたくないなら強制はしないよ」


 セイムは「いや……」と俯いて口を閉ざす。

 期待を裏切りたくないという気持ちがダイレクトに伝わる。風の秘術の影響というのは本当に大きく、相手が隠したい気持ちまでなんとなく感じ取れるようになっていた。


「アンタ……バッカじゃないの」


 呼吸がまだ少し荒いレミが唐突にセイムへ言い放つ。


「何考えてるのか知らないけどっ……自分を見失ってちゃ、世話ないわね。もっと素直にっ……アンタの気持ちをっ……言葉にしなさいよ……」


 その言葉でセイムの心が荒れる。

 激流の如く荒れた心の中から様々な感情が外へ出ようとしている。


「……うるせえ! こんなの、新しい里長がどうとか、ジジイがくたばらなきゃいいだけじゃねえか! あのジジイはもう三百年以上生きてんだぞ。ぜってー死んだりしねえよ!」


「絶対? アンタ、甘いわ。……人は、死ぬものなのよ」


「俺達は死神の末裔だ。人間の尺度で測るんじゃねえ!」


 セイムは怒りを露わにした後、正気に戻ったようで目を見開いて一歩後退る。

 何かエビルが声を掛けるのと同時に軽く手を伸ばそうとした時。セイムは俯き、大鎌を担ぎ直してからどこかへ走り去ってしまった。


「逃げんなっ、このっ……」


 追いかけようとしたエビルだが視線をレミへと向ける。

 力が上手く入らない状態になっているのに必死に這って手を伸ばしていた。


「じゃあ! アンタの両親はなんでいないのよ!」


 強い怒りと共に発せられた言葉は響いてセイムにも届いただろう。続けて何かを叫ぼうとしているレミの肩にエビルは手を置いて、そこから手を滑らせて背中を撫でる。


「レミ、言い過ぎ」


 目だけをエビルに向けたレミが「……ごめん」と謝る。


「セイムは死神の一族が死なないなんて思ってないよ。きっと、シバルバさんが死ぬなんて現実が来たら耐えられる気がしないから、ああして自分に言い聞かせているんだと思う」


 両親が死んでいる時点で死神の末裔だって死ぬことは確定している。

 もうシバルバは高齢中の高齢。いつ死んでもおかしくない年齢だ。セイムが生きている間に黄泉へ旅立つ可能性は非常に高い。


「何か、素直になるきっかけでもあればいいんだけどね」


 結局のところ吹っ切れる何かがあれば人の心は変わる。もっともそんな都合よくきっかけになる出来事など起こるものではない。

 エビルは「帰ってくるかな……?」と心配の表情で遠くを見つめた。だがセイムはその日に戻って来ることはなかった。


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