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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
第二部 終章 悪魔の勇者
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やると決めたこと


 部屋の中心地にいるヴァンへとエビルが歩いて近付く。

 奇襲もせず、作戦も立てず、真っ向勝負を挑むつもりだ。

 ヴァンも察してくれたのか、元から対等な勝負を好むのかただ待っている。


 距離が縮まり、互いの間合いに入ったがどちらも攻撃しない。

 間合いに入った時点でエビルは歩くのを止め、両者静止する。


「戦う前に一つ訊きたい。貴様はなぜ人間の味方をする?」


「君が悪魔の味方をするのと同じ理由だと思うよ」


「そうか、納得した。……しかし、俺と貴様では決定的な違いがある。人間にとって貴様は魔物だ。今まで隠してきたから人間社会に溶け込めたんだろうが、貴様の正体に人間共が気付けば迫害を受けるぞ。これまでの功績など無視して、手のひらを返して人間社会から追い出そうとする」


 確かにヴァンの言う通りだ。正体を隠しているからこそまともに生きられる。逆に彼は正体を隠さずに悪魔と共に生きられる。当然種族の違いから不満を持つ者は現れるが、そんなこと関係ないと言わんばかりに接する者もいる。


「何言ってんのよ。アタシ達はエビルの正体を知ったうえで一緒にいるのよ!」


「ええそうです。私達にとってエビル様はエビル様ですから!」


「迫害、しない」


「貴様等のような人間は少数だ。多くの人間は――」


「分かってるよ」


 言葉を遮られたことにヴァンが眉を(ひそ)めた。


「今のままじゃ、僕はきっと人間の世界から排除されるってことくらい、分かってる」


 仲間が受け入れてくれても大多数の人間の考えは変わらない。

 悪魔は魔物の一種。人類の敵。エビルがいくら人間を愛して守ろうとしても、悪魔だからという理由で襲われる可能性が高い。魔物の知識がないバトオナ族でさえエビルを排除しようとした。同じことが別の場所では起こらないと楽観的な考えはしていない。


 今、下級悪魔を相手取る者達も、エビルが悪魔と気付けば討伐に動く者がいるだろう。風の勇者だと評価してくれる者は裏切られたと思うだろう。正体が悪魔だと知った世界はエビルを危険視するはずだ。


「……だから僕は、認めさせてみせるよ。魔物でも良い奴はいるんだってことを。数は少なくても知性があり、人間と共生出来る魔物は存在するんだってことを。平和を願う、争いを好まない魔物も存在するんだってことを」


「不可能だ。人間は異分子を排除することで自分を守る」


「現実的じゃないのも分かってる。だけど、やると決めたんだ」


 エビルは不可能だと思わない。魔物でもコミュバードやホーシアンは人間に受け入れられている。彼等は人間を襲わないからこそ人間社会に溶け込めた。それならばエビルが見本となり証明すればいい。悪魔でも、他の魔物でも、人間と戦わずに生きたい者はいるのだと世間に知らしめればいい。


「――愚かしいな」


 突如、ヴァンとは違う声が部屋に響く。


「何今の声! 誰!?」


「私達以外は誰もいません。どこから声を」


「……まさか、悪魔王か?」


 白竜の予想通り響いた声は悪魔王のものだ。

 会議室の最奥に飾られた紫の宝玉こそ彼の精神が宿る物体。


「いかにも、余は悪魔王。近々世界を我が物とする者だ」


 エビルが彼のことを話すとレミ達の視線が紫の宝玉に向かう。


「魔物とは魔神メモリアが人間を滅ぼすためお作りになられたのだ。人間と共に暮らしたいなどと愚かな考えを持つ魔物は、もはや魔物とは呼べぬ中途半端な存在。エビルよ、うぬには失望したぞ。かつて作り上げた最強の悪魔がうぬの様な腑抜けた男とはな。今一度余の部下として使おうか考えていたが止めだ。うぬはもう余の部下となる資格なし。今ここで死ぬがよい」


 魔物と呼べない半端な存在などエビルにとっては褒め言葉のようなもの。

 人間を、この世に溢れる生命を襲う存在と同じ存在だと知った時、エビルは非常に苦しい気持ちになった。死にたい、消えたいと思ったが仲間に支えられて今まで通りに生きて来られた。出来ることなら純粋な人間として生まれたかった気持ちなど、悪魔王には一生分からないものだろう。……だから彼の部下になりたくないし、最強の悪魔なんて称号も要らない。エビルはただ、彼の言う愚かで腑抜けた考えを大事に思う。


