末裔
死神の里と呼ばれるセイムの故郷へやって来たエビルとレミ。
薄暗い里をセイムが家まで案内してくれたが、どこか住人達の視線は冷たいものだった。余所者に向けられる視線なのか、それともセイムに向けられるものなのかは判断出来なかった。
案内されたのは里の奥側にある、他の住宅よりも少し大きめの住宅。
扉を雑に開けたセイムが「帰ったぞジジイ」と声を出しながら中に入る。その後に遠慮気味な足取りで二人も中へと足を踏み入れる。
「帰ったかセイム。どこをほっつき歩いていた」
部屋の中には白い顎鬚を伸ばした猫背の老人が椅子に座っていた。
この老人もまたセイムと同じく、黒いマント、体のラインが浮き出るような黒のボディースーツを着用している。さすがに家の中だからか大鎌は担いでいないがテーブルに立てかけられている。
家の外と同じく中にも松明があった。しかも外よりも本数が多いため家の中の方が明るい。エビルやレミとしてはありがたいものだ。
「うっせー関係ねえだろ。……レミちゃん、エビル、ここなら頼めば泊めてくれるはずだ。それに森から出たいってんならそこのジジイに頼めば出してくれる。悪いが俺は寝るぜ」
「えっ? あ、ああ、おやすみ」
急に不機嫌になったセイムに困惑しつつエビルは言葉を返す。
セイムは右奥に設置されている階段を上って二階へ行ってしまった。
こうなれば色々とするべき話は目前の老人としなければならないだろう。エビル達は老人に目を向けてどう話を切り出すべきか悩む。
「お客人ですかな?」
「はい、セイムに連れられて。僕はエビルといいます」
「アタシはレミです」
「ほぉセイムの奴が……。あ奴め、あれほど外へ出るなと言うたろうに」
猫背で褐色肌の老人は眉間にシワを寄せて呟くと、二人に対して自己紹介する。
「儂はシバルバと申す者じゃ。とりあえず席に座りなされ」
言われるがまま向かい合うように椅子に座る二人。
シバルバは小指を耳に突っ込んでクルクル回した後、耳から出して指に付いた耳垢をフッと息で吹き飛ばしてから二人に話しかける。
「それで、お二人は何をしにここへ来られたのかな?」
「まだ状況が上手く呑み込めていないんですけど、森で迷ってしまっていた僕達をセイムが案内してくれたんです。ずっと野宿するのも大変だし、人のいるところまで案内してもらおうと思ったんですけど……あの、ここはいったい……」
「ここは死神の里。儂ら死神の末裔が暮らす異空間ですじゃ」
エビルは死神という言葉に聞き覚えがなくレミに「知ってる?」と確認するが、レミも心当たりがなかったため「知らないわ」と返す。
二人の様子で知らないと理解したシバルバは語る。
「死神とは、かつて世界に存在していた神。創造神アストラル、封印神カシェ、魔神メモリアに並ぶ神の一人でした。遥か昔、人間と恋に落ちて子を授かった死神は神の座から下ろされ、このような異空間に追放されたと言い伝えられております。その子孫が儂らですな。今では外へ出る方法も見つかっていますが、あまり儂らが出ることはありませぬ」
「か、神様……」
「そ、そんなに凄かったわけ? 全然そんな風に見えなかったのに……」
レミが驚くのも当然だとエビルは思うし、もちろんエビルだって驚いている。驚きすぎて二人の目は丸くなり口は半開きになっていた。
神話に出てくるような存在が目前にいるのだ。平然と神の話などされても二人は呆然とするしかない。
「待ちなされ。儂ら一族はもう人間の血が濃いし、死神の力を開放出来るのはごく僅かな者しかおらぬ。今ではほとんどそなた等と変わらぬよ」
シバルバの発言を聞いて二人の緊張の糸が切れた。
目前で話しているのは神ではなく、その末裔。ほとんど人間。そう認識すれば精神的な負荷はほとんどかからない。
「そうよね、セイムみたいな神様とかアタシ絶対嫌だもん」
「ふむ? あ奴が何か失礼なことをしましたか?」
「ええそれはもう! あいつアタシのお尻を見たいとか言ってきたんですよ!?」
本人がいてもいなくてもその話をするのは可哀想だなとエビルは思う。
耳にしたシバルバは「……なんですと?」と片眉を上げて、信じられないと言わんばかりの表情でレミを見やる。
やがて俯き、プルプルと全身を震わせ、素早く階段へ駆けると叫んだ。
