創造神アストラル
建造物の中は一部屋しかない。両脇には水が流れていて、水の近くには花壇がある。最奥にはカエルと同じ天使の羽を生やした長髪の男が横たわっている。カエルは最奥で寝る彼に近付くと、彼の頬を連続で軽く突く。
「起きてください。例の者達を連れて参りました、よ!」
長い金髪の男は目を開けるとカエルを羽で退けた。
怠そうに上体を起こした彼は目を擦り、大欠伸をしたからエビル達に目を向ける。
「あー君達か。僕はねー創造神アストラル。この世界ライフィアを創った存在だよ」
呑気に「初めましてー」と挨拶するマイペースな彼にエビル達は驚きを隠せない。
創造神アストラルといえば本人が言った通り世界を創り上げた存在。カシェや死神など他の神すらも生み出し、全ての命の源とも呼ばれる存在。そんな伝説のイメージと目前の現実が噛み合わず何の言葉も出せない。神としての雰囲気ならカシェの方が格段に上だ。
「君達のことは従者から聞いているよー秘術を宿したみんなー。魔王や悪魔王を倒してくれたんだってー? いやー、僕の代わりに戦ってくれてどうもありがとーう。みんなで平和を喜ぼーう。いえーい」
「アストラル様。まだ悪魔王は倒せていません、よ! 現在悪魔王は天空神殿を占拠しており、この者達は天空神殿に張られた結界を破壊してくれとアストラル様に助力を申し出ています。どうかご検討の程をお願いするのさ」
「……ふーん。カシェは無事なの?」
「悪魔王が張った結界が邪魔で中の様子までは分かりませんよ」
「彼女ならどんな結界も壊せるだろうし、無事じゃないかもなー」
アストラルとカシェが今どんな関係かは不明だが少し冷たく感じた。
白竜を連れて来なくて本当に良かったとエビルは思う。彼はカシェを尊敬しているので、アストラルの言い方に激怒したかもしれない。思い返せば彼はアストラルに敬称を付けたことはなかったし、敬っていないとすれば攻撃していたかもしれない。
「あー、結論から言うと僕なら一度だけ結界を打ち消せるよ。今回復中の力を使えば何とか、たぶん、きっとねー。でも君達どうやって天空神殿まで行くつもりなの? 悪魔はともかく、人間に空は飛べないでしょ」
「……考えていませんでした。僕が四人を連れて飛ぶのは厳しいな」
天空神殿に行くための装置はアスライフ大陸にあるが、以前エビルが使い上空に残したままだ。エビル個人は翼があるので行けるがレミ達人間は翼などない。一人なら大丈夫だが、四人を持って飛ぶのは単純に重くて不可能。全員で戦いに行く方法を考えるが思い付かなかった。
アストラルが「ふーむ」と呟きエビル達を凝視する。
「君と、君。二人で行きなよ」
アストラルが指したのはエビルとヴァンの二人。
「見たところ悪魔王と戦えるのは君達二人だけだ。エビル君だっけ、君なら一人くらい運べるでしょ」
「俺はそれで構わん」
全員で行かず最初から二人で行くとすれば問題は解決だ。エビルはその方法で構わない。しかし問題はその考えに仲間が納得してくれるかどうかが新たな問題だ。ヴァンは納得しているが、留守番宣告されたレミ達は不満そうな顔をしている。
「アタシは嫌よ! ここまで来て何の力にもなれないなんて……嫌! 絶対嫌!」
「力、貸したい」
「せめて、全ての決着を見届けたいです。何もせず黙って待つなんて、私達、耐えられません。それにいざという時、林の秘術の力は必ず役立つはずです。どうか、私達も連れて行ってくれませんか」
予想通りの反対意見。アストラルは「えー? 困ったねえ」と言い欠伸をした。
確かに困ったがレミ達の気持ちは理解出来る。エビルが同じ立場だったら、戦いに置いていかれる立場になってしまったら耐え難い苦痛を味わう。無事を祈ったところで実際は何の影響もない。大切な者の力になれない自分は酷く惨めに思える。
「みんな、みんなの気持ちは嬉しいけど、僕はヴァンと二人で行くよ」
「……力になれないかな、アタシ達」
「なれるよ。僕はみんなの力が欲しい。みんなの力と一緒に戦いたい」
「まさかエビル様、今ここで全員と紋章融合なさるおつもりですか?」
「うん。お願いだ、みんなの力を連れて行く代わりに待っていてくれ。僕にとってみんなは最高の仲間だから地上で待っていてほしい。それなら、みんなが待つ地上に帰ることを目標に出来るから。どんなことがあっても帰りたいと思えるから。……だから頼むよ。みんなの力、僕に預けてくれ」
