人魔決戦 エビルVSヴァン
エビルとヴァンは口を閉じて静かに互いを見据える。
二人は鞘から剣を抜き、感覚を研ぎ澄まし、闘志を高めていく。
一度のミスが死に直結する戦闘は二人が動く前から始まっていた。
「……エビル様もあの人も、動きませんね」
「達人同士の戦闘ってのは初撃を繰り出すまでが長いのよ。今回もそう……って言いたいところだけど違う」
リンシャンの呟きにレミが汗を額に滲ませて説明する。
「正直舐めてたわ。アタシじゃ到底入れない戦いじゃない」
「目、おかしくなる」
「リンシャン、貴様には見えないらしいが――もう始まっているぞ」
超高速で剣と大剣が何度も何度もぶつかり合う。
リンシャンが声を出した時には二人の剣戟がとうに始まっていた。
フェイントは交ぜずバカ正直に、音速を遥かに超えた連撃をどちらも放っては防ぎ合う。剣が衝突する度に生まれる金属音が広がると思いきや、音と音同士の相殺に近い現象が起きており、音量が極小さなものになっている。
剣を振るい始めてから十秒。
打ち合った数、五千五百以上。
二人が攻撃を一度止めると、斬られた場所が遅れて裂けた。
エビルは頬に小さな傷が生まれて緑の血が垂れる。
ヴァンは肩が大きく裂け、赤の血が噴出する。
たった十秒。されど十秒。
短時間での斬り合いで生まれた傷の差は実力差そのもの。戦闘を見ていたレミが「よっし、圧勝!」と喜び、リンシャンも笑顔になる。しかしクレイアと白竜は目を細めて焦りを抱く。
「さすがに強いな」
「君こそ、やっぱり強いよ」
「だが勝敗は決した。……貴様の負けだ」
――エビルの持つ剣が真っ二つに折れた。
鋼鉄の剣身が硬質な床に落ちて重い音が鳴る。
剣が脆かったわけではない。寧ろ長持ちしたし頑丈だと褒めたい。
市販の剣と魔剣では強度に差がある。なるべく傷めないように攻撃したつもりだが、それでもやはり何度も打ち合えばダメージは蓄積される。加えて音速を遥かに超えた速度で振るったとなれば並大抵の剣では耐えられない。折れてしまうのは必然と言える。
風の秘術を使えば折れるのは防げた。
エビルが今まで多用していた技〈暴風剣〉を使えば、市販の剣でも魔剣に折られることはない。理解していながら使わなかったのは、魔剣バーキュストが神性エネルギーを吸収してしまうからだ。ヴァンとの戦いにおいて攻撃に秘術を使用するのは悪手。彼との戦いは純粋な剣士としての実力のみで行わなければならない。
「使っている武器の差だ。もし貴様がこの魔剣バーキュストに匹敵する武器を持っていれば、俺と対等な勝負が出来たかもしれないがな。呆気ない決着だが観念して死を受け入れるがいい。剣がなくては貴様も戦えないだろう」
「うん。剣がなければ、ね」
剣がなかろうと今なら秘術で空気の塊を武器とすることが出来る。今回はヴァンが相手なので使わないが、他の相手ならいくらでも戦いようがある。しかし、秘術が通じないヴァン相手にはまともな武器を使わなければ戦いにならない。
エビルは自分の影に手を翳し、頭の中でイメージを膨らませる。
見えない箱の中から欲しい物を取り出すイメージ。欲したのは剣だ。
エビルの真下にある影に波紋が広がる。
揺らいだ影から剣の柄が現れ、そのまま漆黒の剣が飛び出したので柄を掴む。
漆黒の剣は元々シャドウが所持していた魔剣黒傷剣。エビルに残された最後の剣。
「その力、シャドウと同じ魔術……!」
融合して本来の姿に戻った際、シャドウの持つ全てが引き継がれた。
記憶、剣技……そして魔術〈影操作〉の力。
彼の影に入っていた黒傷剣含め全てが今やエビルの物。
