昔話
午前中。太陽がない死神の里では分からないがシバルバ曰くそうだったらしい時間で、エビルとレミの二人は観光は大半終わったといっていい。
昼頃になって……といっても世界がさらに暗くなっただけで時間など分からないが、シバルバが昼食を用意したと知らせに来てくれたので一旦戻ることにした。
シバルバの家に戻ってみれば食卓には料理が並んでいた。そしてセイムが椅子に座っており、不機嫌そうな様子で頬杖をついている。
「おっせーよジジイ」
「待たせたなセイム。さあ、お二人も席にお着きくだされ」
ここはシバルバに従って二人は木製椅子に腰を下ろす。
「ごめんセイム、待っててくれたんだよね」
「はっ、ジジイが待てっつったからな。もう腹ペコだっつーの。とりあえずさっさと食べようぜ」
「そうじゃな、お二人も空腹じゃろう。皆で食べましょう」
エビルとレミは頷いて食卓に置いてあるスプーンを手に取る。
並んでいるのはスープとパン。まずエビルはスープの方から味わうことにした。
豪快に肉の塊が入っており、雑にカットされた野菜類が入っているスープ。かなり大胆な料理だが問題なのは見た目よりも味だ。そう思ってスープを少し掬って口に運ぶ。
((こ、これは……))
レミも同じくスープを飲んでエビルと同時に動きを止めた。
((味、うっすい……!))
口の中に広がるのは煮込まれた肉と野菜の味……だと思う。はっきりそうだと断言出来ないくらい薄味のスープである。
「どうかのお二人共。口に合ったかの?」
薄味すぎて動きが止まってしまった二人だが感想を聞かれたことで再始動する。
しかし素直に感想を言えたらどんなにいいか。味が薄いなどとはっきり言ってしまうのは失礼だろう。二人は慌てて偽りの感想を口にする。
「お、美味しいですっ!」
「そうよね美味しい、超美味しいわ!」
「――不味いなあ」
嘘の言葉を並べた二人に続いてセイムがそんなことを言い放った。あまりに正直すぎる感想に二人は硬直した。
「セイム……お主のために今日も味を濃くしたんじゃが」
「はあ? これでかよ。まったく今日もクソ不味い食事でしたよっと」
容赦なく告げたセイムは立ち上がり、さっさと自分の部屋がある二階に階段を使って上っていってしまう。その態度に二人は呆気に取られ、シバルバはため息を吐く。
「……お気になさらないでください。いつものことです」
「そう、なんですか」
「だからって……ていうかああいう態度のわりにちゃんと食べるのね」
レミの言う通りセイムの前にあるパンとスープは綺麗に完食されている。一口しか食べずにほとんど残すよりはだいぶマシかもしれない。
「あれでもマシになったものです。引き取った初めの方は料理を食べてすらくれませんでしたからな。儂としてはアレでもありがたく思います」
エビルはセイムが自分だったらと考える。
両親の顔も知らず、物心つく前から村長に育てられてきたエビルとセイムは全然違う。なんとなく二人きりで話してみたいと思えた。
* * *
一人の時間を訓練でもして過ごそうかと思っていたエビルは、シバルバの家の上から気配を感じたのでそこに跳び上がる。だが予想通りならその気配は見知った者だろう。
「お前……」
「やっぱりセイムか」
家の上にいたのは予想通りセイムだった。暗くなっているなかエビルには辛うじて見える程度だ。セイムと判断出来たのは声のおかげといってもいいくらい視界に頼れない。
空を見上げていた彼はエビルが上がって来たことに驚いて顔を向けるが、すぐに再び黒い空を見上げる。
「レミちゃんはいないみたいだな。さっき走ってくのを見た」
「うん、まあレミとずっと一緒にいるってわけじゃないし」
「何だ? 恋人なんじゃねえの? 買い物にくらい付き合ってやれよ」
「恋人!? いや、違うって! レミは大切な仲間で友達だよ」
その返答にセイムは「ふうん」とつまらなそうに返事をする。
エビルはとりあえず隣に座らせてもらうことにして腰を下ろす。
「ねえ、セイムって本当はシバルバさんのことが好きだよね」
「はあっ!? いきなり何言ってんだテメエ!?」
いきなり予想外の話題に触れたからかセイムは驚愕して声を荒げる。
「なんでかそう感じるんだよ。素直になれないだけなんじゃない?」
本当の話だ。エビルはここ最近色々なものを感じるようになっている。
直感のようなものだと思うようにしているが、どうにもそんな単調なものではない気がしている。シャドウに確認してみたが『どうでもいいだろ』としか返してくれない。
「ぐっ、何言ってやがる!」
「僕も同じだったからかな。何となく分かるんだ」
「同じだあ? 素直になれないって、お前が? お前素直そうだぞ?」
「僕も村長に拾われて生きてきたから。まあ僕の場合は赤ん坊の頃からだったけどね」
セイムは黒い空からエビルへと驚いている顔を向ける。
