決着 エビルVSヴァン
二本目の剣、闇の如く黒い剣はどこから出て来たのか。
答えは単純。ヴァンはエビルと同じ〈影操作〉を使ったのだ。シャドウの魔術を吸収していれば出来るのは当然と言える。しかし、影で作られた黒剣の硬度は魔剣に及ばない。剣を二本使えば手数は増えるが、先程エビルの剣が折れたようにいつ壊れるか分からない。
黒剣を使うリスクは高いが手数が増えれば増えるほどヴァンが優勢になる。同じことをエビルがやっても、二刀流で戦うには残念ながら技術が足りない。剣が二本あれば強くなるのではなく、二本同時に扱える技量があって初めて強くなる。そんなことはヴァンも当然理解しているはずなので、元から二刀流で戦う特訓もしていたのだろう。
ヴァンの動きが二刀流専用の型らしき動きに変わる。
二本の武器が連続して振るわれるのをエビルは防ぐ。
攻撃する余裕はなく全神経を防御に注ぐ。
形勢が崩れて防戦一方になってしまったが勝機は一応残っている。
勝利の鍵となるのはヴァンが出した黒剣だ。魔剣よりも劣る硬度の剣ゆえ、打ち合い続ければいつかは限界が来て折れる。風を纏わせて補強しているが必ず耐久性の限界は来る。問題となるのはその限界がいつ来るのかだ。
一つのミスが命取りになる戦いでエビルは長期戦を覚悟した。
防ぎきれずに傷を負うが致命傷だけは避ける。
手傷を最低限に抑え、生き抜くことだけに集中して剣を振るう。
――押され気味の斬り合いをする中、エビルはあることを感じ取った。
ヴァンが黒剣を振るうがエビルは躱さずに攻撃体勢に移る。
普通なら躱さなければ死ぬが今躱す必要はない。カウンターも狙わない。
二人の剣は同時に動き、互いを切り裂く――かに思えた。
「俺の方が一瞬速い。この勝負、貴様の敗北だ」
ピシッ、ピシッと音がして黒剣に亀裂が入る。
亀裂はみるみる広がり、ついには剣身が粉々に砕け散る。
動揺したヴァンは動きこそ鈍らなかったものの致命的な隙を生む。
エビルが心臓を避けた袈裟斬りを放つと、彼は耐えられず床に膝を付く。
激闘は決着した。エビルの勝利に仲間達が笑みを浮かべた。
「……ぐうっ、俺が……負ける? なぜ、負ける?」
「敗因は君自身分かっているはずだ。君がさっき言った通り使う武器の差が勝敗を分けた。勝利を急ぎ、魔剣の劣化品も使用したからこそ敗北を引き寄せてしまったんだ。……とはいえ危なかったよ。君の剣が砕けるのがもう少し遅かったら押し切られて、斬られたのは僕の方さ」
勝利がどちらの物となるかは、黒剣の崩壊を感知するまで分からなかった。
勝負は時の運という言葉があるがまさにその通り。今回エビルがヴァンに勝てたのは運が良かったからである。実力はとても近く、次戦ったら負けるかもしれない。……もっとも、次なんてものがあればの話だが。
エビルは「さて」と呟き、剣を持ったままヴァンの横を通り過ぎる。
向かう先は会議室最奥。悪魔王の魂が宿る紫の宝玉が飾られている場所。
「……宝玉を……悪魔王様を殺すつもりか」
ヴァンの辛そうな声を聞いたエビルは足を止める。
「君には悪いと思っている。だけど、悪魔王が望む世界じゃ人間が苦しむ。死者の魂を利用して兵を作るのも非道な行いだよ。殺さないでくれと頼まれても止まれない。もしも悪魔王が考え方を変え、僕の考えに賛同してくれるなら生かしてもいいと思っているけど」
白竜が「エビル!」と怒鳴るが決めたことだ。
人間と一部の魔物との共生。そんな夢物語の実現に力を貸すのなら基本魔物は殺さない。
「今の世界で苦しむのは悪魔。貴様だぞ」
「バカめ、愚かな考えだと言ったのを忘れたか? 余は魔物と人間の戦いに終止符を打ち、魔物の世界を作る。人間は奴隷にして死ぬまで苦しめてやる。ヴァンよ、今すぐ逃げるのだ。余の心配はするな。うぬは生きなければならぬ」
「ヴァンは人間じゃない! その優しさを、どうして他の人間に向けられないわけ!?」