納得してくれるかは賭けだ。レミ達にとって誰かの無事を祈って待つより、共に戦う方が安心出来る。分かっていてもエビルは彼女達自身を連れて行くわけにはいかない。例え火の秘術が強くても、林の秘術で回復出来ても、山の秘術が戦闘で応用が利いても、彼女達は今回の戦いで実力不足なのだ。連れて行けば危険に晒し、失う恐怖が付き纏う。はっきり言えば彼女達は理解してくれると思うが、心を傷付けたくないからわざと言わなかった。本音を、別の本音で隠した。
「……しょうがない。丸め込まれてあげるわ。アタシの力貸したげる! 絶対返しなさいよ!」
「私達の想いと力、全てをエビル様に捧げます」
「無事、祈る」
秘術使い四人が手を繋いで輪になる。
想いが、秘術の力が、全てエビルの右手で一つになる。
右手の甲には風、林、火、山の四種類の小型化した紋章が浮かぶ。
準備が整ったためエビル、ヴァン、アストラルが外に向かう。
「絶対、帰って来て」
「お待ちしています」
「望み、帰還だけ」
「行ってくる。全部、終わらせてくる」
背中から烏のような黒翼を出したエビルは、白翼を動かすアストラルと共に飛び立つ。飛翔してすぐにヴァンがエビルの足へと片手で掴まる。三人は決戦の場所へと慎重に飛んでいった。
悪魔王のいる天空神殿までは相当な距離がある。
大陸間を移動しなければならないので非常に遠い。
青空の下を飛行中、アストラルが口を開く。
「……しっかし、君、エビル君だっけ。報告を受けた時は驚いたけど、本当に悪魔で勇者なんかやってるんだねー。魔物が人間のために戦うなんて前代未聞だよ。君みたいな魔物がいるなら魔物を滅ぼさなくてもいいかなー」
「知性も理性もなく人を襲う魔物は滅ぼして構わないんですけどね」
冷風を感じながらエビルは言葉を返す。
本当に滅ぼす必要があるのは無意味な破壊と殺戮をする存在――悪だけだ。
「君の理想への道は険しいよ。今回の一件が終わったらさ、僕の従者として生きない? 人間との関わりはほとんど消えるし辛い思いをせず済む。僕も強い従者を得られてラッキー。わざわざ辛い選択をするより楽な方を選びなよー」
「人間と関わりを持ち、仲良く生きたいんです。僕は人間が好きだから」
きっと他にもエビルのような思想を持つ魔物はいる。
殺しを嫌っていたミーニャマのように、一部の者を除いた誰もが平和を求めている。そういった魔物達は人里に近寄れず、人間が近寄らない場所で暮らしているはずだ。推測に過ぎないが、ほぼ確信に近い。悪魔王を倒して世界を救ったらそういった魔物を捜すつもりだ。
「おい、見えてきたぞ」
しばらく飛行した後、静かにヴァンが告げたのでエビルは目を凝らす。
前方を凝視すると遠くに点が見える。次第に距離を縮めることで大きく見えてくるそれは、天空神殿がある浮遊大地。過去に使った浮遊装置もしっかり残っている。しかし浮遊大地は見覚えのないうっすら紫の球体に入っていた。
「お、あれが結界だねー。うーん、結界の解除はカシェの役目なんだけど。ま、僕だって偉い神だしカシェに出来ることは出来なきゃねー。そう思ってみたら何とか出来そうに思えてきたね」
「……お願いします」
少しアストラルが情けないようにエビルは思えたが実力は本物。
紫の膜、結界に対して彼は両手を向けると、目つきが真剣になり力を解放する。
膨大な量の神性エネルギーを発する彼が結界に力を干渉させて、結界自体にエネルギーを行き渡らせた。彼のエネルギーが結界を浸食していくのが風の秘術で分かる。結界は徐々に弱っているため、順調にいけば後数秒で解除出来るはずだ。
「実のところ、君達に戦いを任せてしまうのは申し訳なく思っている。本来なら創造神たる僕が悪魔王を消すべきだと分かっているんだ。でも、情けないことに悪魔王は僕の力を超えている。悪魔王だけじゃない、君達もだ。……頼む。僕が創りし世界ライフィアを救ってくれ。悪魔王が支配する世界なんて僕は見たくない」
「任せてください。必ず悪魔王を討ち、仲間との約束を果たしてみせます」
「……俺はただ、奴を討てれば満足だ」
本当に神より強くなったか自信がないが、エビル達しか悪魔王に対抗出来ないというのは同意出来る。今やアストラルは結界の解除に力を使い弱っている。復活した悪魔王への戦力には加われないだろう。
「うん、任せたよ」
紫の結界は徐々に薄まっていき、やがて完全に消失した。




