復活のイレイザー
悪魔王城の中は見た目と違って赤くなかった。
壁には松明代わりで光る鉱石が等間隔で飾られており、紺色の光で照らされる壁や床は黒い。シャドウの記憶があるから見慣れたように感じる。初めて来る場所なのに、どう進めばどの部屋に行くのか全て分かる。
悪魔王は最下層の会議室から動けず、ヴァンもおそらくそこにいる。
目的地は最下層だ。そこに向かうために仲間を案内しながら進む。
「この雰囲気、魔王の城を思い出すわね」
「装飾も似ている。魔王城を意識して作ったのかもしれん」
「……何だか凄い話をしますね。私とクレイアちゃんは置いてけぼりですよ」
「大した話じゃないわよ。リンシャンも今度行ってみたらどう?」
「い、行きませんよ。観光スポットじゃないんですから」
レミに共感する白竜と違い、リンシャンは困った顔をしていた。クレイアは最初から話に入る気がないためか真顔だ。二人も魔王城へ行っていたら今とは違い共感出来ただろう。実際、悪魔王城の内装は一部が魔王城の色違いと言ってもいいくらい酷似している。
ただ一つ、違う点があった。
魔王城と違い、悪魔王城には多くの罠が仕掛けられている。
奥へ進むエビル達を襲う罠は様々だ。
一定時間床から突き出る棘。落とし穴。接近すると壁から発射される槍や炎。特定の床を踏むと天井から降る毒液、床を流れる電流。侵入者撃退用と思われる動く石像。正しい進み方でなければループし続ける階層。
数え切れない罠を乗り越えて、迷路のように複雑な階層をエビル達は進む。
かなり深くまで降りた所で道は二つに分かれていた。
シャドウの記憶ではどちらの道へ進んでも後少しで最下層へ辿り着けるはずだ。
「どっちへ行けばいいの?」
「シャドウの記憶通りならどっちの道も最下層への階段へと繋がっているよ。……ただ、どうやらヴァン以外に敵がいたらしい。左右どちらを進んでも誰かが待ち構えている。ほぼ確実に戦闘になると思っていい」
「ならば迷うだけ無駄だな。早く先へ進むぞ」
「うん。……みんな、もう最下層は近い。最大限に警戒して行こう」
そう言ってエビル達は左の通路へ歩いた瞬間――天井から壁が射出された。
勢いよく落ちてきた壁をエビル、レミ、白竜は左へと躱す。逆にリンシャンとクレイアは右に躱す。結果、落ちた壁により帰り道となる通路が塞がれたうえ、エビル達は完全に分断されてしまった。しかも状況は悪いことに戦力が偏ってしまっている。
「リンシャン、クレイア! 大丈夫!?」
「怪我はありません! しかし、壁を破壊するのは難しいかと。クレイアちゃんによると妙なエネルギーを纏っていて異常に頑丈なようです。試しに撃ってもらった〈土弾丸〉でも傷一つ付きません」
「このエネルギー、神性エネルギーか。シャドウの記憶にはこんな罠存在しなかった……僕達を分断するため新たに追加した罠だね。おそらく悪魔王の力で作られた壁だし頑丈なのも納得かな。破壊には時間が掛かりそうだ」
時間を掛ければ壁を破壊することは出来る。
ただ、剣が折れるか刃がボロボロになる代償を許容するならの話だし、こんなところで武器を傷めるのは危険だ。ヴァンを相手にするなら、体調だけでなく武器も万全の状態にしておかなければならない。
「マズいぞ。左右どちらの道にも敵がいるのだろう? 俺達の方は問題ないが、戦力的にリンシャンとクレイアだけでは突破が厳しいのではないか? せめて俺達三人の中から一人でも向こう側に行ければいいのだが」
「心配無用」
「ええ、心配しないでください皆様! 私とクレイアちゃんなら大丈夫です。どんな敵が待ち受けていようと、必ず倒して先へ進みます! 今は少しでも早く巨悪を滅ぼさなければならない時。最下層でまた会いましょう!」
聞こえた足音が遠ざかっていく。
