心の揺らぎ
レミを片腕で抱えている男は中年らしき顔をしている。死神の一族であることは肩に担ぐ大鎌と着ている黒いマントですぐ分かるが、なぜレミが倒れているのかがエビルには分からない。
「おいジジイ、サイズ、何があった」
「おおセイムか。いや何、このお嬢ちゃんが急に苦しみだして倒れたから連れて来ただけの話よ。この子はこの家で一時的に住んでいる子だろう?」
サイズと呼ばれた褐色肌の男は口を開いてそう言う。
急に苦しみだしたということに疑問を持ったセイムは顎に手を当てて考え、エビルは理由よりも容態が心配なので小走りで駆け寄った。
「うん? お坊ちゃんも外の人か?」
「おおエビル君、実は彼女が外で倒れたらしくての。この男、サイズが運んで来てくれたんじゃ」
状況説明してくれるシバルバの方を一瞥してからエビルはサイズへと告げる。
「サイズさん、ありがとうございます。自分はエビルと言います。詳しい経緯は後にして今は早くベッドに寝かせましょう、二階です」
二階へ上がっていくエビルに続き、サイズも「おう」と答えて歩く。
松明の明かりがある中なので視界はまだマシだ。急いで二階にある自分達の泊まっている部屋へと向かい、レミが使っている白いベッドへと案内する。
サイズがゆっくりとレミをベッドへと下ろして寝かせた。今は苦しんでいないようでレミは静かに眠っている。
部屋の中の松明は朝消えていたのに今は火がついていた。これはシバルバがやったのだろうとエビルは推測して、ありがたいと思いつつベッドの傍に立つ。
「ありがとうございましたサイズさん。レミを運んでくれて」
「気にするな。名前は聞いたと思うが俺はサイズ、この里で葬儀屋をやっている。葬式を開いて進行したり、墓石を作ったりって仕事さ。このお嬢ちゃんが店の前を歩いてて、苦しそうにしているのが偶然目に入ったってことで今に至る」
里の中なので誰かが気付いただろうが、早くに発見してくれたサイズにエビルは心の中で深く感謝する。
「お嬢ちゃんが倒れた原因に心当たりは?」
「……いえ、少し前まで異常なさそうでした」
問題なのは倒れた原因だ。エビルには全く心当たりがない。
レミのことを姉のソラから託されている身として情けなく思う。仮に体調が悪かったのだとすればその些細な変化に気付かなかったことになるのだから。
これでもし病気なら治療に専念しなければならないため、アランバート城へ引き返すこともやむをえない状況になる。エビルは不安気な表情でレミの寝顔を見つめる。
「だとすると……やっぱあれかもな」
心当たりがありそうなサイズにエビルは顔を向ける。
「このお嬢ちゃんは秘術使いだろう? 俺が見た時、秘術の火は弱々しくて消えかかっていた。秘術は使いすぎると反動が来るって話を聞いたことがある。倒れた原因はそれかもしれない」
(そういえば、最近かなり使っていたかも……。レミ、君はずっと体に負担をかけてまで僕を助けてくれていたんだね。まったく、何が勇者を目指すだ。まずは仲間のことを助けるべきなのに、旅に出てから彼女を頼りにしてばかりな気がする。もっと……もっと勇者らしくならないと)
森で迷っていて夜中に歩く時。死神の里を出歩く時。基本的に視界に頼れない暗闇の中ではレミの秘術だけが頼りになる。知らない間に負担をかけていたことを知ったエビルは反省し、今後は気を配ろうと考えた。
「まあそういうわけだ。とりあえず今日はもうゆっくり休むことだな」
「はい、本当にありがとうございました」
再びレミの寝顔を見下ろしたエビルは、部屋から出て行くサイズにお礼を告げた。
* * *
二人になった一階でセイムは階段の方を見つめて呆然と呟く。
「あんなに元気そうだったのに……」
「急に倒れたとは穏やかではないの。いったい何が起きたのか」
倒れたレミのことを心配する二人だが、シバルバが急に「ごほっ、げふぉっ!」と咳をする。たった二度の咳とはいえ倒れた人間を目にした直後だったのでセイムは心配して駆け寄る。