驚いたのは拾われたという部分ではないだろう。セイムが驚いたのは自分の過去をなぜ知っているのかという部分。それを隠す気はないがセイム自身が答えにすぐ辿り着く。
「誰に聞いた……って一人しかいねえか」
事情を話したのはシバルバだとすぐ理解して、セイムは小さく舌打ちしてエビルから顔を逸らす。
「僕も十歳くらいの頃だったかな。自分が本当の子供じゃないって村長から聞かされて、それから数か月間素直になれなかった……反抗期ってやつだね」
村長が父親であるとエビルは本気で信じていた。いや、今では血の繋がりがなくても父親は村長だけだと思っている。
悲し気な雰囲気を感じ取ったのかセイムは「それで?」と先を話すように促し、目線だけをエビルに向ける。
「事実を知った僕は村長に八つ当たりをしてしまった。今まで育ててくれたことに変わりないのに、僕は家族ということを、今までの思い出を勝手に否定された気になっていたんだ」
「ハッ、そうかよ。それでもうその村長とやらと仲直り出来てるのか? まさか家出してきたってオチじゃねえだろうな」
懐かしいと思いながらエビルは当時を思い出す。
十歳になった頃、もう話して構わないと思われたのか真実を話されてショックを受けた。それで家出してしまい、真っ先に師匠であるソルの家へと転がり込んだ。当時の記憶を思い出してみれば自分は今より精神的にも子供だったと思う。
「……当たり。家出して師匠のところに行った。でも師匠のおかげで仲直り出来たんだ。僕の師匠から言われた言葉なんだけど……家族は血が繋がってるから家族なんじゃない。共に暮らし、生きたならもう家族なんだって。僕は勝手に家族じゃないって言われたと勘違いしてたけど、それが間違ってるって気付いたんだ。家に帰ってから村長には今まで育ててくれたことを感謝して、これからもよろしくって伝えたよ」
「俺は……俺だって……ジジイに感謝してるんだ。小さい頃から悪戯ばっかしてた俺を引き取ってくれたのも、俺の両親の死で真剣に涙を流してくれたのもジジイだけだった。本当はありがとうって言いてえんだ。でも何でなのか素直に感謝なんて出来やしねえ……」
大雑把に話したもののセイムにはエビルの言いたいことが伝わった。
反抗期なんてものは双方が辛くなるだけなのだ。もっと互いが素直に話し合えば解決するような問題なのに、どちらかが素直にならないだけでギスギスした空気は長引く。
セイムは今すぐにでもシバルバへ素直に接するべきなのだ。
「……じゃあもし明日、シバルバさんが死んでしまったらどうするんだい」
唐突に極端な話にしたせいかセイムは困惑顔になる。
「……んだと? そりゃありえねえって、あのジジイはしぶてえし。三百年以上生きてるんだぜ? ありゃあと百年以上はくたばりゃしねえって」
「そうかな? 人は死ぬ時は呆気なく死んでしまうと僕は思う……どんなに凄い人でも」
エビルにとって村長やソルがそうだった。どんなに凄いと思った人間でもあっさりと死んでしまう。
故郷の村が襲われた時、二人は強いから無事だとエビルだって思っていた。それなのに現実はシャドウによって殺されてしまった非情なもの。死んだとは限らない生死不明な村長だが希望は薄い。
本当ならもっと話したいことがあった。エビルは二人にレミのことを話したいと考えていたのに、村長にはやっぱり旅に出たいと懇願しようと思っていたのに、結局何も伝えることが出来なかった。
強さや年齢は長生きに直結しない。エビルはそう思う。
セイムは「……お前」と呟いた。
言葉や雰囲気から悲痛なものを感じ取ったのだろう。セイムは多少驚きの混じった瞳をエビルに向ける。
「だからさ、意地なんて張ってないで素直になるべきだと僕は思う。お礼を言えないままだなんてそんなの悲しすぎるよ」
セイムはエビルから目を逸らし、俯いて答える。
「……そう、かもな。ま、考えてみるさ」
「そう難しく考える必要ないのに」
いきなり素直に向き合えというのも無理な話かもしれない。だが少しずつ自分の認識を整理して、相手への本当の気持ちを意識することは今からでも出来る。そうすれば反抗期から抜け出すのは長い時間かからない。
「……ん、何だ?」
俯いているセイムが何かを見つけて呟く。
家の中ならともかく、暗い異空間である死神の里では住宅に飾られている松明だけがエビルの視界の頼り。さすがに良好な視界とは呼べずその何かの発見が遅れる。
「レミちゃん……それにサイズ……? おいエビル、下へ降りるぞ」
「えっ、セイム!?」
唐突に屋根上から地面へと飛び降りたセイムに驚き、エビルは慌てるもすぐに追いかけるように飛び降りる。
玄関の扉の前に降りたセイムが扉を開けて入り、エビルも後に続く。そこで見たのは気を失っているのかピクリとも動かないレミと、レミを片腕で抱えている男。そして男と話をしていたであろうシバルバの姿であった。