「〈黄泉送り(ソウルマンダーレ)〉」


 悪魔王の呟きでエビルの心がざわつく。

 視界が歪み、ぼやけ、暗くなっていく。

 秘術が絶え間なく危険を訴えていて、死の風が自分から吹き荒れる。

 意識が遠くなるエビルは次第に何も考えられなくなった。



  *  



 エビルが目を覚ました時、どこかの崖に立っていた。

 記憶は曖昧だ。直前まで何をしていたのか思い出せず、自分がなぜこの場所にいるのかも分からない。真上にある太陽がジリジリと肌を焼く中、ただひたすら高い崖からの景色を眺める。遠くにある平和そうな町と人々を目にするとなぜか笑みが浮かぶ。


「――良い景色だろう。この世界」


 エビルの背後には白いマフラーとマントを身に付けた灰色髪の青年がいた。その隣には黒い神官服を身に纏う青紫髪の若々しい女性がいる。二人の姿を一瞥すると懐かしいと思えたので、どこかで会ったのかもしれない。

 二人に悪意や敵意はなく、心にあるのは期待と悲しみのみ。


「一部の魔物と人間が共生しているんだ。面白い世界だよここは」


「そうですね。まるで、夢みたいだ」


「ええ、正しく夢のような世界。……そして、牢獄でもある世界」


「どんな場所でも平和なら良いじゃないですか。僕は、大きな戦いをしていた気がします。沢山傷付いて、楽しかった分だけ辛いことがありました。僕、そろそろ休んでもいいんでしょうか? この場所に来たのは運命が休めと告げているのかもしれない」


 何をしていたか正確には思い出せないが心は疲れている。

 同時に、やらなければならないことがある気がしてざわついている。


「いいや。君はまだ、やらなきゃいけないことがあるはずだよ」


「ええ。この世界に来るのはまだ早い。思い出しなさいエビル、あなたのすべきことを」


 二人の男女が唐突にエビルの背を押す。

 体勢を崩したエビルは崖先から真っ逆さまに落ちていく。

 悪意も敵意もないから油断していた。今からでも死なずに済む方法はあった気がするが、それが何なのか思い出せない。結局、為す術なく落下して草原に脳天を直撃させてしまった。非常に痛いうえ、衝撃は異常をもたらす。今の衝撃で喪失していた記憶が次々と戻り始めたのだ。


「……そうだ。僕は、エビル・アグレム。今代の風の勇者」


 体は溶けてなくなり、霧のような白いモヤ――魂だけが残る。

 記憶を取り戻したエビルの魂は地中へと沈み、勝手にどこかへ運ばれていく。

 



  *  



 悪魔王城最下層。会議室。

 意識が回復したエビルは剣を握り、立ち上がる。


 先程、おそらく魂を死者の世界に運ばれたのだと推測する。

 魂など目に見えないし操作されたという感覚も分からない。


「……ほう、効かぬか。しかし生き延びたのは失敗だったな。大人しく死んでおけばよいものを、哀れだ。生きた故に絶望を知るのだからな。うぬは余の最高傑作、最強の人間であるヴァンに殺されるのだ」


 なぜ戻って来られたのか不明だが誰かの援護を受けた気がした。

 無事な理由はともかく、一先ず無事なら問題ない。これが一度きりの奇跡なのか何度でも起こせる必然かは不明だが、悪魔王は効果なしと判断して二度と使わないだろう。一番厄介な力を使わないでくれるならエビルは心配なく存分に戦える。


「初めて見たな。魂を黄泉へと送られても生還した者など」


「僕自身、方法は分かっていないけどね。……さて、戦う前に一つ訊いてもいいかな。どうして隙だらけの僕を斬らなかったの? 生還した直後なら僕はまともに動けず、殺すのも楽だっただろうに。驚きすぎて動けなかったなんてことはないよね?」


「ふっ、万全の状態で戦っても貴様には負けないからだ。……それに、最強の悪魔として生み出された貴様の強さには興味がある。以前よりマシになっているんだろうな。つまらない戦いだけはしてくれるなよ」


「心配ないよ。僕も君に負けるつもりがないから」


 エビルとヴァンは口を閉じて静かに互いを見据える。

 二人は鞘から剣を抜き、感覚を研ぎ澄まし、闘志を高めていく。

 一度のミスが死に直結する戦闘が今、始まろうとしていた。



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