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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
第二部 終章 悪魔の勇者
302/303

全ての決着


「ヴァン、先に言っておく。これから戦い方を変える」


「何? 何か策でもあるのか?」


「……ごめん。勝つためじゃない、ただの我儘だよ」


 邪悪な笑みを浮かべる悪魔王が動き出した。

 驚異的な速度で距離を詰めて拳を振るってきたのでエビル達は回避する。

 すぐに追撃が来るかと思ったが、悪魔王は四つの手で指を鳴らす。パチンという音と共に彼の頭上の空間が歪み、そこから四本の剣が落ちてきた。彼は剣を全て手に取ると剣士のように構える。


「うぬらに合わせ、剣で戦おうではないか。うぬらの土俵で敗北を与えよう」


 風で感じた限り剣は全て魔剣。能力なしに考えても非常に厄介。

 ヴァンは「厄介な」と呟いて悪魔王に斬りかかった。四本の剣を相手に彼は一歩も引かず、多少押され気味だが戦えている。全力を出し切っているとはいえ、四本剣を持った悪魔王と戦えるのは奇跡に思える。


 ……否、よく観察してみれば奇跡ではない。

 風の秘術で動きを先読みしているのと、悪魔王の動きがぎこちないからだ。

 魔物だった元々の肉体と人間の肉体では動かし方が全く違う。慣れるまでは動きが若干鈍いだろう。


「エビル! うぬは来ないのか!? ヴァンが死んでしまうぞお!?」


「分かっているさ。喰らえ〈影の茨〉」


 エビルの影が槍のように尖り飛び出す。

 鋭利な影は分裂し、棘の大群となって悪魔王へと向かう。


 彼とヴァンは剣戟を止めて回避する。出続ける〈影の茨〉は元々の狙いである彼だけに向かい、彼は上へと跳んでから、直撃する〈影の茨〉だけを剣四本で切断。エビルは傷を負わせられなかったことに「くっ」と歯を食いしばり、新たな技を発動させる。


「〈影化(スカーメント)〉」


 崩れる前に〈影の茨〉の中に入り、影の中を移動して悪魔王の背後に出た。

 背後からの奇襲を仕掛けたが、エビルの剣は彼の骨の尾に受け止められた。

 骨は想像以上に硬く、どんなに力を込めても斬れる気がしない。


 奇襲を防いだ彼は振り返り反撃してくる。

 もう一度影に潜ろうにも、影操作の魔術で影の形を変えられるのは一定時間のみ。〈影の茨〉は崩れ去り、形は元に戻っている。普通なら逃げ場のない状況で二種類の白刃が迫る。エビルは両足から風と火を放出して自在に動き、迫る剣を躱してから素早く真下に着地した。


「まだだ。〈影操術(えいそうじゅつ)・円〉、黒剣一斉掃射!」


 エビルの影の形が大きな円状になり、数十本の黒剣が悪魔王目掛けて一気に飛ぶ。

 さすがの彼も受けずに回避を選択した。骨の翼で飛び回る彼を逃がさないようにエビルは何度も黒剣を発射する。


「ええい、鬱陶しいわ!」


 悪魔王が氷塊を出現させて、柱状にしてからエビルに向かわせた。

 愚策だ。巨大な氷柱が現れたおかげで巨大な影も現れる。影さえあればエビルは地上よりも速く動けるし躱すのも容易い。氷柱の影に〈影化(スカーメント)〉で入り込み、安全な壁際へと移動。次に〈影操術(えいそうじゅつ)(ロード)〉で自分の影を真上に伸ばし、再び〈影化〉で移動して悪魔王の傍に出る。


 悪魔王に急接近したエビルは速度重視の斬撃を放つ。

 当たったとしてもダメージは微々たるもの。

 相手が硬すぎて斬るというより叩くに近い。

 しかしそれでも警戒する彼は全ての斬撃を防ごうと必死だ。


 高い再生能力を持っていてもエビルの持つ黒傷剣(ブラックスカー)なら再生を阻害出来る。一番警戒すべきは黒傷剣だと理解しているからこそ、それ以外への警戒が疎かになってしまう。


 内心エビルは満足して攻撃を続ける。

 今している攻撃は初めからダメージを与えるためのものではない。手数を増やして彼の手を封じるための攻撃だ。エビル自身の攻撃は囮、本命となる一撃で傷を負わせるための囮。気付かない彼に対してエビルは影から黒剣を発射した。


 誰しもが持つ、攻撃と攻撃の間にあるほんの僅かな隙を突く。

 影操術で壁に伸ばしておいた影から発射された黒剣は真っ直ぐ、力強く、素早く彼に飛翔。予想を超えた黒剣発射に彼は慌てて避けようとして、刃が頬を掠る程度にダメージを抑えた。彼の頬が小さく裂けて緑の血が流れる。


 休む暇を与えずエビルは〈影の茨〉を使用。

 鋭利な影を全て躱した悪魔王は離れた場所に着地する。


「先程から魔術ばかり使うのは何が狙いだエビル。こんなものを使う必要はないはずだぞ。今のうぬには似合わぬ力だ」


「魔術を使うのは作戦じゃないさ」


 作戦なんて上等なものではない。こんなものはただの我儘だ。

 感情のままに動く結果、勝利を遠ざけるだけのバカな行動だ。


「僕は彼の、シャドウのことが嫌いだ。憎いし、嫌悪感を隠す自信がない。……だけど、日常にいるのは許容出来る。ちょっとしたライバル心みたいなものもあった。無価値な存在だとお前は思っていたらしいけど、僕はそう思わない。彼にも彼なりの信念があることを僕は知っている。彼の力で、彼の価値を認めさせてやりたいのさ」