レミの疑問は当然のもの。ヴァンに対して優しく出来るのなら、悪魔王も人間に優しく接せる証明に他ならない。凝り固まった考え方さえ崩せば戦う必要がなくなるかもしれない。ヴァンと他の人間に根本的な違いなどありはしないのだから。
「価値なき生命になぜ優しくしなければならぬ」
「悪魔王さん、あなたは間違っています! この世に価値なき生命などありません!」
「林の秘術使いよ。うぬは、人間を襲う魔物に同じことが言えるのか?」
リンシャンは「それは……」と動揺して声が途切れる。
確かに知性も理性もなく本能のままに人間を襲う魔物に価値は見出せない。人間にとって害にしかならない存在だ。綺麗事を言い放つリンシャンも、やはりそういった魔物の存在理由は分からなかった。
「……悪魔王様。俺の価値とは……何ですか?」
大量の血を垂れ流しながらヴァンが問う。
無理に動けば死を早めるだけなのに立ち上がり、紫の宝玉を見つめる。
「そんなことを気にしておる場合か。早く逃げて傷を癒やすのだヴァンよ」
「はぐらかさないでいただきたい。なぜ人間である俺や俺の血縁を育ててくださったのか、今まで疑問には思っていました。他の七魔将と同じ道具扱いではなく、あなたは俺を常時気遣ってくださった。良い機会ですし聞いておきたい。あなたにとって……俺は何なのですか?」
「当然大切な存在だ。我が子同然……いや、余同然に思っておるよ。うぬが死ねば余がどれほど悲しいことか」
「俺はあなたとサイデモンを家族同然に思っています。……だから、隠し事はせず教えていただきたい」
「何を言っておる。余は何も隠しておらぬぞ」
否、悪魔王は隠し事をしている。
告げた言葉は確かに本音だが全てを話していない。
エビルには隠し事をしている事実が風の秘術で感じ取れている。
「……エビル。風の秘術とは便利だが嫌なものだな。信じたい相手が嘘を吐いていたり、隠し事をしていたり、知りたくないことまで全て感じ取れてしまう。……だが、おかげで悪魔王様の本音に近付ける」
そしてヴァンも、まだ魔剣バーキュストに残っている風の秘術を使っていた。練度の違いはあれど一時的に風の秘術使いとなった彼にも、エビル同様に嘘や隠し事の有無を感じ取ることが出来る。風の秘術を使ったということは、元から悪魔王を信じきれていなかったということだ。
信頼の綻びを理解した白竜が「ふっ」と悪魔王を鼻で嗤う。
「どうやら今のそいつには嘘も隠し事も通じないらしいぞ。本音を早く吐いたらどうだ?」
「ヴァンよ。うぬは秘術に振り回されておる。慣れない力は使うな」
隠された本音を話そうとしない悪魔王の言葉を最後に場が静まる。
全員が紫の宝玉に疑惑の視線を送っていた。悪魔王が真相を答えてくれるまでエビル達の視線は外れない。隠された本音を出さなければ気まずい静寂はいつまでも続く。仮にこのまま何も暴露されなかった場合、ヴァンは悪魔王の配下を止めてこの場を去るだろう。
「……分かった。全て話そう。ヴァンよ、うぬの価値は」
観念した悪魔王が覇気の無い声で語る。
「――器だ」
急に話し声がヴァンの声色に変わった。
邪悪な笑みを浮かべた彼が苦しみ出して意識が切り替わる。
「うぐおっ、何だ、何が起きた!? 悪魔王様の魂が、俺の中に!?」
「エビル様これはいったい!?」
ヴァン、クレイア、リンシャンが激しく動揺するが残り三人は違う。
エビル、レミ、白竜は何が起きたのかある程度の推測を立てていた。
「ねえ、勘違いじゃないなら『器』って、魔王復活の時と同じじゃない?」
「勘違いなら良かったのにな。確定だ。悪魔王はヴァンの体を乗っ取るつもりだぞ」
「……最低だ。最低最悪だ」
魔信教との決戦時、リトゥアールはチョウソンの肉体を魔王の器とした。封印が解けて自由になった魔王の魂を、予め人間の肉体に移せるよう準備していたのだ。悪魔王がやっているのはそれと同じ……いや、それ以上に酷いやり方で完全復活しようとしている。