「セイムウウウウ! 下りて来おおおい!」
大声だったのでセイムは反応して「何でだよ!」と叫んでいる。
「いいから下りて来おおおい! 早くしろおおおおお!」
それから、二階からセイムが下りてきた後はあっという間の出来事だった。
まさかセイムもいきなり攻撃されるとは思っていなかっただろう。シバルバの踵落としが綺麗に脳天へと叩き込まれ、悲鳴を上げる間もなく担ぎ上げられては家の外へと放り出される。この間約六秒弱。エビル達は事の成り行きを黙って眺めているしか出来なかった。
「はあっ!? おいクソジジイ何だこれ、鍵かかってるじゃねえか! ふざけんなよ、俺が何したってんだよおいいい!」
「いいから一日外で頭を冷やして反省せい!」
鉄製の扉をダンダンと叩いて「何でだよおおお!」とセイムは叫んでいる。
さすがにレミもやりすぎなのではと思ったが、とりあえずは罰として納得し何かを言うことはなかった。そしていつしか扉を叩く音も叫び声も聞こえなくなった。
「あの、いいんですか? あんなことして」
「構わぬ。あ奴は知らないのじゃろうが、王族に尻を見せろなんて言ったら死刑もありえるからの。あれはまだ温い方じゃて」
王族という言葉が出てきてレミは目を丸くする。
疑問に思ったレミが「どうしてアタシが王族だって……」と呟く。
「その赤き髪はアランバートの血筋の証じゃ。三百年前から変わらぬな」
二人は「三百年前!?」と声を合わせて驚いた。
三百年も前のことを当然のように話すシバルバは何歳なのか。人間ではありえないが死神の末裔なら三百歳生きることもありえるのだろう。
「ああ、儂は死神の末裔じゃからな。今年で確か三百六歳じゃったか」
「はえー、随分と長生きなのねえ死神の一族って」
「儂は特に長生きしておるからの。他の者は精々二百五十もいけばいい方じゃて」
レミは小声で「何が人間と変わらないよ」と聞こえないよう口にする。
当然だが人間が三百年も生きられるはずがない。二人は先程変わらないと告げられて変わった認識が少し戻りつつあった。
「ところでビュート君は森に迷っていたとか」
シバルバはエビルの方を見て言っている。
まさかとは思うが確信もないので黙っていると沈黙状態になってしまった。エビルは少し待ってみたものの、改めてシバルバから「ビュート君?」と話しかけられたことで確信する。
「……あの、エビルです」
「うむ? ああそうじゃそうじゃエビル君じゃったな」
名乗ったはずなのにさらっと名前を間違えられていた。この調子ではレミの名前も覚えているか怪しい。
困惑が隠せないエビルに内側から声が届く。
『へぇ、三百越えってのも嘘じゃねえかもな』
『……シャドウ? なんでさ』
『ビュートってのは三百年以上前に存在していた奴だからだよ』
思わず『お前、何歳なのかな』とエビルは問いかけそうになった。
心の中で思ってしまった時点でシャドウには伝わっているのだが、何も言ってこないとなると答えなくてもいいと判断したのだろう。
少しもやっとするがエビルは意識をシバルバへと向ける。
今は状況説明と整理が最重要。なんとしても森からは脱出しなければならない。
「シバルバさん、僕達は森で迷っていたんです。ヒマリ村の住人達から聞いた話だとこの森は突然現れたとか。あなたは、いや死神の末裔であるあなた達は何か知っているんですよね?」
セイムはジジイに頼めと、つまりシバルバに頼めと言っていた。そこから死神の末裔である彼らが何らかの理由と方法で森を発生させたと推察出来る。
「なるほど、外の森で迷いなさったと。当然ですな。あの森は儂が持つ結界装置で作り上げた偽りの森なのじゃ。入口はあっても出口はない」
「結界装置……本で見たことがあるわ。確か昔この大陸でも使われていた道具よね。使うと道が迷路みたいに複雑になって悪人を寄せ付けないとかなんとか」
「そんなものが……。でもどうしてそんな道具を使ったんですか?」
この里は異空間。特殊な呪文を用いなければ侵入すら出来ない。死神の里そのものが誰かを寄せつけないために作られたような場所だ。結界装置を使用する理由がエビルには見当たらない。
シバルバは「……お二人には話した方がいいでしょうな」と告げて続ける。
「実は、この里に魔信教と名乗る者が現れたのです」