「なっ、おい大丈夫かジジイ!」
「なんじゃでかい声を出しおって。ただ咳が出ただけじゃぞ」
思わず駆け寄ってしまった自分の行動に驚きつつセイムは「あ、ああ」と呟いた。
普段ならどうせ大丈夫だろうと判断して、気にしたとしても近寄ったりはせず一瞥する程度だった。セイムは自分の胸に手を当てて、力を入れて爪を立てる。
「くそっ、あいつがあんなこと言うから……」
心の揺らぎ。自分の変化に戸惑いを隠せないセイムはシバルバから顔を逸らす。
「……悪いけど、風に当たってくる」
本当は大事に思っている気持ちが伝わるのが恥ずかしかったのか、素直に気持ちを伝えなよというエビルの言葉を心の隅に追いやって、セイムは俯いて家から出て行った。
家から出たセイムは里の中を歩く。
通行人はすれ違う度に冷たい視線を浴びせてくる。
理由ならもう分かっていた。幼少の頃に悪戯を行いすぎた結果嫌われているなんてことはとっくに理解していた。しかしそれだけではなく、嫌悪感が伝わるような視線に込められているのは別の理由がある。
「チッ、相変わらず、胸糞悪い奴らだぜ」
セイムはシバルバの血縁ではない。両親が死んで一人になったところを引き取られただけにすぎない。それなのにシバルバは次期里長をセイムにしたいと以前全員の前で発表したのだ。
当然反発はあったが撤回はされていない。嫌われ者の自分に務まるはずがないのにシバルバは意見を変えない。別に里長になりたいわけではないのにいい迷惑だと思う。
(分かってるんだよ。俺が里長になんてなれねえってことぐらい。文句ならジジイや俺に直接言えってんだよ。……ったく勇気出して素直に言えねえのかよ……いや……俺も、か)
つい思ってしまったことにセイムは自虐的な笑みを浮かべる。
シバルバにも素直に感謝出来ない自分が偉そうな言葉を使う資格はない。それにこの視線を取っ払う方法だって一応は分かっているのだ。要はセイム自身が次期里長だと認めてもらえるくらいに好感度を高めればいい。もっとも容易にそれが出来れば苦労はしないが。
(ジジイはなんで俺なんかを里長にするとか言ったんだ。里長ってのはあれだろ、里を守る立場だろ。へっ、ぜってー守ってやんねーっての。里の奴等は俺のことが嫌いなんだぞ? 俺はそんな奴等守りたいなんざ思わねえってのによ)
いつの間にかセイムは誰もいない墓地近くに来てしまっていた。
こうなればいつもやることは一つ。外へ出て、ストレス発散だ。
「チヨノミ・カイヘガイ・ケラヒ」
里から外へ出るための呪文を使用してセイムは森へ出る。
出てすぐの場所。木が多く生えているそこで大鎌を持ち上げ、力いっぱいに振り下ろす。そうしたことで太めの木の幹は二つに裂けた。
(里の奴等なんざどうだっていい。でも、ジジイが守りてえってんなら手を貸すかもしれねえ。それが俺の感謝の形だ。言葉にできなくたって……そうやって感謝を返していくのは間違っちゃいないだろ)
暗い森の中でセイムは大鎌を振るい続ける。
(なあエビル、素直になれって簡単に言うけどよ。案外簡単そうに見えて難しいんだぜ。もう俺はこれで良い気がするんだ。本人に言えなくても……俺は……!)
太めだが一本の木ではセイムのストレス発散に耐えきれない。もうズタズタに斬り裂かれた木は今にも倒れそうで、トドメと言わんばかりにセイムは大鎌を横に薙ぐ。
「俺はああああああああああああ!」
叫びながら振るった一撃は太めの木を見事斬り倒した。
まだまだ発散しきれていないセイムは隣の木へとターゲットを変更する。
結局その日の晩まで大鎌を振るい続けて、森には木が斬られる音がずっと響いていた。やがて満足した、というより冷静になったセイムは呪文を呟いて里へと入っていく。
――その姿を黒いローブを着た男に見られていたとも知らずに。