リンシャンとクレイアはもう先へ進んでしまった。
「あ、待ちなさい二人共! ああ行っちゃったし!」
どうする、と判断を仰ぐような目をレミが向けてくる。
白竜は拳で一度壁を殴ったが、亀裂すら入らないのを確認すると通路の先を見据える。
「リンシャンもクレイアも強い、きっと大丈夫。僕達も先を急ごう」
壁を壊すには時間が掛かるので実質選択肢は一つしかない。
レミも理解はしているので「……そうね」と言い、足を進めた。
エビルが進む選択をした理由は追うことさえ出来ないからではない。
今の二人の強さを信頼しているからこそ、先へと進むのだ。二人の強さは既に一部の七魔将に匹敵するし、風で感じた敵の強さはサイデモンにも及ばない。成長した二人ならば苦戦はしても突破出来るはずだ。
しばらく罠もない通路を歩くと人影が見える。
姿が段々見えるようになるとレミが「げ」と嫌そうな声を出し、エビルも目を見開く。先に立つ男のことを知っていた白竜も多少目を丸くして驚く。三人が驚いた理由はもう既に死んだはずの男が待ち構えていたからだ。
忘れもしない狂気に染まった顔。逆立つ緋色の髪。
元魔信教の一員であり、何度もエビルと戦いを繰り広げた男。
「待っていたア。俺は待っていたぞエビル・アグレムウウウウ、今この至福の時が始まる瞬間をずっと待っていたア! どうだエビル、お前も嬉しいだろオ!? この俺が黄泉の底から蘇ってきたんだからなア!」
「……イレイザー、なのか?」
「そうだともオ! 俺は新たな力を得たんだ、見ろこの剣をオオ!」
イレイザーは剣身が水色の美しい剣をどこからか取り出す。
悪魔側に墜ちてから与えられたとするなら魔剣だろう。彼自身の実力は一部の七魔将を超えているのが感じ取れるし、魔剣の能力次第ではサイデモンを超える悪魔にすらなりえる。剣士でない者でも魔剣を持たれたら非常に厄介なのである。
「魔剣リバイヴ。この剣の力を見てみるかア?」
「ごめんイレイザー。今、君に構う暇はないんだ」
エビルは疾走して、イレイザーを通り過ぎる瞬間に剣を振るう。
抵抗もない彼は真っ二つに斬られたことに気付いていない。背後にエビルがいる事実にさえ気付かず、間の抜けた「ほえ?」という声を出してから体が二つに分かれた。魔物特有の緑の血を撒き散らした彼の体が前に倒れる。
真っ二つになってもすぐ死なないのはさすがに悪魔だ。しかし、いかに強い生命力を秘めていようと致命傷は致命傷。死亡するのは時間の問題だろう。
「レミ、白竜、早く行こう」
二人に声を掛けたが二人は目を見開いた状態で留まり続けている。
「……ねえ白竜、今の、見えた?」
「残像が少しだけな。貴様は?」
「たぶんアタシが見たのも残像。全然目が追いつかない」
「今のエビルならヴァンと対等以上の勝負が成立する。さすが、かつて最強の悪魔と呼ばれただけはある。もしあいつが敵だったらと思うと恐ろしい。……ほんの少し運命の歯車が違えば、あいつは敵の立場だったと知る分余計に恐ろしい」
歩き出す白竜を追うようにレミも足を動かす。
彼女は黒い床にうつ伏せで倒れるイレイザーを一瞥する。
「……イレイザー、あのクズがしてきたことは到底許されないし許す気はない。だけど、あんな姿を見ると哀れに思えるわ。あの男も今は、死者の魂を利用する悪魔王の被害者だもの。せめて火葬してあげようかしら」
「放っておけ。また死ぬのも自業自得だ」
イレイザーも被害者であるが、同じように悪魔化されたナディンの例もある。悪魔王に従ってエビル達と戦ったのは本人の意思であり、抗わなかった彼が死ぬのは当然の末路と言える。
理解しているがやはり悪魔王のやり方は気に入らない。
くすぶる怒りを抱えながらエビル達は通路先の階段を下りた。




