悪魔王の行方
日の光を受けたエビルは目を覚ます。
意識が回復した時、既にエビル達は城外にいた。
「お、目、覚めたか」
黒髪褐色肌の男、セイムが覗き込むように見てきた。
寝ていた状態から起き上がり自分の体を確認すると傷は大したことがない。周囲を見渡すと乾いた大地に自分以外の悪魔はおらず、疲弊しきった多くの人間が休憩している。戦闘は何とか終わらせたようだが怪我人も死人も多い。
「おーいエビルが目ええ覚めたぜ」
「良かったです。こちらも全員目覚めました、体に異常はなさそうです」
セイムの報告に答えたサトリの方を見るとレミ達が起き上がっている。
レミ、リンシャン、クレイアは無事なようでホッとするエビルは白竜の姿を捜す。彼も無事だとは思うが何分状況が状況だ。どうやって助かったかも不明な現状では安否確認するまで安心出来ない。彼の気配を風として感じ取り、風が吹く方向に目を向ける。
「ん? ああ、白竜か。お前等あいつにマジで感謝した方がいいぜ」
白竜は傷だらけの体で胡坐を掻いていた。
何があったのか血塗れの彼は酷く消耗している。
「気絶したお前等を外まで運び出したのはあいつなんだぜ。聞いた話、地下深くで戦っていたんだろ? 大量の瓦礫からお前等を守りつつ外へ出るのは大変だったろうぜ。あんだけ傷を負うのも当然だよ」
「白竜が僕達を……」
なぜ助かったのか理解したエビル達は白竜の傍へ向かう。
包帯や傷薬などの道具は既に他の負傷者へ使われたらしく、彼の手当てはほとんどされていない。応急処置すらされず重傷のままなのでリンシャンが林の秘術を使う。しかし傷は微かにしか治らず、血は止まらない。
傷が治らず焦るリンシャンの手を、白竜が「もういい」と強引に押し返す。
「なぜかは知らんがドラゴンには秘術の効き目が薄い。もう使うな」
回復力が弱まっても完治するならともかく、弱くなりすぎて完治までが遠い。
長時間使ってもリンシャンの体力が消耗するだけだ。普段なら完治するまで秘術を使うところだが、怪我した本人が止めるよう言うのなら彼女も止めざるを得ない。
「ありがとう白竜。僕達を助けてくれて」
「礼はいらん。それより、気にすべきことがあるのではないのか」
「……そうか、戦いは終わっていない。悪魔王はどこに行ったんだろう」
未だ悪魔王は健在。完全復活している最悪な状況は変わらず、悪魔王を殺すまで戦いは続く。新たな悪魔を生み出される前に決着をつけなければ振り出しに戻ってしまう。エビル達は今すぐ悪魔王を追跡して戦う必要がある。
「さっき白竜が目覚めた時も話したんだがな、どっか飛んで行っちまったんだよ。城が崩れたのも驚いたけどアレも驚いたな。イレイザーが生き返って体乗っ取られたと聞いた時は衝撃受けたよ。あのしつこい野郎も今は何も出来ねえだろうがよ」
「彼は外にいた悪魔全ての魂を抜き取り、自らの力とするべく食しました。今回はもう手遅れですが、次また同じことをされれば彼を誰にも止められません。既に彼の力は私やセイムの力を遥かに上回っています」
「早く居場所を突き止めないと大変ね」
「――悪魔王の行方なら分かったさ」
会話に入って来たのは空を飛ぶ人外。
宙に浮いているのは白く眩い肉体、天使のようば白い翼を持つ存在。頭上には光輪が浮いており、どういう原理なのか一定の距離を保ったままだ。外見からは性別が分からない。もしかすれば性別など初めからない存在なのかもしれない。
「本当ですか!? あなたは……えっと」
「よくぞ聞いてくれた! 俺っちは創造神アストラル様に生み出されし従者。悪と戦う役目を持つ、正義を愛する天使カエルさ! 白竜に言われて悪魔王を捜していたが遂に居場所を掴んだの、だ! 奴は今、封印の神カシェ様の住処、天空神殿を占拠している。ご丁寧に結界を張っているから誰の侵入も許さないつもりさ」
話を聞いて全員が驚愕する。
「何だと!? くっ、今すぐ行かねば!」
誰よりも焦りと怒りを抱く白竜が一人で走り出したが、すぐに膝から崩れ落ちる。危うく地面を転がるところだったのでエビルが受け止めて防ぐ。彼が自分の傷の酷さを無視してでも駆けつけようとした気持ちは理解出来る。彼にとってのカシェは、エビルにとってのチョウソンのようなものなのだから。
「無茶だ。気持ちは分かるけど、そんな傷だらけの体で行っても無駄死にするだけだ。あの、カエルさん、結界と言っていましたが天空神殿に行く術はないんでしょうか。まさか諦めるなんて言わないでしょう?」
「我が主、創造神アストラル様なら結界を破壊出来るかもしれない。確認のためにも一度〈神ノ祠〉に戻らないといけないのさ。付いて来るならアストラル様に会わせてあげてもいいよ」
「是非同行させてください」
エビルの言葉に仲間が次々と便乗していく中、白竜は「俺も……ぐっ!?」と全身の痛みに顔を歪める。
「白竜、今は体を休めてほしい。カシェ様のことは僕達に任せてくれ」
「…………くそっ………………任せた」
心身の苦痛で歪んだ表情のまま白竜は納得してくれた。
本当なら誰よりもカシェを助けに行きたいはずなのに、体が言うことを聞いてくれず他人に任せるしか選択肢がなかった。彼にとって苦渋の決断だっただろう。しかしカシェ救出を任せてくれたのは信頼の証でもあるためエビルは若干嬉しい。
「――俺も連れて行け」
エビル達のもとに歩いて来た男、ヴァンが言う。
「悪魔王へのケジメはまだ終わっていない。奴は、俺が殺す」
「分かった。一緒に行こう」
ヴァンが味方となってくれるのなら頼もしい限りだ。
強大な戦力となるし敵は同じ存在。断る理由などない。
ただ敵としか認識していないセイムやサトリは不安を抱えている。
「おいおい信用出来んのかよ、こいつ敵だったんだろ?」
「信用するさ。同じ敵を狙う者同士だからね。敵の敵は味方って言うでしょ?」
「俺達は共通の敵を持ったが馴れ合うつもりはない。俺は貴様等を、貴様等は俺を利用するだけだ」
どうせ共に戦うなら友好を結びたいがそのための時間がない。
二人を結ぶのは互いの強さへの信頼。
今から二人が結ぶのは情の欠片もない共闘関係。
「話も纏まったみたいだし行こうか。開け〈正義の門〉!」
エビル達の傍に神々しい門が現れて、扉が開く。
門の中には光しか見えず先に何があるのか分からない。
異様な力にエビル達は少し戸惑うが、カエルを先頭に門へと入った。
門の中には光り輝く道が続いている。
地面は見当たらないが、歩いてみれば落ちることはないと分かる。
光る道を短時間歩くと出口を抜けた。出た場所は森林だ。
不思議に思ったエビルが「ここは?」とカエルに問うと、具体的な場所が判明する。エビル達はこの短時間でオルライフ大陸北の孤島から、ミナライフ大陸最東端にまで移動したらしい。海も渡らず大陸間を移動するとはさすが創造神アストラルの従者だ。
神々しい門はカエルが指を鳴らすと空間が圧縮されて消滅する。
門があった方向には民家と同じくらいの大きさの建造物が存在した。
その神殿らしき建造物に向かうカエルの後を追い、エビル達も入っていく。