「ふっ、なるほど、魔剣を持っていたとはな。まだ戦闘を続けるというのなら俺も能力を使わせてもらおうか。俺ではなく、この魔剣バーキュストの能力をな。見るがいい、この恐ろしき力を」
ヴァンが大剣を両手で持ち、刃を下に向ける。
集中している彼の体に変化が訪れた。大剣からエネルギーが彼の体に流れ込み、みるみる肩の傷が塞がっていく。神性エネルギーを吸収する以外の力があると思っていなかったエビル達は愕然とする。
「そんなっ、あれは私の……林の秘術!?」
「摩訶不思議」
「秘術の再現? ありえないでしょ、こんなの」
「……俺達は勘違いしていたらしい。あの魔剣、想像以上に厄介だぞ」
魔剣バーキュストの能力をエビル達は読み間違えていた。
あらゆるエネルギーを吸収して所持者の力へと変える能力。吸収したエネルギーで身体能力を強化出来るだけとばかり考えていたが、実際は吸収したエネルギーをそのまま自分で使うことが出来るのだ。つまり理論上、魔剣バーキュストの所持者は秘術含む全ての特殊な力を扱えることになる。
「数日前に戦った際、風と林の秘術を吸収したからな。こんなことも出来るぞ」
ヴァンは大剣を両手で構え直し、剣先が上に向くように構える。
攻撃体勢に入った彼が疾走。その途中――追い風を起こして加速した。
急に速くなった動きに反応が間に合わない。
攻撃を避けきれず腰に斬撃を喰らい、大きめの傷口から緑の血が噴き出す。
「目には見えないが貴様は感じただろう。俺が使った、風の秘術を」
エビルは「くっ」と呻き声を漏らし、傷口を手で押さえる。
大きな傷を見た仲間が不安を抱き、リンシャンが焦って駆け寄ろうとする。彼女の林の秘術なら瞬時に回復出来るがエビルは「来ないで、僕は大丈夫だ」と治療を拒む。安いプライドで拒否したわけではなく仲間を守るためだ。ヴァンが仲間に手を出さないのは戦いに参加していないからであり、参加した瞬間から攻撃対象にされてしまう。
少し戦って確信した。
今この場において、ヴァンに対抗出来るのはエビルしかいない。
「まさか、風の秘術を使える人間と戦うことになるとはね」
「歴史上同じ秘術の使い手が同時期に二人以上存在したことはない。初めての経験だろう、自分と同じ技を使う者と戦うなど」
「いや、君で二人目だよ」
「……そうか。死ぬ覚悟はしておけ」
再びヴァンが加速して攻撃してきたが、今度はエビルも加速して躱す。
魔剣バーキュストが吸収出来るのは剣身に触れたエネルギーのみ。
剣に触れない範囲、動きの補助などなら問題なく使える。
加速する両者の速度は先程の剣戟を遥かに上回る。誰の視界にも映らない二人は超スピードで動き回り、先程と違いフェイントも織り交ぜながら攻撃し合う。
相手の次の行動を感じ取り、十手先を読み、全力の剣技をぶつけ合う。
戦いは部屋のあちこちで火花が散る幻想的な光景を生んだ。
高度な読み合い、高速かつ熟練した剣技、全てにおいて剣士の頂点とも呼べる戦いは長く続かない。全神経を己の剣と敵の剣に注ぐ二人は体力の消耗が激しすぎる。現状を維持すれば、息も吐かせぬ攻防は早いうちに必ずどちらかが優勢となる。
「埒が明かん。これで決める」
ヴァンが回転斬りを放ってきた。
左手に持たれた大剣をエビルは受け流し、反撃のために動く。
敵の追撃はない。大剣を押さえるように剣を振り下ろしたため、次の攻撃へ移るのも相手の攻撃を躱すのも難しい。勝利の希望を手繰り寄せる一撃をエビルが放ち――ヴァンの右手に持たれた剣に弾かれた。
「剣が二本!?」