 悪魔王は「……ふっ」と嗤う。


「この、小さな傷があやつの価値か? だとすればゴミ同然だな」


「小さくても悪魔の王に傷を負わせたんだ。見た目は重要じゃない」


 悪魔王の言う通り小さな傷だが、今の彼を傷付けられる力は限られる。シャドウの魔術、影操作はその限られた力の内の一つ。シャドウでも理論上は彼を打破出来るのだ。完全な自己満足だがエビルはそれを少し嬉しく思う。


「……くだらん。もはやうぬは失敗作だな。余に歯向かったことを黄泉で後悔するがいい」


 悪魔王がエビルに向かい飛ぼうとするのをヴァンが斬りかかって阻止した。

 鬱陶しそうな顔の悪魔王がヴァンと剣戟を繰り広げるなかエビルは援護に徹する。


 二人で接近戦を仕掛けてもいいが、もっとシャドウの魔術の力を思い知らせるなら遠距離から援護した方がいい。一人なら話は別だが魔術込みの接近戦だと攻撃範囲が広くなる。攻撃が味方の邪魔をしてしまうかもしれないので、遠くから味方の動きをよく見た方が魔術攻撃で巻き込まずに済む。


 悪魔王がマグマや氷だけに留まらず電撃、飛ぶ斬撃、エネルギー砲などなど多種多様な攻撃方法で攻める。ヴァンが魔剣バーキュストで吸収したり、エビルが影操作で防ぐ。当然反撃も欠かさずして互角に戦う。


 この世のものとは思えぬ激闘は三人に多くの傷を負わせていく。

 ヴァンと悪魔王は互いの剣を強く打ち合い、両者後方へ吹き飛ぶ。


「人間と悪魔の裏切り者共が。いい加減くたばれえええい!」


 叫ぶ悪魔王が四本の剣先から紫色のエネルギー砲を放った。


「くたばるのは貴様だ!」


 対抗するためにヴァンも剣先から黒いエネルギー砲を放った。

 二つのエネルギーは激しくぶつかり、押しては押されてを繰り返す。


 どちらも様々なエネルギーが複合されていて恐ろしい威力。部屋全体に強風が吹き荒れ、砲撃に近付けば余波で人間の体が千切れてしまいそうなくらいだ。エビルでもまともに喰らえば瀕死になりかねない。


 次第にヴァンの放った黒いエネルギー砲が押され始める。

 余波が生む強風のせいで動くのも一苦労だがエビルは援護のために動いた。


「〈影操術(えいそうじゅつ)(ロード)〉、〈影の束縛(しばり)〉!」


 エビルは自分の影を悪魔王目掛けて直線状に伸ばす。

 次に影で生成した縄を出し、悪魔王の腕四本を縛って拘束。

 愕然とした彼が放出していた紫のエネルギー砲が掻き消えて、彼は黒いエネルギー砲に飲み込まれた。拘束していた〈影の束縛〉が消滅したのをエビルは感じ取る。肝心の拘束相手は体の至る所が爛れた状態で姿を現したが再生能力で完治する……とはいえ、体力の消耗は大きい。


「おのれ……ゆるさ――」


 強大な攻撃を受けて致命的な隙を晒した敵への、かつてない好機。

 怒りを露わにする悪魔王へと既にヴァンは疾走していた。

 エビルも風と火の加速でヴァンの隣に並ぶ。


 二人同時に剣を振るい、迎え撃とうとした悪魔王の剣を折って体を切り裂いた。

 体を真っ二つにする気で放った斬撃だがそれは叶わない。心臓付近まで刃が到達したものの、クロスした傷痕を残しただけで殺せていない。弱々しいが再生能力を使い、ヴァンから受けた傷を治していく。


「ふ、は、まだ余は生きている。今ので殺せなかったのがうぬらの限界を示しておるわ。余の勝利……ぬうっ!?」


 悪魔王が突然苦しみ出す。瞳の色が赤から黒に変わる。


「うおおおオ! 引っ込んでろ寄生虫がア! エビルは俺が殺すんだア!」


 もう表に出て来られないと思われていたイレイザーの意識が急に出た。

 先程と同様に戦闘で体力と精神力を消耗させたからだ。未だ弱々しく残っていたイレイザーの精神力が悪魔王の精神力を上回ったのである。これにはエビルもヴァンも驚愕が露わになっている。まさかここまでしぶといとは思わなかった。


「ぐ、ぐおお、こ、この男、まだ意識があったのか!? 何という執念、何という精神力! 元人間とは思えん!」


 瞳の色が赤に戻って意識がまた悪魔王のものとなる。


「悪魔王、貴様も限界らしいな。人間をもっと深く理解しようとしなかったのが貴様の死因だ。……俺は、貴様の態度によっては器の役目を受け入れたかもしれない。今となっては意味のない話だがな。……さらばだ悪魔王。惨めに、人間の手で死ね」


「ま、待て――」


 ヴァンが魔剣の連撃を悪魔王に浴びせる。

 まだ生きてはいるがそれも僅かな間のみ。緑の血を噴き出しながら仰向けに倒れた悪魔王は、やがて体全てが黒く染まり、端から塵となって吹き飛んでいく。目で見ても秘術で感じても死んだのだと理解する。


「全て、終わったか」


「……そうだね」


 死を確認したヴァンの表情は見えない。

 ただ、感情は悲しみやら怒りやら悔しさやらがごちゃ混ぜになっている。今の彼の表情は感情と同じで複雑なものだろう。気にはなるが見たいものではない。きっと、見るに堪えないものだとエビルは思う。



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